象が転んだ

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『夫婦財産契約』に見る、結婚が夫婦に及ぼす本当の危機〜バルザックのいう社会の掟とは〜レヴュー編

2018年09月25日 04時30分26秒 | バルザック&ゾラ

 昨日は、マクドナルドと映画ブログのバックナンバーを読んで下さった方有難うです。あんまり人気のない”鏡張りの部屋”も宜しくです。


 以前、『夫婦財産契約』の触りの部分を少し紹介したんですが。今回は、少し掘り下げて、レヴューを書きます。

 因みに、バルザックといえば『幻滅』に代表されるように長編作家というイメージが強いが。私から言わせると、典型の中編作家の様が気もする。Sキングと同じで、長編だとどうしても間延びするのだ。
 ゾラの方がずっとずっと長編に向いてると思うが、そのゾラの作品に不思議と長編モノは少ない。
 
 ま、愚痴はそこそこにして先へ進みます。


 まず、”夫婦財産契約”という法律用語の解説です。特に、バルザックの小説を読む時は、必要最低限の法律の理解はどうしても必要ですね。多くの人はこの法律用語で参ってしまう様ですが。
 それに、この頃のフランスは、やたら法律が幅を利かせ、貴族議員と共に、法律系の職種の連中がやたらデカい態度取ってますね。全くけしからんですな💢


 さてと、この夫婦財産契約とは、次の子供の代への相続財産を結婚時に決める世襲財産的な契約の事です。つまり、結婚と同時に両家の財産が一つになり、次の代へと送るという事ですね。
 この財産交渉は、莫大な資産が一挙に移動するが故に、当時のフランスでは、結婚が、”財産の結婚(結合)”を意味し、人生の一大イベントだったんです。

 日本でも、結婚相手の財産は非常に重要な判断材料ですが。法的に財産の移動が義務となってる訳でもなく、まだまだ”愛の定義”は生きてるらしい?のですが。
 そういう意味では、日本の方が結婚に関しては、正統なんですかね。どうしても、白人女ってのは、欲に絡み易いんですかな。見た目が派手だけに、欲も纏わりつくのかな。


 この約200ページに渡る、中編とも言える中身の濃い名作ですが。登場人物の少なさからして、展開的にも非常にシンプルで、それでいて情と論理が複雑に交差する、やや込み入った”人間喜劇”です。それでいてとてもサックリとしてます。

 タイトル通り、かなり法律臭いですが(笑)。強かな”クレオールの女"が非常に魅惑的に描かれ、肉欲的かつ鏡面的輝きを放ち続け、読者を虜にします。特に親父にとっては、超グラマーな”ワル系熟女”は溜まりませんな。

 因みに、クレオールとは、ラテン生れの植民地人の事で、俗っぽい意味でも差別的な意味でも使われます。
 博多中州にクレオールという風俗店がありましたな、関係ないか(笑)。


 だが、この物語の一応の主役は、"由緒正しいノルマンディーの貴族の富裕な一族ながら、"ケチと強欲を絵に描いた様な"厳格な父親に育てられた、憐れで無能な息子のポール•マネルヴィルです。

 一人息子のポールは父親の死後、相続した不動産を管理人に任せ、6年間ヨーロッパを周遊する。厳格な育ちの反動で、パリでは存分に遊び呆け、父が残した財産の大半を使い果たします。
 でもこの放蕩息子は反省し、地元のボルドーへ戻り、結婚して貴族院議員になろうと決意するんですが。

 親友のマルセーは自らの苦い経験から、若くしての早まった結婚は確実に破綻すると説く。"結婚とは財産と家系の存続の為であり、ロマンチックな夢に酔いしれるな"と諭すが。


 やがてポールは、この悪魔の輝きを放つ”クレオールの女”の一人娘ナタリーに一目惚れする。 
 このクレオール婦人こそが、"ボルドーの王妃"と噂される、高貴なスペイン家系の血を引き、40歳になっても尚、豊満な肉体と野放図と生気、優美さと絶景の美貌を持つ、エヴァンジェリスタ未亡人なのだ。
 こう書くと、親父連中は鼻血が出そうですな。
 
