象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

スターリンとヒトラー〜人間を破棄した狂人の比較と野蛮

2023年05月12日 13時41分29秒 | 戦争・歴史ドキュメント

 人種偏見を持ち、優生学や社会進化論を信じ、地政学をゼロサムで捉えていたヒトラーだが、ドイツの民族的優位を立証する為には、(ヨーロッパ支配に加え)ソ連と英国の双方を粉砕する必要があった。
 スターリンとの不可侵条約を優先し、チャーチルを叩く作戦に乗り出すべきか?それとも、ターゲットをソ連に切り替えるべきか?
 一方で、スターリンは大規模な軍備増強路線で戦争に備えつつも、ドイツとの戦争を避け、ヒトラーが大英帝国との対決へと向かう様な環境を作り出そうとしていた。彼はドイツ軍が物資不足に苦しんでる事を理解してたし、ソ連からの更なる物資供給を必要としてるドイツが、ソ連に牙を剥くのは"自滅的だ"と読んでいた。
 しかし、ヒトラーはスターリンの予想を裏切り、ソ連に一方的に攻め込んだ。
 敵対しながらも政治家として互いの手腕を認めていたヒトラーとスターリンだが、会う事は一度もなかった。しかし、生い立ちから政治手法まで多くの共通点があったのも事実。
 不可侵条約を破ってロシア侵攻を決行したヒトラーに対し、(裏を突かれ)追い詰められたスターリンはモスクワに残り、国民にドイツへの反撃を呼びかける。腹の内を探り合い、相手を出し抜こうとした2人の独裁者に、一体何が起きたのか。
 NHKでは連休にも関わらず、こうした歴史ドキュメントを流してくれるのはとても有り難い事である。


ヒトラーとスターリン

 1941年6月22日早暁、ドイツ軍300万がソ連に侵攻。いわゆる”バルバロッサ作戦”である。その日からドイツの敗退までの4年間で、ソ連の2000万の命が失われた。
 スターリンはなぜ?この急襲にそれほど無防備だったのか。あらゆる情報網を通して十分な情報を得ていながら、なぜ?周囲の忠告を無視したのか。なぜ?最後の瞬間までヒトラーに石油・穀物・軍事物資を供給し続けたのか。
 理由は、1939年8月23日に2人の独裁者が電撃的に結んだ独ソ不可侵条約にあった。この”悪魔の契約”に賭けた両者の思惑は何だったのか。

 この両者の思惑の謎を、独自の比較論で考察したのがアラン・ブロック著の「ヒトラーとスターリン」である。
 彼ら並列された2つの人生は、平行線と同じで、交わる事も一つになる事もない。事実、2人の主な経歴を見るだけでも、革命・独裁・イデオロギー・外交・戦争における、彼らの異なる側面が網羅される。
 しかし比較する事で、それぞれの体制や個性の違いを浮き彫りにする事はできる。

 スターリンは、”自分こそが革命をいかに完成すべきかを理解してる”ただ一人の人間だと信じていた。他の人間や機関に妨げられなければ、”措置を講じるだけの意志を持つ唯一の人間でもある”と確信していた。
 つまり、スターリン・プログラムの究極の段階は、”邪魔者を全て排除し、一人で統治する”事にあったのだ。
 かつて、ヨーロッパにはヒトラー以前にも人種主義的言辞を弄する人たちがいた。しかし、そのイデオロギーを実際に行動に移したのはヒトラーだけである。
 ヒトラーの独創性はその思想にあったのではなく、”思想を文字どおり実行に移した”所にあったのだ。

 1934年から39年にかけて、この2人には
その生涯で特筆すべき事が極めて多かった。
 この時期の初めに、2人はそれぞれ自分の地位を脅かそうとする動きを認め、それを未然に防いだ。そして、この時期の終わりには、2人とも他に並ぶ者のいない地位を確立し、もはやいかなる敵もその相手ではなくなっていく。
 しかし、2人がその地位に辿りつくまでの道筋は大きく異なっていた。
 人類史上最悪の犠牲者を出した独ソ戦からドイツの敗北とヒトラーの自殺、更にスターリンによる恐怖政治。この二人の独裁政治家がヨーロッパに残した禍根を振り返るも、厄災もこれ程の規模になると人間の想像力を超え、理解する事も対応する事も難しくなる。
 

