NHKBSでは「数学者は宇宙をつなげるか?ABC予想の証明をめぐる数奇な物語」という見事なタイトルで、20世紀最大の難問の一つとされる「ABC予想」を説明していた。
このABC予想には(掛け算だけでなく)”足し算が含まれるから誤解を招き、難題に変貌した”と言う。
数学には難題が付きものだが、足し算という日常生活でも見慣れた演算が、数学に難関という大きな壁を作り、その向こう側にある広大な宇宙を遮ってるとしたら、これほど悔しい事はない。
しかし、「ABC予想」が解き明かされる事で、数学が宇宙と現実を行き来できれば、これほど愉快な事もない。
”n≥3で、Aⁿ+Bⁿ=Cⁿなる互いに素な自然数(A,B,C)の組は存在しない”という、350年間も多くの数学者を混乱の淵に陥れた「フェルマーの最終定理」。
確かに、これが掛け算だけなら、”Aⁿ+Bⁿ=Cⁿ”は”(AB)ⁿ=Cⁿ”となり、(A,B,C)が互いに素な自然数(但し、n≥3)の組だとすれば、明らかに(AB)ⁿ≠Cⁿとなり、フェルマーの最終定理は簡単に証明できる(多分)。
つまり、これと同じ様な事が「ABC予想」でも起こり得ると、番組では説明する。
でも、小倉久寛さんのナレーションには痺れます。数学を伝えるには、美しいトルクの効いた声も必要なんですよね。
「ABC予想」って、一体ナニモン?
過去に何度か記事にしましたが、この「ABC予想」を改めて簡略して説明すれば、
”A+B=Cを満たす、互いに素な自然数の組(A,B,C)に対し、この組の互いに異なる素因数の積を根基(radical)と呼び、D=rad(ABC)で表すと、C>Dを満たす”という主張である。
事実、3つの数(2,7,9)の組はC=2+7=9を満たし、D=2×7×3=42となる。故に、C<Dは明らかで、「ABC予想」を満たさない。
こういう数の組は圧倒的に多いが、例えば(1,8,9)の組ではC=1+8=9で、D=1×2×3=6となる。故にC>Dとなり、上の主張を満たす。
しかし、C>Dとなる(A,B,C)の組も無限に存在する。そこでDを少しだけ大きくし、”たかだか”有限個に出来ないかを考え、”任意のε>0に対し、C>D¹⁺ᵋは”たかだか”有限子しか存在しない”と「ABC予想」を定式化出来る。
つまり、「ABC予想」とは”稀にあるケース”(高々有限個)という事になる。
因みに、「ABC予想」の(オステルレ=マッサーによる)定式化は以下である。
任意のε>0に対し、ある正の定数K(ε)≥1が存在し、A,B,Cが互いに素な自然数でA+B=Cを満たす時、A,B,CそれぞれのMaxが積ABCの根基D=rad(ABC)の(1+ε)乗の一定数K(ε)倍より小さい。つまり、C<D¹⁺ᵋK(ε)が成立する。
以上、少し修正しました。悪しからずです。
一方で、「ABC予想入門」の著者の黒川信重氏が主張する、”一元体”(=F1)の言葉を使ってABC予想を記述してみます。
例えば、素数p,q,…,r が与えられた時、(何回でもよいから)掛け合わせてできる自然数の全体をF₁[p,q,…,r] と書く。
そこで、A+B=Cを満たす解の組がいくつあるかを考える。その様な解の組(A,B,C)が互いに素である時に‹素解›と呼ぶ事にすれば、”素解は‹高々有限個›しかなく、しかも積pq…r で抑えられる”という主張こそが、”絶対数学版ABC予想”という事になる。
「ABC予想」の起源と歴史
「ABC予想」が”何を意味するのか?”は、大方理解できたかもですが(多分^^♪)。
”どんな必要があって”こんな難しい予想を思いついたのか?
