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収奪的政治制度は貧困に、一方で包括的政治制度は繁栄に繋がる。つまり、国家が衰退するか繁栄するかは、”収奪と包括の2つの政治制度により決まる”というのが、この書の結論である。
一言で要約すれば、”創造的破壊のない収奪国家は必ず衰退する”となる。
この”創造的破壊”という言葉に、私は魅せられてしまった。勿論、読み進むに連れ、不満や不足もしばしあったが、国家の繁栄と衰退のカラクリを知る上で斬新な書と言えるのではないだろうか。
繫栄する国家と貧しい国家の極端な差はどこからくるのか?を政治制度から考察した著作だが、経済学者のD・アセモグルとJ・A・ロビンソンが15年に及ぶ共同研究を元に国家の盛衰を決定づけるメカニズムに迫るとある様に、極端な貧富の差の本質がどこにあるのか?が聡明な視点から語られている。
お陰で、何も難しい事は考えなくともスムーズに頭に入ってくる所は嬉しくもある。特に、古い体質への”創造的破壊”という言葉が何度も登場するが、西側白人らしい斬新な知覚と洗練された響きを感じた。
その一方で、イノベーション(革新)やインセンティブ(刺激や動機)とかいう薄っぺらで表面的な言葉もしばし登場するが、これには流石にウンザリではある。
某フォロワーの記事に紹介されてた「国家はなぜ衰退するのか」だが、2013年の出版にしては進歩的で、過去に繁栄し、現在を謳歌する様々な国々の歴史と広範な事例から見えてくる繁栄と衰退を左右する共通因子を解き明かすと解説にはあるが、それはともかく、21世紀の世界を予見する上で、読んでみても損しない書とも言えそうだ。
包括的制度と収奪的制度と創造的破壊
なぜ世界には豊かな国と貧しい国が生まれるのか?繁栄を極めたローマ帝国はなぜ滅びたのか?産業革命が英国から始まった理由とは?共産主義が行き詰まり、ソ連が崩壊したのはなぜか?韓国と北朝鮮の命運はいつから別れたのか?
世界の不平等を説明する理論には、①気候・地理・病気などが経済的成功を左右する”地理説”②宗教・倫理・価値観などを国の繁栄と結びつける”文化説”③統治者が国を裕福にする方法を知らないとする”無知説”── などがある。しかし著者は、これら何れも否定し、繁栄と貧困を分けるのは政治と経済における”制度”だと主張する。
国家の制度には、権力が広く配分され大多数の人々が経済活動に参加できる(民主主義に近い)”包括的制度”と、統治者のみに権力と富が集中する(君主制や独裁に近い)”収奪的制度”に分ける事ができる。
まず包括的制度の元では、法の支配が確立し、所有権が保護され、イノベーション(革新)が起こり易い。が、収奪的制度の元では経済の停滞と貧困に繋がると著者は主張する。
故に結論から言えば、権力者が民衆を搾取する収奪的国家は必ずや衰退するし、自由市場が存在する包括的国家は成長し繁栄を続ける。また、国家の繁栄にて最も重要なのはインセンティブ(刺激や動機)にある。
タイトルの通り、何故国家が衰退するのか?を歴史的事例から解き明かすが、過去に衰退した国家はどれもが権力者が民衆や弱者から搾取する収奪的制度の下で統治されていた。例えば、近年の中国など収奪的制度下でも飛躍的に経済成長する国もあるが、あくまでも一時的で、自由市場や所有権のない社会では貯蓄・投資などの経済活動に革新が生まれず、最終的には必ず衰退を辿ると予測する。
逆に近代の西洋国家や日本の様に、ある程度中央集権的で自由市場が存在する包括的制度の下では経済や投資などにインセンティブが生まれ、経済成長が促され、繁栄を享受できる事は歴史が示している。だが、経済成長を促す為に途上国に外部支援をする事は(その国の)収奪的制度を助長する事から効果的ではないとも警鐘を鳴らす。
つまり、全ては経済活動への根本的なインセンティブ設計が重要であると説く。
以上が、大まかな内容だが、本書は政治経済学の書とも言え、紀元前1万年前の農業革命から古代・中世・近代と流れる様な記述には一貫性があり、読み易くはある。
但し、最後で指摘するが、致命的な欠点がないでもない。だが、とりあえずは良い所だけを挙げてみよう。
貧困からの脱却は可能なのか?
