「これって耳がボワンとしないだろ?」
「あっ、そう言えばしなかったわ。スカイツリーの時は耳が変になった気がする」
「箱の中の気圧を調節してそうならなくしてあるんだってさ、
飛行機と同じ装置をつけた最新式のエレベーターで、まぁ実験用らしいけど」
「すごいのねぇ、もう着いちゃったのね、ほんとに速~い」
さっきと同じように3畳ほどの空間を抜けドアを開けると
2基のエレベーターホールがあり、その奥が店だった。
全体の照明が落としてあり、黒を基調にしたデザインの
シックで落ち着いた入り口になっている。
辰雄がドアボーイに小声でささやくと
ヘッドセットで連絡したのか、すぐに中から正装したボーイが現れ
お待ちしておりました、こちらへどうぞと丁重に礼をして
2人を窓際のカウンターへと案内する。
黒に点々と星座をあしらった装飾と控えめな照明が
窓から見える夜の都会に重なって映っている。
大理石の床は見事に磨き上げられ、これもウユニ湖の夕暮れ時のように
照明を反射し、店内のきらめきに一役買っているようだ。
ダークなワインレッドのカウンターは緩やかなカーブを描き
カーブの中心付近に小振りだがグランドピアノが置かれている。
ビロードのスツールはカウンターと同系色だ。
客がいようがいまいが関係ないというように
初老のピアニストがどこかで聞いたことのある曲を
ジャズアレンジで奏でている。
合わせているウッドベースはまだ学生なのではと思わせるほどの
若者で、まるで2人が親子のような印象だ。
ジャズトリオにありがちなドラムは無く、
2人だけなのも新鮮で、ベースの刻むリズムが引き立っている。
まだ店の中はまばらで、8つほどあるボックスシートに客は
一組だけだった。
辰雄はグラスを運ぶボーイに声をかけた。
つづく