~ガス・ヴァン・サントのキャリア10傑~
世界の「現役」映画監督のなかで、若者やマイノリティに寄り添うことに「最も長けた」ひとだと思う。
このひとが素晴らしいのは、彼ら彼女らに寄り添うだけ/耳を傾けるだけ、、、という姿勢を取り(撮り)つづけているところ。
誰かの人生を、けっして断罪しようとしない。
誰かにとって、この映画が救いになれば―そんな意識で撮っているであろうインディーズの雄のスタイルを、自分は一生支持します。
(1)『エレファント』(2003)
拡声器を用いたかのようなマイケル・ムーアのドキュメンタリー、『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002)で知られる「コロンバイン高校殺戮事件」に材を取った青春映画。
主犯ふたり、被害者とその周辺に居る生徒たちを交互に描き、「あのとき」にいたる経過を静謐に描いてみせた。
(2)『誘う女』(95)
テレビに出るためなら夫殺しさえ厭わぬ悪女をニコール・キッドマンが好演、
作品そのものがワイドショー的な創りになっていて、つまりサントはメディア考察を展開したかったんだ。

(3)『ドラッグストア・カウボーイ』(89)
サント、日本初上陸作品。
快楽に生きる若者たちを超絶的センスで活写、驚異の新人監督としてインディーズの星となる。
ちなみに、この物語をひたすら明るく描いてみせたのが『トレインスポッティング』(96)だった、、、ともいえる。
(4)『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)
マット・デイモンとベン・アフレックが著した脚本を映画化。
ふたりのフレッシュな才能を売り出すために、サント特有のインディーズ印を完全に殺したところがえらい。
(5)『マイ・プライベート・アイダホ』(91)
リヴァー・フェニックス、「最期の」代表作。
同性愛や売春、ドラッグに明け暮れる低所得層をクールに見つめた。
リヴァーはエージェントから出演を反対され、ほとんどノーギャラで参加したといわれている。
(6)『ミルク』(2008)
ゲイをカミングアウトし、マイノリティのために戦いつづけた政治家ハーヴィー・ミルクの物語。
オスカー主演賞を受賞したショーン・ペンも素晴らしいけれど、『グッド・ウィル~』同様、物語を「きちんと物語るため」にインディーズ印を排しているところが格好いい。

(7)『ラストデイズ』(2005)
あるミュージシャンが死すまでの「2日間」を見つめた、音楽と青春にまつわるフィクション。
ではあるものの、モデルがカート・コバーンであることは、ニルヴァーナを知っているひとであれば一目瞭然だった。
(8)『カウガール・ブルース』(93)
大きな親指を持つヒロインの数奇な半生を描く、ユマ・サーマン主演作。
「ミニシアターで映画を観ることがお洒落」だった時代、題材としてはピンとこなかったこの映画も(たしか)渋谷では満員御礼、帰りにHMVに寄り、音楽を担当したk.d.ラングのCDを買ったひとも多かったことだろう。
(9)『追憶の森』(2015)
なんと! サントが青木ヶ原樹海を舞台に生と死を描く―と聞いて驚いたものだが、けっこうマトモ? な創りで安心するとともに、もうちょっとハチャメチャやってもよかったのにな・・・という喰い足りなさも感じてしまう。
渡辺謙は分かるが、この小規模な作品に、よくマシュー・マコノヒーやナオミ・ワッツが出演したなぁ。
(10)『サイコ』(98)
ヒッチコックの「超」クラシックをリメイク・・・というより、モノクロームをカラーに変えただけで、カメラアングルや編集なども「ほぼ同じ」で撮られた、習作のような珍品。

でもなんか、憎めないのだよね。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『こっちに来るな! と思うとき』
世界の「現役」映画監督のなかで、若者やマイノリティに寄り添うことに「最も長けた」ひとだと思う。
このひとが素晴らしいのは、彼ら彼女らに寄り添うだけ/耳を傾けるだけ、、、という姿勢を取り(撮り)つづけているところ。
誰かの人生を、けっして断罪しようとしない。
誰かにとって、この映画が救いになれば―そんな意識で撮っているであろうインディーズの雄のスタイルを、自分は一生支持します。
(1)『エレファント』(2003)
拡声器を用いたかのようなマイケル・ムーアのドキュメンタリー、『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002)で知られる「コロンバイン高校殺戮事件」に材を取った青春映画。
主犯ふたり、被害者とその周辺に居る生徒たちを交互に描き、「あのとき」にいたる経過を静謐に描いてみせた。
(2)『誘う女』(95)
テレビに出るためなら夫殺しさえ厭わぬ悪女をニコール・キッドマンが好演、
作品そのものがワイドショー的な創りになっていて、つまりサントはメディア考察を展開したかったんだ。

(3)『ドラッグストア・カウボーイ』(89)
サント、日本初上陸作品。
快楽に生きる若者たちを超絶的センスで活写、驚異の新人監督としてインディーズの星となる。
ちなみに、この物語をひたすら明るく描いてみせたのが『トレインスポッティング』(96)だった、、、ともいえる。
(4)『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)
マット・デイモンとベン・アフレックが著した脚本を映画化。
ふたりのフレッシュな才能を売り出すために、サント特有のインディーズ印を完全に殺したところがえらい。
(5)『マイ・プライベート・アイダホ』(91)
リヴァー・フェニックス、「最期の」代表作。
同性愛や売春、ドラッグに明け暮れる低所得層をクールに見つめた。
リヴァーはエージェントから出演を反対され、ほとんどノーギャラで参加したといわれている。
(6)『ミルク』(2008)
ゲイをカミングアウトし、マイノリティのために戦いつづけた政治家ハーヴィー・ミルクの物語。
オスカー主演賞を受賞したショーン・ペンも素晴らしいけれど、『グッド・ウィル~』同様、物語を「きちんと物語るため」にインディーズ印を排しているところが格好いい。

(7)『ラストデイズ』(2005)
あるミュージシャンが死すまでの「2日間」を見つめた、音楽と青春にまつわるフィクション。
ではあるものの、モデルがカート・コバーンであることは、ニルヴァーナを知っているひとであれば一目瞭然だった。
(8)『カウガール・ブルース』(93)
大きな親指を持つヒロインの数奇な半生を描く、ユマ・サーマン主演作。
「ミニシアターで映画を観ることがお洒落」だった時代、題材としてはピンとこなかったこの映画も(たしか)渋谷では満員御礼、帰りにHMVに寄り、音楽を担当したk.d.ラングのCDを買ったひとも多かったことだろう。
(9)『追憶の森』(2015)
なんと! サントが青木ヶ原樹海を舞台に生と死を描く―と聞いて驚いたものだが、けっこうマトモ? な創りで安心するとともに、もうちょっとハチャメチャやってもよかったのにな・・・という喰い足りなさも感じてしまう。
渡辺謙は分かるが、この小規模な作品に、よくマシュー・マコノヒーやナオミ・ワッツが出演したなぁ。
(10)『サイコ』(98)
ヒッチコックの「超」クラシックをリメイク・・・というより、モノクロームをカラーに変えただけで、カメラアングルや編集なども「ほぼ同じ」で撮られた、習作のような珍品。

でもなんか、憎めないのだよね。
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明日のコラムは・・・
『こっちに来るな! と思うとき』