米国カリフォルニア州にあるPARCという研究開発企業のビジネスデベロップメント・シニアディレクターのジョン・ナイツ(John Knights)さんの話を伺いました。1月22日に掲載した「ベルギーのIMECは、なぜ強いのか」という話にいくらか関連すると思われる話を拝聴しました。
ジョン・ナイツさんはもちろん右側の方です
PARC inc はカリフォルニア州のパロアルトにある研究開発主体の企業です。2002年に、複写機大手企業である米ゼロックス (XEROX) の完全子会社となり、外部組織から委託研究開発を請け負ったり、特許などの知的財産の高付加価値化(バリューアップ)、事業化に向けた基盤づくりなどと多様な事業を展開しています。ジョン・ナイツさんの肩書きが「ビジネスデベロップメント・シニアディレクター」となっているのは、事業開発を担当しているからです。つまり、単なる研究開発ではなく、事業化の基盤技術まで担当し、研究開発成果の価値を高めるビジネスを展開しています。日本の研究機関とはひと味もふた味も異なる組織です。これにはPARC incの前身組織であるPalo Palo Alto Research Centerの歴史的な経緯による反省を反映していると思います。
Palo Alto Research Centerは、1970年にゼロックスが「アーキテクチャー・オブ・インフォーメーションの創出」という目標の基に開設した研究開発機関です。ここは通称“Palo Alto”(パロアルト)と呼ばれ、現在のコンピューター・サイエンスなどの基盤概念や基盤技術をつくり出した伝説の研究開発機関です。
有名なのはグラフィカルユーザインタフェース (GUI)というマンマシン・インタフェースの概念をつくり出すなど、現在のパーソナル・コンピューター(パソコン)の基本概念と基盤技術を産み出した研究開発機関であることです。これにスタンフォード研究所が考え出したマウスを加えて、パソコンの原型となる試作機「Alto」をつくり出しました。このAltoに触発され、スティーブ・ジョブズ(アップル・コンピューターの創業者)が「Lisa」「Macintosh」を開発するきっかけとなったといわれています。コンピューターの未来像の一つとしてパソコンという概念をつくり出したといわれています。1973年ごろの話です。
このほかにもPalo Alto Research Centerはイーサネットやレーザープリンターなどの研究開発やユビキタス・コンピューティングの基盤研究など、現在、製品化されているものの基盤技術の多くを提供しています。このPalo Alto Research Centerが当時の近未来の製品像をいくつも提案できたのは、自由闊達(かったつ)で開放的な研究環境があり、当時の精鋭の研究者が精力的に競い合って研究開発したからといわれています。以前に、日本の某大学の有名教授から「当時のPalo Altoでの研究開発は秀才や異才が切磋琢磨し合うものすごい所だった」と伺ったことがあります。その方の研究者としての原点とおっしゃっていました。
2002年にゼロックスの完全子会社のPARCとなり、研究開発を中核とする企業として医療技術、ユビキタスコンピューティング、知的システムなどを研究開発しているといわれています。現在、PARCは多岐にわたる研究開発を行い、約2500件の特許を保有しているそうです。これらの技術と知的財産を基に、「30社以上の新事業を生み出す基盤やきっかけをつくってきた」そうです。知的財産を高付加価値化し、新規市場や画期的な技術基盤を開拓するなどの新産業創成に貢献しているそうです。PARCが研究開発に加えて、事業化まで担当するのは、パソコンやインターネットの基盤技術を生み出しながら、ゼロックスの事業強化には直接的には貢献しなかったことに対する反省があるとみられています。
2011年 1月 24日から25日の2日間にわたって独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)主催の国際特許流通セミナーが東京都港区のホテルで開催されました。そのパネルデスカッションに登場したジョン・ナイツさんは、シリコンバレーなどを含むサンフランシスコ湾地域が盛んにイノベーション創出に成果を上げている理由を説明しました。
この地域は人口700万人の中で、大学や研究機関、ハイテクベンチャー企業などのハイテク産業に関与する人が90万人集まっているとのことです。カリフォルニア大学(University of California、州立大学)は5校のカレッジを持ち、学生数が8万2000人、カリフォルニア州立大学(California State University、総合州立大学システム)が4校のカレッジを持ち、学生数が8万7000人、カリフォルニア・コニュニテー大学が25校のカレッジを持ち、学生数が44万1000人と、大学群がそろっている。特に、カリフォルニア・コニュニテー大学は40歳以上の学生が22%と、再教育の場を与えていると説明しました。
ここで衝撃的な事実は、ハイテク産業で働く人の50%は米国以外から来た人であり、同様に学生の50%も米国以外の出身であることです。そして、シリコンバレーの住民の50%が自宅では英語を話さない人であるということです。シリコンバレーのハイテク産業を支えているのは、半数は外国人あるいは外国出身者という事実です。この結果、「大学も企業も文化の多様性が大変高い」とナイツさんは説明します。このことを日本の大相撲にたとえてみると、日本人よりも外国人の方が多い関取衆が現在、日本の国技を盛り立てている状況に似ているように思います。日本の主要な大学や研究機関、企業の研究所で働く高度専門職の半数が外国出身者になると、大相撲のように活性化するかもしれません。
さらに、企業の経営者が大学の教員になる、あるいはその逆などと、企業と大学間の異動しやすさが、イノベーション創出のカギになっていると説明します。
具体的には、スタンフォード大学のジョン・ヘネシー学長はMIPSコンピューターの創業者でありCOE(最高経営責任者)出身です。グーグルのCOEのエリック・シュミットさんはUCバークレー校やスタンフォード大学で教えています。旧ネットスケープの創業者でありCOEであるジム・クラークさんはスタンフォード大学教授出身です。「大学と企業を行き来きする異動しやすさがイノベーション創出のカギになっている」と説明します。なかなか考えさせる指摘です。
