【前回の続きです。】
安政2年(西暦1855年)、オランダ国王ウィレム3世が、徳川幕府に献上した蒸気帆船『観光丸』。
長崎海軍伝習所の練習艦だったこの船を、ハウステンボスはオランダで忠実に復元、自力回航して此処まで持って来たらしい。
そんなノスタルジックな木造帆船に乗って、大村湾周遊クルーズ。
私達が乗船した午後4時の回は、本日最終便という事で、結構賑わいが有った。
ホテル・デンハーグ前の乗船所には、主に修学旅行生や遠足に来た小学生が、列をなして待っていた。
乗船の合図と共に、それらが一斉に甲板に雪崩込む。
船内には売店付の座れる休憩所が在ったりしたが、あまりそちらには人は流れて行かなかった。
「そりゃそうだろ。遊覧船乗って景色観ないんじゃあ、乗った意味が無ェ。」
「確かにそうだわねー。」
船縁に寄り掛り話す私とゾロの前には、念願叶ってハイになり、メインマストをペタペタ触って回ってるルフィの姿。
「すっげーぶっといなーー!!それに高ェ~~!!上に見張台在るけど、あそこまで上るの大変だろぉなァ~~!!」
その側で青いジャンパー着た船員達が、困った様な顔して立っていた。
作業したくても、ルフィが邪魔で出来ないらしい。
「ルフィ!!こっちいらっしゃい!!後ろのお兄さん達、仕事出来なくて困ってるみたいだから!!」
私の声に反応し、ルフィが走り寄って来る。
丁度出航時間が来たらしく、帆船がゆっくりと動き出した。
甲板に居た子供達から歓声が上がる。
3人して船縁から身を乗り出し、船が岸から離れてく様を観守った。
強い海風が顔に当り、前髪が乱される。
「ルフィ、その船長帽、手に持ってた方が良いわ。風強いから、海に飛ばされちゃうかも。」
「ん?…そか!」
被ってた帽子を脱いで右手に持つ。
タイミング良く、脱いだ途端に突風が吹き付ける。
ルフィの広いおでこが全開にされた。
「晴れてくれてラッキーだったな♪おかげで青空クルーズが出来る♪」
雲は南端まで飛ばされ、上空はほぼ澄み切った青空。
陽が傾き、甲板上に幾つもの、長い影が伸びていた。
「まァねェ。でも日焼しちゃいそうで、本音少し曇ってくれてた方が良かったかな。」
「帰りの高速船5時だろ?これ乗ってて間に合うのか?」
「所要時間約35分。大丈夫、10分前にはマリンターミナルに入れるわよ。」
「どうせならこれ乗って空港行けりゃ良いのになー。」
「それは幾ら何でも無茶と言うものよ、ルフィ。」
強風でかなり波が高くなってるのに、船体は殆ど揺れなかった。
穏やかに、ゆっくりと航行してく。
「あの『大航海体験館』みたく、もっとバカゆれすりゃあ、面白ェーのになー。」
「そんなまで荒れてたら、中止になってるわよ!」
「やっぱり大型の船は、安定度が高いんだなァ。」
観えていた街並がどんどん小さくなって行き、ハウステンボスの全景までもが見渡せる位まで離れた。
と、急に甲板が賑やかになりだす。
メインマストの周囲に船員が並んで挨拶、これから催すショーの説明を始める。
帆を揚げる展帆作業を行うって事だった。
目の前のマストに、白い巨大な帆がスルスルと揚げられてく。
その巨大さたるや、何と畳44枚分有るらしい。
幾ら数人で力合せてるったって、澱み無く馴れた手捌きで、全く重みを感じさせない。
「うっはーー!!あーんなでっけーの簡単に揚げちまうなんて、すっげー怪力だなーー!!」
「力だけでなく、コツも有んのかもしれねェぜ。」
「迫力有るわねェ!やっぱプロの仕事は違うわ!」
メインマストに帆が無事揚がると、次は船首の三角帆を揚げる作業。
この作業は乗船客も参加出来るらしい。
そう聞いた途端にルフィの瞳が、ルックスを増して輝いた。
声掛ける間も無く、脱兎の勢いで船首の方走ってく。
「ちょ…!!ルフィ!!待っっ…!!」
追い駆けようと縁から離れて1歩踏み込んだ瞬間―――ガクン!!!と、船体がいきなり斜めに傾いた。
思わず、甲板に尻餅をつく。
頭上から止め処無く水が浴びせ掛けられた。
服がじっとり濡れてるのが感じられる。
驚いて上空を見上げる………真っ暗だ……雨雲がとぐろ巻いて空を覆ってる。
ドォォ…ン!!!と雷鳴が轟く音がした。
まるで嵐…そう嵐だ!!
