放送大学の「語用論」の授業をを受けて、挨拶目を向けることによって、対人関係の距離をどのように表現しているのかを考察し、ここ数十年の変化について考察した。今回は考察の2回目.
〈方言と対人関係について〉
授業においても昔の地域社会では挨拶がなされていなかったことが話題になった。もともと方言には敬意表現が少ないと言われている。もちろん敬語がないわけではないが、標準語よりは少ないというのは事実ではないかと感じられる。
方言に敬意表現が少ないのは、地方では改まった場が少なかったという事情もあるかもしれない。しかしそれよりも重要な点があると思う。地方においては表記的な面にあらわれない言語表現によって敬意を示していたのではないか。例えば、目上の人と話すときに目を合わせないのが自然であった。今では逆に目を合わせないと怒られるかもしれないが、昔は目を合わせることは無礼であった。また、目上の人にはあまり大きな声でしゃべらず、ぼそぼそ話すのが普通であった。
言語表記の点においては方言は敬意表現は少ないが、言語活動全般を考えると敬意を十分しめしていたと思われる。
〈方言と対人関係について〉
授業においても昔の地域社会では挨拶がなされていなかったことが話題になった。もともと方言には敬意表現が少ないと言われている。もちろん敬語がないわけではないが、標準語よりは少ないというのは事実ではないかと感じられる。
方言に敬意表現が少ないのは、地方では改まった場が少なかったという事情もあるかもしれない。しかしそれよりも重要な点があると思う。地方においては表記的な面にあらわれない言語表現によって敬意を示していたのではないか。例えば、目上の人と話すときに目を合わせないのが自然であった。今では逆に目を合わせないと怒られるかもしれないが、昔は目を合わせることは無礼であった。また、目上の人にはあまり大きな声でしゃべらず、ぼそぼそ話すのが普通であった。
言語表記の点においては方言は敬意表現は少ないが、言語活動全般を考えると敬意を十分しめしていたと思われる。