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日本人と猿との違い”前半”〜ゲノム解析が紐解く「人類の起源」とその未来

2025年02月15日 14時36分14秒 | 戦争・歴史ドキュメント

 隣組を抜けようと思っても、事はそう簡単には進まないみたいだ。先日も、お宮掃除の出不足金2000円をしつこく搾取された。
 全く、草も何も生えてない腐敗寸前の老朽化したお寺の庭を、20人ほどの老人たちが集まるだけの事だが、私にはこうしたムラ社会のしきたりが理解できない。
 ド田舎の隣組とは言え、まるで猿社会を見てる様で、本当に日本人はホモサピエンス(現生人)なのか?と、疑問に思うのである。

 以下でも述べるが、ホモサピエンスとは”知恵あるヒト”の意味である。だが、私の周りの村民たちは”知恵ある”どころか、ホモサピエンスの起源である猿人いや、猿そのものに思えててしまう。
 その猿に近い日本島民がアメリカやイギリスに戦争を仕掛けたのだから、彼ら白人らからすれば”猿に噛まれた”様に映った事だろう。
 そうこう考える内に、”ヒトと猿の違い”や”日本人の起源”を今一度知りたくもなってくる。


古代ゲノム解析と新たな人類史

 「人類の起源」(篠田謙一 著)は、古代ゲノム解析に基づく人類の進化史、そしてホモサピエンスの拡散と繁栄を膨大なデータの元に紹介する書である。
 ”今更、ヒトとホモサピエンスの違いなんて”との声が聞こえてきそうだが、本書を読めば、その考えは大方覆される事になる(多分)。
 「サピエンスとホモサピエンスの微妙な違い」でも書いた様に、人類の起源については”猿人→原人→旧人→新人”という単線的な縮図や分岐して様々な種が誕生したが、”現生人(ホモサピエンス)以外は全て死に絶えた”という理解しかなく、これと言って興味をそそるものでもなかった。
 本書の中で強調される”古代ゲノム解析”とは、古人骨に残されたDNAを解読し、ゲノム(遺伝情報)を手がかりに人類の起源と足跡を辿る古代DNA研究であり、近年、分析技術の向上により飛躍的な進展を遂げている。これには、コロナ禍で有名になったPCR法が不可欠な役割を果たしてる事も忘れてはならない。

 こうした化石人骨のDNA解読により、種の異なるネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)と私たち(ホモ・サピエンス)が、数十万年間に渡り、交雑を繰り返してた事が判明。更には、そのネアンデルタール人とは別のデニソワ人という種も発見された。
 つまり、我々ホモサピエンスは孤立の果てに単一の主(種)として地球上に君臨してる訳でもなく、過去の多くの(ホモ属の)人類をその中に包含していたのだ。
 従って、全てのホモ属の集団は歴史の中での離合と集散、交雑や隔離を経て成立してきた事が古代ゲノム解析で明らかになっている。
 が故に、人びとの持つ遺伝子は歴史の中で複雑に絡み合い、<民族の血統>などという従来の説は、実体のない幻想に過ぎない事も判ってきた。

 著者の篠田氏は”文化の違いや人種の違い、能力の違いなどは単に選択の違いに他ならない”と、戦時の優生学や昨今の民族差別を真っ向から否定する。
 更に、本土の現代日本人のルーツに関しては、渡来した人びとの影響が非常に大きく、”中国北部や朝鮮半島などに起源を持つ集団が渡来し、日本列島を飲み込んで成立した”と考える方が事実を正確に表してると説く。
 また、古代ゲノム解析によれば、現代日本人は、狩猟民族の縄文人から独立し、弥生時代から古墳時代における大陸からの高度な農耕民族集団の影響をより一層受けたものとされる。つまり、”弥生時代になって古代のクニが誕生した”という従来の説は覆され、”その時代に大陸からクニという体制を持った集団が渡来してきた”と考える方が正確であるとも説く。

