仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

耳もとで囁いてⅢ

2008年06月11日 14時53分05秒 | Weblog
 どれくらいの時間がたったのだろう。ミサキは無意識の闇の中から、意識の地平に辿り着く前に夢を見た。深いジャングルの中で膝を抱えていた。身体中が湿気で重かった。喉が渇いた。喉が異常に渇いた。水の臭いがした。そう、水の臭いがわかった。立ち上がろうとするのだが、立ち上がれず、手を突いて、這うようにして臭いのほうに向かった。水の冷たさを右手に感じた。手ですくおうとする前に口が水を飲んでいた。冷たい水が身体全体にしみわたった。口を上げ、息を吸った。もう一度飲もうとすると、乱れた水面が穏やかになり、そこに自分の顔が映った。とがった耳の横に大きな鹿の角、眼光鋭い鷹の目、牙をむき出したライオンの口、驚きのあまり、ウァウと声を出して立ち上がろうとするのだが、バランスが崩れ、前足、そう前足を付いた。振り向いて身体を見渡せば、胸までが鋭いナイフの爪を持つライオン、そこから下が健脚の鹿、さらにそれ自体が独立して動き回る大蛇の尻尾が胴に絡みついていた。堕落した自分の身体がついに、奇獣に変容したかと思われた。悲しみがこみ上げてきた。涙が出そうになったが、鷹の目からは一粒も落ちることはなく、ライオンの口がもう一度水面を乱した。
 その静寂の泉には小鹿や猿、リス、シマウマなどの小動物も喉を潤しに来ていた。喉の渇きが癒えた奇獣は、フーと息をつくと空腹を感じた。身体は次の獲物に向かって動き出した。茂みを掻き分け、足音を殺して、一番近い小鹿の脇に来た。健脚が地を蹴り、小鹿に襲い掛かった。ナイフの爪が胴を押さえ付け、牙が喉元を喰いちぎった。異変を感じたほかの小動物は泉から一気に逃げ出した。奇獣は小鹿の骨に付いたわずかな肉片を残してすべてを食い尽くした。鹿の健脚を持つ奇獣が小鹿を食らうのだ。共食いではないのか。激しい食欲はそんなミサキの意識をもねじ伏せ、食い尽くした。泉に鮮血が拡がった。
 なぜ、なぜこんなことが許されるのだ。悲しみと屈辱感にさいなまれるミサキを無視するかのように食欲の後は、睡魔が奇獣をとらえた。このままでは眠れない。必死に睡魔と戦うミサキの意識、その耳もとで、奇獣の耳もとにキツツキが舞い降りた。耳を鋭い口ばしで突いた。
「また来る。また来る。・・・・・」
と言っているように耳もとで響いた。払いのけようとすると飛び立ち、また、舞い降りて
「また来る。また来る。・・・・・」
苛立たしさが募った。が、その音がノックの音に変わった。