Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

年末年始特別企画(2) 映画のオールタイム15傑をヒトコトフタコトで語る

2018-12-21 00:10:00 | コラム
<外国映画>

(2)『レイジング・ブル』(80)

ボクサーとして充分な才能があるにも関わらず、何度も何度も過ちを繰り返すジェイク・ラモッタの半生をモノクロームで描く。
破滅的な男の物語といえば、映画小僧にとってはこの映画なのだ。



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<日本映画>

(2)『天国と地獄』(63)

誘拐された「他人の子ども」を救うために大金を出せるかどうかの議論が繰り広げられる前半と、警察機構としてはどうかと思われる「陽動捜査」が展開される後半と。
作劇術を学ぶテキストとしては、これに勝るものはないと思う。



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明日のコラムは・・・

『年末年始特別企画(3) 映画のオールタイム15傑をヒトコトフタコトで語る』
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年末年始特別企画(1) 映画のオールタイム15傑をヒトコトフタコトで語る

2018-12-20 00:10:00 | コラム
早くも、年末年始企画に突入。

大晦日や元日を除く15日間を用い、外国映画・日本映画の個人的なオールタイム15傑をあらためて発表(少しだけ変動あり)、そこに長文ではなく短評を載せていくと。

まぁつまり。
ヒトナミに忙しくなる年末年始、しかし毎日更新というルールだけは意地で貫くための「逃げ」企画であると。


では、いくぜ!!

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<外国映画>

(1)『タクシードライバー』(76)

いちど観ただけでは、そう感じないかもしれない。
いや、一部男子はすぐに見抜くことが出来るのか自分のように。

これはけっしてネガティブな物語ではなく、むしろ、明日を生きるための活力になる映画なんだ。



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<日本映画>

(1)『ゆきゆきて、神軍』(87)

監督の原一男は、ドキュメンタリーだって劇映画の一ジャンルに過ぎない、、、ということを、ずっと主張しつづけている。

この作品に出会い、映画の観かたがガラリと変わった。



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明日のコラムは・・・

『年末年始特別企画(2) 映画のオールタイム15傑をヒトコトフタコトで語る』
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『拝啓、〇〇様』(8)

2018-12-19 00:10:00 | コラム
~淀川長治の巻~

第一夜:淀川長治のキャリアを我流紹介
第二夜:淀川長治への手紙

きょうは、その第二夜。

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拝啓、淀川せんせー。

自分は「ヨドチョー」とも「サヨナラおじさん」ともいわず、単に「淀川さん」、映画小僧を自称するようになって以降「淀川せんせー」というようになったので、この手紙でもそう呼ばせてください。


スコセッシ、黒澤につづいて3番目に尊敬していますが、じつをいうと最初からせんせーのことをすごい! と思っていたわけではありません。

せんせーを初めて認識したのは『日曜洋画劇場』(テレビ朝日)、



活字ではなく、映像と音声を駆使する映画評論において、せんせーの滑舌というか発声の悪さというのは「ガキにとって」致命的でした。

大きな声で、はきはきと喋る水野晴郎や荻昌弘のほうが「信用出来る」と思ってしまうのも、しょうがない―そう思いません?

ただ、日テレやTBSよりも「自分好み」の映画が放送されることが多く、それでほぼ毎週、せんせーの評論に耳を傾ける習慣がついたのです。

エラソーにいいますが。
せんせーの評価が一変したのは、自分が中学2年生のことでした。

成龍ジャッキーの映画が放映され、そのときにせんせーはジャッキーを「あきらかにチャップリンの動きを参考にしている」と評したのです。

社会の教科書で、大きな歯車と格闘している写真だけでしか知らぬ歴史上の人物。

タイミングというのは面白いもので、
その年、ぎゃーぎゃーうるさい自分に負けて、わが家は衛星放送に加入。
『衛星映画劇場』では毎日のようにチャップリンの名画が放映されていて、せんせーのいうとおりだ! と感動したものです。

チャップリン後期の傑作群に衝撃を受けた自分は社会問題に関心を持ち始め、学校の自由作文ではアパルトヘイトについて取り上げ(柄にもなく)学校代表に選出、
これまたタイミングよく、映画界では『プラトーン』(86)の影響により第二次ベトナム戦争映画ブームが到来、映画を武器に社会と戦っているひとが居ることを知りました。

視野を広げるきっかけを作ってくれたのが、せんせーだったのです。
(だから、せんせーと呼ぶのです。尤もせんせーは、『プラトーン』の時点でストーン監督を嫌っていましたが!笑)


