象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

リーマンの謎と素数の謎、”2の13の2”〜チェビシェフが主張した不等式の証明(後編)

2019年09月09日 04時53分42秒 | リーマンの謎

 前回”2の13の1”では、長々と、チェビシェフの素数に関する不等式の証明の前半部を説明しましたが、非常にややこしいですね。
 このチャビシェフの主張とは、素数定理の”粗い”形として、π(x)の挙動がx/logxの定数倍として抑えられる不等式”C₂x/logx≤π(x)≤C₁x/logxー①”を満たす様なC₁、C₂が存在するという事でした。
 更に、①の事実を用いて、”n番目の素数pₙ”の大きさの評価の不等式”D₂nlogn≤pₙ≤D₁nlognー②”となる様なD₁、D₂の存在を示していきます。
 この証明には、4つの補題から1つの系を準備(証明)する必要がありました。
 そこで前回は、補題1-7、補題1-8、補題1-9、補題1-10を使い、系1-11を証明した所まででした。 因みに、「素数とゼータ関数」(小山信也著)で使われてる番号をそのまま使ってます。


前回のおさらい

 そこで前半戦を簡単に振り返ります。
 先ず、チェビシェフの3つの関数θ(x)、ψ(x)、T(x)を用意し、補題1-7のυₚ(n!)の定義を使い、T(x)を変形。この時、ψ(x)とT(x)は階段関数に注意です。
 次に、θ(x)とψ(x)は素数に渡る和で定義され、T(x)は自然数に渡る和で定義されますから、補題1-9の”T(x)=xlogx−x+S(x)”が得られます。
 感の鋭い人は気づいたでしょうが、θ(x)~ψ(x)~xはπ(x)~x/logx~Li(x)と同義で、今ではチェビシェフの素数定理と呼ばれます。因みに、θ(x)とψ(x)はそれぞれチェビシェフの第1関数、第2関数とも呼ばれます。
 ここで、補題1-9で得たT(x)の挙動を、ψ(x)に関する挙動に翻訳しますが、それには、補題1-10の”α(x)≤ψ(x)≤α(x)+ψ(x/6)”を使います。
 そして今度は、T(x)の挙動からθ(x)の挙動に翻訳します。すると、系1-11の”A₂x≤θ(x)≤A₁x”になります。
 つまり、υₚの定義からT(x)の挙動を探り、T(x)とΨ(x)の結合を示し、θ(x)の挙動に繋げましたが。このθ(x)(チェビシェフ第1関数)の挙動がπ(x)の挙動に繋がるという事実が、チェビシェフの不等式の核心なんですね。


チェビシェフの主張(1850)の証明

 前回の”2の13の1”で、系1−11を準備した所で、いよいよチェビシェフの主張の不等式①②の証明に入ります。ここまで来れば後は少しは簡単?ですかね。
[系1-11]
(ⅰ)A₁=1.1224と任意のx≥2に対し、θ(x)≤A₁x
(ⅱ)A₂=0.73と任意のx≧37に対し、A₂x≤θ(x)

 そこでx>0に対し、x以下の素数の個数をπ(x)とする。ある正の定数C₁、C₂が存在し、任意のx≥2に対し、下の不等式①が成り立つ。
C₂x/logx≤π(x)≤C₁x/logxー①
 まず、任意のx≥2と0<ε<1に対し、θ(x)/lo≤π(x)≤1/(1−ε)*θ(x)/logx+x¹⁻ᵋを証明する。ここでは、ε(十分小さい数)の概念を使う事で、①の不等式の証明を可能にします。
 左側のθ(x)/logx≤π(x)は、θ(x)の定義より明らかです。
 右側の不等式もθ(x)の定義より、
 θ(x)≥Σ(x¹⁻ᵋ<p≤x)logp。p≥x¹⁻ᵋより、θ(x)≥Σ(x¹⁻ᵋ<p≤x)logx¹⁻ᵋ=
(π(x)−π(x¹⁻ᵋ))logx¹⁻ᵋ=(π(x)−π(x¹⁻ᵋ))(1−ε)logx≥(π(x)−x¹⁻ᵋ)(1−ε)logx。
 故に、右辺の不等式が示せた。

