仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

言葉の少ない会話の中でⅤ

2008年09月10日 15時07分07秒 | Weblog
マサルは昨日も会っていたような話し方だった。合わない時間を感じさせないような雰囲気があった。
「エー、わからないよ。後ろからじゃ。」
ヒデオも普通に話した。
「マサル、「ベース」に行くの。」
「違うよ。ホールで軽音のコンサートがあったからちょっと聞いてた。」
「帰るの。」
「うん。」
一瞬の沈黙。
「ところで、ヒカルどうしてる。」
マサルが聞いた。
「マサル知らないの。!?」
「最近「ベース」に行ってないから。」
「お茶する。」
「いいよ。」
マサルのベンベーが先頭に立って走った。「ベース」の前を通り過ぎて、青山通りに出た。大胆にAG大の前でユーターンして歩道脇に車を止めた。
「ここの上の店に行こう。」
マサルは先頭に立って、路地を入った。雑居ビルの五階にあるサンバクラブAJに案内した。大音響の音楽が流れているのかと思ったら、スローテンポのボサノバが流れていた。
「ライブの時以外は静かなんだ。」
マサルはジントニックを頼んだ。アキコはターキーのシングル、ヒデオはジンジャエール。壁にへばり付いているような幅の狭いカウンターに、長い足の椅子、小さな丸窓から外が見える席に付いた。アキコが腰掛けると足が宙に浮いた。ヒデオとマサルはお尻の半分をのせ、片足を床に、片方を椅子に引っ掛けた。アキコを真中に挟むようにして、話し始めた。
「ヒロムから何も聞いたないの。」
「最近、あまり、行かないから。」
「ヒロムも知らないよ。」
「そうなの。」
「マサル、どこに住んでいるんだっけ。」
「下北、と言えば聞こえがいいけど、池の上に非常に近い下北かな。」
「あー、それでかな。ヒカル、ミサキと池の上と駒東の中間くらいのところのアパート借りたよ。」
「そうなんだ。電話は入れたの。」
「ないよ。」
「ヒデオのところで働いてるの知ってる。?」
「そうなんだ。だから最近来ないのか。」
「何で最近、来ないの。」
「えー、TG会の集会にいったら、オヤジが絡んでるらしくて、嫌になったて言うか、少し萎えた。」
「なにそれ、?」
「うん、なんか気が抜けちゃってさ。」
「ふーん。」
「住所は、?」
ヒデオがマサルの出したメモにヒカルの住所を書いた。
「ヒカルに言っておくよ。」
「何を。」
「マサルが会いたがっていたって。」
「あーそうか。」
「この時間なら、いると思うから行ってみたら。」
「そうだね。」
 ヒカルの話題が終わると音楽の話題になった。ヒデオは沈黙に入ってしまった。アキコとマサルは「トーキングヘッズ」や「シカゴ」、「プリンス」の話に盛り上がった。
 店を出て、マサルはベンベーに乗り、窓から顔を出した。
「住所、ありがと。」
それだけ言うとタイヤを鳴らして走り去った。

