そんな時、仁を皆で囲んだ時のように、仁がマサミを抱いた時のようにヒカルはミサキを抱いた。震えるミサキの呼吸がヒカルの呼吸と同調し、ゆっくりと体温が伝わるまで二人は抱き合った。軽くキッスをして確かめるように抱きしめるまで。
ミサキはヒカルに世話になっていることがすまなく思えることもあった。なれない仕事で疲れて帰るヒカルのために家事くらいは何とかしようと思うのだが、名古屋の資産家の家に生まれたミサキは高校を卒業するまで家事というものをしたことがなかった。合宿所での共同生活でもミサキの家事音痴は有名で、料理の担当は皮むきくらいだった。炊飯器の使い方も解らず、卵を焼こうとすると部屋中が煙に包まれた。片付けをしようとしても、あちらのものがこちらに、こちらのものがあちらに移動するだけで必要なものが必要なところにいくことはなく、始める前より散らかってしまった。洗濯機を回そうとすると洗剤の海ができた。ミサキの行動にヒカルが声を荒げることはなかった。最初の一週間は外食が中心で、次の週からはヒカルが食事を作った。田舎から出てきたヒカルは親の仕送りも少なく外食をする余裕はなかった。そのため親から送られてくる米をたき、野菜を切った。ヒロムの部屋には使うわけはないが電化製品はそれなりにそろっていた。朝は卵と味噌汁、納豆、夜はサラダに煮魚くらいはできた。次の週になるとミサキは図書館で料理の本をコピーし、電化製品の説明書を読み、ヒカルが帰る前に掃除をし、料理を済ませ、読書をしながらベルのなるのを待つほどになった。ミサキは自分が少しづつでもヒカルの役にたっていくのがうれしかった。時には失敗もするがヒカルはそんなミサキが愛おしかった。おかしなことで始まった恋が少しづつ形になっていった。
そんなふたりにとって、土曜日は特別な日だった。生活に追われることなどなかった二人が生活に追われていた。家事に人の倍以上時間がかかるミサキが手を休ることができ、毎日が日曜日のような学生生活から日曜日しか休みがない肉体労働者に変わったヒカルにも心に余裕ができる、そんな日だった。
黄色い壁の居酒屋でシザーサラダと五百ミリの瓶ビールを頼み、飲み始める。一杯目が飲み終わるくらいでミサキは真っ赤な顔になった。チョリソを頼み、ヒカルがウォッカを一杯、残りのビールをミサキが飲み終えるころにヒカルもほろ酔い加減になった。二人は手を繋ぎ、外へ出た。イタリアンレストランでコーヒーとケーキを頼み、ヒカルの隣にミサキが腰掛け、肩を触れながらうれしそうにケーキを頬張る。ヒカルはコーヒーを飲みながら、最近覚えた煙草に火をつける。会話らしい会話もないまま時間が過ぎていく。 それくらいでよかった。それくらいでも特別だった。
下北沢を後にして、ヒロムの部屋に戻るのは十時過ぎくらいだった。ヒカルは親以外の人間と共同生活をするのは初めてだった。しかも女性と。この部屋に逃げ込んできたときから、二人は別々の布団に寝た。だが、ミサキはあまり眠れず、ヒカルの布団にもぐりこんできた。ヒカルが寄り添うようにして眠っているミサキに気づくのはいつも朝だった。
ミサキはヒカルに世話になっていることがすまなく思えることもあった。なれない仕事で疲れて帰るヒカルのために家事くらいは何とかしようと思うのだが、名古屋の資産家の家に生まれたミサキは高校を卒業するまで家事というものをしたことがなかった。合宿所での共同生活でもミサキの家事音痴は有名で、料理の担当は皮むきくらいだった。炊飯器の使い方も解らず、卵を焼こうとすると部屋中が煙に包まれた。片付けをしようとしても、あちらのものがこちらに、こちらのものがあちらに移動するだけで必要なものが必要なところにいくことはなく、始める前より散らかってしまった。洗濯機を回そうとすると洗剤の海ができた。ミサキの行動にヒカルが声を荒げることはなかった。最初の一週間は外食が中心で、次の週からはヒカルが食事を作った。田舎から出てきたヒカルは親の仕送りも少なく外食をする余裕はなかった。そのため親から送られてくる米をたき、野菜を切った。ヒロムの部屋には使うわけはないが電化製品はそれなりにそろっていた。朝は卵と味噌汁、納豆、夜はサラダに煮魚くらいはできた。次の週になるとミサキは図書館で料理の本をコピーし、電化製品の説明書を読み、ヒカルが帰る前に掃除をし、料理を済ませ、読書をしながらベルのなるのを待つほどになった。ミサキは自分が少しづつでもヒカルの役にたっていくのがうれしかった。時には失敗もするがヒカルはそんなミサキが愛おしかった。おかしなことで始まった恋が少しづつ形になっていった。
そんなふたりにとって、土曜日は特別な日だった。生活に追われることなどなかった二人が生活に追われていた。家事に人の倍以上時間がかかるミサキが手を休ることができ、毎日が日曜日のような学生生活から日曜日しか休みがない肉体労働者に変わったヒカルにも心に余裕ができる、そんな日だった。
黄色い壁の居酒屋でシザーサラダと五百ミリの瓶ビールを頼み、飲み始める。一杯目が飲み終わるくらいでミサキは真っ赤な顔になった。チョリソを頼み、ヒカルがウォッカを一杯、残りのビールをミサキが飲み終えるころにヒカルもほろ酔い加減になった。二人は手を繋ぎ、外へ出た。イタリアンレストランでコーヒーとケーキを頼み、ヒカルの隣にミサキが腰掛け、肩を触れながらうれしそうにケーキを頬張る。ヒカルはコーヒーを飲みながら、最近覚えた煙草に火をつける。会話らしい会話もないまま時間が過ぎていく。 それくらいでよかった。それくらいでも特別だった。
下北沢を後にして、ヒロムの部屋に戻るのは十時過ぎくらいだった。ヒカルは親以外の人間と共同生活をするのは初めてだった。しかも女性と。この部屋に逃げ込んできたときから、二人は別々の布団に寝た。だが、ミサキはあまり眠れず、ヒカルの布団にもぐりこんできた。ヒカルが寄り添うようにして眠っているミサキに気づくのはいつも朝だった。