荒狂う風、激しいスコール、降掛かる波飛沫で、甲板はすっかり水浸しになってる。
何、これ…?
何時の間にこんな天気になっちゃったのよ…?
ルフィ…?ゾロ…?皆、何処行っちゃったの…?
また大きく船体が傾く。
衝撃で後ろへ転がった。
木の樽が強風に煽られ、海上に飛ばされてく。
轟々と風が唸りを上げてる…凄い暴風雨だわ…。
休む間も無く振動が続いてる。
高波に船体が恐ろしい程持上げられ、そして一気に海面に叩き付けられた。
樽同様、海に放り投げられる恐怖を覚え、傍の縁にしがみ付く。
状況が、全く見えない。
さっきまであんな好天だったのに、何故?
沢山居た船員や乗客は、ルフィやゾロは、何処?
それにこの船…観光丸じゃないわ…!!
何なの?あの海賊旗の様な帆は?
麦藁被った髑髏!?…何よそのふざけたデザイン!!
船も小さいわ…まるでデ・リーフデ号位に…そうだ、大航海時代の船にそっくり…!!
それに……私の着てる服…違ってる!!
何時こんな薄地の、肩剥き出しミニスカワンピに着替えたっつうのよ…!?
呆然と甲板に座ってた前に、バシャバシャと水掻き分け、向って来る人影が見えた。
金髪…片目…グルグル眉毛……ああ…サンジ君だ…。
「…て…えええ!?サンジ君!!?何で此処に居るのォォ!!?」
「ナミさん!!!大丈夫か!?ナミさん!!?」
横殴りの雨風に晒され、髪も顔も黒いスーツも、私同様すっかりびしょ濡れだ。
肩に手を回し、抱き起こされる。
「此処に居たら危ねェ!!早く船内に…!!」
「ね、ねェ!!何なのこの嵐!?何で私この船乗ってるの!?…そもそも何でサンジ君が此処に――」
――またガクン!!!と、縦に大きく傾く。
溢れた水に足を取られて流され、サンジ君と一緒に甲板を滑り落ちてった。
壁に衝突寸前、甲板から何本も伸びた手に縫い止められ、私は難を逃れた。
……ん?…何本も伸びた…手……!!?
「キ…キャ~~~~~!!!いィィやァァ~~~~~!!!船幽霊~~~~!!!!」
「早く指示を出して航海士さん!!でないと向ってる方角がどんどんずれてしまうわ!!!」
「ロ…ロビン先生!!?何で先生まで此処に!!?」
甲板に縫い止められた体勢で、声のした方振り向くと、飛ばされない様マストにしがみ付きながら、ロビン先生が叫んでいた。
バタン!!と扉が開き、中から角を生やした狸が出て来る。
――狸ィィ!!?角ォォ!!?二足歩行~~~!!!?
「大変だァァ!!!船底に穴が開いたァァ~~~!!!」
――ああっっ!!しかも人語話してるゥゥ~~~~!!!
「よォ~~し!!!待ってろ!!!今修理に行ってやる!!!」
バタバタとウソップが板切れ抱えて甲板走ってった。
……ウ、ウソップまで……サンジ君も……あんたら、受験は諦めたっつうのォォ~~~~!!??