ジョン・ナイツさんはもちろん右側の方です
PARC inc はカリフォルニア州のパロアルトにある研究開発主体の企業です。2002年に、複写機大手企業である米ゼロックス (XEROX) の完全子会社となり、外部組織から委託研究開発を請け負ったり、特許などの知的財産の高付加価値化(バリューアップ)、事業化に向けた基盤づくりなどと多様な事業を展開しています。ジョン・ナイツさんの肩書きが「ビジネスデベロップメント・シニアディレクター」となっているのは、事業開発を担当しているからです。つまり、単なる研究開発ではなく、事業化の基盤技術まで担当し、研究開発成果の価値を高めるビジネスを展開しています。日本の研究機関とはひと味もふた味も異なる組織です。これにはPARC incの前身組織であるPalo Palo Alto Research Centerの歴史的な経緯による反省を反映していると思います。
Palo Alto Research Centerは、1970年にゼロックスが「アーキテクチャー・オブ・インフォーメーションの創出」という目標の基に開設した研究開発機関です。ここは通称“Palo Alto”(パロアルト)と呼ばれ、現在のコンピューター・サイエンスなどの基盤概念や基盤技術をつくり出した伝説の研究開発機関です。
有名なのはグラフィカルユーザインタフェース (GUI)というマンマシン・インタフェースの概念をつくり出すなど、現在のパーソナル・コンピューター(パソコン)の基本概念と基盤技術を産み出した研究開発機関であることです。これにスタンフォード研究所が考え出したマウスを加えて、パソコンの原型となる試作機「Alto」をつくり出しました。このAltoに触発され、スティーブ・ジョブズ(アップル・コンピューターの創業者)が「Lisa」「Macintosh」を開発するきっかけとなったといわれています。コンピューターの未来像の一つとしてパソコンという概念をつくり出したといわれています。1973年ごろの話です。
このほかにもPalo Alto Research Centerはイーサネットやレーザープリンターなどの研究開発やユビキタス・コンピューティングの基盤研究など、現在、製品化されているものの基盤技術の多くを提供しています。このPalo Alto Research Centerが当時の近未来の製品像をいくつも提案できたのは、自由闊達(かったつ)で開放的な研究環境があり、当時の精鋭の研究者が精力的に競い合って研究開発したからといわれています。以前に、日本の某大学の有名教授から「当時のPalo Altoでの研究開発は秀才や異才が切磋琢磨し合うものすごい所だった」と伺ったことがあります。その方の研究者としての原点とおっしゃっていました。
2002年にゼロックスの完全子会社のPARCとなり、研究開発を中核とする企業として医療技術、ユビキタスコンピューティング、知的システムなどを研究開発しているといわれています。現在、PARCは多岐にわたる研究開発を行い、約2500件の特許を保有しているそうです。これらの技術と知的財産を基に、「30社以上の新事業を生み出す基盤やきっかけをつくってきた」そうです。知的財産を高付加価値化し、新規市場や画期的な技術基盤を開拓するなどの新産業創成に貢献しているそうです。PARCが研究開発に加えて、事業化まで担当するのは、パソコンやインターネットの基盤技術を生み出しながら、ゼロックスの事業強化には直接的には貢献しなかったことに対する反省があるとみられています。
2011年 1月 24日から25日の2日間にわたって独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)主催の国際特許流通セミナーが東京都港区のホテルで開催されました。そのパネルデスカッションに登場したジョン・ナイツさんは、シリコンバレーなどを含むサンフランシスコ湾地域が盛んにイノベーション創出に成果を上げている理由を説明しました。
この地域は人口700万人の中で、大学や研究機関、ハイテクベンチャー企業などのハイテク産業に関与する人が90万人集まっているとのことです。カリフォルニア大学(University of California、州立大学)は5校のカレッジを持ち、学生数が8万2000人、カリフォルニア州立大学(California State University、総合州立大学システム)が4校のカレッジを持ち、学生数が8万7000人、カリフォルニア・コニュニテー大学が25校のカレッジを持ち、学生数が44万1000人と、大学群がそろっている。特に、カリフォルニア・コニュニテー大学は40歳以上の学生が22%と、再教育の場を与えていると説明しました。
ここで衝撃的な事実は、ハイテク産業で働く人の50%は米国以外から来た人であり、同様に学生の50%も米国以外の出身であることです。そして、シリコンバレーの住民の50%が自宅では英語を話さない人であるということです。シリコンバレーのハイテク産業を支えているのは、半数は外国人あるいは外国出身者という事実です。この結果、「大学も企業も文化の多様性が大変高い」とナイツさんは説明します。このことを日本の大相撲にたとえてみると、日本人よりも外国人の方が多い関取衆が現在、日本の国技を盛り立てている状況に似ているように思います。日本の主要な大学や研究機関、企業の研究所で働く高度専門職の半数が外国出身者になると、大相撲のように活性化するかもしれません。
さらに、企業の経営者が大学の教員になる、あるいはその逆などと、企業と大学間の異動しやすさが、イノベーション創出のカギになっていると説明します。
具体的には、スタンフォード大学のジョン・ヘネシー学長はMIPSコンピューターの創業者でありCOE(最高経営責任者)出身です。グーグルのCOEのエリック・シュミットさんはUCバークレー校やスタンフォード大学で教えています。旧ネットスケープの創業者でありCOEであるジム・クラークさんはスタンフォード大学教授出身です。「大学と企業を行き来きする異動しやすさがイノベーション創出のカギになっている」と説明します。なかなか考えさせる指摘です。