ともかくそれからは、せんせーの評論・解説に触れたくて触れたくて、『日曜洋画劇場』の解説部分だけを録画するのはもちろん、著作も読み漁りました。

特定の映画監督や俳優を「堂々と」ヒイキしているところにも好感を持てました。
ヒトですものね、「誰にも等しく」というひとよりも信用が出来ますよ。


感心というものとは別次元で、最も楽しめたのはシュワ氏を解説するせんせーの語りでした。

『レッドブル』(88)だったと思います、
始まってすぐにハダカで登場するシュワ氏―まぁ『ターミネーター』(84)もそうですが―を、

「すごいですねぇ、すごいハダカ。ドキドキワクワクしますね、うれしくなってしまいます」

と評し、笑いがこみあげてきました。


水野晴郎の「いやぁ、映画ってほんとうによいものですね」も、木村奈保子の「あなたのハートには、なにが残りましたか」も悪くないと思います。

けれども元をただせばせんせーの「サヨナラサヨナラ、サヨナラ」につづこうとした「シメ」ですものね、
せんせーの「シメ」が特別なのは、たとえがちょいとばかり下品かもしれませんが・・・

『11PM』(日本テレビ)のエンディングのような、

※オープニングとエンディング


充分楽しませてくれたけれど、終わるの寂しいな、次回放送がいまから楽しみだな・・・という気持ちにさせてくれるところ。


あすから学校だからイヤなんじゃない、『サザエさん』シンドロームとはちがう、
7日間あなたの声を聞けなくなるから、「サヨナラサヨナラ、サヨナラ」はもう少しあとにして―そんな風に映画小僧に思わせた時点で、せんせーに勝てる映画評論家なんて居ません。


現代を生きる若い映画小僧に不幸があるとするならば、それはもちろん「せんせーの不在」です。
町山智浩も弁が立つ素晴らしい評論家ですが、せんせーのように「創り手でさえ」ドキッとするような発言をするプロは居ません。


現状に文句をいっているだけでもダメなんですよね、
だから自分も「観客に怒る」タイプの評論家を目指しているわけですが、結局なにをどうすればいいか分からなくなって、未だせんせーの評論動画に触れて敗北感を味わっているわけなのです。


敬具。




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明日のコラムは・・・

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『拝啓、〇〇様』(7)

2018-12-18 04:06:26 | コラム
~淀川長治の巻~

第一夜:淀川長治のキャリアを我流紹介
第二夜:淀川長治への手紙

きょうは、その第一夜。

もんのすごい生涯を送ったひとであり、そのキャリアをそのまま記していけば50000字でも足りなくなるので、乱暴なほどに大雑把にまとめたい。


89歳没。
映画の福音を伝えつづけた、真の意味での映画の使徒。




ポイントは、みっつ。

(1)驚異的というより、もはや異常といっていい記憶力

(2)自らの性的嗜好を明かし、(それだけが理由ではなかったが)生涯独身を貫く

(3)好きになった監督に対しては、どんなキャリアを築こうとも支持をしつづける


基本、ヘンクツなひとだった。

映画の完成度が高かったとしても、オリバー・ストーンの「商才」を毛嫌いし、「政治家になったほうがいい」と斬り捨てていた。
(初めて褒めたストーンの映画は、最も地味な『ニクソン』(95)だったはず)

その逆に、ピーター・グリーナウェイや北野武に関しては、興行・批評面で惨敗しようとも創り手の肩を持ってくれた。

アイドル俳優をフィーチャーする雑誌『ロードショー』(集英社)で、「君たちは、グリーナウェイの映画をリアルタイムで拝むことの出来る幸福を自覚したほうがいい」と記し、
武の『みんな~やってるか!』(95)の「おおきなウンコ」を「あのおおきさがいい」と激賞し、さすがの武も頭をかいていた。

味方につければ、これほど心強い援軍もなかったろう。


なかなかに「こみいった」出生秘話は敢えて割愛、ウィキペディアを参照しましょう。


一般の子どもたちよりも映画を身近に感じられたのは、親が映画館の株主だったから。

ということはおそらく入場料が要らなかったはずで、ゆえに浴びるように映画を観ることが出来た。

このひとがすごいのは、そうやって浴びたものを少しも弾くことがなく、養分として取り入れていること。
数十年前に「たったいちどだけ」観た無声映画を、きのう観てきたかのように語り倒す。