以下でも述べますが、ジョセフ・エステルレ博士(仏)が1985年にABC予想を発見します。
この時点で、フェルマー予想を証明する為の2つの大きな道が呈示されました。
1つは、谷山(=志村)予想への帰着で、もう1つはABC予想への帰着です。
前者は、ゲルハルト・フライ(独)とケン・リベット(米)が、後者はオステルレとデーヴィッド・マッサー(英)が提唱しました。
故に、ABC予想は”オステルレ=マッサー予想”とも呼びます。
当時は、難関の谷山予想が証明がなされるのはずっと先の事だろうとされたので、殆どの数学者達はABC予想に期待をかけました。
しかし、アンドリュー・ワイルズ(英)だけは谷山(=志村)予想を追いかけ、”弱い”谷山予想(半安定のモジュラリティ定理)を証明する事で、1995年にフェルマー予想の証明に漕ぎ着けます。
因みに、谷山=志村予想は2001年にワイルズの弟子リチャード・テイラー(米)により完全証明がなされました。
ここで、ABC予想だけが残った訳ですね。
以降、様々な数学者が挑みますが、フェルマーの最終定理と同様に、頑として跳ね続けました。
なおABC予想は、リュシアン・スピロ(仏)が
提唱した楕円曲線E(の判別式⊿の導手f)に関する「スピロ予想」(の強い予想)と同値な事がわかってる。逆を言えば、スピロ予想は弱いABC予想と同値である。
因みにスピロ予想とは、|⊿|≤C(ε)f⁶⁺ᵋで、強いスピロ予想とは、Max{|C₄|³,|C₆|²}≤C(ε)f⁶⁺ᵋです。が、勘のいい人はこの両式を見て、何らかのヒントに気付く筈かもですね。
実は、スピロ予想の多項式版は1963年に小平邦彦(1915-1997)によって、スピロ予想が定式化する前に証明されてました。
ABC予想が発見される前、多項式版ABC予想ともいえる「ストーサーズ=メイソンの定理」が発見され、楕円曲線の「スピロ予想」などと密接に関係し、マッサーとエステルレによりABC予想が提示されます。
もしABC予想が証明されれば、モーデル予想やロスの定理のK(ε)の有効な評価が与えられ、フェルマー予想などの大定理の別証明が得られます。更にあるL関数族の例外零点(ジーゲル零点)の非存在をも証明できるとされる。
ABC予想をはじめ、スピロ予想やフェルマー予想、或いはリーマン予想やラングランス予想などの数論の予想は、(整数版に対し)多項式版や関数版が既に存在します。
それは証明が多項式版の方が易しいからで、”多項式では微分が出来、次数を下げれるからだ”(黒川談)だそうで、(「フェルマー予想に挑戦」でも書いたんですが)フェルマー予想の多項式版は、僅か数行で証明できますね。
その黒川信重氏は、「ABC予想入門」の中で、望月氏の論文が数学が壮大な宇宙の広がりを持つ事を予見している。
以上、自らの過去の記事と「ABC予想入門」のレビュー群を参考に纏めました。
足し算と掛け算と遺伝子の数奇な関係
しかし今日は、この(超ややこしい)ABC予想の説明ではなく、(冒頭で述べた)”足し算が存在するが故に、ABC予想が難解になる”事に焦点を当て、この宇宙をも繋げる難題を眺めていきたいと思います。
以下、「ABC予想証明をめぐる数奇な物語(前編)」から一部抜粋です。
2020年4月、「ABC予想」と呼ばれる数学の未解決問題を日本人が証明したニュースが駆けめぐった。証明を成し遂げた人は京都大学数理解析研究所教授・望月新一博士で、若くから世界的天才として知られた人でした。
「ABC予想」の証明の基幹となる望月博士の”宇宙際タイヒミュラー理論”。
この望月博士の偉業は(一旦は)世界に正式に認められたと思われたが、望月の証明はまだ受け入れられないと主張する数学者が多数現れ、今も激論が続いている。
完全に正しいとする数学者がいる一方で、なぜ多くの数学者が理解出来ないのか?
ある数学者は言う。
”その答えを知りたければ、宇宙際タイヒミュラー理論がこれまでの数学と何が違うのか?それを理解しなければならない”
「ABC予想」の難関と望月理論がもたらした異常事態とは?
ミッシェル・ワルドシュミット博士(仏)は、”まずは<かけ算は簡単だけどたし算は難しい>という事を理解すべきだ”と語る。
”<かけ算は簡単で、たし算は難しい>って、私たちの感覚とは正反対です。でもこれがABC予想への入り口なんだ”
全ての数は素数のかけ算に分解する事が出来る。例えば、126=2×3×3×7。
博士はこれを”126は、2と2つの3とそして7という遺伝子を持ってる”と言う。
例えば4×21=84では、4=2×2は2つの2の遺伝子を、21=3×7は3と7の遺伝子を持ちます。一方で、84=2×2×3×7は、2つの2と3と7の遺伝子を完全に受け継いでますね。
つまり、素数のかけ算で生まれた新たな数は、素数の遺伝子を完全に受け継いでいる。
これこそが、”かけ算は簡単だ”という理由だ。
では、たし算の場合はどうなるのか?