ブラッドランド

 一方で、ヒトラーとスターリンの人類史上最悪の大虐殺を”ブラッドランド”と呼ぶ流血地帯の視点で論じたのが、デイモシー・スナイダー著の「ヒトラーとスターリン~大虐殺の真実」である。
 20世紀の半ば、人類史上最大の集団暴力がポーランドからウクライナ、ベラルーシ、バルト三国、ロシア西部にまたがる広大な地域を襲った。
 スターリンとヒトラーが同時に政権を握っていた1933年から45年までの12年間、この地で独ソ両国の大量殺人政策が重複して進められていく。スターリンとヒトラーは自分の思い描く国造りの為、邪魔者を排除しようと、この地域に住むおびただしい数の民間人を殺害した。
 著者は、この地域を“流血地帯(ブラッドランド)”と名付け、調査に乗り出し、かつては国境で分断されてきた“地域”としての歴史を掘り起こした。そして、独ソの政策によってこの地で殺害された民間人と戦争捕虜の総数が1400万人以上に上る事を突きとめる。
 そこに戦闘で亡くなった兵士は含まれないし、有名な強制収容所でのガス殺だけでもない。ポーランド知識人を集中的に銃殺した”カティンの森”事件や、独ソ双方が住民一掃を目指してウクライナで展開した”飢餓作戦”。
 なぜ、この地はこれほど理不尽で無慈悲な大量殺人に晒される事になったのか。

 スターリンと言えば大テロル、ヒトラーと言えばアウシュヴィッツを連想するが、これらは単なる象徴に過ぎず、彼らが犯した大罪のほんの一部にすぎない。
 スナイダーは本書の中で、遥かな規模の大きな残虐行為の1つ1つを詳述し、凄惨きわまる全体像を描き出す。

 そんな著者もロシアとウクライナの将来については、”ロシアが自ら選んで孤立している事を憂慮する。<自分たちは常に1000年にも渡り、世界中の敵対行動の標的になってきた>という様な歴史認識を持っていたら、他国と協力関係を築くのは難しい。ロシアは逃げ場がなくなる様な状況を自ら作り出している。長期的に見れば、ウクライナよりもロシアの方が心配です”と語る。
 今回のロシア=ウクライナ戦争では、ポーランドやバルト三国も警戒を強めている。これだけの歴史を背負った人々の胸中には、日本人には伺い知れない危機感と覚悟があるのだろう(「WEBちくま」)。


シンプルな野蛮

 ナチズム研究者はアウシュヴィッツ収容所以外で、後頭部を撃ち抜かれ、餓え死した無数の民間人の犠牲に
 ドレスデンの空襲(1944)にあまりにも心を奪われ、ドレスデンとほぼ同数の人々が亡くなったワルシャワ空襲(1939)でのポーランド人の犠牲者に
 そして、ユダヤ人に対するナチスの暴力などに、あまりにも目を奪われ、非ユダヤ系ポーランド人の死に淡白だったのではないか。

 更に、ナチスの蛮行の実態を明らかにしようと傾倒しすぎた結果、ソ連によるウクライナの人為的飢饉や同じくソ連によるユダヤ人やポーランド人の虐殺を、ナチスとの連動あるいは責任の押し付けあいという視野で、ナチスの蛮行とソ連の蛮行を区別して考察するという作業を怠ってきたのではないか。
 アーレントの全体主義論では、ソ連やナチスの近代化・科学化・官僚主義の弊害を取り上げられてるが、ソ連やナチスが”人間を破棄した愚行や蛮行を平然とやってのけた”という事実をストレートに受け入れる事が出来ないでいる。

 一方で、歴史研究者たちは”食べる”という根本的な問題にきちんと寄り添ってきたのだろうか?
 著者スナイダーの描く歴史像の斬新さは、銃弾や爆弾というより農業や食料や飢えを頻繁に登場させた所にもみられる。
 それは恐らく、流血地帯の惨劇が東欧の食の生産と消費の現場で繰り広げられてきたからだ。
 ナチスの東部総合計画にせよ、ソ連の集団化にせよ、この地域で実験され、無数の屍を積み上げた。つまり、この政策は市場経済の危機の時代に農村の構造改革を押し進め、均一的な”農民身分”を創出し、食料を安定して都市の労働者に供給し、急速な工業化に対応させる為であった。
 ソ連やナチスが、農奴たちに土地を与えたり、土地を集約して集団で運営し、農民を人種的かつ規模的に統一しようとする試みを大胆にかつ強引に遂行できたのは、その農地で働いていたウクライナ人やポーランド人やユダヤ人を追い出し、餓死させ銃殺したりする事に躊躇しない”人間性の放棄”があったからだ。