……あ…駄目…頭、混乱…脳味噌爆発しそう…。
きっとこれ夢だわ…そうよ、夢…常識的に言って、有得ないもの…。
寝ちゃおう、このまま…!!目が覚めればそこは暖かいベッドの上――
「寝たら駄目よ航海士さん!!!早く!!!早く船の方角確認して!!!」
「いやん、起さないで、先生v大丈夫、これ、夢だから。…てゆーか夢でなくっちゃ嫌。」
「現実逃避は止して航海士さん!!!」
肩を摑まれガクガクガクーと強く揺さぶられる……何てしつこい夢…でも負けないわ…眠るの…眠るのよ、自分。
…あ、何時の間にか手の拘束が解けてるし…良かった…やっぱり夢だったのねv
「眠ったら駄目だってば航海士さん!!!早くこのログポースを見て!!!」
「……ログ……ポース…??」
左腕を摑まれ、目の前にかざされる。
ブレスレットと一緒に、手首に嵌めてある、丸っこい変な物。
方位磁石に似てるけど……何の字盤も無いし……
「…こんなん見て、一体どうしろってんですか!!?大体、私、航海士じゃな――」
――また…今度は、大きな横揺れが来た。
今迄で1番のその揺れで、私の体が宙に浮き、真っ黒くうねってる波の中に投げ出される――すんでで、ギュルン!!と何か餅の様に伸びた物が体に巻き付き、強い力で船に引き戻された。
「あ…ぶなかったなァァ~~~ナミ!!!」
「あ、有難う…ルフィ…!!――ちょっと待って!!!あんた!!その腕伸びてる…!!!」
私の体にグルグル巻き付いてるそれは……ルフィの腕だった!!
「そりゃ伸びるさ!!ゴムだもんよ!!」
さも当然そうにルフィが言った……ええ!?えええええ!!!?
ずぶ濡れの頭の上には麦藁帽子、赤いノースリーブの服、ビーサン――こ、こいつも夏服ゥゥ!!?
「おい!!!ナミ!!!どうしたら良い!!?どうすりゃ良いんだよ俺達!!?」
「ど、どうすればって…私に聞かれても…!!」
「航海士のおめェに聞かないで誰に聞くんだよ!!?」
「だから私、航海士じゃないってば!!!!」
ぐいっっと背後から強い力で肩を摑まれる。
振り返ればゾロが――こいつまで妙ちくりんな格好してるゥゥ~~!!!
腹巻親父シャツに真剣が3本って、何なのよその常軌を逸したスタイルは!!?バ…バカボンパパのコスプレェェ!??
「ナミ!!!早く指示を出せ!!!これ以上波に翻弄されちまったら方角見失っちまう!!!」
「だ、だから…私にそんな事出来る訳無いでしょォ!!?私、船だって殆ど乗った事無いんだからっっ!!!」
――ザザザァ…!!!と高波が押寄せて来る。
甲板に波飛沫が大量に降掛かった。
「何とかしろ!!航海士っっ!!!」
――何とかしろ!!航海士っっ!!!
………ルフィ……
「しっかりしやがれ!!てめェが指示出さなきゃ、皆沈んじまうんだぞ!!」
――しっかりしやがれ!!てめェが指示出さなきゃ、皆沈んじまうんだぞ!!
………ゾロ……
腕に嵌めたログポースを見詰る。
透明な球に浮ぶ針が、真直ぐ、目指す方角を指していた。
…そうだ…私…この、ゴーイング・メリー号の航海士だったっけ…。
この偉大なる航路『グランドライン』を、皆で一緒に航海して。
何で…今迄、忘れてたんだろ。
「――ルフィ!!ゾロ!!急いで帆を畳んで!!サンジ君とロビンは舵を取って!!右へ75°ズレてるわ!!修正一刻も早くお願い!!!」
「畳むんだな!?解った!!!」
「おう!!!任しとけ!!!」
「凛々しいナミさんv素敵だァァ~~~vvv」
「緊急時にメロってないでコックさん!!急ぐわよ!!!」
大丈夫!!波に翻弄されたりしないわ。
どんな嵐でも、目指す方角見失ったりしない。
私は…航海士なんだから!
皆を導いてく役目なんだから…!!
……どれ位…経ったんだろう…?
