脳研究者•池谷裕二著『脳には妙なクセがある』によると、笑顔に近い表情を作る事で、快楽ホルモンであるドーパミン系の神経活動に変化が出るという実験結果がある。つまり、笑顔は感染する。
どんな機嫌の悪い人でも隣りでゲラゲラ笑ってると、確実に笑うと。”怒れる拳、笑顔に当たらず”という諺がある様に、怒って拳を振り上げても相手が笑っていると殴れない。これこそが笑顔の力、笑顔はコミュニケーションにおける最強の武器だ。
笑顔はそれを見る人だけでなく、笑顔を作る人にとっても、よい心理効果がある事が明らかに。つまり、楽しいから笑顔を作るというより、笑顔を作ると楽しくなるという逆因果が、私たちの脳にはあるという。
勿論、言ってる事は間違ってないとは思うが、笑顔が誤解を招く事だってある。第二次大戦時、追い詰めらた筈の日本軍将校がよく笑顔を浮かべるので、敵軍は最初は戸惑ったという。しかし、日本人の笑顔が信用できないと判明した瞬間、日本人の摩訶不思議な性癖が暴かれ、逆にその笑顔を利用され、追い詰められたという。”ノモンハン”ブログ参照です。
という事で、一般的にではあるが、私は福を呼ぶ筈の”笑顔”を信用しない様にしてる。
それでも若者は笑わない?
最近の若い人はあまり笑わない様に見える。一昔前は、ガラケー全盛だったから、若い娘のキャピキャピした笑い声がよく聞こえたもんだ。
スマホになってから、若者の笑い声が消えた様に感じる。いや時代の変換かもしれないが。逆に、高齢者の笑いが増えた様に感じる。いや単に老人が増えただけか。それとも、今の社会は老人に住み易く、若者には住み難いのか。
そう言えば、デパートなんかでもお喋りしてるのは中年のオバハンばかりだ。耳にBluetooth無線マイクを引っ掛けた、オペレータ気取りのオバさんを見ると、少し笑いたくもなる。確かに高価なアイフォンを手にしてるのも中年以上の輩が多い様な気もするが。
勿論、スマホでも若者は電話はするが、異常なまでに声が小さく、短い。デカい声で長電話のオバハンに比べるとずっとマナーが良いように思う。
SNS上でも、高齢者のコメントは長く重いが、逆に若者のコメントは極端に軽く短いようにも思う。その代わり出来のいいインスタ映えする写真が多いのも事実。喋るから書く、そして写すという変貌の歴史を目にすると、若者は進化いや”転化”してるのか。
それでも私も笑わない?
そういう私も笑わなくなった。いや、無理に笑うのが嫌になった。無表情って訳じゃないが、人前で表情を作るのがキツくなった。
それに加え、あまり喋らなくなった。若い頃はよく喋ってたのに。逆に書く事が多くなった。書く事で頭を整理し、自分が何をどの様に考えてる人種なのかを考える様になった。
勿論、僅か5インチの薄っぺらな”文明の利器”がなかったら、ここまで書く事もなかったろうか。PCの時も書く事はあったが、ここまで書く事はなかった。事実ブログでも1年強で400程の記事を書いたが、下書きを含めると、この倍以上は書いてるだろうか。これもスマホのお陰である。画面が小さいから目が疲れないし肩が凝らない。
でも親父が死んですぐの頃は、まだ小さかったからか、母子家庭に見られるのが嫌で無理に笑ってた。だからクラスでもそこそこの人気があった。
しかし、高校を卒業する頃にはもう笑わなくなった。面白い時以外は笑わなくなった。友人には、”お前は性格が暗くなった”と指摘された。
結局、笑うってそれ位のもんかって思った。
”笑う門には福が来る”と言うが、そんな試しは一度もない。むしろブスッとしてた方が誤解がない時もある。”無愛想と沈黙は金なり”とはよく言ったもんだ(笑)。
安直な笑いよりもシリアスな怒り?