 スナイダーが、こうした飢えを通じた暴力を執拗に描いてる事は印象的である。
 ソ連のウクライナ飢饉にせよ、ナチスのレニングラード封鎖や飢餓政策にせよ、スターリンもヒトラーも彼らの部下も、”飢えさせて死ぬがままにする”という方法が、”個人の苦しみをどこまで増大させるのか”について恐ろしい程に鈍感であり続けた。
 自国を飢えさせない為に他国や他人種を飢えさせる。
 ”こうした<シンプルな野蛮>に正しく衝撃を受ける感性を私たちは失ってはならない”とスナイダーは警鐘を鳴らす。
 こうした無意識に受容してきた歴史観こそが、私たちの視界を曇らす事を認識すべきである。


最後に

 以上、アラン・ブロックとデイモシー・スナイダーの著書のレビューや解説を参考に纏めましたが、とてもそれくらいでは言い切れるものではない。
 ただ一つ言えるのは、ヒトラーもスターリンも人間を破棄した”単純な野蛮”に染まった独裁者であり続けた事は、人類史上最悪の惨劇を生み出した事は確かである。
 人はなぜ、ここまで残酷に冷酷に野蛮になれるのか?(規模こそ違うが)これと同じ様な事が同じ様な場所で、今回のロシア=ウクライナ戦争でも行われている。
 「最悪のシナリオ」では、停戦交渉の可能性もあり得ると書いたが、”ブラッドランド”の歴史を考えると、ウクライナが引き下がるとはとても思えない。プーチンの核の脅しには屈しないだろうし、今度こそプーチン政権が破滅するまで戦い続けるかもしれない。
 その時は、ウクライナではなくクリミア半島が、いやモスクワがブラッドランドになるのだろうか。
 戦争という国家同士の野蛮は、歴史とともに延々と繰り返されていく。

 バカが頂点に立ち、キチガイになる時、彼らは人間を捨て、原始的な野蛮に走るのだろう。
 つまり、ヒトラーとスターリンの共通点は、そんな単純なレヴェルなのかもしれない。
 最後に一言、もしヒトラーやスターリンが考える様に、世の中を支配する事がごく単純であるのなら、「フェルマーの定理」は僅か数分で解けたであろう。少なくとも、360年は掛からなかった筈だ。
 つまり世の中は、野蛮で狂った独裁者が思う様に単純には出来てはいないのである。



6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (1948219suisen)
2023-05-12 17:55:37
二人の独裁者の共通点は自分の思想、理想の実現のために大量の殺人をやってのけたということでしょうか?

日本も戦国時代は殺し合いがありましたが、日本は、まだ温暖な気候で、負けた側も、それなりに生き延びることができましたが、ロシアとか緯度の高いヨーロッパでは、負けることは飢餓を意味したのでしょうね。だからこそあそこまで残虐にならざるを得なかったのでしょうか。

常夏の国では放っておいても果物は生り魚は採れますが、寒い国では食料事情が生死を分けます。
だからこそ肉食文化のヨーロッパにはキリスト教が必要であったし、ツンドラの国には社会主義が必要不可欠であったのかもしれません。われわれ温暖な島国に住んでいる国民にはそこまでの厳しさはありません。敵を飢えさせなければ、自分が飢える国になってしまう国民と温暖な島国に住むわれわれは、理解し合おうとかしても不可能だと思います。

まとまらないコメントになりましたが、この記事にはいろいろ学ばせていただきました。
返信する
ビコさん (象が転んだ)
2023-05-12 21:47:41
問題は、
2人の独裁者の単純なかつ原始的野蛮さが人類史上最悪の大量殺戮を産んだとも言えます。
気候の問題なんてものではなく、どんな所でもどんな時代にも狂った独裁者は登場するものですが、全く同じ時期に同じ場所で2人の狂人が重なり合ったという所が大きな引き金となりました。