4+21を遺伝子で見れば、生まれる子の25は5×5だから、4は2の2つの遺伝子を、21は3×7で3と7の遺伝子を持つが、5×5は2つの5の遺伝子を受け継いでる。
故に、たし算では遺伝子は全く受け継がれない。
更に博士は、”たし算は受け継がれる筈の数の遺伝子を壊してしまう。たし算で生まれる数がどんな遺伝子を持つのかは、予め予測できまない。
つまり、遺伝子をどこまで破壊してしまうのか?破壊の程度を予測する方法はないのか?
数学に難問が沢山ある理由は、それは数学の世界に(かけ算だけでなく)遺伝子を破壊するたし算が存在するからだ”と語る。
エステルレ博士が見つけた不可解な数式
2つの数A,Bを足した後にできる子どもCの遺伝子の形は、親の遺伝子からは全く見当がつかない。
この不愉快な事態を何とかしたいと考えたエステルレ博士は、試行錯誤の末の1985年、子どもの遺伝子の形を予言する(後に「ABC予想」と呼ばれる)ある数式に辿り着く。
それは、C<k(ε)rad(ABC)¹⁺ᵋで、書き換えると、C/rad(C)<rad(AB)で、これこそがエステルレ博士の奇怪なABC予想である。
因みに、整数Aを素因数分解した時に現れる素数を、それの冪(べき=重複する積)を無視して掛け合わせたものをrad(A)と書きます。
そこで、3つの整数A,B,Cに対し”A+B=Cが成り立つ時、A,B,Cの絶対値はいずれもrad(ABC)の、ある冪乗の一定数倍で抑えられる”というのがABC予想の本質である。
つまり、エステルレ博士の奇怪な数式”C/rad(A+B)<rad(AB)”は、(左辺に)足し算と(右辺に)掛け算が分離した形となり、これこそが混乱の原因となる。しかし、親であるAとBの遺伝子情報から、子どもCの遺伝子がある程度予言できる(抑えれる)というものでもある。
例えば、2ⁿ+3ⁿで示される子どもの遺伝子の形がどうなるか?なんて想像もつかない。
でも、博士の数式は次のように予言する。
”子どもの遺伝子はnがどんな数でも<長さ1の枝しかない>または<長めの枝(べき乗)があったとしても5の位置にしか生えない>。そのどちらかに限られる筈だ”という。
実際、nに色んな数を入れると、博士の予言どおりになる。つまり、あらゆる数もそのべき乗は5の位置にしか現れない。
一見、変テコなこのABC予想だが、これを多項式で考えると、(素因数分解と同様に考えて)radが定義され、n次多項式とm次多項式の和の次数は、nとmの大きい方を超える事はないので、(冪指数も係数も不要な)単純な不等式が成立し、ABC予想も極めて簡単になる。
しかし整数の場合、和をとるとその素因数分解はまるで違ったものになるから、全く難解になるのだ。
エステルレ博士が偶然見つけたこの不思議な数式。但し、この数式がどんな足し算に対しても、正しい予言をするのか?
それは博士にも分からなかった。
そこで博士は、これを「ABC予想」として数学界に問いかけた。しかし、ABC予想は殆ど注目されなかった。
つまり、”正しくても間違っていてもどうでもいい、大したことない予想だ”と思われていたのだ。
少し長くなったので、今日はここまで。
次回は後半戦という事で、ABC予想も数論ではなく、遺伝子というテーマで考えると多少は理解しやすくもなりますね。
望月氏がPRIMSの編集委員長だった事から、編集委員会は”望月氏を委員会から完全に排除していた”と異例の説明を加えた。
望月氏も”審査に最も技術的に適した雑誌だ”とPRIMSに投稿した理由を説明した。
これに対し、ABC予想を提唱したジョゼフ・オステルレ教授は”重要な論文が望月氏に近い雑誌で審査されたのは驚きだ”
また、フィールズ賞受賞者のピーター・ショルツ教授も”証明の疑問点は明らかなのに・・・納得できる説明をしてほしい”などと述べた。
とありますね。
(微妙な所ですが)言われる通り、望月博士が審査に加わってたという事実はないみたいですね。
コメントありがとうございます。
早速訂正しときます。
PRIMSというかつて望月氏が編集長を勤めた雑誌で審査された事ですが、審査に加わったという事実はないみたいですね(ここ訂正です)。
IUT理論とは、足し算やかけ算をする世界(=宇宙)を縦横無尽に繋ぎ(=際)、数を操る”というもので、その奇抜さと難解さで困惑した数学者も多いと聞きます。
日本と海外では、望月理論に対する捉え方が異なってる様にも思えます。
結局、大きな物議を醸したままABC予想は何処へ向かうんでしょうか。
> 2022-04-16 15:55:15
「審査には望月氏自身が加わってた」というのは、下記によれば事実誤認かと。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2004/03/news155.html
