仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

耳もとで囁いてⅤ

2008年06月16日 12時59分01秒 | Weblog
「いやー、すまない、すまない、」
ヒロムは笑いを堪えて続けた。
「その格好が、・・・・」
 ミサキは、慌てて出てきた。化粧品も持っていなかった。髪を黒ゴムで一つに結束して、コンタクトは痛いので、黒縁メガネで出てきた。普段は家着、と言ってもタンクトップに短パンだったり、ガボッとかぶれるヌーヌーみたいなやつだったり、外出する時の洋服はヒカルと買ったワンピースしかなかった。でも、それはヒカルと出かける時以外は着たくなかった。そう、ミサキは、ここのところ、一人で出かけるのは近所の買い物くらいで、家着にスタジャンでよかった。
「着るものないの。」
ヒロムが言うと、ミサキはうつむき加減に肯いた。
「買いのもに行こう。」
ミサキは困った。新しい服が在ったら、ヒカルはなんて思うのだろう。ヒカルにはヒロムがきたことをまだ話していない。それに服が買えるほど、余分お金は預かっていなかった。困っていると
「行こう。」
ヒロムが立ち上がろうとした。ミサキは中腰になって、ヒロムの右手を取った。そのとき、ヒロムはミサキの右手からヒカルが感じたのと同様の電気が走るような感覚に捕らわれた。ミサキは意識したわけではなかった。座らせようと嘆願する気持ちが、ミサキの右手を隠微な右手にした。ヒロムは、ビクンとして手を払い、座り直した。ミサキはハッとして、中に浮いた手を引っ込め、座った。
「何、」
ヒロムは性的な快感にはなれていなかった。「ベース」で行われる儀式は性的なものとは違うものと解釈していた。性的なものはむしろ自慰行為によってのみ感じてきたようなところがあった。そんなヒロムにとって、ミサキの右手は性的な快感に導くような感触を与えた。ミサキはうつむいたままだった。
「買い物なんか行かなくていいです。」
ボソッとつぶやくようにミサキが言った。フンっと鼻を鳴らし、苛立ってきそうな気分を押さえてヒロムはグラスの水を含んだ。
「今のは何。」
「いえ、あなたが立ち上がろうとしたから、」
しばらく沈黙が二人包んだ。ミサキは下を向き、右手で左手を撫でていた。ヒロムの目はその右手を見ていた。つぶやくようにヒロムが言った。
「君は、その手で、ヒ・・・」
そう言いかけて、ヒロムは言葉を飲み込んだ。またしばらく、沈黙があり、ヒロムは静かに質問を始めた。今までとは違い、初めて会ったもの同士が共通点を探すように・・・
「ミサキはどこの出身なもの、云々・・・」
というように話を進めた。考えてみれば、ヒカルの出身も会員書を作るといって、集計するまでは知らなかった。だから、ヒロム自身は白々しさを感じさせないように言葉を選んだ。ミサキは名前で呼ばれるのに抵抗を感じた。そうすることが当然のように話すヒロムの話し方に少しづつ慣れた。ミサキはメガネを外した。そうすれば相手の顔もはっきりは見えない。そのほうが話しやすかった。メガネを外したミサキを見てヒロムはドキッとした。化粧などしなくとも、その顔は整い、美しかった。先ほどの右手の感触がよみがえった。少し言葉に詰まったがヒロムは続けた。
 ヒロムが何故、変わったか、それはヒトミを使って、女性との話し方を練習したからだろう。名古屋なら、電車を一度乗り換えるだけで自分の田舎からいけるなど、直接的な質問は、その日は避けた。ミサキの警戒心が少し薄れたのか、ポツ、ポツといった感じで答えた。ヒロムはミサキの生い立ち程度の情報を得たところで、時計を見た。二時間くらいが過ぎていた。ヒロムは話をまとめ、
「今日はありがとう、また、来るよ。」
と言うと腰を上げた。会計をして外に出た。ミサキも後に続いた。駅のに向かいながら、ミサキの耳もとにフッと口を寄せ、
「今度、ヒカルに言っといてよ。僕が洋服を提供するって、じゃあ。」
そういうと振り向き、切符売り場に足早に歩き出した。ミサキはドキドキしている自分に気づいた。ミサキは不思議な気がした。違うに人と話をしたような気がした。ヒカルに話していいものか、最初にヒロムが来たときに話ができなかったことが悔やまれた。ヒカルに話すことができないと感じる自分がいた。

