いよいよ、「CallGirl」の著者ジャネット•エンジェルとの最後の別れです。今年1月にコールガールブログを始め、約10ヶ月ですが、結構長かったです。ブログを始めた当初は、ベーブルース、マリリンモンローに続く、第3のブログでしたが、それなりに本気だった。
特に、ソフィーの登場(その3及びその4)からのめり込んだ。もっともっとソフィーの物語を聞きたいほどでした。
大学教員でコールガールのジャネットは、第三者的な客観性を見失う事なく、まるで覆面捜査官みたいなスタンスで、際どい人生の縮図を生き延びたんです。
ズブの素人がアングラの覆面捜査をする様なモンです。
”SEXWORK”という危険な綱渡り
ジャネットの、裏と表を行き来する危うい綱渡りの生活の中で、彼女は何を見たのか。物書きの世界へと彼女の背中を押し出す程の深い体験が、この3年間の中のこの”二重生活”の中にあったのだろうか?
あからさまな侮り事や悪意に満ちた罵倒は稀かもかもしれないが、日常に潜む”微妙な差別のまなざし”は、澱の様に心に降り積もり、少しずつ彼女の精神を蝕んでいく。
彼女は自らの意思でこの仕事を選び、客と対等に取引しようとしてる。だったら私にもそれなりの敬意を払って欲しいと。
まさしく真っ当な主張だし、これこそがまさしく、副題の”Confessions of Double Life”なのだ。売春行為への懺悔と告解いうより、二重生活での追い詰められた自白と放蕩。
今では自らの意志で選ぶ職業としての売春を”SEXWORK”と呼び、それに従事する人を”SEXWorker”と呼ぶ。この呼称が生まれたのもジャネットの発言が活発化し、賛同する多くの人がいたからだ。
勿論、売買春は搾取と虐待の温床が故に、根絶すべきとの考えを持つ人もいる。いやそういう人が大半であろう。しかし、自由意志による売春にては、その労働環境を考えるのが先決だと。ごもっともです。
SEXWorkerたちがプライドを持って働ける環境づくりを、この本でその方向性を示したのではないだろうか。
売春の合法化は正当な論理か
それに著者が主張する売春の合法化であるが。但し、日本の戦前の様な江戸時代の遊郭である、公娼性やGHQ時代の赤線であった国家による管理売春ではなく、売春を非犯罪化する為の摘発しない方向を目指してる。
これは売春業が非合法が故に、雇用主の搾取や粗悪な労働環境を表沙汰に出来ず、苦境に陥るSEXWorkerを救い、減らす為だ。
アメリカではネバタ州の一部(ラスベガス)を除いて、売春は表面上は非合法である。日本では1957年の売春防止法において、プロの娼婦として働くのは不可能に近い。
非本番行為は合法とされるが、風営法により規制がかかり、風俗産業で働く女性たちの立場を弱くしてるとの意見もある。
ヨーロッパでは、スウェーデン、ノルウェー、オランダ、フランス、ドイツ、ギリシャなど売春が合法とされる国は比較的多い。
オーストラリアでは積極的な市民運動によって、売春宿が合法化された。
ジャネットも当然そういう事を知り尽くしており、「CallGirl」は、コールガールの個人的な回想録であり、世の中に強く訴えかけるメッセージ性を強く持ってる。
最後に〜有難う!ジャネット
”SEXWorkerについて知る事は、私達自身のセクシュアリティーを知る事に繋がる”と語ったのは、アメリカの多くのSEXWorkerに取材し、画期的なルポルタージュ「彼女のお仕事」を書いたマリアンヌ・メーシーだ。
"SEXWorkerについて考える事は、私達の性的アイデンティティや性的役割について、或いはそれらを縛るものについて、考えるキッカケを与えてくれる"と彼女は語る。
日本でも欧米に劣らず、この十年程に多くのSEXWorkerに関する図書が刊行されてる。
「CallGirl」の訳者の那波かおり嬢は、わざわざ20冊以上の参考図書を挙げてくれてる。ジャネットに至っては、一般読者向きに20冊、学術向きに40冊ほどを挙げてる。
流石に「マンハッタン•コールガール」はなかったですな(笑)。ウエブエッセイでは強烈なメッセージ力に欠けるんですね。
しかし、「CallGirl」に関する著述は、この著作だけで充分過ぎる程である。たとえジャネットが経験し、書いた以上の事を知ったとしても、恐らく感動すらしないだろう。
それ以上に、この作品に出会い、本当にラッキーだった。自分が思い描く”売春”と、ジャネットが経験した”エスコートサービス”の世界がほぼ一致してたのだ。
まるでジャネットが辿った危険な綱渡りを自分が体験してるみたいだった。じゃなかったら、こんなに長いブログを書ける筈も無い。
これで、私もコールガールからやっと卒業出来ますな。嬉しいやら哀しいやら。私めのブログの基盤を築いてくれたこの著書は、かけがえのない宝物のようで、ジャネットの勇気と才気と精神力に只々脱帽と感謝です。
そのジャネットも今は彼女が属してたエスコートサービスの女経営者であるピーチを題材にした「Madam」を執筆中とか。
でも本音を云えば、ソフィーを題材にした著書が見たいと思うのは、私だけだろうか。
これはどうなんでしょうね。
セックスワークが軽蔑されるのは、楽に、自分も楽しみながら?簡単に稼げるのが軽蔑される原因と聞いたことがありますが、どうなんでしょ?
ま、同性の嫉妬もあって、そう言われているのかもしれませんが・・・。
ジャネットも、セックスワークを、仕事ながら楽しんだ面もあったのでは?