…揺れが…治まってる…風の音も…静かだわ……。
空高くで…鴎が鳴いてる……良かった…漸く嵐を抜けたみたいね…。
首だけ動かし辺りを見回した。
私同様、甲板に皆して寝そべり、へばっていた。
直ぐ右隣にはチョッパーが…ああ、そうか…あんた、チョッパーだったわね…。
ゴメン、チョッパー…忘れて、狸なんて思っちゃって…。
そのチョッパーが、板切れ抱えたまま、うつ伏せで倒れてる。
「ね……チョッパー…船底の穴は塞がった…?」
「な、何とか塞がったよ…でも、未だ、底に溜った水…掻き出してないや…。」
「後で全員して掻き出しゃ良いさ……今は皆…少し休んどけ…。」
頭の方で船縁寄り掛ったゾロが擦れ声で言う。
「早く…1級ドッグに入れて、メリー修理して貰おうぜェェ~~!!…でねェと傷だらけで可哀想だ…。」
足下で転がってたウソップは、しくしくと涙声だ。
「そうね…此処はグランドライン、予測不能の海流渦巻く海。今回みたいな嵐は、これから幾度も襲って来るだろうし。出来るだけ船を頑丈にしとかないと、何時か防ぎ切れなくなるわ。」
左隣でロビンが、半身を起こして空を見詰てる。
「大丈夫さロビンちゃん!!この船には、海に最も愛された女神、ナミさんが居る!!その船が沈められる訳無ェ!!」
バタンと船室の扉を開け、珈琲人数分載せたトレー片手に、サンジ君が現れた。
ピシッと糊の効いた紺のスーツに着替え、口にはトレードマークの煙草を咥えている。
そして私やロビンに、「はいv」と熱い珈琲を手渡し、倒れてる男共の頭上にも、それを置いてった。
「おめェ…心底メルヘン野郎だな…脳味噌そのまま薔薇に浸らして窒息しちまえ。」
「んだコラ!?毬藻羊羹野郎!!頭に爪楊枝刺してパンッッと割っちまうぞゴルァァ!!?」
…自分だって疲れてるだろうに…ほんっっとマメなんだから。
「そうさ!!!この船には一流の航海士が居るんだ!!!ぜってェ沈むもんか!!!――なァ!!ナミ!!!」
傍に近寄り、私の顔を覗き込む様にして、ルフィが笑う。
見上げれば、麦藁帽子の向うに、太陽が重なって見えた。
「…当り前でしょ!!こんなに可愛くて海が大好きな私を、海の神様が沈めたりするもんですか!!!」
立ち上がり、宣誓するが如く、右手を天に突上げ叫んだ。
「さァ!!次の島に向って、また波を越えてくわよ…!!!」
「…つって、未だどっか廻る気かよ?右手突き上げエイエイオーなんて、いいかげんタフなヤツだなァ。」
「――え…??」
目の前には、ゾロが呆れた顔して、立っていた。
「もう直ぐ5時だぜ?諦めて、そろそろ高速船の乗り場に向わねェか?」
…高…速…船…?
耳元に喧騒が届く…船から桟橋に乗客が降りてく。
親子連れ、修学旅行生の群れ、挨拶して送出す観光丸の船員。
…何時の間にか、船はまた、観光丸に戻ってた。
羊のフィギュアヘッドの付いた、ゴーイング・メリー号の姿は無く。
ウソップも、サンジ君も、チョッパーも、ロビンの姿も無い。
桟橋の続く岸には、見慣れた赤煉瓦の街並。
ルフィが甲板を駆けて、こちらにやって来る。
服は元通りの赤いジャケット、頭の上にはガキっぽい船長帽…ゾロも緑のダウンジャケットにジーンズ、刀なんて勿論1本も差してない。
そう言えば、私の格好…!!
はっと思い出して見下ろす……オレンジのダッフルコートだ…何処も濡れてない…元のままだ…。
嵐に遭った痕跡なんて、何処を探しても見付からなかった…。
何よ…これ…?どういう現象なのよ…??
「楽しかったよなーアトラクション♪お前らも参加すりゃ良かったのに!!ロープ1本でハシゴ作っちまったり、三角ほ揚げたり…覚えときゃ将来役立つかもだぞ!!」
「ロープ持って無ェのに教わったってしょうがねェだろよ。」
「だったら買や良いじゃんか!!」
「そんだけの為にかよ!?…まァでも中々楽しめた。ネット登って帆の上まで行く業だとか、プロはやっぱ凄ェよな。」
「ほを揚げた所、写真とってもらったからな!!後でウソップ達に見せてうらやましがらせるんだ♪……そいやお前らは、どこで何してたんだ?」
「俺はだから、遠巻きにして観てただろ!ナミは……そう言えばナミ…お前は、何処で…何してたんだ…??」
「……私……?」
私は……
「……何、してたんだろう…?」
「「はァァ??」」
「お、おい!ナミ!!大丈夫か!?…お前、焦点合ってねェぞ!?」
「おい!!ナミ!!この手見えるか!?――ヒラヒラヒラ~~♪」
「……駄目だルフィ…完璧に放心しちまってる…。」
……私は……
……一体……
……何処で、何を、してたんだろう……?