「IUT論文が掲載される論文誌の編集は京都大学数理解析研究所が行っており、
望月教授は同誌の編集委員長だが、論文審査に当たっては望月教授を完全に
除外した特別編集委員会を編成したとしている。」
”足し算とかけ算に関係する特別な不等式を導いて最終定理の式に代入し”証明に行き着いたとされます。
従来のIUT(宇宙際タイヒミュラー)理論では、この不等式に未知の変数があったが、この値が特定でき、突破口につながったとか。
朝日デジタルによれば、この論文は東工大の数学誌に載せられるという事ですが、結局、IUT理論は京大と東工大だけで認められたままなんでしょうか。
でもABC予想が証明されれば、日本の数学のレベルは宇宙のレベルにあったという事ですよね。
少しシンプルな主張(C<rad(ABC)¹⁺ᵋ))の方は、広がりをεを使って無理に‹抑え込んた›感があるから、どっちがどうなのってなる。
一方で、paulさんが指摘した第3の定式化(q(A,B,C)>1+ε)は、よりタイトに抑えられた感があるけど、不等号の向きが定式によってコロコロ変わるというのも、素人目には曖昧に映る。
こうした主張の曖昧さもABC予想の混乱の要因にもなってるのかな。
でも、珍しく表舞台に登場した望月博士だが、フェルマーの最終定理の別証明ってどこまで認可されたんだろうか
終わるべきだと思うんです。
難しい数学を誰もが(理解出来なくとも)読める様な新たな言語が必要なんですよ。
突飛で困難な方向に向かうの創造ではなく、最悪は妄想や破壊を招きかねない。
わかり易い数学というのも、新しい数学の一つのあり方だと思うんですよ。
IUT(宇宙際タイヒミュラー)理論を出来るだけわかり易く説明するのも、望月博士の義務なのかなとも思いますね。
若者たちが好みそうなフレーズだけど
継承は創造であることが数学の源流なのに
継承を無視して創造はあり得るのだろうか
かつて
フェルマーが言ってた様に
IUT理論の説明を書きたいが
余白が少なすぎる
とでも言いたいんだろうか
当時多くの数学者がこの野心を追いかけ、全滅しました。そこでペレルマンは(この野心をうまく回避し)、ハミルトンプログラムやテンソルや熱公式と言った既存の概念を使い、自ら新しい公式を発見し、ポアンカレ予想を攻略しました。
IUT理論は、まだ誰もが知り得ない理解し得ない未知のものです。”C<rad(ABC)²でも、フェルマーの最終定理には届かないんですから、望月博士の別証明も査読には時間が掛かるでしょうか。
ただ、日本人としては、日本が数学では世界のオーバーザトップにある事を証明して欲しいですね。
A+B=CでA,B,Cは互いに素を満たす(A,B,C)の組に対し、
q(A,B,C)=logC/log(rad(ABC))と定式化します。
この時、任意のε>0と上のA,B,Cに対し、”q(A,B,C)>1+εを満たすものは高々有限個しか存在しない”というものですね。
q(a,b,c)>1.6を満たす(A,B,C)の組は3組だけが知られてます。
一方、ε=1でK(1)=1の場合の”C<rad(ABC)²を満たす”との予想もありますが、未だ肯定も否定もされてません。
但しこの予想で、n=6以上のフェルマーの定理が証明出来ますが(2002年)、望月氏は2021年10月に最終定理の別証明を与えました。
以上、ウィキからそのままでした。^^;
A(t),B(t),C(t)をA+B=Cを満たす多項式とすれば、max{degA,degB,degC}<deg rad(ABC)を満たす定理で、degrad(ABC)はA,B,Cと互いに異なる根の数となる。
A(t),B(t),C(t)は互いに素で、共通根(零点)がないから、3つの関数(曲線)が重なる事はない。
望月博士は曲線が重なり、かつ重ならないと主張するが、ルシアン・シュピロ博士の失脚みたいに、それは互いに素という事を無視した理論の様にも素人目には思えた。
つまり、素数が素数でない事が同時にあり得るのか?という矛盾と疑問が湧く。
もし望月理論が正しければ、ある世界での素数が別の世界では素数ではなくなる事があり得るのか。
もしそれが可能なら、どんな難題でも解けそうな気がするけど、どうも疑問の中に潜む矛盾の様な気もする。
つまり、全ての数は素数の積で表されるけど、和では表せないんですね。
だから、数式の中に足し算が混在するとややこしくなるんですよ。
それを解決するのがABC予想(conjecture)なんですが、これを証明するのがこれまた厄介で・・・
よーくわかりました
って言いたいけれど
たし算が数学を難しくさせてるって
掛け算とどこがどー違うんでしょ(-_-;)