ブログも小説と同様に、タイトルとカバーが物を言います。「コールガール〜私は大学教師、そして売春婦」という単純で露骨なタイトルには少し首を捻りますが。全く編集部は何考えてたんでしょうか?ピンク色のカバーを見て、少し残念に思いました。
それに殆どの日本人なら、”アメリカ版東電OL”と思いますもんね。そして、そういうイメージで読むから余計に誤解を生む。その上、内容もガチで半学術っぽいから、余計にうんざりするのだろうか。
副題の”Confessions of an Ivy League Lady of Pleasure"を少し捩って、「エリート大学講師の悦楽と告解〜夜の街に解き放たれた女の放蕩と咆哮」とでもするか。いや、これでは少し硬いか。 カバーは勿論、”網タイツ”ですかな。
ま、冗談はそこまでにして、先へ進みます。
新しい生活と男の売春と
理想の恋人の筈だったルイスと別れたジャネットは新しい生活に入ります。売春に関する講義は歴史的側面からメスを入れた。
私は”男の売春”について取り上げた。SEXを金で手に入れたいという欲望は、ジェンダー(社会的&文化的な側面から見た性で、先天的・身体的・生理学的な性とは区別です)や年齢、民族や人種を超えてる。むしろ、現代よりも古代の方が同性愛に開放的で、社会も寛容に受け入れた。しかし、それが永遠に続いた訳でもない。
私は学生の前で言った。”コンスタンチヌス1世がキリスト教信仰を公認した時から、ローマ帝国における男色は下火になった”と。
学生たちは笑った。
私は更に続けた。 ”確かに、コンスタンチヌスの後継者テオドシウスは男性の売春を禁じ、少年に売春を強要した者には死刑を命じた。しかし、不幸にも、男娼を売買する奴隷商人ではなく、男娼を標的にした。こうやって、ローマの男娼は焼き殺されたのです”
学生たちは沈黙した。
私は更に続けた。”何故、テオドシウスの帝政下では男性の売春がそれほど問題視されたのか?ローマ帝国では、異性愛や同性愛と共に、公然と売春が行われてたのに”
一人の学生が手を挙げた。”キリスト教では間違った行為とされたからだ。その皇帝はキリスト教ですね”
”問題にしたのは同性愛?それとも売春によってそれが実践される事?”
”どちらもです。ローマ教会ではSEXは子供をもうける為では。同性愛も売春も子供を作る為にするのではないですから”
学生たちの緊張が解けた。
”その通りね、よく勉強してきましたね。でも、もう一つ大きな理由があります。時の権力者はこう見たのです。男色は、性交にて女性の肉体が弄ばれるのと同じく、男性の体を弄ぶものであると。これに異論はない?”
誰も手を挙げる者はいなかった。学生達は私が与えた資料を十分には理解してなかったのだ。私は続けた。
”女嫌いのアウグスティヌスは、男性の肉体は女性のそれより優れてる。魂もまた然り”と。
同性愛は合法か?正義か?
ようやく、学生達の目が輝き出した。彼らは初めて同性愛というものに真剣に考えたのだ。一人の学生が口を開いた。
”同性愛は男がまるで女みたいに見えてしまうから、という考えで、その根底にあるのは女性への敵愾心でしょう”
”それは貴方がどう思うか次第だわ”
私が学生に求めるのは事実を見つめ、自身の思考を深め、自分なりの考えを導き出す事。今彼らに必要なのは、ネットやメディアで大量に流される情報に従うのではなく、自分の取るべき道を模索して欲しいのだ。全くこれはジャネット自身にも当て嵌まりますな。
しかし、私の正体は単なる理想主義者。理想を抱けば何かが起こりそうな気がするのだ。
この同性愛と男色についてのジャネットと学生の議論いやロ論を詳しく載せた訳ですが。結構、憎いトコついてますね。女嫌いのアウグスティヌスが男娼や同性愛を奨励し、女好き?のテオドシウスがそれらを死滅させたと。
全く、このジャネット嬢は私と殆ど同じ考えですね。一度お会いして議論を交してみたいです。
確かに今の時代、ネットやメディアの影響というのは、大衆が思ってる以上に、強力な依存性と広大な影響力を自由自在に撒き散らしてます。お陰で、ネット上で様々な議論を交しても、何だか無機質なネットそのものを相手にしてるようで、血の通ったいや、”知の通った”議論が出来ないのも事実ですね。
コールガールの危険な綱渡り
若いコールガールの中には、高額の報酬に慣れ、良識な判断が出来ず、派手な散財を繰り返す子が多い。困窮生活を長く続けてきた若い女は特にである。突如大金を手にするのだから当然ではあるけど。
ま、スラム上がりのプロスポーツ選手と同じですね。大金を手にした途端、女とモノを買い漁る。
彼女達はよく多くを稼ごうと、ピーチの仕事を続けながらも、より高額なギャラと稼働率を約束する別の組織にも属する。一晩に4、5人もの客をあてがった。そしてその危険な実態とは?
ポーラはカレッジの学生で、魅力あるバーテンダーガールであった。彼女目当てに多くの客が集まった。いっその事、口説かれる時間と場所と相手を選ぼうと決心し、コールガールになった。ピーチの所に来たのは、最初のエージェントにひどい目に遭ったからだ。彼女は3日間、薄暗いアパートに閉じ込められ、一つ間違えれば殺されかけた。
大学院で化学を学びながら子育てをしてるギミーは、ブロンドで手足の長い神秘的なエメラルドの瞳を持つ美人だったが、前の組織ではレイプ紛いの事を強いられた。
アンジーは、ピーチとはもう一つのエージェンシーと契約してた。しかし、その組織では”ブツ”の運び屋を強制的にやらされた。それも量が半端ない、何と28グラム。ジャネットの元恋人のピーターも全く同じ事をやってたが、彼はそのネタを喜んで話してた程だ。
”アンジー、逮捕されたら15年は帰ってこれないわ。それは”分配”と呼ばれ、立派な犯罪よ”
”放っといて、やるしかないの。組織に気に入られる為には。子供が2人もいるのよ、私の事に立ち入らないで”
こういった話を聞く度に、ピーチと出会えた事を幸運に思う。全く他の組織は犯罪以上の事を平気でやってるのだ。
ピーチの客が、著名な政治家やハリウッドの人気俳優やシリコンバレーの名だたる社長達を顧客に持つ訳ではない。その1、2ランク下の客を相手に出来るだけでも十分に素晴らしい事ではないか。
ラスベガス大通りの全ての街灯の下の角ごとに、ハイヒールに派手な身なりの、少し恐ろしげな女が立ってるのを目にする度に、そう思うのだ。
”大学講師の悦楽と告解”のサブタイトルはいい感じです。流石に、”コールガール、私は大学教師”というのは少し愚直すぎますもの。
同性愛と男娼、興味深く読ませていただきました。ローマ帝国にまで遡るのですね。愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶとは、よく言ったものです。
同性愛も男娼も、ずっとずっと昔に流行った事なんですね。全てには歴史があり、権力とか嗜好とか時代背景とか、色んなものが複雑に絡み合ってる。
一言で売春と言っても、厭らしい見地で考える日本人と、歴史的見解で捉える欧米人とでは大きな違いがあります。この本が日本で受けなかったのも十全に理解できますね。
ヨーロッパで、身体を売るっていう仕事は、芸術家が才能を仕事にするのと同義とされますから。日本人には想像も及ばない歴史が売春にはあるのですね。こちらこそこの本には、勉強になりっ放しです。
これからも終りまで、コールガールを宜しくです。