 ここで、ある定数C>0が存在し、任意のx≥2に対し、x¹⁻ᵋ≤Cx/logxとなる。
 ①の右側の不等式は、系1−11の(ⅰ)のA₁(θ(x)≤A₁x)を使うと、π(x)≤1/(1−ε)*A₁x/logx+Cx/logx、
 故に、π(x)≤(A₁/(1−ε)+C)x/logxとなり、このカッコ内をC₁とおくと、π(x)≤C₁x/logxが証明できた。
 一方、左側の不等式のθ(x)/logx≤π(x)も、系1−11の(ⅱ)のA₂(A₂x≤θ(x))を使うと、θ(x)/logx≤A₂x/logx≤π(x)、ここでA₂をC₂に置き換えると、C₂x/logx≤π(x)が証明できる。
 以上より、チェビシェフの主張の不等式①が証明できました。
 因みに、C₁、C₂が明確に定まらず、その極限に幅がある場合を”粗い”素数定理と呼ぶが。チェビシェフは”仮に極限が存在するなら、C₁=C₂=1に限る”と予想していた(2の12参照)。つまり、このチェビシェフ予想こそが素数定理だったんですね。

 次に、”n番目の素数pₙの大きさの評価”、つまり、D₂nlogn≤pₙ≤D₁nlognー②となる様なD₁、D₂の存在を示します。
 π(pₙ)=nより、①にx=pₙを代入すると、
C₂pₙ/logpₙ≤n≤C₁pₙ/logpₙ、故に、nlogpₙ/C₁≤pₙ≤nlogpₙ/C₂ー③
 ここで、③のlogpₙをlognで置き換えた不等式が、定数倍のズレを許して成り立つ事を示せばいい。そこで、明らかにlogpₙ>lognであるより、logpₙ=O(logn)、(n→∞)を示せばいい。
 因みに、Oはランダウの記号で、()内の挙動値の事。x→∞の時は誤差が無視でき、()内の定数倍で与えられる。

 そこで、③の両辺の対数をとると、logn+loglogpₙ−logC₁≤logpₙ≤logn+loglogpₙ−logC₂、つまり、logn−logC₁≤logpₙ−loglogpₙ≤logn−logC₂、
 故に、n→∞の時、loglogpₙ<1/2*logpₙより、logpₙ=O(logn)が示せた。

 よって、”n番目の素数pₙ”に関する不等式②も証明できました。
 チェビシェフの素数定理と言えば、”ベルトラン予想”(1845)が有名ですが。上の様に、”ランダウ”の特性(漸近的挙動)を使い、証明したんですね。 


確率論から素数定理へ

 確率論におけるチェビシェフの不等式(1867)と素数(定理)における不等式(1850)は、実によく似てます。以下、paulさんのコメ参考です。 
 有名な確率論の方は、スターリングの近似(log(x!)=xlogx−x+O(logx))を使いますが、これは大きな数の階乗の値を得る公式です。また、標準偏差ρを持つ確率変数Xに対し、Xの実現値とXの平均値のズレ(1/a²)を定義してます。わかり易く言えば、n標準偏差以上離れた値は、全体の1/n²を超える事はない。

 チェビシェフは、素数における不等式①の隔たり(C₁、C₂)を標準偏差に置き換えた。その隔たりがある値(標準偏差)を超える事はないと考えた。
 つまり、素数の挙動を標準偏差を使って表そうとしたんです。
 このスターリングの近似と確率論における不等式を使い、”π(x)は、x/logxから±10%以上離れる事はない”というチェビシェフの第二の法則を導くんですが、これこそが素数の個数π(x)における不等式なんです。

 実はこの大きなヒントになったのが、上述の1845年のベルトラン予想”自然数nに対し、n<p≤2nを満たす素数pが存在する”です。5年後にこの予想を証明し、不等式②を証明した様なやり方で、”素数の数π(x)がx/logxの漸近的挙動(ランダウ)である”事を導きます。 
 つまり、階乗に関するのυₚ(n!)の公式を、不等式の証明の最初に持ってきたのはこの為ですね。詳しい事は私もよくは解らないんですが。