序盤の3章までで、以上の結論はほぼ語られ、4章以降では包括的制度と収奪的制度が歴史の中でどの様に形成されてきたかを、数多くの事例を挙げながら検証している。
以下、「国家はなぜ衰退するのか」より一部抜粋です。
14世紀以前のヨーロッパでは農民の力が東よりも西欧で少しだけ強かった。が故に、1346年のペスト襲来という決定的な岐路を経て、西欧では封建制が崩壊に向かい、東欧では農奴制が再構築された。
大英帝国の支配力はフランスやスペインよりも弱かった為、1600年以降の大西洋貿易拡大により英国では多元的な新しい制度が生まれ、仏とスペインでは君主制が強化された。
この様に元々あった制度の小さな相違が、ペストや大西洋貿易といった”決定的な岐路”と相互作用を起こす事で、経済発展の異なるパターンを描く(4章)。
一方、収奪的制度の元でも経済成長が起きる事があり、ソ連が急速な成長を達成できたのはレーニンが率いたボルシェビキ(民主労働党)が強力な中央集権国家を築き、資源を工業に配分したからだ。だが、収奪的制度では個々人の才能やアイデアが活用されない為に技術的発展が生まれず、成長は長続きしなかった(5章)。
産業革命が英国で始まり大きく前進したのは、1688年の名誉革命が包括的政治制度をもたらした為で、所有権が強化されて金融市場が改善され、海外貿易での国家承認専売制度が弱められて産業拡大の障壁が取り除かれた。
一方、スペイン・オーストリア・ハンガリー帝国・オスマン帝国・ロシア・中国などでは専制君主が収奪的制度を確立し、産業革命の流れに乗り遅れた。これらの国では支配者が(古い政治制度の)創造的破壊を恐れ、経済成長を促さなかった。また、東南アジアやアフリカはヨーロッパの植民地帝国に収奪的制度を押しつけられ、発展の可能性を潰された(7章~9章)。
名誉革命後の英国や19世紀末~20世紀初めのアメリカでは、包括的な政治経済制度が維持され拡大する”好循環”が生じ、逆に、多くの国で収奪的制度の”悪循環”が起きた。例えば、グアテマラやアメリカ南部では同種のエリートが長期間に渡って権力を握り、シエラレオネやエチオピアでは独裁者を打倒して統治を引き継いだ人々が同じ様に権力を乱用した。
現代でも、ジンバブエ・コロンビア・北朝鮮・ウズベキスタンなど多くの国で収奪的制度の悪循環が繰り返されている(11章~13章)。
中国では文化大革命の後、鄧小平の下で包括的経済制度へ向かう改革が行われ、目を見張る程の成長が実現したが、成長の基盤は”創造的破壊”ではなく、既存のテクノロジーの利用と急速な投資だった。つまり、収奪的政治制度から包括的政治制度への移行がなければ、中国(共産党)の成長は何れは活力を失うだろう(15章)。
この様に、豊かな国をつくるには包括的制度の発展が不可欠だという主張は極めてシンプルで分かりやすい。民主政治と自由な市場経済が国の繁栄の前提(必要)条件だという視点は、先進資本主義国に住む人々の実感にも近い。つまり、豊富な歴史的事実の記述が説得力を持ち、こうした”制度説”を裏づける。
では、収奪的制度から包括的制度に移行するにはどうすればよいか?