 この堂々たる存在感だけで勝負アリのようですが。しかし、この母娘も外観の豪華さとは裏腹に、財政状況は深刻だったんです。自らの浪費癖で、亡き夫が娘に遺した遺産を食い潰してたんですよ。根は悪いババアなんですね。

 抜け目ない狡猾なクレオール未亡人は、娘とポールを結婚させ、マネルヴィル家の遺産を利用し、エヴァンジェリスタ家の疲弊した財政を立て直し、娘の結婚後も特権的な生活を維持しようと企むが。


 ここで、マネルヴィル家の敏腕公証人である老マティアスの、孤軍奮闘•三面六臂の活躍が功を奏します。
 何とか世襲財産を大筋にした"夫婦財産契約"を結び、未亡人に食い潰される危機にあった、マネルヴィル家の遺産を何とか守り抜く。
 この老雄こそが唯一、クレオール婦人の対抗馬となるんですが、ポールが無能過ぎた。

 しかし、若く美しき娘とのロマンスと世襲財産の確保で夢ウツツになったポールだが。このポールの間抜けヅラを見て、クレオールの女は逆上し、復讐を誓う。
 娘への愛と無能なポールの馬鹿ヅラが、放蕩女を一夜にして、老練な打算女に変える展開も、実にバルザックらしい。


 一方、ポールはナタリーの事しか見えなかったし、それ以外は見ようともしなかった。
 当然の如く、この間抜け男は、娘と義母の策略にまんまと嵌り、身ぐるみ剥がされる。
 全くの文無しに成り下がったポールは、妻と義母には内緒で、一旗挙げる為にインドへ向かうのだが...。


 パリから届いた親友マルセーの忠告の手紙と、妻と義母の共犯を暴く手紙を手にした老マティアスだが。時はすでに遅しか。
 船に乗り込もうとする彼を急いで止めに入るも、お人好しのポールはこの手紙をすぐに読む事はなかった。
 義母と妻を信じきってた彼には、疑いも将来も全く見えてなかった。愛ではなく、無能そのものが彼を盲目にし、人生そのものを台無しにしてしまう。


 長々とエンドロールに繋がる、2つの手紙のシーンは多少辟易するが、この物語の心臓部でもありますね。
 ナタリー嬢の"悪魔をも騙す甘く麗しい言葉の羅列、その中から滲み出る酷薄さ"は圧巻で、読者も騙されかけたろう。
 一方、親友マルセーの手紙は怒りを噴出させるも、リアリストの冷静さを維持し、逆に友情を滾らせる。

 小娘の手紙がクレオールの強かさを発揮し、数段上の進歩さえ見せるのに対し、マルセーの流石の説得も弱々しく偽善に映る。


 ただ、"ポールの敗北は見る術を知らぬ事にある"との、最後のバルザックの一言が、この悲劇の全てを語る。
 まさに、観察眼と洞察力に秀でたバルザックらしい模範解答だ。
 本性が論理を挫き、本能が計算を狂わせ、無能が全てを台無しにする。全く言い得て妙ですな。安倍首相は聞いてますかな。
 
 ポールのバカ正直さは同情に値するのか、クレオールの母娘の陰謀は犯罪なのか。無能は罪なのか、バカと狡猾は犯罪か。
 ここにバルザック流の罠が、彼が考える社会の掟が隠されてる。


 でも、当時の貴族って殆ど無能の腐敗した生き物に過ぎなかった筈だ。令嬢の殆ども高慢な高級娼婦に過ぎなかった筈だ。淫売のパリ、売春国としてのフランス。
 親友マルセーの健義な正義の説得も最後には虚しく響く。何時の時代も本能と欲望が全てを蹂躙するんですな。

 ”現代社会を動かすのは金銭であり、社会を構成するのは金欲に取り憑かれた腐った人種。善良過ぎるだけの人間は片隅に引っ込んでろ。出来そうもない事はするな”と、『幻滅』でバルザックが主張した言葉が、そのままこの作品にも当てはまる。

