小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

夏目漱石が『門』に遺した元勲の死とは

2022年07月16日 | 国際・政治

購読している新聞の『大波小波』という文化コラム欄に、「漱石の『門』と狙撃事件」と題して、故安倍晋三氏を追悼した小文が掲載されていた。
追悼といっても、初代総理大臣の伊藤博文など凶弾で斃れた政治家と比較して、今回の狙撃事件は単に犯人の個人的な怨恨によるもので、「容疑者の思想的背景や社会的思いつめは皆無なのであろう」と見立てているが・・。

つづいて寸又峡ライフル事件の金嬉老を引き合いにし、厖大な法廷陳述書を残すほどの思想的営為を為した、一個の人間としての重み(責任、倫理)は、今回の犯人にはないとしているようだ。書き手の「羅漢」なる匿名作者は、結文にこう書いている。

可愛そうに、これでは故人は「歴史的に偉い人」になれないではないか。政治的理念に殉ずることができないではないか。追悼

まったく同様の感慨を小生はもっているが、こうした視点でみれば故安部元首相の死はまさに「悶死」もしくは「非命」だといえないか。再三書いているように、彼の死は日本保守の大衆や国際社会から深く悼まれ、生前の功績を称えられている。その一方では、彼の為政者としての営為を評価しない人々は、表には出ないものの、死を悼む人たちと同じぐらいの数はいると思う。小生はその立場をとらないものだが、その理由をこと細かく書かない。

ただ一つ、モリカケ問題に関して、自らが起因した言動で省庁ぐるみの証拠隠滅・改ざんがまかり通ってしまったこと。法治国家としての機能不全がここから始まったといえる。

さらに、その前代未聞の脱法行為を一個人に押しつけ、自死へと追いやったこと。世にいうところの「赤木さん事件」である。
この「もりかけ問題」において、弱い立場の人を押しつぶしてまで、己の権力・威信のみを優先した。政治家としてはいかがなものであろうか。いや、言語道断だ。人によっては万死にも値するという厳しい声もある。

非科学的な言説になるが、故赤木さんの行き場のない怨念は、統一教会への怨恨をもった山木某容疑者に憑依したかもしれない。そう思ってもおかしくないほどに、故安部元首相の死は奇怪であり、政治家の死としては捉えどころがないものといえないか。国葬でもしなければ、故安倍首相を担いだ多く人々は、取り憑かれた日本の悪霊を祓えないと考えているかもしれない。

さて、冒頭の「漱石の『門』と狙撃事件」であるが、「羅漢」なる匿名作者は、漱石の『門』の以下の一節を引用している。

「己(おれ)見た様な腰弁は、殺されちゃ厭だが、伊藤さん見た様な人は、哈爾濱(ハルピン)へ行って殺される方が可(い)いんよ」
「何故って伊藤さんは殺されたから、歴史的に偉い人になれるのさ」

『三四郎』、『それから』に続く『門』で、宗助は三角関係のすえに友人を裏切り、その妻を得た。社会的に追い詰められ、気概を失った宗助は、崖の下の侘しい住まいで、上記の世間話を妻の兄小六と語るのだ。何十年ぶりか、もっと読みたくなって、文庫本を引っぱり出して該当箇所を探してみた。

「どうして、まあ殺されたんでしょう」と御米は号外を見たとき、宗助に聞いたと同じ事を又小六に向って聞いた。
「短銃をポンポン連発したのが命中したんです」と小六は正直に答えた。
「だけどさ。どうして殺されたんでしょう」
 中略
「そう。でも厭ねえ。殺されちゃ」と云った。
「己(おれ)見た様な腰弁は、殺されちゃ厭だが、伊藤さん見た様な人は、哈爾濱(ハルピン)へ行って殺される方が可(い)いんよ」と宗助が始めて(ママ)調子づいた口を利いた。
「あら、何故」
「何故って伊藤さんは殺されたから、歴史的に偉い人になれるのさ。ただ死んでご覧、こうは行かないよ」

それから満州、哈爾濱の話をして、食事にかんする日常的な会話にうつってゆく。

そういえば、伊藤博文は初代をふくめ総理大臣を何回も務めた。安倍元首相と同じ山口県・長州藩の出身だ。憂国の士、松田松陰がつくった「松下村塾」の末席ほどに居た青年が伊藤博文。山形有朋も同じだが、「明治の元勲たちは、いつ自分が暗殺されてもいいと覚悟していた。幕末には自分たちも暗殺に関わり、同志たちの暗殺を眼前にしてきたからである。安倍氏はどうだったのか。法治国家日本で自分が凶弾に倒れるとは、まさか予想していなかったはずだ」と、コラムの作者「羅漢」氏は慨嘆している。

故安倍元首相の評価、裁定は、アベノミクスはもちろん、特定秘密保護法制定、集団的自衛権を認めた戦争法制定、共謀罪創設の是非をふくめて何年もかけて行わなければならない。日米従属を決定づけた故岸、佐藤の両氏の裁定も不十分だと思われる。保守、リベラルの立場を超えた論議が必要だ。

 

▲政府要人、政治家の暗殺・暗殺未遂事件。ビデオニュースより


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