象が転んだ

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鏡張りの部屋、その19(11/23更新)〜若い女の再訪と女の真相と〜

2019年04月18日 05時07分19秒 | 鏡張りの部屋

 前回"その18"は、なかなか寝付けない男(ダーレム)が管理人(老マティアス)の部屋を訪問し、若い魔性の女(カミーユ)の実情と真相を耳にした所まででしたね。

 以下でも少し触れますが、今日のこの話を読む前に、”その9〜12”を見ておくとよりスムーズかな。

 

 ダーレムは心が揺れた。老マティアスの言葉に聞き入る内に、自分が情けなくなってきた。男は全てを疑い、自分をも信じられなくなってきたのだ。

管理人さん!
俺は、誰を何を信じればいい?
ますます判らなくなってきたんだ
俺が何者かだって事もね
このホテルの中で、この俺こそが
一番危ない人間じゃないかってね


 老人はニコリと微笑んだ。

アンタもいい年して可愛いのう
よっぽど、正直に出来てるんじゃの
他人を疑うとは自分を疑う事なんじゃ
家族と離れ離れになって、
全く自分を見失っとるんじゃ
誰だってアンタくらいの歳になれば
多かれ少なかれ、色んな問題を抱えとる
人生とはそういうもんじゃよ
人間は歳をとる毎に妥協し、丸くなっていく
自分と距離を取る事で、
今までの自分を見つめ直す事じゃな
今がそのいい機会じゃな


 ダーレムは老人に深く一礼をして、部屋を去った。男はこの老人が神様に、いや神父に思えてきた。

俺は独りじゃない
老マティアスという強力な神父がいる
追い詰められてるカミーユだって
まだまだ俺の事を諦めてないだろう?
また俺の所へやって来る筈、いや絶対に来る
そして、あの中年女のサビオレだって
俺の事を絶対にアテにしてる筈
二人とも、一度は気を許した相手だからな


 そうこう思い巡らす内に、男は深い眠りについた。これ程の深く眠ったのは何日ぶりだろうか。少なくともこのホテルに来てからは初めての様な気がした。


トントントン、トトトン


忙しくドアを叩く音がする。
何時だろうと思い、目覚ましを見ると早朝の5時だ。一体誰だこんな時間に?
 眠たい目をこすり、男はドアにそっと耳を近づけた。


私よ私、カミーユ、
イヤだったら、そのまま無視してもいいわ
でも、少しでも許す気があったら開けて頂戴


 ダーレムは迷った。しかし、老マティアスの言う事も信じたかったし、若い女の肉体に未練があった。もう一度あの豊満な瑞々しい肉体を抱きたいと思った。それに老人の言う事が本当か確かめたかった。

 男はドアを開けた。
 この時のカミーユは、”誘う女”の顔ではなかった。それに前回の様にスケスケのブラウスではなかった。

アリガト、感謝だけはしとくわ
老マティアスから色んなこと聞いたでしょ?
それに中年女のサビオレからもね
でも寝たんでしょ?あのゲス女と
僧女ぶって、手当たり次第男を引っ括めてるの
でもね、あの女と私を一緒にしないでね
あの女こそメキシコのカルテルと
裏で繋がってるという噂よ
探偵さんが来てたのも、
アンタや私が目当てじゃなく、
あの女が”ホシ”らしいわ


 ダーレムは心を落ち着かせた。前回の訪問とは全く雰囲気の違う女の振る舞いに少し戸惑った。

ああ、悪かったと思ってる
あの中年女と寝たのは認める
でも、アンタを疑ったのは悪かった
それも認める、許してくれカミーユ
ホントは、アンタの若い肉体が羨ましかった
サビオレの萎れた肉体が、
今の俺には余計に憐れに思えたんだ
サビオレと二人で、
アンタを陥れようと真剣に考えた事もあった
老マティアスの言った事は本当だったんだな
今のアンタを見て確信したよ


 女は少し微笑んだ。

あの女と寝た事は、大目に見てやるわ
肉体は嘘をつかないわ、
10代の肉体と40代の肉体では
勝負は明らかよね
それより問題なのは、探偵サンの話の事よ
スラム出のあの女、義理の父親が
裕福なアメリカ人と言ってたでしょ?
そのアメリカ人の男が
メキシコの麻薬組織と繋がってたらしいの
突然、女の前から失踪したっていうのも
身元がバレそうになったから、らしいのよ
(”その17”参照です) 

  
 男は身体を乗り出した。女の瞳は真剣そのものだった。

どうしてそんな事知ってんだ?
まさか探偵から直接聞いたのか?
それとも盗み聞きしたのか?