 ま、ここまで書けば、人類の起源に関する研究がゲノム解析の進化により、新たな扉を開けつつある事が理解できる。


人類と種の起源

 そこで、人類の起源を(今更だが)大まかにおさらいする。
 人類を人類学上で分類する時、現生人類(=現在生息する人)をホモ=サピエンスという。かつては、人類の進化過程を”猿人→原人→旧人→新人”の4段階に分け、ホモ=サピエンスは新人に対応するとされてきたが、古代ゲノム解析による化石人類学の進歩により、現在はこの様な単線的段階論は否定され、人類には幾つもの種が存在し、進化や分化や絶滅を繰り返したと考えられる様になった。
 因みに、ホモ=サピエンスとは、18世紀のリンネが提唱した属名と種名を組み合わせたラテン語の学名で、属名ホモは”人間”、種名サピエンスは”知恵”を意味し、”知恵ある人”という意味になる。従って、ヒト科の中のホモ属の1つの種がホモ=サピエンスとなるが、通常”サピエンス”だけで使う事はしない。
 但し、ヒトとは、広義にはヒト亜族に属する動物の総称で、狭義には”現生人類”を指し、人間(human)とも呼ぶ。
 以下、「ホモ=サピエンス(歴史の窓)」より大まかに纏めます。

 ホモサピエンスの解剖学的な特徴だが、他の化石人類との違いは、1つには額が垂直に近く、これは大脳の前頭葉が大きくなった事による。また、眼窩上隆起が消滅し、顎が小さくなって頤部が発達した。
 また、ホモサピエンスの出現は(諸説あるが)約20万年前のアフリカとされ、具体的には約19万5千年前のエチオピアのオモ盆地で発見された頭蓋骨が現生人類にかなり近いとされてきた。が最近、モロッコの遺跡から約30万年前の頭蓋骨が見つかり、部分的にホモサピエンスの特徴を持つが故に”約30万年前と修正すべき”との見解もある。

 一方で、種という視点で言えば、同種ならば交尾可能であり、現在地球上に存在するヒトは全てホモサピエンスとなる。
 だが、(先にも述べた様に)種の異なるネアンデルタール人やデニソワ人とも同時期に共存・交雑してた事がゲノム解析により判明し、ホモサピエンスと言えど、2〜4%程のDNAを彼らから引き継いでる事も判っている。
 一方で、白人や黄色人種や黒人など”人種”を指す言葉があるが、これは生物学や人類学上の”種”ではない事に注意する必要がある。
 故に、田舎に棲みつく村民も東京で生活する日本人も、NYやアフリカに住む黒人も、シベリアやカナダの極北にすむ原住民も(広義で言えばだが)全てはホモサピエンスに属する”種”と言える。
 つまり、人間の肌の色の違いは(本質的には)種の違いではなく、単に自然環境や生活環境の違いによるものにすぎない。

 一般的には、類人猿で直立歩行する生き物から進化したのが人類であり、生物学的には”ヒト科”と呼ぶ。ヒト科にはホモ属以外に化石人類として、約700万年前に現れた最古の”サヘラントロプス=チャデンシス”以降、アフリカで出現し、ラミダス猿人などはアルディピテクス属とされる。
 また、420万年前から(古い教科書などでよく知られた)アウストラロピテクスが現れたが、これも属名であり、その中にはアウストラロピテクス=アフリカヌスなど幾つかの種がある。現在は、アウストラロピテクスの華奢型と言われる系統からホモ属が進化したというのが有力な仮説だ。
 一方、ホモ属の起源は約250万年前のホモ=ハビリスが始めてで、190万年前のホモ=エレクトゥス(原人)に至り、初めてアフリカから出てユーラシアに広がったが、ジャワ原人や北京原人はその地域集団とされる(上図1)。
 そのホモ=エレクトゥスの中でアフリカに残った中から、ホモ=ハイデルベルゲンシスが生まれ、更にそこから、”ホモ=ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)とホモ=サピエンスが分かれて進化した”というのが有力な考え方とされてきたが・・[上図2]を見れば解る様に、この説を覆そうな新たな仮説が新たに登場しつつあるのだ。