著者は”移行をたやすく達成する処方はない”と言い切る。つまり、欧米諸国や国際機関が貧しい国に対して行ってきた経済政策の提案や援助はいずれも効果的ではなかった。15章の最終節で、包括的制度の強化に成功した国に共通するのは”社会の極めて広範かつ多様な集団への権限移譲に成功した事だ”と指摘する。従って(困難であっても)”各国の内側で政治的多元主義が育つのを期待するしかない”という事だろうが、納得できる見解といえる。
最後に〜収奪国家としてのアメリカ
ただ、その上で語ってほしかったのは、包括的制度を他に先立って実現した国々の”責任”についてである。
貧しい国の収奪的制度は、その国自身の歴史の中で形成されたものだが、(多くの場合)その過程で他国との関係が作用してたのも事実。本書でも東南アジアやアフリカに対する植民地支配が収奪的制度の固定化に繋がった事が語られてるが、最も多くの植民地を持ったのは民主主義の最先進国のイギリスだ。
また20世紀の東西冷戦と冷戦終了後に異常に拡張したグローバル経済も、貧しい国の収奪的制度を豊かな国が利用する事で成立したという側面がある。本書は主に一国内の収奪的制度に着目するが、国際的な収奪構造は無視する訳にいかない。だとしたら、先進国の側も貧困の克服の為に、従来とは異なる関与の仕方を探るべきではないだろうか。
以上、BookInfomationからでした。
確かに、全体としては説得力があり、歴史が既に多くの事実を示してる事からも理に適った主張ではある。だがそれだけでは、国家が繁栄(又は衰退)する事の必要条件に過ぎず、十分条件までは語られてはいない。
つまり、包括的政治制度で繁栄した筈の西側先進国の、主にアメリカが第2次世界大戦以降、幾つもの戦争を捏造し、北朝鮮やベトナムや中東などの貧困に喘ぐ途上国から財産や富を収奪したという現実を、我々日本人は見つめ治す必要がある。
言い換えれば、西側諸国の富と繁栄は民主主義的な包括的政治制度だけではなく、貧しい途上国からの搾取と収奪という側面があった事も事実である。もっと言えば、日本の”失われた30年”もアメリカによる収奪とも言えなくもない。
こうした持たざる国からの収奪という”十分条件を”考察しない限り、アメリカ人が書いたアメリカ人に都合のいい教科書とも言えなくもない。
事実、第2次大戦以降のアメリカは自国には包括的制度を守り抜き、他国に対しては収奪的制度を押し付けてきた。勿論、アメリカに全ての責任を押し付けるつもりは毛頭ないが、”自国さえ繁栄すればいい”というアメリカ1st主義は”他国に対する収奪”に過ぎず、それが限界に来てる事も確かではある。
そのアメリカが包括的国家から収奪的国家に成り下がる時、アメリカの分裂と崩壊は一気に到来する様にも思える。
つまり、本書で解かれた貧富の差の決定的要因が政治制度とインセンティブやイノベーションによるものと結論づけるのは、西側民主主義の自己満足と結果論に過ぎず、模範解答としては表面的過ぎて物足りなく思えた。
補足
因みに、本書はD・アセモグルとJ・A・ロビンソンの共著だが、前者は両親がアルメニア人でトルコで生まれ育ち、後者は英国人である。
勿論、人種により思想が固定化される筈もないし、固執し過ぎてもいけないが、特に、アセモグルは昨年の世界最高の思想家に選ばれているが、言い換えれば、”西側の思想は世界一だ”と自慢してるに他ならない。
結局は、西側の民主的で自由な思想は聞こえだけは優雅で、耳にも心にも優しく響く。一方で、ロシアや中国や中東の思想が醜く汚く聞こえる筈もないが、「アメリカに喰われた国家たち」でも書いた様に、かつての”自由と正義の国”アメリカは今や実質上の”買収と略奪の国”のアメリカに成り下がっている。
個人的には、こうした万人向けするベストセラー的な長編モノは、まともに読もうという気にはなれないが、”西側国家はなぜ衰退するのか”という逆説の視点で読めば、衰退の起源に対する模範解答が得られるかも知れない。
本書の副題は”権力・繁栄・貧困の起源”だが、西側国家の繁栄の起源が崩壊の起因にそのまま繋がる様に思えてならない。
もし、2人の著者が”隠し解答”として、西側社会の衰退の起源を暗に仄めかしているとすれば、これ程の傑作本もないのだが・・私の考え過ぎであろうか。
アメリカ式社会が最強という価値観も、怪しげです。
なぜなら、資本主義は世界全体の購買力が発展し続けないと破綻する制度だからです。その辺の掘り下げがないところが本書の物足りない点でした。