ヒトラーやスターリンの思想や理念と言うより、狂った妄想と幻想に過ぎない。
プーチンもアベもそうですが、バカが上に立つとろくな事はないの典型ですよね。

”ブラッドランド”と呼ばれた国々を遠目で見てる間は、日本がそうならないとも言えません。
著者が言うように、こうしたブラッドランドの負の歴史と現実を直視する勇気を日本人は持ちたいですね。
返信する
ブラッドアイランド (tomas)
2023-05-13 13:02:50
人が人を人と思わなくなる時
こうした人類史上最悪の大量殺戮がいとも簡単に起きてしまう。
ヒトラーとスターリンという2人の独裁者が
噛み合った結果、2000万人以上の犠牲者がでた。
バカと狂人が化学反応を引き起こした戦争という大舞台で天文学的な数の大衆が蹂躙される。
日本がブラッドアイランドにならない為にも東ヨーロッパの悲しい歴史をもう一度勉強し直す必要があるんでしょうね。 
返信する
tomasさん (象が転んだ)
2023-05-13 17:17:33
流石、いい事言いますね。
バカが極限にまで狂ってしまうと、大量虐殺に繋がるの典型的なケースでした。

”混ぜるな危険”ではないですが、決して混ぜてはいけなかったヒトラーとスターリンですが、人類史上最悪で最大の化学反応を引き起こしました。
人が人である事を諦めた時、独裁者は狂気へ邁進し、大量破壊的凶器へと変貌する。

岸田首相は”日本を軍事国家に”と発言しましたが、これが本音だとすれば、ブラッドアイランド確定ですよね。
返信する
ワグネルとプーチン (腹打て)
2023-05-14 10:02:04
ワグネルとスーダンの金脈が絡んでる事がNewsになってたけど、スーダンの内戦問題が拗れれば、ワグネルの資金源は枯渇する。
故に西側がワグネルに接近すれば、ロシア軍に加担するのがアホらしくなる。
しかしプリゴジンが騒ぐから、ロシア軍はただでさえ枯渇しつつある弾薬を渡した。弾薬がなくなったロシア軍は、プリゴジンが激怒したようにバフムトから撤退した。
事実ワグネルに供給された弾薬は要求の10%程度と見られ、ワグネルは撤退する為の時間稼ぎをしたと見るべきだろうね。

一方で
ワグネルは十分な弾薬を受け取ってたが、迂闊にも大量備蓄していたという噂もある。だが、西側はその場所を把握しており、ハイマースで爆散させた。
こうなると、ワグネルとロシア軍の責任の擦り合いは留まる所を知らない。

ま、どっち転んでも情報戦では西側が圧倒的に優位にあり、プーチンの核は宝の持ち腐れにならないとも限らない。
ロシア軍の後退とスーダンの内戦勃発は偶然じゃない。同じように、プーチンとワグネルの関係も専門家が言う程に蜜じゃない。
つまり、プリゴジンはプーチンが優位ならロシア軍に寄り添うし、逆に不利になればロシア軍を悪く言う。
シンプルな野蛮じゃないけど、案外単純な構図かもしれないね。 
返信する
腹打てサン (象が転んだ)
2023-05-14 11:02:02
今、NHKでウクライナ戦争のドキュメンタリーを見ています。
ハイマースがロシア軍の弾薬庫を攻撃してるシーンが印象的で、まるで映画「スターウォーズ」を見てるようです。
しかし、西側の高性能な武器供与だけでなく、ウクライナ国内のボランティア兵士らの存在も戦局を有利にしてる大きな存在ですね。

所詮、ワグネルは民間の傭兵部隊に過ぎず、ロシア軍が不利と判ったなら、西側に協力するでしょうか。ロシア国内の新興財閥オリガルヒも同じ様な行動を取るでしょう。

かつてプーチンは国内の財閥を私物化しましたが、今は西側に流出しつつあります。
言われる通り、ウクライナ戦争とスーダンの内戦は、偶然の一致じゃない。
つまり、狂った独裁者の”シンプルな野蛮”は意外にも”単純な構図”からなるのかもしれません。

コメントとても参考になりました。色々と教えてくれて有り難うです。
返信する

コメントを投稿