新たな説と初期猿人

 従来は、ネアンデルタール人を旧人類に区別してきてたが、2008年に西シベリア(露)のデニソワ洞窟で見つかった化石骨をゲノム解析した結果、”デニソワ人”がいた事が判明。更に、18年にはラオスの洞窟でもデニソワ人の骨が発見され、東南アジアにもデニソワ人が生息した事が判った。
 しかし[上図2]で見る様に、ホモ属の系統として、ホモサピエンスとネアンデルタール人とデニソワ人はホモ属としては共通の起源を持ち、種は異なるものの同時期に共存・交雑していた事が見て取れる。
 現在判ってる事で言えば、ネアンデルタール人はホモサピエンスとの共通祖先から分家した(親戚の様な)別系統の人類と考えられ、更に、デニソワ人はネアンデルタール人の兄弟種である可能性が高く、ホモサピエンスとネアンデルタール人の混血によって生まれたのではないかとの議論もある。

 ところで、私たちサピエンス種が属する”ホモ属”は、一般に人類として括られる集団だが、ホモ属の誕生以前の遥か昔から様々な化石人類が存在していた。
 DNA研究が推測する現代人(ホモサピエンス)とチンパンジーの分岐は約700万年前とされるが、その時代の人類に繋がる化石がアフリカ大陸で見つかったが、2001年にチャドで発見されたサヘラントロプス属である。
 更に、ケニアで600万年前のオロリン属が発見され、エチオピアで見つかった2種のアルディピテクス属を総称し、”初期猿人”と呼ぶが、これら3つの属の系統的な関係は殆ど判っていない。
 そこで、再び鎌田氏の登場であるが、「”人類の起源”をアップデートする」より一部抜粋して纏めます。

 先述の”初期猿人”が最初の人類と考えられる理由は骨格的な特徴にある。人類の特徴である脳容積の増大に先立ち、直立二足歩行が完成するが、それぞれの骨格の断片がその可能性を示していた。
 (前述の様に)チャドでほぼ完全な形の頭骨の化石”サヘラントロプス=チャデンシス”が発見されたが、身長や脳容積はチンパンジーと同程度とされる。だが、骨格は背骨の真上に頭骨が垂直にのる構造、即ちヒトの特徴である直立二足歩行の可能性を示していた。
 また、犬歯が奥歯より小さい事もヒトの特徴で、2000年にケニアで発見された600万年前の人類”オロリン=トゥゲネンシス”の大腿骨の形状なども、直立していた可能性を示している。

 一方、エチオピアで発見されたアルディピテクス属のカダッバとラミダスという2つの種だが、前者は580万〜520万年前と時代は古く、後者は約440万年前に生きていたと考えられている。数多く発掘されたラミダス化石の中で”アルディ”と呼ばれる成人女性の全身骨格の化石により、身体的な特徴が明らかになった。また、他の初期猿人と同様に直立二足歩行の可能性を示し、腕が長く、足の親指が離れ、地上だけでなく樹上生活者としての特徴も複雑に入り混じっている。

 アルディピテクス=ラミダスの次に人類進化のステージに登場するのが、(30年前の教科書にある)アウストラロピテクス属で、このグループの脳容積はゴリラやチンパンジーと同じ程だが、二足歩行をし、最も新しい種は”初期ホモ属”とも生存時期が重なる。
 このアウストラロピテクス属で、最も古い時代の420万~370万年前に存在したとされる種が、ケニアで発見されたアナメンシス種で、その最も有名な”ルーシー”と呼ばれる全身骨格は、その後の370万~300万年前に存在したとされるアファレンシス種に含まれる。が、この種は樹上生活をしていた頃の特徴が色濃く残り、性による体格差が大きい事も判っている。
 更に、300万年前より新しい種では、南アフリカで発見されたアフリカヌス種や、250万年前に存在したエチオピアのガルヒ種がある。
 但し、アウストラロピテクス属の二足歩行が確実視される理由の1つが、アファレンシス種の足裏に”土踏まず”がある事で、このアーチ構造が長距離の歩行でも疲れ難くし、直立二足歩行に適応したと考えられてる。