【その39に続】
写真の説明~、観光丸乗船場の桟橋。
シルエットですが、観光丸写ってます。(笑)
連載、後2回…!(汗)
安政2年(西暦1855年)、オランダ国王ウィレム3世が、徳川幕府に献上した蒸気帆船『観光丸』。
長崎海軍伝習所の練習艦だったこの船を、ハウステンボスはオランダで忠実に復元、自力回航して此処まで持って来たらしい。
そんなノスタルジックな木造帆船に乗って、大村湾周遊クルーズ。
私達が乗船した午後4時の回は、本日最終便という事で、結構賑わいが有った。
ホテル・デンハーグ前の乗船所には、主に修学旅行生や遠足に来た小学生が、列をなして待っていた。
乗船の合図と共に、それらが一斉に甲板に雪崩込む。
船内には売店付の座れる休憩所が在ったりしたが、あまりそちらには人は流れて行かなかった。
「そりゃそうだろ。遊覧船乗って景色観ないんじゃあ、乗った意味が無ェ。」
「確かにそうだわねー。」
船縁に寄り掛り話す私とゾロの前には、念願叶ってハイになり、メインマストをペタペタ触って回ってるルフィの姿。
「すっげーぶっといなーー!!それに高ェ~~!!上に見張台在るけど、あそこまで上るの大変だろぉなァ~~!!」
その側で青いジャンパー着た船員達が、困った様な顔して立っていた。
作業したくても、ルフィが邪魔で出来ないらしい。
「ルフィ!!こっちいらっしゃい!!後ろのお兄さん達、仕事出来なくて困ってるみたいだから!!」
私の声に反応し、ルフィが走り寄って来る。
丁度出航時間が来たらしく、帆船がゆっくりと動き出した。
甲板に居た子供達から歓声が上がる。
3人して船縁から身を乗り出し、船が岸から離れてく様を観守った。
強い海風が顔に当り、前髪が乱される。
「ルフィ、その船長帽、手に持ってた方が良いわ。風強いから、海に飛ばされちゃうかも。」
「ん?…そか!」
被ってた帽子を脱いで右手に持つ。
タイミング良く、脱いだ途端に突風が吹き付ける。
ルフィの広いおでこが全開にされた。
「晴れてくれてラッキーだったな♪おかげで青空クルーズが出来る♪」
雲は南端まで飛ばされ、上空はほぼ澄み切った青空。
陽が傾き、甲板上に幾つもの、長い影が伸びていた。
「まァねェ。でも日焼しちゃいそうで、本音少し曇ってくれてた方が良かったかな。」
「帰りの高速船5時だろ?これ乗ってて間に合うのか?」
「所要時間約35分。大丈夫、10分前にはマリンターミナルに入れるわよ。」
「どうせならこれ乗って空港行けりゃ良いのになー。」
「それは幾ら何でも無茶と言うものよ、ルフィ。」
強風でかなり波が高くなってるのに、船体は殆ど揺れなかった。
穏やかに、ゆっくりと航行してく。
「あの『大航海体験館』みたく、もっとバカゆれすりゃあ、面白ェーのになー。」
「そんなまで荒れてたら、中止になってるわよ!」
「やっぱり大型の船は、安定度が高いんだなァ。」
観えていた街並がどんどん小さくなって行き、ハウステンボスの全景までもが見渡せる位まで離れた。
と、急に甲板が賑やかになりだす。
メインマストの周囲に船員が並んで挨拶、これから催すショーの説明を始める。
帆を揚げる展帆作業を行うって事だった。
目の前のマストに、白い巨大な帆がスルスルと揚げられてく。
その巨大さたるや、何と畳44枚分有るらしい。
幾ら数人で力合せてるったって、澱み無く馴れた手捌きで、全く重みを感じさせない。
「うっはーー!!あーんなでっけーの簡単に揚げちまうなんて、すっげー怪力だなーー!!」
「力だけでなく、コツも有んのかもしれねェぜ。」
「迫力有るわねェ!やっぱプロの仕事は違うわ!」
メインマストに帆が無事揚がると、次は船首の三角帆を揚げる作業。
この作業は乗船客も参加出来るらしい。
そう聞いた途端にルフィの瞳が、ルックスを増して輝いた。
声掛ける間も無く、脱兎の勢いで船首の方走ってく。
「ちょ…!!ルフィ!!待っっ…!!」
追い駆けようと縁から離れて1歩踏み込んだ瞬間―――ガクン!!!と、船体がいきなり斜めに傾いた。
思わず、甲板に尻餅をつく。
頭上から止め処無く水が浴びせ掛けられた。
服がじっとり濡れてるのが感じられる。
驚いて上空を見上げる………真っ暗だ……雨雲がとぐろ巻いて空を覆ってる。
ドォォ…ン!!!と雷鳴が轟く音がした。
まるで嵐…そう嵐だ!!
