前回の”その2”では、とうとうモハマド•アリが捕食者フォアマンを仕留めますが。まるで最後の最後で、神がプレデターを粉砕した感じでした。映画のエンディングを見てるみたいで、峠を過ぎたアリがシンデレラボーイに見えた程です。
世界中のボクシングファンも、この時ばかりは、アリに神を見たんでしょうか。
しかし、本当の神を見たのは、アリではなくフォアマンでした。
そこで今日は、フォアマン伝説の最終章です。一気に論破します。
神を見たフォアマン、捕食者から神の道へ
フォアマンは、アリに喫した初黒星から約15ヶ月後の1976年1月に再起戦を行います。
対戦相手は元囚人のロン•ライル。アリに敗れ、全てを失ったフォアマンに、かつての捕食者としてのオーラは無かった。あったのは、只々重いパンチを無駄に繰り出すだけの、不器用で無様な姿だけであった。
結果は、両者ダウンの応酬の末、豪打に勝るフォアマンが辛くも5RTKOで勝利。しかし、フォアマンの限界がハッキリと露呈した試合でもある。
その後、フレイジャーとの再戦(5RTKO)を含め、4連勝。完全復活の期待も囁かれたが、1977年3月、噛ませ犬のジミー•ヤングに最終回のダウンを喫し、まさかの判定負け。
試合後のロッカーで”俺は神を見た”と言い放ち、28歳の若さでフォアマンは、引退を表明する。
”あの時、初めて俺は”死”を意識した。死を追い払おうと必死だった。でも追い払う程に纏わり付いてくる。すると、神を信じてれば死を怖れる事はない、という声が何処からか聞こえてきたんだ。さすがに怖かったね”
この言葉でも解る様に、如何にフォアマンが純朴で繊細で孤独な人間であったか。
そういった脆さを払拭する為に敢えてリングに上がり、対戦相手を粉々に叩きのめしてきた。しかし今や、神様はとうとうフォアマンから、伝説の豪打を奪い去ったのだ。
アリ戦の敗北で完全に心が壊れたフォアマンは、リングに上がる事を拒絶し、神の道へ進む事になる。
リング上の捕食者から牧師となったフォアマンは、ボクサー時代とは180度異なり、不気味で無愛想な厳つい表情から、柔和で穏やかな笑顔を絶やない、ユーモアを連発する男になっていた。
ボクシングで稼いだお金で、教会や青少年の更生施設の建設したが、顧問会計士が横領事件を起こしたりと、私生活でも資金難に陥った。
そこでフォアマンは青少年を救う為にも、ボクシング界に復帰する。
”生活するお金がなかったからじゃない、ユースセンターを開く資金がなかったんだ。稼ぎ方なら知ってるさ、チャンピオンになればいいだけさ。
俺は強くなりたくてボクサーになった訳じゃない、生まれつき強かったからボクサーになっただけさ。それに子供達に、負け犬のままリングを去ったんじゃない事をわかって欲しかったんだ”
しかし実際には、ユースセンターの施設維持費の他、4度の離婚の慰謝料と浪費癖や養育費が重なった。
引退後の黒人ボクサーの浪費癖はよく知られる所ではあるが、フォアマンも例外じゃなかったのだ。
伝道師フォアマンの復活と
復帰を決めた38歳のフォアマンだが、10年間のブランクを誰もが疑問に思った。当然、フォアマンのこの復帰は歓迎される事なく、嘲笑されるだけだった。
その上当時のヘビー級王者は、これまた伝説の豪打を誇る、”アイアン”マイク•タイソンが構えていた。
小柄ながら、ガードごと薙ぎ倒す桁外れのパンチ力に、中量級のスピードと急所を正確無比に打ち抜くコンビネーション。相手のパンチを尽く躱す鉄壁のディフェンスで、次々に大男をキャンバスに沈めていた。
今度はフォアマンが、若き躍動するタイソンに捕食される運命にあったのだ。勿論、誰もがそのシーンを信じて疑わなかった。
しかしフォアマンには自信があった。再び王者になる戦術とプランは、既に用意されてたのだ。
1987年3月大方の下馬評を覆し、4RTKOでスティーブ•ゾウスキーに勝利し、復帰戦を飾る。神を味方に付けた伝道師はその後23連勝し、ヘビー級タイトル戦線に再浮上する。
牛みたいに太り過ぎたフォアマンだったが、かつての”象をも倒す”拳もスローモーションに見えた。左右の豪快なフックと精度の高いショートアッパーは健在だったが。スピードがなさすぎた。
少なくとも私にはそう思えた。スピードは常にファイトを制するのだ。
しかし、フォアマンはスタイルを変える事でスピードをカバーした。そう、このアーチ•ムーア譲りの”クロスアーム”こそが、フォアマンを救った。
クロスアームスタイルとアーチ•ムーア
かつてフォアマンのセコンドだった、アーチ•ムーアのお得意のスタイルであるクロスアームとは。
以降のフォアマンは、両腕を胸の前で交差させ、防御を固めながら、のっしのっしと巨牛のようにプレスを掛ける。
少ない手数で自慢の重い豪打を確実にヒットさせ、相手を蹂躙する様は、往年のプレデター級の破壊力には遠く及ばないが。それでもある種の迫力を感じたものだ。
フォアマンが師匠ムーアから受け継いだこのスタイルこそが、フォアマンの復活劇に繋がった。まさに一死伝承とはこの事か。
シュガー•レイ•レナードの格言である”スタイルはファイトを制す”が、そのまま現実になった。
それに、若い時の様にむやみに振り回すでなく、スタミナを温存しながら、クレバーな戦いをも披露する様になっていた。
ここで、フォアマンの永遠の師匠であるアーチ•ムーア(1916−1998)の豪打伝説を紹介する。