基本的に、初対面で軽い無機質な笑いを提供する輩は信用しないようにしてる。バカ笑いに薄気味悪い笑いに見えるからだ。しかし現実は、そういった人に信用が集まり、人気も集中する。軽いバカ笑いこそが、奇怪な薄笑いこそが、周りをリラックスさせる。昨今のバラエティ番組やお笑い芸人と同じだろうか。
ブログもお笑いと同様で、安直でインスタントなウケを誘う類のものは、高い確率でアクセスが集中する。僅か数行のコメントがSNSを支配する時代。全く嫌味の一つでも言いたくもなる。
”安直な1000の笑いよりも、シリアスな1つの怒り”
しかし笑う事を諦めた時、凡庸な自分から脱し、本当の自分を発見したように感じた。安直な笑いは、自分も人をもバカにするだけだと思う。笑いにも質と重さがある様に、怒りにも重力と歪みがあるのだろうか。これを”相対性怒り”とでも言うのか。いや違うか。
が、こんな私も子供の頃も、若いころも、「いつもにこにこしているびこちゃん」と言われていたから、よく笑っていたというか微笑んでいたと思います。作り笑いだったんですね。
今は作り笑いをする必要がなくなったから滅多なことでは笑わなくなったんだと思います。
書くことも同様です、実際の私は無口の部類ですが、書くのはやかましいくらい書きます。近所の人が私のブログを見たらひっくり返るかも。(笑)
転象さんと同様に、私も笑う人は信用していません。たぶん自分のことから推し量って無理していると感じるからかもしれません。
書く&怒ると、喋る&笑うって対極にあると思う。昔は喋る事がコミュニケーションの王道だったが、今では書く事が主流になりつつある。
同じ様に、昔は笑う人が多かったような気がしたし、今は怒ってる人が多いような気もする。これは気のせいか。
私にはネ申にみえますが。
特に、目が疲れないって部分_| ̄|○
「口角は上げた方が良い、作り笑いでも」というのはよく言われることで、
脳というものは悲しみに弱いので、
悲しみというストレスを受け続けると、退縮とかもするので、だますわけですね。
筋トレもそうなんですけど、延々にやるより、一瞬でやる、脳をだます筋トレもあり、
その効果は認められています。
私は昔から元々群れるのが苦手だったんですが、
でも、群れに入るとどちらかというと無理して頑張っちゃうわけです。
周りを笑わせて楽しませる。
仕事も人の分までやる。とんでもないストレス。
(だから一人でやれる趣味が多い、)
現在、大声で群れているオバサンを見ているオバサンでありますが、
コンサートでもオバサンは群れているwww、そして五月蠅いのですw
こんな時は流石に自分の孤独さを感じております。
群れたくはないけど琴線に触れる人は欲しいとね。
大学時代、「若者は怒りを忘れたらお終いだ」って教えられたんですが、
元々大人しかったので、
怒りは世間でなく、常に不甲斐ない自分に向いていましたね。
無駄な反省会を心で開いていて、今もそうなんですけどね。
相手がどうだと責めるより、
自分がこうするべきだった、努力が足りないのだという方向に。
で、笑いの方は、元々笑いのツボやベクトルが人と違う、子供の時からです。
やりたい娯楽や趣味も皆が違うように。
映画館でも、皆が笑うところで笑わない、
笑わないところで笑っているというように、周りとの違和感を感じているので、気にもとめない癖があって、
あああ、書いていて今変人だと気が付いたわw
つまりは、
現在、感情の老化、劣化っていうものが一番怖いと思う私は、
ただ、インプットばかりでなく、アウトプットすべきかな?と思いだしています。
アウトプットするには、インプットしたものが、本当に自分のものになっているのかが大事で、
意外と自分のものになっていないのですよね。
あと実際に人を笑わすとなると膨大な教養が必要で、
例としては、私はアンサイクロペディアを読む度に、下地の教養って大事だなと思うわけです。
クラッシックもそうで、その素地からおポピュラー、ロックとかジャズに転向のほうが名曲は多い。
私は今のインスタ映えと、
自分に酔った詩を書き散らしたものが一切鳥肌なので、とてつなく古い人間と自覚しています。
笑える記事、共感できる記事は少ないです(私基準w)
そういう私こそ、ボケ防止をやっているだけにすぎぬのだが。スミマセン、自覚ありますm(_ _"m)
管理人様の賢さには驚愕しています、
そしてこんな初コメでいいんんかーい、お手柔らかに。
こちらこそ”みゃー大工さん”の愛猫とバイオリンに対する半端ない思い入れには感服しております。それに長いブログとコメントにもですが。
猫もそうですが、欧米の猫って何故あんなに感情豊かなんでしょうかね。それに比べるとアジアの猫は少し大人し目かな。
キージ君は感情も生命力も豊富なようですが。ブログを読んでると猫を飼うってホント大変なんですね。とても私には真似できません。
私もインスタや詩は尺に触るタイプですが、全ては自己満足の世界という事で。
SNSというのは、ボケ防止に一番よく効く処方箋かもです。
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それは『愛想笑い』とは何か?という問いです。その答えは『ヒトがサルだった頃の名残り』だというのです。
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番組によれば「サルは強い相手と闘って『もう降参』というときに『愛想笑い』をする」というのです。
『愛想笑い』をされた方は、それを『全面服従のサイン』として受け取って、それ以上の攻撃をしないのです。
この事実を知ってみれば、追い詰められた日本兵が笑顔を浮かべた理由もナットクです。それは本能に従って『降伏しますから殺さないでください』というサインを出していたに違いありません。
もちろん人間は本能がブッ壊れた生物ですから戦時にはこのサインを無視して相手を殺してしまいます。
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・・・私は(愛想笑いではなく)ちゃんとした笑いの効用は認めます。楽しいときは高らかに笑おうではありませんか。馬頭観音暴悪大笑面のように・・・。
最近のお笑いや漫才は他人を貶めて笑うパターンが多すぎて全く笑えません。
参考までに、私が周囲をタタキ回して笑ったものをご紹介しましょうぞ。
1.映画『翔んで埼玉』・・・自虐的ではありますがあふれる埼玉愛を感じます。
2.劇場版『Mr.ビーン』・・・この一作は特別にオカシイ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%B3_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
3.四世茂山千作(故人)の狂言・・・ただ出てくるだけで笑えます。
ぜひキチンと笑ってみてくださいナ。
日本軍将校の独特の気取りと悪名高き微笑み(愛想笑い)に、素早く変わる顔の表情とソ連軍に揶揄されると、ヤッパリ悲しいかな。サルの名残とはいえ、日本軍将校が”猿の惑星”のモデルになったのも頷けますね。
でも現場の関東軍兵士は、愛想笑いすら出来んかったでしょうね。
やはり喪黒福造のガッハッハ笑いは最高ですね。たまには大笑いも健康には良いかも。