荒狂う風、激しいスコール、降掛かる波飛沫で、甲板はすっかり水浸しになってる。
何、これ…?
何時の間にこんな天気になっちゃったのよ…?
ルフィ…?ゾロ…?皆、何処行っちゃったの…?
また大きく船体が傾く。
衝撃で後ろへ転がった。
木の樽が強風に煽られ、海上に飛ばされてく。
轟々と風が唸りを上げてる…凄い暴風雨だわ…。
休む間も無く振動が続いてる。
高波に船体が恐ろしい程持上げられ、そして一気に海面に叩き付けられた。
樽同様、海に放り投げられる恐怖を覚え、傍の縁にしがみ付く。
状況が、全く見えない。
さっきまであんな好天だったのに、何故?
沢山居た船員や乗客は、ルフィやゾロは、何処?
それにこの船…観光丸じゃないわ…!!
何なの?あの海賊旗の様な帆は?
麦藁被った髑髏!?…何よそのふざけたデザイン!!
船も小さいわ…まるでデ・リーフデ号位に…そうだ、大航海時代の船にそっくり…!!
それに……私の着てる服…違ってる!!
何時こんな薄地の、肩剥き出しミニスカワンピに着替えたっつうのよ…!?
呆然と甲板に座ってた前に、バシャバシャと水掻き分け、向って来る人影が見えた。
金髪…片目…グルグル眉毛……ああ…サンジ君だ…。
「…て…えええ!?サンジ君!!?何で此処に居るのォォ!!?」
「ナミさん!!!大丈夫か!?ナミさん!!?」
横殴りの雨風に晒され、髪も顔も黒いスーツも、私同様すっかりびしょ濡れだ。
肩に手を回し、抱き起こされる。
「此処に居たら危ねェ!!早く船内に…!!」
「ね、ねェ!!何なのこの嵐!?何で私この船乗ってるの!?…そもそも何でサンジ君が此処に――」
――またガクン!!!と、縦に大きく傾く。
溢れた水に足を取られて流され、サンジ君と一緒に甲板を滑り落ちてった。
壁に衝突寸前、甲板から何本も伸びた手に縫い止められ、私は難を逃れた。
……ん?…何本も伸びた…手……!!?
「キ…キャ~~~~~!!!いィィやァァ~~~~~!!!船幽霊~~~~!!!!」
「早く指示を出して航海士さん!!でないと向ってる方角がどんどんずれてしまうわ!!!」
「ロ…ロビン先生!!?何で先生まで此処に!!?」
甲板に縫い止められた体勢で、声のした方振り向くと、飛ばされない様マストにしがみ付きながら、ロビン先生が叫んでいた。
バタン!!と扉が開き、中から角を生やした狸が出て来る。
――狸ィィ!!?角ォォ!!?二足歩行~~~!!!?
「大変だァァ!!!船底に穴が開いたァァ~~~!!!」
――ああっっ!!しかも人語話してるゥゥ~~~~!!!
「よォ~~し!!!待ってろ!!!今修理に行ってやる!!!」
バタバタとウソップが板切れ抱えて甲板走ってった。
……ウ、ウソップまで……サンジ君も……あんたら、受験は諦めたっつうのォォ~~~~!!??