猿人から原人、そしてヒト(ホモエレクトス)へ

 ”猿人”であるアウストラロピテクス属の次に人類進化の舞台に登場するのがホモ=ハビリスなどの初期のホモ属だが、最初のホモ属にどう系統が繋がるのかは未だ謎が多いという。
 更に、時代を190万~150万年前まで進めると、”原人”と呼ばれる体型や大きさが私たちに近い化石が、アフリカや西アジア、中国やインドネシアのジャワ島などで発見される様になり、”ホモ=エレクトス”と呼ばれ、北京原人やジャワ原人らもこのグループに含まれる(上図1)。
 このエレクトス種は、約200万年前にアフリカで誕生し、程なくしてアフリカを出た事が判明。最初にアフリカを旅立った人類とされるが、食用となる動植物を求めて移動するうちに、世界に拡散していったと考えられている。
 また、19世紀末にインドネシアでジャワ原人の化石が発見され、その最古の化石年代は約150万年前とされ、また中国で発見された北京原人が生息していたのは80万~25万年前とされる。地域ごとに骨格や顔つきが異なるなど独自の進化を遂げ、一部では別種と考える研究者もいるが、(一般的には)これらを総称し”ホモ=エレクトス”と呼ぶ。

 彼らジャワ島などで発見されたホモエレクトスの成人の身長は140~180cm、体重は41~55kg程度で、脳容積には幅があり、550~1250mLと推定される。ただ、ジャワ島の初期の種と最後の種を比較すると脳容積は約1.5倍に増え、ホモエレクトスは地域の環境に適応しながら、其々の系統の中で独自の進化を遂げていた事が判る。

 ところで、人類は誕生から長い間アフリカ大陸の中で生活していたが、前述の様に180万年以上前に人類で初めてアフリカを出たのがホモエレクトスでした。事実、アフリカ以外で原人の最も古い化石がドマニシ遺跡(ジョージア)で発見され、その化石の年代は約180万年前のものと推定され、その頃にはアフリカを出ていた事が判る。
 ただ、困難だった”出アフリカ”を達成できたのは、当時のサハラ砂漠が現在の様に広く発達せず、地理的な障害が少なかった事が理由の1つと考えられる。以後、ユーラシア大陸の各地に広がっていったホモエレクトスは、各地域の環境に適応しながら独自の進化を遂げていく。
 ホモエレクトスは1つの種としては、とても長く生存した種で、ジャワ島では約10万年前とされる化石も発見され、200万年ほど前にエレクトス種がアフリカで誕生した事から、約190万年も生存してた事になる。一方で、ホモサピエンスの歴史は約30万年とされるから、私たちより約6倍も長く地球上に存在していた事になる。


最後に

 以上、冗長になり過ぎて、判り辛い所も多かった事でしょうが、逆を言えば、新たな発見が起きる度に、新たな疑問や問題点が浮き彫りになる。一方、それらと共に人類の起源は拡張され、一般化しようとすると、どうしても抽象的になる。
 これは数学と全く同じで、社会科学とも呼ばれる人類学と言えど、古代ゲノム解析による高度で広範な研究に負うのは避けられない。
 次回(後半)でも述べるが、高速なDNA解析を可能にする”次世代シークエンサ”の登場で、その状況も一変する勢いである。

 さあ!諸君!古代DNAが奏でるホモサピエンスの大いなる旅に、我ら現代人も一緒に出かけようじゃないか・・・ 

 


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