耳もとで囁いてⅣ

2008年06月12日 12時55分09秒 | Weblog
トントン、トントン、トントントン
同じリズムで
トントン、トントン、トントントン
ミサキは飛び起きた。目まいがした。フラフラしながら玄関に向かった。
トントン、トントン、トントントン
鍵穴に鍵の入る音がした。ミサキはドアノブに手を伸ばそうとしたが、玄関の前で座り込んだ。ヒカルがドアを開けると、窓からの明りが逆光となって黒い塊のよう見えるミサキが目の前にいた。垂れた頭に後ろ髪が覆いかぶさり顔を見ることはできなかった。
「ミサキ、ミサキ、どうしたの。」
ヒカルは腰を落として、ミサキの肩に手をやり覗き込んだ。
「見ないで!」
ミサキは顔をそむけた。
「凄い顔なの。凄い顔になってしまったもの。」
ヒカルはわけが解らなかった。明りを点け、覗き込もうとするとミサキは顔を手で隠した。
「どうしたの。」
「えっ、」
ヒカルは立ち上がらせ、洗面所に連れて行った。顔を隠しているミサキの手を取り、鏡を向かせた。
「どこがすごい顔なの。」
二人で鏡を覗くと少し目は腫れているが、普段のミサキの顔があった。
「フフっ、」
二人は笑った。ヒカルが電気もつけないでどうしたのか、と聞くと、ミサキは気分が悪くなって寝てしまったと言った。気づくとヒカルのノックの音がしていた、と続けた。
「ラーメンでも食べに行こうか。」
ヒカルが言うと、ミサキはうれしそうに肯いた。ミサキは短パンをブカブカのジーンズに着替え、スタジャンをはおり、ヒカルは着替えもせずに出かけた。ミサキはヒロムが来たことを言い出すことができなかった。
 次の火曜日、ヒトミは来なかった。と言うよりもその季節必要なヒロムの衣類はほとんどがヒトミの部屋に移動していた。
 その火曜日、呼び鈴がなった。ヒロムだった。ミサキはドアを開けた。
「外に出よう」
ヒロムが言った。
「えっ。」
ヒカルは家着のままのミサキを見て、一瞬表情を曇らせた。
「下にいるから、降りてきて。」
 ミサキはヒカルのネルシャツとブカブカのジーンズをはいてサンダルを突っ掛けた。エレベーターを降りるとヒロムがけむたそうに煙草を吸っていた。ミサキを確認すると歩き出した。ミサキはヒロムを追いかけた。ヒロムは甲州街道を渡り、駅前の喫茶店に入った。ミサキも後に続いた。ヒロムは一番奥の席に座った。初老の品のいい女性が1人で店番をしていた。ヒロムがコーヒーを頼むと笑顔で答えた。コーヒーが運ばれるまでしばらく沈黙が続いた。ミサキは水のグラスを見ながら、心臓の音が大きくなるのを感じていた。コーヒーが運ばれると、ヒロムは品のいい女性に目配せをした。女性は微笑み、二人が視界に入らないカウンターの奥にはいった。
「この前は驚かせてしまったかな。」
穏やかな話し方だった。
「どう、あの部屋は慣れた。」
ミサキは伏目がちに肯いた。
「そう、ならよかった。」
ヒロムはコーヒーを口にした。ミサキはヒロムの変化が気になった。
「プッ、ハッ、ハッ、ハッ、」
ヒロムは突然、噴き出した。ミサキはヒロムの顔を覗き込んだ。その日のヒロムは小奇麗な格好をしていた。髭も剃り、ブルーのシャツに綿のパンツをはいていた。好青年とまではいかないがそれなりに清潔感があった。