……あ…駄目…頭、混乱…脳味噌爆発しそう…。
きっとこれ夢だわ…そうよ、夢…常識的に言って、有得ないもの…。
寝ちゃおう、このまま…!!目が覚めればそこは暖かいベッドの上――
「寝たら駄目よ航海士さん!!!早く!!!早く船の方角確認して!!!」
「いやん、起さないで、先生v大丈夫、これ、夢だから。…てゆーか夢でなくっちゃ嫌。」
「現実逃避は止して航海士さん!!!」
肩を摑まれガクガクガクーと強く揺さぶられる……何てしつこい夢…でも負けないわ…眠るの…眠るのよ、自分。
…あ、何時の間にか手の拘束が解けてるし…良かった…やっぱり夢だったのねv
「眠ったら駄目だってば航海士さん!!!早くこのログポースを見て!!!」
「……ログ……ポース…??」
左腕を摑まれ、目の前にかざされる。
ブレスレットと一緒に、手首に嵌めてある、丸っこい変な物。
方位磁石に似てるけど……何の字盤も無いし……
「…こんなん見て、一体どうしろってんですか!!?大体、私、航海士じゃな――」
――また…今度は、大きな横揺れが来た。
今迄で1番のその揺れで、私の体が宙に浮き、真っ黒くうねってる波の中に投げ出される――すんでで、ギュルン!!と何か餅の様に伸びた物が体に巻き付き、強い力で船に引き戻された。
「あ…ぶなかったなァァ~~~ナミ!!!」
「あ、有難う…ルフィ…!!――ちょっと待って!!!あんた!!その腕伸びてる…!!!」
私の体にグルグル巻き付いてるそれは……ルフィの腕だった!!
「そりゃ伸びるさ!!ゴムだもんよ!!」
さも当然そうにルフィが言った……ええ!?えええええ!!!?
ずぶ濡れの頭の上には麦藁帽子、赤いノースリーブの服、ビーサン――こ、こいつも夏服ゥゥ!!?
「おい!!!ナミ!!!どうしたら良い!!?どうすりゃ良いんだよ俺達!!?」
「ど、どうすればって…私に聞かれても…!!」
「航海士のおめェに聞かないで誰に聞くんだよ!!?」
「だから私、航海士じゃないってば!!!!」
ぐいっっと背後から強い力で肩を摑まれる。
振り返ればゾロが――こいつまで妙ちくりんな格好してるゥゥ~~!!!
腹巻親父シャツに真剣が3本って、何なのよその常軌を逸したスタイルは!!?バ…バカボンパパのコスプレェェ!??
「ナミ!!!早く指示を出せ!!!これ以上波に翻弄されちまったら方角見失っちまう!!!」
「だ、だから…私にそんな事出来る訳無いでしょォ!!?私、船だって殆ど乗った事無いんだからっっ!!!」
――ザザザァ…!!!と高波が押寄せて来る。
甲板に波飛沫が大量に降掛かった。
「何とかしろ!!航海士っっ!!!」
――何とかしろ!!航海士っっ!!!
………ルフィ……
「しっかりしやがれ!!てめェが指示出さなきゃ、皆沈んじまうんだぞ!!」
――しっかりしやがれ!!てめェが指示出さなきゃ、皆沈んじまうんだぞ!!
………ゾロ……
腕に嵌めたログポースを見詰る。
透明な球に浮ぶ針が、真直ぐ、目指す方角を指していた。
…そうだ…私…この、ゴーイング・メリー号の航海士だったっけ…。
この偉大なる航路『グランドライン』を、皆で一緒に航海して。
何で…今迄、忘れてたんだろ。
「――ルフィ!!ゾロ!!急いで帆を畳んで!!サンジ君とロビンは舵を取って!!右へ75°ズレてるわ!!修正一刻も早くお願い!!!」
「畳むんだな!?解った!!!」
「おう!!!任しとけ!!!」
「凛々しいナミさんv素敵だァァ~~~vvv」
「緊急時にメロってないでコックさん!!急ぐわよ!!!」
大丈夫!!波に翻弄されたりしないわ。
どんな嵐でも、目指す方角見失ったりしない。
私は…航海士なんだから!
皆を導いてく役目なんだから…!!
……どれ位…経ったんだろう…?