大学教授のお仕事とは違う歓びを味わえた?
が、まあ、セックスはアダムとイブの時代からの人類の問題ですから、セックスワーカーは、社会にとって、必要不可欠なものなのでしょうね。
そういう意味でも、春を売る人達を守る法律は必要だとは思います。
ただ、コールガールの場合、日本のお酌をするホステスよりかは、ずっとずっと身も心も擦り減らす重労働だとは思います。僅か2時間の”性を売る行為”も、見た目以上にタフかと。
だから少なくとも、社会的地位はクラブのホステスやグラビアアイドルよりかは、ずっと高い地位を保証すべきだと思う。そうする事で彼女達の安全を保証するとか。
ただ、叶姉妹のお化け系コールガールは論外ですがね(笑)。
故に、誰でもがコールガールになれると思ったら大きな間違いで、誰もが”体を売れば金になる”という時代は既に終わったと、本書を読んで痛感しました。
要は売春婦の素養というか、資質というか。そういう面も考慮すべきだと。
ジャネットは偶々、卓越した知能と麗しい外見に恵まれ、かつグラマーな肉体を持ってたから、コールガールという無法地帯の過酷な領域で廃人にならなくても済んだのでは。
勿論、エージェントや仕事仲間に恵まれたのもありますが。
でも、一般的にはコールガールの殆どは廃人と化すでしょうね。ジャネットも僅か3年ですが、最後は恐ろしく荒んでましたもの。
しかし、法の整備は必須でしょうね。ラスベガスの高級娼婦の顧客リストには、有名人や著名人がズラリと並んでます。という事は、紳士と評されてる男の殆どは、女を買ってるという事。
需要がある限り、豊満な肉体は供給され続ける。一方で、魅力ない肉体は社会の片隅に取り残される。コールガールの世界も自然淘汰は激しいのだろうか。
これは、実質の高級売春の合法化&習性化を具現してますね。もう避けられない状況にあるのは確実です。
故に、お金の為に追い詰められての昔ながらの哀しい売春には、法的な保護は絶対に必要かもです。
そこまで覚悟してするお仕事なのかもしれませんね。
日本がまだ力をもっていなかったころ、山本富士子も、日本のためにそういう仕事をさせられたとも聞きました。
美人であるだけでなく、才気煥発な人でないと務まらなかったのでしょうね。
場合によっては国を左右するお仕事とも言えるかもしれません。
でも、そういう人たちはほんの一握りでしょうね。
SEX・・SEX・・・・~(◎_◎;)
激しい~・・
記事の文字が全部SEXに見える~・・(*_*)
私、相当疲れてるかも…
・・おめめって温めるのか?
冷やすのか?
どっち・・・
ラスベガスの高級娼婦の実態は、コカインに塗れた廃人同様の化け物女という話も聞きます。
だから目の肥えた客は、中規模で中流のエージェントを利用するんでしょうが。ケバい化け物よりもピチピチの女子大生の方がいいですもんね。
スマホと同じで、娼婦にもブランドとパッケージを、馬鹿な親父連中は求めるんでしょうか。
高級娼婦はリムジンで送り迎えですが。リムジンと衣装代で稼ぎの9割を組織に搾取されるという話も。
とにかく、ワールドワイドな娼婦の世界にはとてもついていけそうにはありませぬ。
ポ○○ンは冷やします。
このブログがSEX塗れに見えるのなら、まだまだですな。
これはある意味、命を賭けたルポルタージュと言えるかもです。
多分、覚えてないね。
ムーンパレスでコメントしました、HooLooです。
コールガールの最後とても良かった。
大学で日本語勉強してますが、少し難しいです。下手な日本語で勘弁ね(^-^;
ボストンでは私と同じ年齢の女の子が平気で身体売るんですね。少しギャップ感じるけど
lemonwaterさんも女性を買うとき、罪の意識ってないのかな。愛とsexって別々に考えるものかな。
なんだか変なコメントですが。コールガールとても面白かった。知らないことたくさん有りすぎてイラストも楽しかった(^○^)
ムーンパレスのコメント。Pオースターのファンだったんですね。
若いのにマセてます(笑)。
さてと、女を買う事に罪の意識はないかって。
答えは、Noかな。
ヤッてる時はファンタジーしかなかった。でもその後、後悔と虚しさが襲ってきます。
結局、ファンタジーが後悔や虚しさを上回ったと。若い頃の事なのですが。
愛は現実で、恋はロマンスで、SEXはファンタジーで。そう思いたいですね。
有名私大に行く学費を稼ぐ為に、娼婦になるというのも、日本人の私にはギャップあり過ぎですが。彼女達は至って普通の感覚なんでしょうか。
オースターの本のブログも書こうと思ってます。
HooRooサン、今後も宜しくです。
呆れました。
私、体が持ちません・・
あんましですよ・・
朝昼晩だなんて・・
おかげで下半身、ガクガクですよ(*_*)
せめて週14にして?
転んださんの言うように、そこにファンタジーを求めるのであれば、比較的穏やかなレヴェルで収まりそうですが。単純に性欲の発散となると、そこに強要が発生するわけで、法の整備が必用になるのでしょうが。
結局、性に何を求めるかによりますが。若い女性も愛と性を別個に考える傾向にあるみたいです。
サイコパスと同様に、これから侃々諤々の議論も沸いてきそうですが。サイコパス判定と同じく決め付けが度を過ぎると、二極化しそうで。
でも考えるほどに無視できない興味深いテーマでもありますね。転んださんの苦悩を垣間見る事ができます。
重たいコメントですが。