耳もとで囁いてⅢ

2008年06月11日 14時53分05秒 | Weblog
 どれくらいの時間がたったのだろう。ミサキは無意識の闇の中から、意識の地平に辿り着く前に夢を見た。深いジャングルの中で膝を抱えていた。身体中が湿気で重かった。喉が渇いた。喉が異常に渇いた。水の臭いがした。そう、水の臭いがわかった。立ち上がろうとするのだが、立ち上がれず、手を突いて、這うようにして臭いのほうに向かった。水の冷たさを右手に感じた。手ですくおうとする前に口が水を飲んでいた。冷たい水が身体全体にしみわたった。口を上げ、息を吸った。もう一度飲もうとすると、乱れた水面が穏やかになり、そこに自分の顔が映った。とがった耳の横に大きな鹿の角、眼光鋭い鷹の目、牙をむき出したライオンの口、驚きのあまり、ウァウと声を出して立ち上がろうとするのだが、バランスが崩れ、前足、そう前足を付いた。振り向いて身体を見渡せば、胸までが鋭いナイフの爪を持つライオン、そこから下が健脚の鹿、さらにそれ自体が独立して動き回る大蛇の尻尾が胴に絡みついていた。堕落した自分の身体がついに、奇獣に変容したかと思われた。悲しみがこみ上げてきた。涙が出そうになったが、鷹の目からは一粒も落ちることはなく、ライオンの口がもう一度水面を乱した。
 その静寂の泉には小鹿や猿、リス、シマウマなどの小動物も喉を潤しに来ていた。喉の渇きが癒えた奇獣は、フーと息をつくと空腹を感じた。身体は次の獲物に向かって動き出した。茂みを掻き分け、足音を殺して、一番近い小鹿の脇に来た。健脚が地を蹴り、小鹿に襲い掛かった。ナイフの爪が胴を押さえ付け、牙が喉元を喰いちぎった。異変を感じたほかの小動物は泉から一気に逃げ出した。奇獣は小鹿の骨に付いたわずかな肉片を残してすべてを食い尽くした。鹿の健脚を持つ奇獣が小鹿を食らうのだ。共食いではないのか。激しい食欲はそんなミサキの意識をもねじ伏せ、食い尽くした。泉に鮮血が拡がった。
 なぜ、なぜこんなことが許されるのだ。悲しみと屈辱感にさいなまれるミサキを無視するかのように食欲の後は、睡魔が奇獣をとらえた。このままでは眠れない。必死に睡魔と戦うミサキの意識、その耳もとで、奇獣の耳もとにキツツキが舞い降りた。耳を鋭い口ばしで突いた。
「また来る。また来る。・・・・・」
と言っているように耳もとで響いた。払いのけようとすると飛び立ち、また、舞い降りて
「また来る。また来る。・・・・・」
苛立たしさが募った。が、その音がノックの音に変わった。