 しかし、マティアス老の奮闘が唯一の清涼剤でもあり、救いでもある。クレオール女との駆け引きは見事であり、目が離せない。
 お陰で、バルザック特有の”法律臭さ”を”理屈臭さ”を一掃させる、名作でもある。


 これだけでも、大方の流れと特徴と概要は掴めますが。バルザックの一番の魅力は、その文筆に隠された”哲学”なのですぞ。
 この哲学を解析し、理解しない限り、バルザックを読んだ事にはならない。数学と同じで、定理をなぞっただけでは、何も会得できないのと同じだ。

 安易な充足感に浸りたけりゃ、安直な読書感想なら、コミックノベルを読めばいい。官能に浸りたけりゃ女を買えばいい。幻想に浸りたけりゃ目を閉じればいい。バルザックを理解するとは、バルザックが追い求める”享楽”を共有する事に他ならない。


 よって、次回からは、”あらすじ編”をじっくりと紹介していこうと。あくまでも予定ですが。



4 コメント

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善良過ぎるだけのブログは引っ込んでろ! (paulkuroneko)
2018-09-26 01:26:54
バルザックのイラストがやけに逞しいです。

淫売のパリ、売春国としてのフランス。そしてその時代に幅をきかせた法律。考えただけでエンディングが予想できますかね。

腐った法律と腐敗した貴族社会、強欲にまみれたブルジョワ。バルザックはどんな思いで、小説を書いてたんでしょうか。恨みや悔しさや憤りを殴り付けるかの様に、殴り書きしたのでしょうか。バルザックの理屈っぽさに触れる度、そういう思いが強くなります。

"善良過ぎるだけの人間は引っ込んでろ"というバルザックの言葉には、転んださんの善良過ぎるだけのブログは引っ込んでろ、という思いと共通する様な気がしますが。
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Re:善良過ぎるだけのブログは引っ込んでろ! (lemonwater2017)
2018-09-26 02:36:10
paulサン、連続コメント返しです。

 今晩は非常に愚痴っぽくなって申し訳ありません。でも、よくぞ私の心理を見抜いておられますね。

 paulサンの洞察力はバルザック並ですね(笑)。炎上しては元も子もないんですが。本音を言えば、”善良過ぎるだけのブログは•••”ですね。見事、正解です(笑)。

 でも、悔しさとか憤りとかは、時が過ぎると呆気ないもんで、滑稽でもありますが。

 paulさんの言う通り、バルザックの小説が理屈っぽいのも、悔しさとか憤りが大きなベースになってたんでしょうか。天賦の才だけでは、こんな小説書けませんもの。

 これからも宜しくです。
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Unknown (桂蓮)
2018-09-26 06:54:09
辛辣な風刺のように見受けられるのですが、
辛口が効いておいしいですね。

そお言えば、私もゲーム中毒なってから
本を(紙に書かれた活字)読んでいないですね。
そのくせ、本を買うのが趣味だから
読んでいない本が詰まって(積もって)いても買っちゃいます。

昔、日本で塾やってた時
本は買えるだけ買ってたから
塾を閉める時は
2トントラック2台分を処分しました。
それでも懲りず
週末は古本屋へ行っています。

家は本だけの部屋があり、まあストックだけは充実してます。(ひひ~~)
なのでごろんださんに甘えて
本批評記事だけ読んで

間接的に

読んだことにします(??)
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Re.私もゲーム中毒だった頃が (lemonwater2017)
2018-09-26 18:35:05
桂蓮サン、おはようございます。

 実は、私もPCゲーム中毒だった頃が。今は目が疲れるので、やってませんが。特にスポーツ系シムは結構ハマったです。
 ゲーム内のプログラムファイルを弄ってた程にのめり込んでました。お陰で、CGエキスパートの免許も持ってます。勿論、殆ど役立たずですが(笑)。

 でも、女性でもゲームにハマるんですね。アメリカでは珍しくないのでしょうか。

 欧米では、PCゲームのModsが大流行で、日本以上にゲーム大国ですね。

 それに、本はあまり読む方ではないのですが。古本屋はよく足を運び増す。勿論、マンガばっかですが。元々、絵が好きなんで、読書とは殆ど縁がないですかね。お陰で家には本は数える程しかありません(悲)。
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