今日は夜「らくご道」へ。
今月最初の落語行き。
試験まで2週間切っているのに何やってんだ、という気もせんではなかったが、
まあ、そこまでキリキリ締める状況でもないし、
個人的に好きな「竹の水仙」で生喬がいろいろ喋ってくれそうだったし、
といった理由で行ってきた。
「前説」(生喬)
ミュージカルに出た話。1曲歌う。
被っていた帽子、私も買ってしまうかも。
「あくびの稽古」(こごろう):○-
マクラは花丸と宝塚に行った話。
スムーズにネタに入る。
ネタは、ほぼ南光と同じ。
けっこう濃い目に表情付けをし、そこでウケをとっていた。
稽古屋の主人、「貰い湯のあくび」でも気合を入れていたのだが、
個人的には名題にならないとできない「将棋のあくび」の緊張感の現れ、として
気合を入れる意味があると思うので、
「貰い湯」では入れない方が良いのでは、と思う。
「将棋のあくび」の眠くなり始めるところが少し遅いかな。
もう少し前から眠気がこみ上げる方が好み。
「竹の水仙」(生喬):○-
マクラは繁昌亭に出ている話。
けっこうマニアックだなあ。演者も、それでウケる客も。
ネタは(後の対談でも解説していたが)いろいろ直している。
直して良くなっている、と思うところと、
そこまでやらなくても良いのでは、と思うところ、
直さない方が良い、と思うところがある。
石高とか、「先触れ→先払い」
(これは、「払う」がゲンが良くないから「先触れ」にしていたのでは、と思うのだが)
などは直した方が良いと思うが、
「切り時が良いと水仙が水を吸う」話は、事実だとしても言わない方が良いと感じた。
それは、私が甚五郎の「神秘性」を残すべきだ、と考えているから。
「鰹節でネズミを彫る」ように、
甚五郎はカラクリを利用することはあるのだが、
それを敢えて言う必要はないだろう。
まあ、それが生喬の芸風かも知れないが。
階段を上がる時にいちいち足で音を立てるのだが、
少しリズムが悪い、と感じた。
後の方では、小拍子で切ってしまうか、
何も言わずに場面転換してしまっても構わないと思う。
「不幸せ」のサゲは、まあ、ありかな。
ただ、持っていき方が少し回りくどいと感じる。
対談「夕焼け日記」(生喬・こごろう+花丸)
「あくびの稽古」「竹の水仙」が誰から伝わったか、や、
習ったネタを他の人に伝える時に、元の師匠に断る、ということ。
後で花丸も出てきて、いろいろな師匠に稽古を付けて貰った時の話や、
自分が付けるようになって気付いたこと、しんどいことなど。
「竹の水仙」について、梅團治がハメを入れている、と言っていたが、
そうだっけ?
サゲも含めて、また聞き直しておこう、と思った。
対談が盛り上がって、21時過ぎに終演。
満腹でした。
【追記】
対談の中で、「笑福亭の独特の表現」ということで
「~だ」という語尾の話があったのだが、
あれは笑福亭、というより6代目のクセのように思う。
(「不摂生」といった妙な漢語も)
違和感無きにしも非ず、なので、
あまり囚われない方が良いのでは、と感じる。
今月最初の落語行き。
試験まで2週間切っているのに何やってんだ、という気もせんではなかったが、
まあ、そこまでキリキリ締める状況でもないし、
個人的に好きな「竹の水仙」で生喬がいろいろ喋ってくれそうだったし、
といった理由で行ってきた。
「前説」(生喬)
ミュージカルに出た話。1曲歌う。
被っていた帽子、私も買ってしまうかも。
「あくびの稽古」(こごろう):○-
マクラは花丸と宝塚に行った話。
スムーズにネタに入る。
ネタは、ほぼ南光と同じ。
けっこう濃い目に表情付けをし、そこでウケをとっていた。
稽古屋の主人、「貰い湯のあくび」でも気合を入れていたのだが、
個人的には名題にならないとできない「将棋のあくび」の緊張感の現れ、として
気合を入れる意味があると思うので、
「貰い湯」では入れない方が良いのでは、と思う。
「将棋のあくび」の眠くなり始めるところが少し遅いかな。
もう少し前から眠気がこみ上げる方が好み。
「竹の水仙」(生喬):○-
マクラは繁昌亭に出ている話。
けっこうマニアックだなあ。演者も、それでウケる客も。
ネタは(後の対談でも解説していたが)いろいろ直している。
直して良くなっている、と思うところと、
そこまでやらなくても良いのでは、と思うところ、
直さない方が良い、と思うところがある。
石高とか、「先触れ→先払い」
(これは、「払う」がゲンが良くないから「先触れ」にしていたのでは、と思うのだが)
などは直した方が良いと思うが、
「切り時が良いと水仙が水を吸う」話は、事実だとしても言わない方が良いと感じた。
それは、私が甚五郎の「神秘性」を残すべきだ、と考えているから。
「鰹節でネズミを彫る」ように、
甚五郎はカラクリを利用することはあるのだが、
それを敢えて言う必要はないだろう。
まあ、それが生喬の芸風かも知れないが。
階段を上がる時にいちいち足で音を立てるのだが、
少しリズムが悪い、と感じた。
後の方では、小拍子で切ってしまうか、
何も言わずに場面転換してしまっても構わないと思う。
「不幸せ」のサゲは、まあ、ありかな。
ただ、持っていき方が少し回りくどいと感じる。
対談「夕焼け日記」(生喬・こごろう+花丸)
「あくびの稽古」「竹の水仙」が誰から伝わったか、や、
習ったネタを他の人に伝える時に、元の師匠に断る、ということ。
後で花丸も出てきて、いろいろな師匠に稽古を付けて貰った時の話や、
自分が付けるようになって気付いたこと、しんどいことなど。
「竹の水仙」について、梅團治がハメを入れている、と言っていたが、
そうだっけ?
サゲも含めて、また聞き直しておこう、と思った。
対談が盛り上がって、21時過ぎに終演。
満腹でした。
【追記】
対談の中で、「笑福亭の独特の表現」ということで
「~だ」という語尾の話があったのだが、
あれは笑福亭、というより6代目のクセのように思う。
(「不摂生」といった妙な漢語も)
違和感無きにしも非ず、なので、
あまり囚われない方が良いのでは、と感じる。