耳もとで囁いてⅡ

2008年06月10日 13時06分48秒 | Weblog
 その夜、ミサキは昼のことをヒカルに話していいものか悩んでいた。ノックの音がした。
 トントン、トントン、トントントン
同じリズムでもう一度、ノックの音がした。ヒカルだ。ミサキはドアを開けた。静かに微笑むヒカルがいた。ミサキはヒカルの顔を見ると、涙がこぼれそうになった。思わずヒカルの胸に飛び込んだ。ヒカルは少し慌てたが、ミサキを抱きしめると部屋に入った。
 いつもの時間が過ぎて、窓の外を眺めているとヒカルは既に寝息を立てていた。ミサキは仕方なく、布団を敷きヒカルを寝かせた。
 次の日。
 ヒカルが出かけて、洗濯も終わったころ、また、呼び鈴が鳴った。ノックの音がして、インターフォンからヒロムの声がした。
「昨日は驚かせてゴメン、ヒロムです。」
ミサキはドアを開けた。
ヒロムはミサキをすり抜けるようにして奥のリビングに陣取った。
ミサキはインスタントコーヒーをいれ、ヒロムに出した。
「こんな話は「ベース」でしてもいいんだけど、今「ベース」もいろいろあって雑音が多いから、それにヒカルも仕事が忙しいみたいだし、まっ、きみに話を聞きたいんだけど。」
コーヒーに口をつけることなくヒロムは話し出した。
「T会のことはいろいろ調べたんだ。Bが主宰でキリスト教を原典としていることや、その組織が血の階層によってできていること、まー、カルト集団と言うよりも・・・・」
ヒロムはたたみ掛けるように言葉を発した。Bの名前や「血」と言う言葉が出るとミサキはビクンと反応した。ミサキはヒロムの言葉がうねりとなって押し寄せてくるように感じた。気が遠くなりそうだった。ヒロムはそんなミサキに気づき、言葉を止めた。
「あっ、失礼、喋りすぎた。」
ヒロムはミサキの顔を見た。ミサキはヒロムのほうを見ることもできず、震えていた。
「うー、そうじゃなくて、僕は簡単なことを聞きたいだけなんだ。」
ミサキは押し寄せる想念の海で身動きできないでいた。ヒカルはミサキの腕を取った。ハッとしてミサキはヒロムを見た。ヒロムの目がミサキの目の前にあった。
ミサキは、手を振りほどき、少し離れた。
「何を聞きたいんですか。」
「君が何故、T会に入ったか、そのときの状況を教えて欲しいんだ。」
ヒロムはミサキから少し距離を置いて座りなおし、続けた。
「君は昔から宗教に興味があったわけじゃないだろ。」
ミサキはうまく話せなかった。と言うよりも、口がうまく動かなかった。
「あっ、うっ、あっ、」
ミサキは自分がどうなっているのか、気持ちだけが焦り、言葉はどんどん遠のいた。
見かねたヒロムは
「まだ早いか・・・」
そういうとミサキの耳もとに口を近づけ
「また来る。」
と言って腰を上げた。バタンとドアの閉まる音がした。ミサキはしばらく動けなかった。心のなかで何かが崩れていくのを感じた。ヒカルに合いたかった。早く、ヒカルに合いたかった。ドアに這いずるようにして辿り着き、やっとの思いで鍵を閉めた。ミサキがヨロヨロしながらリビングに戻ると、昼の光の眩しい景色が見えた。原色と灰色が際立ち、視界がクルクル回って見えた。目を瞑っても世界は回っていた。止めたくても止められ力で意識が遠のいていくのを感じた。ミサキはそこに座り込んだ。

耳もとで囁いて

2008年06月09日 13時03分46秒 | Weblog
 重なる時間はなかった。ヒロムの臭いに耐えかねたヒトミがヒロムのマンションに時々、顔を出した。ヒロムの着替えを大きな綿のバッグに詰め込んでいった。
 呼び鈴を鳴らしてもミサキは返事をしない。ノックをして、
「ヒトミです。ヒロムの着替えをもちに着ました。」
インターフォンに向かって語りかけた。ミサキはドアを開けた。
あの三日間以来、整理されたヒロムの部屋、ヒロムの着替えもきれいに洗濯され、備え付けの洋服ダンスにしまわれていた。
「どう、落ち着いた。」
ミサキは返事をする代わりに肯いた。
「ヒカルはガンバっているみたいね。ヒデオが嬉しそうに話していたわ。」
ミサキはヒカルの話題が出ると微笑んだ。
ごく短い会話が交わされて、ヒロムの着替えを詰め込み、ヒトミは部屋を出た。ヒトミが部屋を訪れるのは決まって火曜日の午後だった。
 そんなある日、火曜日ではないある日、呼び鈴が鳴った。ミサキはベランダで洗濯物を干していて気が付かなかった。鍵が開いた。物音を立てずに気配だけがミサキのほうに近づいてきた。ハッといてミサキが振り向くとそこにヒロムが立っていた。ミサキは驚きのあまり声が出なかった。
「聞きたいことがあるんだ。」
ミサキはヒロムの顔を見ることができずに肯いた。洗濯物を急いで干して、部屋に戻った。ヒロムは部屋の真ん中に座り、ミサキの行動を目で追っていた。自分の部屋とは思えないきれいな部屋、何かを奪われたような不快感をヒロムは感じた。
ミサキはヒロムに対面するように座った。
「ずいぶんきれいにしてくれたね。」
ミサキは肯いた。
「はっ、はっ、気にしなくていいよ。どうせ、使っていない部屋なんだから」
ミサキはヒカル以外の男と二人きりでいることが怖かった。ヒロムは前置きもなく話し始めた。
「君が逃げ出したT会のことを少し聞きたいんだ。」
胸が痛いような感覚がミサキを襲った。ミサキは震えだし、涙が出てきた。ヒロムはそのとき、ミサキの顔を見ていなかった。
「何故、逃げ出したんだい。」
ミサキの啜り泣きが聞こえた。ヒロムはミサキのほうを見た。泣いているのに気づき、一瞬、あわてた。ミサキの手を取ろうとして指先が触れた瞬間、ミサキが手を引っ込めた。ヒロムは腹立たしかった。が、気を取り直して、身体を寄せて、耳もとで囁いた。
「今日は帰るよ。また来るけど、ヒカルには僕が来たことは言わないでくれよ。」
耳もとで囁かれたミサキの背中をビッと悪寒が走った。身体ごと顔をそらし、ヒロムの顔を見た。ヒロムはミサキに目をあわそうとしなかった。ヒロムはスッと立ち上がると玄関のほうに歩き出した。ミサキは後を追った。玄関先でヒロムは靴を履き、ドアを開け、振り向くと
「この部屋を提供しているんだ。僕にも協力してくれよ。いいね、ヒカルには言うなよ。」
と言うとバタンとドアを閉め、エレベーターに向かった。ミサキはあわてて鍵を掛け、魚眼レンズを覗いた。エレベーターに乗り込むヒロムを確認するとなぜか、また、涙が出てきた。
 最初のヒロムの訪問はこうして終わった。