…揺れが…治まってる…風の音も…静かだわ……。
空高くで…鴎が鳴いてる……良かった…漸く嵐を抜けたみたいね…。
首だけ動かし辺りを見回した。
私同様、甲板に皆して寝そべり、へばっていた。
直ぐ右隣にはチョッパーが…ああ、そうか…あんた、チョッパーだったわね…。
ゴメン、チョッパー…忘れて、狸なんて思っちゃって…。
そのチョッパーが、板切れ抱えたまま、うつ伏せで倒れてる。
「ね……チョッパー…船底の穴は塞がった…?」
「な、何とか塞がったよ…でも、未だ、底に溜った水…掻き出してないや…。」
「後で全員して掻き出しゃ良いさ……今は皆…少し休んどけ…。」
頭の方で船縁寄り掛ったゾロが擦れ声で言う。
「早く…1級ドッグに入れて、メリー修理して貰おうぜェェ~~!!…でねェと傷だらけで可哀想だ…。」
足下で転がってたウソップは、しくしくと涙声だ。
「そうね…此処はグランドライン、予測不能の海流渦巻く海。今回みたいな嵐は、これから幾度も襲って来るだろうし。出来るだけ船を頑丈にしとかないと、何時か防ぎ切れなくなるわ。」
左隣でロビンが、半身を起こして空を見詰てる。
「大丈夫さロビンちゃん!!この船には、海に最も愛された女神、ナミさんが居る!!その船が沈められる訳無ェ!!」
バタンと船室の扉を開け、珈琲人数分載せたトレー片手に、サンジ君が現れた。
ピシッと糊の効いた紺のスーツに着替え、口にはトレードマークの煙草を咥えている。
そして私やロビンに、「はいv」と熱い珈琲を手渡し、倒れてる男共の頭上にも、それを置いてった。
「おめェ…心底メルヘン野郎だな…脳味噌そのまま薔薇に浸らして窒息しちまえ。」
「んだコラ!?毬藻羊羹野郎!!頭に爪楊枝刺してパンッッと割っちまうぞゴルァァ!!?」
…自分だって疲れてるだろうに…ほんっっとマメなんだから。
「そうさ!!!この船には一流の航海士が居るんだ!!!ぜってェ沈むもんか!!!――なァ!!ナミ!!!」
傍に近寄り、私の顔を覗き込む様にして、ルフィが笑う。
見上げれば、麦藁帽子の向うに、太陽が重なって見えた。
「…当り前でしょ!!こんなに可愛くて海が大好きな私を、海の神様が沈めたりするもんですか!!!」
立ち上がり、宣誓するが如く、右手を天に突上げ叫んだ。
「さァ!!次の島に向って、また波を越えてくわよ…!!!」
「…つって、未だどっか廻る気かよ?右手突き上げエイエイオーなんて、いいかげんタフなヤツだなァ。」
「――え…??」
目の前には、ゾロが呆れた顔して、立っていた。
「もう直ぐ5時だぜ?諦めて、そろそろ高速船の乗り場に向わねェか?」
…高…速…船…?
耳元に喧騒が届く…船から桟橋に乗客が降りてく。
親子連れ、修学旅行生の群れ、挨拶して送出す観光丸の船員。
…何時の間にか、船はまた、観光丸に戻ってた。
羊のフィギュアヘッドの付いた、ゴーイング・メリー号の姿は無く。
ウソップも、サンジ君も、チョッパーも、ロビンの姿も無い。
桟橋の続く岸には、見慣れた赤煉瓦の街並。
ルフィが甲板を駆けて、こちらにやって来る。
服は元通りの赤いジャケット、頭の上にはガキっぽい船長帽…ゾロも緑のダウンジャケットにジーンズ、刀なんて勿論1本も差してない。
そう言えば、私の格好…!!
はっと思い出して見下ろす……オレンジのダッフルコートだ…何処も濡れてない…元のままだ…。
嵐に遭った痕跡なんて、何処を探しても見付からなかった…。
何よ…これ…?どういう現象なのよ…??
「楽しかったよなーアトラクション♪お前らも参加すりゃ良かったのに!!ロープ1本でハシゴ作っちまったり、三角ほ揚げたり…覚えときゃ将来役立つかもだぞ!!」
「ロープ持って無ェのに教わったってしょうがねェだろよ。」
「だったら買や良いじゃんか!!」
「そんだけの為にかよ!?…まァでも中々楽しめた。ネット登って帆の上まで行く業だとか、プロはやっぱ凄ェよな。」
「ほを揚げた所、写真とってもらったからな!!後でウソップ達に見せてうらやましがらせるんだ♪……そいやお前らは、どこで何してたんだ?」
「俺はだから、遠巻きにして観てただろ!ナミは……そう言えばナミ…お前は、何処で…何してたんだ…??」
「……私……?」
私は……
「……何、してたんだろう…?」
「「はァァ??」」
「お、おい!ナミ!!大丈夫か!?…お前、焦点合ってねェぞ!?」
「おい!!ナミ!!この手見えるか!?――ヒラヒラヒラ~~♪」
「……駄目だルフィ…完璧に放心しちまってる…。」
……私は……
……一体……
……何処で、何を、してたんだろう……?
【その39に続】
写真の説明~、観光丸乗船場の桟橋。
シルエットですが、観光丸写ってます。(笑)
連載、後2回…!(汗)