言葉の少ない会話の中でⅣ

2008年09月09日 16時47分42秒 | Weblog
常任、常連、新生、胎動、そこに辿り追いた順番でそんな風な呼び方ができた。それは便宜上であり、冗談めいたところも合った。それが今は、位を示すかのようになってきた。皆が同じで、皆が一様に悲しくて、皆が許していたころとは違っていた。方法が必要になり、理解のために言葉が必要となり、組織が必要となり、・・・・・
煩わしさがヒデオの心を覆い始めた。
「人といることが苦手な人間がそこに来た。そうだろ、」
突然、言葉が飛び出した。
「どうしたの。」
アキコは驚いた。
「あっ、ゴメン。」
車は目黒通りを走っていた。
「あっ、あそこじゃない。」
今度はアキコが叫んだ。マサルの言っていた「天下・・・・」の看板が反対車線にあった。MG大に抜ける道のところで方向転換して店に着いた。外まで列ができるほどではなかったが、中はほとんど満員だった。それでも窓際の席が二つ空いていた。ヒデオは流行のつけ麺を頼み、アキコは淡々麺を頼んだ。アキコは機械的に口に運ばれる麺を見ていた。ヒデオの視線は何処か遠くを見ていた。
「おいしい。」
アキコは聞いた。ヒデオは驚いたようにアキコを見た。さらに自分が何を食べているのか、初めて気づいたように言った。
「俺、ラーメンって、美味いかどうかわからないんだよ。」
「えー、じゃあ、ラーメンじゃないほうがよかった。」
「そうじゃないんだけど・・・・」
アキコはヒデオが自分の世界に入り込んでいるのを感じた。沈黙の中の食事が続いた。麺が全部終わっているのに、麺を探すようにヒデオの箸が動いていた。アキコの麺も終わった。
「もうないよ。ヒデオ。」
手元を見てヒデオはあわてた。照れ隠しでもするように笑いながら言った。
「ハハッ、ないじゃん。」
「ヒデオ、いいよ。気にしなくても。」
「何を、」
「ううん。解るよ。何か引っ掛かっているんでしょ。」
ヒデオは何も言わなかった。
「出ましょ。」
二人は目黒通りから外苑西通りに折れて、「ベース」に向かった。追い越斜線を走っていた二人の車の前に突然、ベンベーが割り込んできた。二回、ブレーキを踏んで、ハザードをつけた。
「何だよ。前の車。」
身を乗り出してアキコは目を凝らした。
「アレー、マサルじゃない。」
ヒデオはウインカーをつけた。するとベンベーもウインカーをつけた。車道の横に車を止めた。マサルが出てきた。二人も車を降りた。
「目黒通りから後ろにいたのに。」

言葉の少ない会話の中でⅢ

2008年09月04日 17時19分10秒 | Weblog
アキコが来た。ヒデオの背後から近づいて、肩を叩いた。ビクンッとヒデオは跳ねた。アキコはまた、怒られるかと思った。
「おー、お疲れ。飯は。」
「まだよ。」
そういうとヒデオは立ちあげった。二人はヒデオの車に乗った。
「何がいい。」
「マサルが言っていたラーメン屋さんに行かない。」
「いいよ。場所、わかる。」
「学校の近くだって言ってたよ。」
「じゃあ、あの辺か。」
ヒデオは外苑西通りを目黒方向に走った。
「そういえば、マサルに合う。」
「最近、会わないね。」
「そう。」
「儀式のころは毎日いたのにね。」
「どうしたんだろう。」
会話が止まった。明子はハンドルを持つ、ヒデオの肩にもたれ掛かった。ヒデオは何も言わなかった。安心感みたいなものがあった。二人は同時にそれを感じていた。寄り添ったり、触れ合ったり、アキコとそうしていると初期の「ベース」の感覚を取り戻した。いまはヒロムや常任の間で「指導」と言う言葉が当たり前のように使われていた。二人ともその言葉が不思議に思えた。

言葉の少ない会話の中でⅡ

2008年09月03日 16時13分15秒 | Weblog
 現場にキリがつき、車に乗ったとき、ヒデオはヒカルに「ベース」に行くかと聞いた。ヒカルは手を合わせて、断った。ヒデオはそうかと言うと近くの駅でヒカルを降ろした。車の中でヒデオは気持ちの澱みができるのを感じた。思考が必要となり、結論を出さなければいけないことに苛立ちに似たものを感じた。
 「ベース」に着いた。演劇部と数人の常任がいた。
「ヒデオさん。」
演劇部はうれしそうな顔でヒデオを見た。ヒデオは作り笑いを浮かべている自分に気づいた。
「ヒロムは」
「まだ、です。最近、ヒロムさんは9時過ぎでないと来ないんですよ。」
「今日は演劇部が開けたの。」
「ハイ」
うれしそうな顔で答えた。彼らにはここが居場所なのかも知れない。ヒデオは今「ベース」に集う人々と自分に微妙な違いがあるように感じた。
 何を話していいか、解らなかった。ヒデオは無口な人ということになっていた。「神聖な儀式」に向かっていたころは、楽だった。自分の役割があり、それをするだけで満足が得られた。
 今は・・・・
 ヒデオには組織はいらなかった。
 何かを期待されることも嫌だった。期待するのも嫌だった。誰が偉くて、誰が強くて、そんなことはどうでもよかった。共有すること、時間と空間を共有すること、誰でもない誰かでいながら、そこに存在することを確認できるのがヒデオにとっての「ベース」だった。
 彼らは僕らを組織の中心だと思い、僕らが何かを企て、導いてくれることを期待している。それは俺じゃない。ヒロムが企て、何かに導こうとしている。その何かは、俺にはわからない。
言葉で考えるのが苦手なヒデオが思考していた。