文献要らずの映画批評を展開したのは、世界でもこのひとくらいなのではないか。

33年、ユナイテッド・アーティスツの大阪支社に入社。
38年には東京支社に異動、ここで『モダン・タイムス』(36)や『駅馬車』(39)の宣伝を担当する。

47年―世界映画社に入社、雑誌『映画の友』の編集者として活躍。
このころの部下に、小森和子「おばちゃま」が居た。

「テレビを通する」映画批評・解説で注目されたのは、60年代から。

海外ドラマ『ララミー牧場』(59~63)の解説を経て、32年もつづくことになる『日曜洋画劇場』(テレビ朝日:スタート時は『土曜洋画劇場』)で、お茶の間にも知られる存在に。
自分が淀川さんの存在を知ったのもこの番組であり、というか、映画評論家という職業を知ったのは、このひとからだったんじゃないか。
(ほぼ同時期に、水野晴郎・木村奈保子・おすぎを知った可能性もあるけれど)

極端な話をすれば、淀川さんの「サヨナラサヨナラ、サヨナラ」を聞きたいがために、たいして面白くもない映画を「我慢して」観ることもあった。


98年11月11日、心不全により永眠する。
大親友だった黒澤の死の、2ヶ月後のことだった。

最後の仕事(解説)は、死の前日に収録された『日曜洋画劇場』。
解説した映画が、黒澤の『用心棒』(61)をリメイクした『ラストマン・スタンディング』(96)だった、、、というのが、ちょいと出来過ぎている。


87年より東京全日空ホテル(現・ANAインターコンチネンタルホテル東京)のスイートに暮らし始めたのは、独身主義ゆえ「早めの終活」だった―といわれている。

「子どもの頃から男が好きだった」と告白しており、結婚をする努力もしてみたが、うまくはいかなかった。

だから。
テレビでシュワ氏の肉体を褒めることばはジョークのように聞こえるが、じつはほんとうに興奮していたのかもしれない。

ピーター・ユスティノフやチャールズ・ダーニングへの言及が多かったことから、「太っちょ」系の俳優が好みだったのはたしかだろう。


映画の知識と、そうした嗜好を持っているからこそ、名作『太陽がいっぱい』(60)の主人公は同性愛者だと見抜けたのではないか。

当時は賛同者を得られなかったそうだが、原作者パトリシア・ハイスミスの『キャロル』が映画化(2015)されたいま、淀川説を支持する評論家は増えたよね。



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『『拝啓、〇〇様』(8)』
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こっちに来るな! と思うとき

2018-12-17 00:10:00 | コラム
アイドル集団・仮面女子のメンバー、川村虹花が大晦日の格闘技興行『RIZIN』に出場することが決定。
(厳密には…「前座」興行『やれんのか!』の第1試合目だが)

彼女については本コラムでも何度か言及、若いんだしなんでもやろうよ、そもそも顔がタイプだし実際に試合の度に技術が向上しているので応援もしていた。

が、案の定、ネットを中心に「出る資格があるのか」「金子賢みたい」



などなどの批判が溢れ、応援・擁護派は少ない。


まぁそうでしょう、分かり切ったことだ正直、自分だって今年はないな、頑張りつづけて出場は来年だな、、、と思っていたんだもの。


それでも出ると決まったからには健闘を祈りたい、
要は結果次第なので、やるじゃん! と思わせることが出来たならば、来年は本戦出場だって夢ではない。


異業種の挑戦。

自分のもうひとつの専門・映画でいえば、成功例が北野武、失敗例は三谷幸喜でしょう。




処女作を観れば分かる、武は映画的センスに溢れていた。

少し前の迷走期―フェリーニやってみました―は本気で心配したが、最近は自分がやるべきこと・得意なことを理解したみたい。

翻って三谷さんはどうだろう。

戯曲家・テレビ脚本家としての三谷さんは高く評価出来るのに、映画ではその才能が振るわない。正直こっちに来るな! とさえ思う・・・という自分のような映画小僧も多いと思う。

不思議だよね、畑違いとはいっても「とっても似ている」世界なのに。


ん?

ではなぜ、実力がハンパな川村は応援し、三谷は批判するのかって?


自分だって最初から(映画の)三谷さんアンチだったわけではない。

監督3作目あたりまでは、積極的によいところを探すような観かたをしていたんだよ。
それでもいっこうに成長が見られない、その割には新作映画を創る機会が与えられていて、そりゃあまぁ「立ち位置的に」当然なのだろうけれど、そういうのがヒットすることが不愉快になってきて、だんだんとアンチになっていったんだ。

だから虹花ちゃんだって、勝ち負けは置いておいて、観るに耐えない試合ばかりをつづけるのであれば、いつかは「こっちに来るな!」ということになるのだと思う。


アイドルびいきの自分に、そんなことをいわせないでおくれ。

がんばれ、川村虹花!!


※負け試合だが、組み合ったときの動きとか、だいぶ巧くはなっているのだよね~



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明日のコラムは・・・

『『拝啓、〇〇様』(7)』
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