窓の外の灯りに照らされてⅤ

2008年06月06日 17時36分23秒 | Weblog
 その夜から二人は一つの布団で寝るようになった。家着のミサキがヒカルを出迎え、二人で風呂に入った。食事が終わると、どちらからでもなく明りを消して寄り添った。窓の外を眺め、触れ合い、時間の流れるのを感じた。ミサキは必ずヒカルの左側に座った。肩の重みを感じ、ゆっくりと掌を重ねるとミサキの掌から電気のような快感がヒカルの魂にまで届いた。ヒカルはミサキを抱きしめ、簡単な家着を脱がせた。ミサキもヒカルのパジャマを脱がせた。身体のすべての部分を触れ合った。時に快感はヒカル自身を征服の欲望に引き込んだ。しかし、身体を一つにすることはなかった。ミサキの唇が、右手が、舌先が、とろける様な快感をともなってヒカルを慰めた。その後の時間が好きだった。その営みは「ベース」の初期の行為に似ていた、不特定多数と関わるのではなく二人の行為ということ以外は。




窓の外の灯りに照らされてⅣ

2008年06月04日 14時13分59秒 | Weblog
ヒカルは踵からキッスをした。ふくろはぎにキッスをして、太ももの裏側、立上りながら、背中にキッスをした。唇だけで手を触れることなく、キッスをした。首筋に、右の耳にキッスした時、ミサキが振り向いた。ミサキはヒカルのネルシャツのボタンをはずし、バックルをはずし、ジーンズのボタンをはずし、ジッパーを下げた。ジージャンから一枚づつ脱がせた。最後にジーンズに手を掛け、沈み込むようにしながら、下げた。ブリーフの中のヒカル自身はそのときは、まだ、勃起していなかった。ミサキがヒカルの部屋に1人できた時のような激しい性欲がなかったのか、それとの肉体労働の疲れのせいか。足を上げ、ジーンズをはずすと、ミサキの右手が太腿に触れた。あの時のような感触が、ヒカルの体の中を掛けめぐった。ミサキの右手は触れるか触れないかの微妙なタッチで徐々にヒカル自身に近づいた。ブリーフの上からその右手が自身に触れた。ミサキは見上げるようにヒカルの顔を見た。ヒカルも見下ろした。ヒカルは前屈をするように頭を下げ、手を伸ばして、ミサキのブラのホックをはずした。ミサキは手を離し、頭をヒカル自身に押し当てて、ブラを取った。その手でヒカルのブリーフを下げた。ヒカル自身はブリーフの上からにもかかわらず、ミサキの右手の力で天を仰ぐように勃起していた。ミサキは立ち膝になり、腕をヒカルのヒップにまわして、その身体には不自然なくらい豊かなバストをヒカル自身に押し当てた。そして、ヒカルのへそ回りをキッスしながら、胸を上下した。あの右手はヒカルのヒップを撫でた。右手から発せられる電気のような快感と自身から立ち上る快感でヒカルは発射しそうになった。耐え切れず、ミサキの手を離し、ミサキの脇の下に手を入れて抱えあげた。そのまま、挿入しようとしたが、ミサキのショーツに阻まれた。ヒカルはミサキを立たせ、ショーツを下げた。押し倒すようにしてヒカル自身をミサキに擦り付けた。
「待って、待って」
とミサキはヒカルの肩に手を掛け、後ずさった。今での隠微な顔から悲願するような顔に変わっていた。
「お願い、怖いの」
ヒカルの頭の中でミサキがヒカル自身をくわえてしまったときの言葉がフーッと浮かんだ。ヒカルが体を離すと、ミサキも起き上がり、今度はヒカルの肩を押してヒカルを横にした。天井の模様を見ながら、ヒカルは体を伸ばした。