219戦185勝(131KO)という戦歴が誇るように、非常に息の長いボクサーで知られた。
アルマジロの様にガードを固め、隙をついて右強打を叩き込むスタイルでKOの山を築く。通算KO数は史上最多であり、今後も抜かれる事はないとされる。
世界Lヘビー級の王座を39歳で獲得し、何と45歳まで王座を保持した。フォアマンに破られる前の、最高齢王座獲得記録を保持していたのも、実はムーアであった。
因みに、晩年にはジャイアント馬場や猪木とも異種格闘技をこなしてたとか。
戦う宣教師、フォアマンの復活と
そのフォアマンだが、復帰から約4年を掛けて、24戦無敗(23KO)と95%超のKO率を引っ提げ、世界王者イベンダー•ホリフィールドに挑む事になる。
しかしこの戦歴も、若い時のフォアマンみたいに、”作られた路線”である事には変りはなかった。対戦相手は皆、確実に勝てる相手だった。
タイソンを倒したダグラスを、僅か3RでKOしたホリフィールド(28歳)の初防衛戦の相手に、とうとうフォアマンが指名された。
42歳のフォアマンにとって16年ぶりの世界タイトル戦でもある。
結果は、ホリフィールドの判定勝ち(3−0)だったが。正直、フォアマンは確実に倒されると思った。
しかし巨像は倒れなかった。何度もKO寸前に追い込まれながらも、重いショートブローを繰り出し、徹底抗戦した。
”老いは恥ではないんだよ”
フォアマンは、これをリング上で証明してみせた。
もし、フォアマンが無理に減量して望んでたら、簡単に倒されてたろう。太ったままの伝道師は神に守られてたのだ。少なくともそう思えた。
この”戦う宣教師”に誰もが声をかけた。”もう十分じゃないか”
戦う宣教師〜夢は見続ける為にある
フォアマンはそれでも現役を続けた。その後、3連勝すると1993年6月、トミー•モリソンの持つWBO世界ヘビー級王座に挑戦。善戦するも、再び判定負け。
今度こそ引退かと噂されたが、そこから半年後ホリフィールドを破ったマイケル•モーラーの持つWBA•IBF世界ヘビー級王座に挑戦する。
王者モーラーにとって人気者フォアマンは、単なる客寄せパンダの筈だった。
アリは、フォアマンは勝てるか?との問いに、”オールドマン(もう老人だ)”とだけ呟いた。
復帰後は穏やかだったフォアマンも、今回だけはピリピリしていた。”宣教師の衣を脱いだ狼”のように、若い頃の無垢な獰猛さが垣間見えた。
1994年11月。世界タイトルにしては、リング上の盛り上りが欠けてる様に思われた。当然だ、勝てる筈もない試合だったのだ。
モーラの一方的な展開だった。KOは時間の問題だった。しかし、リングに深い根を張ったかの様に、フォアマンは倒れない。
打っても殴っても倒れないフォアマンに、王者のスタミナと集中力は底が付き始めていた。そして、運命の10Rがやってくる。
フォアマンは、その時を見逃さなかった。
ほんの少し空いたガードの隙間に、右のショートをコンパクトにねじ込んだ。誰もが疑った、一瞬の炸裂は顔面を撃ち砕き、王者はなす術もなくマットに沈んだ。
”象をも倒す”には程遠かったが、王者は起き上がる筈もない。アッサリ過ぎる程の衝撃でもあった。
この劇的な逆転KOで、史上最高齢(45歳9ヵ月)の世界王者が誕生した。
この瞬間、フォアマンは少しだけ天を見上げた。視線の先には神がいた。
すると、勝利に沸く会場の喧騒をよそに、静かにひざまづき、祈りを捧げた。
全ては終わった。
フォアマンは試合後、”とうとう幽霊を追い払ったよ”と呟いた。
悪魔は消える筈もない。しかし、夢を見続ける事は出来る。そう、夢を見続ける事でフォアマンは、悪夢を払拭したのだ。
アリが見た神とフォアマンが見た神は虚像と実像の程の違いがあります。
フォアマンは勝利した後にほんの少しだけ上を見てます。転んださんもよく見てましたね。あの目は神を見た目ですよ、絶対に。見てて少し寒気がしましたもん。
フォアマンは宣教師というより仏様に近いです。でもボクシングをやめて、あんなに柔和になる人って他には見当たらない。神に選ばれるのも当然だね。
フォアマンはボクサーとしての資質は勿論、宣教師としての資質も十分過ぎるほど持ち合わせていた。
多分、彼の純朴な弱い性格が神を誘い込んだんでしょう。そしてフォアマンは神になった。そう思いたくなるフォアマン伝説です。
hitmanさん、前三話完読頂いてとても感謝です。ブログにして正解でした。
わたしもスポ根伝説は嫌いじゃないけど、ここまでうまくまとめられるとヤッパリ伝説になるね。
アリはフォアマンを倒したことで伝説になったがフォアマンは存在自体がそもそも伝説だったんですよ。象をも倒すパンチ自体が伝説なんだ。そんなフォアマンが神になったところで誰も驚かない。
転んださんが全3話に渡り伝えたかったのは、そういうところじゃないのかな。
神は総てを破壊する力を持つが、同時に全てを救う力も持つ。フォアマンにはこの相反する2つの力を持ってる様な気がします。
今から思うと、この3話目が一番出来がいいですかね。ホントはこの3話はオマケだったんですが。ボクサーとしてのフォアマンよりも宣教師としてのフォアマンの方が魅力的だったので、急きょ追加しました。
アリの自伝は結構でてますが、フォアマンの自伝は少ないですね。そういう意味でも書いててよかった的ブログでした。