言葉の少ない会話の中で

2008年09月02日 16時14分37秒 | Weblog
 朝の音でアキコは目を覚ました。今日こそはヒデオより早く起きて朝の支度をするつもりだった。ヒデオにはかなわないな、と思った。ヒデオの彼女になるのは大変だ、とも思った。アキコはパイプのベッドを抜け出して、ヒデオの後ろに忍び寄った。ヒデオの部屋の小さな台所にところ狭しと二人分の朝食の用意がしてあった。腰を屈めて、ヒデオの背中に抱きついた。
「ワオッ。」
ヒデオは驚き、跳ねた。その勢いでアキコは尻餅をついた。
「何すんだよ。」
ヒデオの語気が荒くなった。アキコは涙目になった。コーヒーを入れかけていたヒデオはヤカンを持ったままだった。
「危ないからさー。」
涙がこぼれていた。ヤカンを持ったまま、ヒデオはアキコの頭を抱いた。
「泣くなよ。」
「ゴメンね。ゴメンね」
ヒデオはキッスした。アキコも唇を開いた。
「飯食べよ。」
アキコは肯いた。ベッドの前のテーブルに二人で朝食を運んだ。
「今日「ベース」に行くの。」
「ああっ、鍵、わたさなきゃ。」
「あたしも行くね。」
「ああ。」
二人の会話はそのくらいだった。朝食が済むとアキコが片付けをすると言い、ヒデオを見送った。まだ、朝の喧騒が始まる前の時間帯にヒデオもヒカルも動き出すのだ。車のクラクションが鳴って、窓から顔を出すと車窓から手が出ていた。
「いってらしゃい。」
アキコは声にならない声をかけ、手を振った。

鍵を返せば済むことさⅤ

2008年09月01日 16時27分22秒 | Weblog
ヒデオがアキコの顎に手を掛けた。アキコが身をねじるよう格好になってキッスをした。唇を離すと
「ハハ、酔っ払っちゃたー。」
と言うとヒデオに抱きついた。床に倒れ込むように二人は重なった。アキコは耳もとで囁くように言った。
「でもね。「ベース」のセクスはほんとに違ったの。セクスって感じがしなかった。痛くないし、するって言うよりも空気の中を漂うような感じだったなー。誰って解らないから、優しくできたのかな。でもー、不思議なんだよぉ。初めのころからいるのに仁と交わったことはなかった。だから、ヒトミとマサミがいいナーなんて。」
仁と言う言葉にヒデオが反応したような気がした。
「ヒデオも・・・・」
アキコは顔を上げてヒデオの表情を見ようとした。薄暗くて表情などわからないんのだが、ヒデオは顔を横に倒した。
「フフッ、でもいいか。いろんなことが関係なったモンネ。」
ヒデオが顔を戻した。アキコは優しい目で見ていた。
「今の「ベース」より言葉のないころのほうが好きだったなぁー」
アキコはヒデオの脇をくすぐった。ヒデオは突然の行為に驚き、身体を起こした。子供のような顔があった。ヒデオもにっと笑った。身構えるアキコを捕まえた。イヤイヤをするように抵抗をするアキコ。そうしながらも身体を密着させ、二人は抱き合った。アキコの話が終わると寡黙なヒデオに戻っていた。左手はアキコを抱いたまま、ヒデオは右手で二つのグラスを指に挟んで取った。アキコは口を突き出して、ターキーを舐めた。ヒデオもジンを舐めた。少し離れて一気に飲んだ。ヒデオが腰を上げた。
「今日、ヒデオの部屋に行こうかなー。」
ヒデオはいたずらっぽい目でアキコを見た。アキコはヒデオの腕にしがみ付いた。

 二人は店を出た。ホテル街のほうには行かず、駅に向かった。アキコはヒデオの腕に絡まりながら言った。
「もう、いいのかもね。「ベース」はヒロムを中心に動いているし、私たちが行っても行かなくても・・・・」
ヒデオは何も言わなかった。
「わたしたちが流れ着いたように、今の「ベース」が必要な人間が「ベース」に辿り着くのかもよ。」
ヒデオの顔が一瞬、曇ったようにアキコは感じた。
「仁、仁の造る空気が続くのなら・・・・」
アキコの言葉もそこで途切れた。アキコはヒデオにくっ付いた。ヒデオもアキコを抱き寄せた。