 実はこの事は、”2の11”(要クリック)で既に書いてる事で、私めは全く気付きませんでしたな(悲)。
 以上、確率論における不等式から素数(定理)における不等式への流れの説明でした。


最後に

 最初から最後まで、長く重い抽象的な展開で、文章を追いかけるだけでも四苦八苦ですね。これでも素数定理の初等的で初歩的な考察なんです。
 数学という学問が他の学問と違う所は、こういった複雑多岐で奇怪に入り組んだ、超難解な定義の塊を一つ一つ解き明かし、数学の本来持つ美しさに繋げる事です。
 しかし、美しいとは醜いと同義(表裏一体)で、以上の様な非常に”醜い過程”を経て美しさに繋げる。相矛盾してる様ですが、これも数学の魅力であり、残忍さでもあります。

 という事で、過去2回に渡り、長々とチェビシェフの素数に関する不等式を説明してきました。細かい部分は沢山の疑問がありますが、大まかな流れをです。



6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
よく勉強してますね (象が転んだ)
2020-09-26 10:34:40
記憶は曖昧ですが、スターリングの不等式だったですかね。
チェビシュフの第一関数であるθ(x)~xと第二関数であるψ(x)~xと、素数定理のπ(x)~x/logxは同義なんですが。当時は素数定理という呼び名はありませんでした。
素数定理という呼び名が付いたのは、プサンとアダマールが素数定理を証明した1896年の事です。
この1896年は、チェビシュフが死んで僅か2年後の事です。勿論、チャビシェフと同じ初等的やり方で証明したのはずっと後(1949=エルデシュ&セルバーグ)の事ですが。

そういう意味では、不運な偉大な数学者だったかもですね。
返信する
数学ってエレガント (HooRoo)
2020-09-26 05:35:46
結局、ガウスの素数定理はチェビシェフさんの素数定理ってこと?

それに確率論のスターリングの近似式はセルバーグも素数定理の証明に使ったのよね?
確率論が素数論に結びつくってスゴいエレガント💘
最初はチンプンカンプンだったけど、転んだサンが密かに更新してくれたおかげで、素数のエレガントさが理解できそうな気がする(^_^)/~

アインシュタインのコメントは後ほどねーByeBye
返信する
腹打てサン (象が転んだ)
2020-09-20 18:31:38
流石、ガウスが半世紀に一度の天才と評価しただけの事はありますね。
アイゼンシュタインは典型の純粋数学者で、リーマンは数理学者です。食い違うのも当然ですかね。
コメントとても参考になりました。有り難うです。
返信する
密かに更新してるね (腹打て)
2020-09-20 02:09:01
何かで読んだ記憶があるけど
アイゼンシュタインは、若干29歳でアカデミーに選出されたんじゃないかな?
その半年後に夭折するんだけど、教授になるのも恐ろしく早かったそうだ。
リーマンより3歳ほど歳上だが、リーマンが学生の時は既に教壇で教えてたから。そこで二人は揉めたんだよな、数学のあり方について。

バトルで言えば、このアイゼンシュタインとの軋轢も結構有名だけど、ともにガウスから高い評価を受けてただけに、とても印象に残ってる数学者だね。
返信する
paulさんへ (象が転んだ)
2019-09-12 02:28:29
厳密には、リーマンが32歳の時ですね。アカデミー会員に任命されたのは。”アーベルの理論(1857)”と”幾何学の基礎にある仮説について(1851)”の2つの論文が評価されたんですが。2の7参照です。

素数定理においても、高度的手法と初等的手法と、対照的です。リーマンもチェビシェフも甲乙つけがたいですね。
返信する
チェビシェフとリーマン (paulkuroneko)
2019-09-11 22:47:58
コメントを載せて頂いて恐縮です。

チェビシェフと言えば、確率論や多項式で有名です。

リーマンとチェビシェフの同世代の偉大なる数学者同士のバトルも、非常に見応えがあります。
ベルリンアカデミーに選出されたのもリーマンが33歳の時(1859)、チェビシェフが37歳(1858)です。
多分、互いに強いライバル心はあったと思います。素数定理の証明に関しても二人にはかなりの火花が散ったんでしょうか。
返信する

コメントを投稿