「待って、待ってね」
謝るように、お願いするように言うとミサキは右手でヒカル自身をあの時のように愛撫した。そして、ヒカル自身に口付けた。その瞬間、ヒカルは発射した。あの時とは違い、ミサキは洗面所に走ることはなく、のどを鳴らした。
 どちらからでもなく笑いがこみ上げた。くすくす笑いながら、起き上がり、二人でシャワーを浴びた。お互いの体を大切なもの洗うように丁寧に洗いあった。二人で一つのバスタオルに包まってリビングに戻った。体を寄せ合うようにしながら、窓の外を見た。そのころはまだそんなに高いビルはなかった。中央道を走る車のヘッドライトの明りのせいでその陰影を変えていく都会の夜景が目に入ってきた。二人は何も言わず、その風景を見た。ふと、ミサキが肩に重さを感じるとヒカルは寝息を立てていた。ミサキはヒカルをゆっくり横にした。ヒカルのいつも使っている布団を敷いて、その上にヒカルを何とか移動して、寄り添うようにして毛布を掛けた。裸の肌に感じるヒカルは暖かかった。甘い香りの中でミサキも眠りに付いた。

窓の外の灯りに照らされてⅢ

2008年06月03日 12時36分10秒 | Weblog
ミサキがベッドで眠り、床にヒカルが布団を敷いたのだが。この二人の関係は言葉のない、いや、言葉の少ない関係だった。挨拶はするものの、仕事のことも、部屋で過ごすミサキの時間のことも、会話としてはあまりなかった。その土曜日、二人は上機嫌だった。エレベーターを降りたところから、どちらからでもなくキッスをした。性的な交渉もその土曜日まで二人にはなかった。二人がしていることの重大さ、重大だと思えば重大なのだが、それを感じるよりも、逃げるということに重点が置かれたのか、二人でいることに何の違和感も感じていなかった。
 ドアの鍵を開け、中に入ろうとするヒカルの背中にミサキが飛び乗った。よろよろしながら、ヒカルはミサキをオンブするような格好で一番奥のリビングまでたどり着いた。そのままの状態でヒカルは倒れ込んだ。うつ伏せに倒れ込んだヒカルの背中に柔らかい感触が伝わった。しばらく、重なったまま時間がたった。ミサキはズリズリしながら、自分の顔をヒカルの顔の横に近づけた。下を向いたままのヒカルの耳にキッスをした。頬にキッスをした。顔を向けないヒカルの左目にもキッスをした。そのたびにヒカルが感じている柔らかい場所が動いた。両手を突いて、突然ヒカルは起き上がった。ミサキは思わず尻餅をついた。ヒカルはクルッと振り返り、驚いた表情のミサキの手を取った。正座をして向かい合うような格好で見つめ合った。自然と顔が近づき、口づけをした。まだカーテンを閉めるには早い時間に部屋を出た。その窓から、中央道の照明灯の灯りが差し込んだ。ヒカルは五反田の古着屋で買ったときから、お気に入りのスタジャンに手を掛けた。ミサキは抵抗することなく肩を窄めた。ワンピースのジッパーにヒカルの手がかかると今度はミサキがクルッと振り向いた。ジッパーを下げ、膨らんだ肩の部分に手を掛けるとミサキはゆっくりと立上った。ワンピースはミサキのからだの線をなぞるように足元に落ちた。ミサキの手持ちの下着は、ヒカルが夢想したのとは違い、中学生が親に揃えてもらうような定番品だった。が、この日のミサキは下北沢で買った赤のブラと申し訳程度の布でできた赤のショーツをつけていた。