 
 女は笑った。

そんな馬鹿な事する筈ないじゃない
私がマーロウさんと寝たっていうの?
そこまで私も好きモンじゃないわ
あの中年女なら、わかんないけどさ
老マティアスに言ったの
アナタと寝たって、
貴方を誘惑しそうになったってね
そしたら、怒られたわ
そんな事するから、探偵に疑われるんだと
全くよね、男も女も下半身は嘘つかないもの
あの探偵は、私とアンタを疑うふりをして
このホテルに来たのよ
情報は殆ど、老マティアスが握ってる筈だわ
このホテルの顧客の
全ての情報を把握してる筈だわ
だから、タダで泊めてるの
情報は何時の世もお金になるのよ
若い女の裸よりもずっとお金になる
娼婦はね、その情報を得る為に身体を売るの


 男は笑えなかった。

アンタも情報を得る為に体を売ってたのか?
”危険な仕事”って、その事だったんだな?
(その10、11、12、15を参照ですよ。今から読み返しても結構エロいですな)


 女は笑わなかった。

バカ言わないで、
だからアンタは、ヘボな組織に追われるのよ
高価なマリワナを売ってたって、言ったわよね
そりゃ男に売れば、
身体も一緒に買おうとするわよ
でも私の顧客は高級娼婦だったの
元旦那に裏切られるまでは
結構な売上だったわ
そして肝心の情報も上手く引き出せたの
一粒で二度美味しいとはこの事ね
どお、この肉体も脳みそも本物だってこと
でも、その馬鹿な旦那に裏切られたって訳
全く情がわくと、人間オシマイ


 男は苦笑した。自分の惨めさを等身大に味わった感覚になった。

ああ、悪かった、君を見くびってたな
アンタはあの世界では”キレ者”だったんだ
それでレオニー(男の愛人)の事を知ってたんだ
でもレオニーはシャブとは無縁な筈だぜ
瞳を見れば分かるし、長い付き合いだからな
そのレオニーが組織とどう関係あるんだ?
まさかアンタと同じ組織にいたって事か?


 女も苦笑した。

女に騙されるとはこういう事ね
アンタも余程お人好しに出来てんのよ
だから、他人に思えないの
だから、護ってあげたくなるのよ
アンタも知ってるだろうけど、
彼女の客は全てが大物だったわ
政財界の著名人や知識人に
大学の教授や博士たちばかりね
だから情報も、全て”上物”だったの
稼いだお金で、基金も作ってた程だわ
アンタの言う通り、彼女は別格よ
でもやってる事は、私より悪どかったわ
だから少しは、アンタの事も知ってた
でも誤解しないで、
アンタに身体を許したのは、
元旦那の様な目に遭わせたくなかったの
あんな悲しい経験はまっぴらゴメンだからね
一度は愛した男よ、簡単に忘れれる筈もないわ
女ってそういうものよ、滑稽でしょ?

 
 男は笑えなかった。

全くアンタには逆らえないな
アンタというより、貴女だな
老マティアスの言う通りだよ
お世辞じゃないが、貴女はまるで処女みたいだ 
でもこのホテルに来た時は
薬物でボロボロだったんだろ?
何故アンタみたいな切れ者が、
シャブ中になるんだ?
アホな旦那に裏切られたって、
幾らでも逃げ道はあったろうに


 女も笑えなかった。

お腹の中に小さな子供がいたからよ
その子供がお腹を蹴るの
小さな生命が私のお腹の中で躍動してるのよ
その瞬間、
今までやって来た事がアホらしくなったの
全てが嫌になって、全てを失いたくなったの
勿論、裏切った男を組織に突き出して
私は温々と逃げ切る事もできたわ
でもお腹の中の父親には変りはないの
どんなに貧しくてもいいから
家庭が欲しかったの
真っ当な生活に戻ろうと、男を説得したわ
でも男は、
お腹の子供に気付いた途端、豹変したわ
それ以上は言わなくても分かるわね
流産した後、私は荒れたわ
コカインにどっぷりと浸かって
毎晩の様にね、お陰で全てを失ったわ
でも、旦那はもっと酷かった
あんまりにも憐れで、
男は約束したわ、元の生活に戻ろうって
このままじゃ2人とも潰されるって
それで、レオニーに相談して、
ここにやって来たの
これが”カミーユ嬢の真相”


 男は何も言えなかった。今度は自分の事を全て白状する番だと思った。


2 コメント

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女の本性 (tomas )
2019-04-18 07:03:48
何だかシリアスな展開ですが。
もうそろそろ誰かが殺されるかなと踏んでたんですが。

でないと、マーロウの出番もないし、若い女が最初に殺されるものと思ってたんですが。

でもここに来て、老支配人が鍵を握る形となり、いよいよわからなくなってきた。

少しだけヒントをくださいな。
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tomasさんへ (lemonwater2017)
2019-04-18 07:49:47
鏡張りの部屋へようこそ。

私ももうそろそろかなと思うんです。ネタバレかもですが、誰を殺そうか迷ってます。それとも殺さないまま、マーロウの登場を促そうかと。

何も考えないで書いてるんで、tomasさんも推測が難しいんでしょうが。殺人事件にしちゃうと、安っぽい東野圭吾っぽくなるので、少し迷ってます。

これからも宜しくです。
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