窓の外の灯りに照らされてⅡ  

2008年06月02日 15時23分08秒 | Weblog
そんな時、仁を皆で囲んだ時のように、仁がマサミを抱いた時のようにヒカルはミサキを抱いた。震えるミサキの呼吸がヒカルの呼吸と同調し、ゆっくりと体温が伝わるまで二人は抱き合った。軽くキッスをして確かめるように抱きしめるまで。
 ミサキはヒカルに世話になっていることがすまなく思えることもあった。なれない仕事で疲れて帰るヒカルのために家事くらいは何とかしようと思うのだが、名古屋の資産家の家に生まれたミサキは高校を卒業するまで家事というものをしたことがなかった。合宿所での共同生活でもミサキの家事音痴は有名で、料理の担当は皮むきくらいだった。炊飯器の使い方も解らず、卵を焼こうとすると部屋中が煙に包まれた。片付けをしようとしても、あちらのものがこちらに、こちらのものがあちらに移動するだけで必要なものが必要なところにいくことはなく、始める前より散らかってしまった。洗濯機を回そうとすると洗剤の海ができた。ミサキの行動にヒカルが声を荒げることはなかった。最初の一週間は外食が中心で、次の週からはヒカルが食事を作った。田舎から出てきたヒカルは親の仕送りも少なく外食をする余裕はなかった。そのため親から送られてくる米をたき、野菜を切った。ヒロムの部屋には使うわけはないが電化製品はそれなりにそろっていた。朝は卵と味噌汁、納豆、夜はサラダに煮魚くらいはできた。次の週になるとミサキは図書館で料理の本をコピーし、電化製品の説明書を読み、ヒカルが帰る前に掃除をし、料理を済ませ、読書をしながらベルのなるのを待つほどになった。ミサキは自分が少しづつでもヒカルの役にたっていくのがうれしかった。時には失敗もするがヒカルはそんなミサキが愛おしかった。おかしなことで始まった恋が少しづつ形になっていった。
 そんなふたりにとって、土曜日は特別な日だった。生活に追われることなどなかった二人が生活に追われていた。家事に人の倍以上時間がかかるミサキが手を休ることができ、毎日が日曜日のような学生生活から日曜日しか休みがない肉体労働者に変わったヒカルにも心に余裕ができる、そんな日だった。
 黄色い壁の居酒屋でシザーサラダと五百ミリの瓶ビールを頼み、飲み始める。一杯目が飲み終わるくらいでミサキは真っ赤な顔になった。チョリソを頼み、ヒカルがウォッカを一杯、残りのビールをミサキが飲み終えるころにヒカルもほろ酔い加減になった。二人は手を繋ぎ、外へ出た。イタリアンレストランでコーヒーとケーキを頼み、ヒカルの隣にミサキが腰掛け、肩を触れながらうれしそうにケーキを頬張る。ヒカルはコーヒーを飲みながら、最近覚えた煙草に火をつける。会話らしい会話もないまま時間が過ぎていく。 それくらいでよかった。それくらいでも特別だった。
 下北沢を後にして、ヒロムの部屋に戻るのは十時過ぎくらいだった。ヒカルは親以外の人間と共同生活をするのは初めてだった。しかも女性と。この部屋に逃げ込んできたときから、二人は別々の布団に寝た。だが、ミサキはあまり眠れず、ヒカルの布団にもぐりこんできた。ヒカルが寄り添うようにして眠っているミサキに気づくのはいつも朝だった。