脚本家として有名なマーティン・マクドナーの監督作品『イニシェリン島の精霊』を見ました。難しい作品ですが、老いにさしかかった人間の感情をみごとに描く作品だと私は感じました。
アイルランドのイニシェリン島に暮らすパードリックはある日、いつもパブで楽しく過ごす親友のコルムから突然絶縁を告げられます。なぜ友人をやめるのか、パードリックには理解できません。このあたりは不条理劇的な要素が感じられます。
コルムは残り少ない人生を意味のあることに使いたい、何かを残したいのだと言います。そのためにはパードリックとの無駄話をやめたいのです。私自身も老いを感じ始めてから、焦り始めました。まだ何も成し遂げてはいないではないか。毎日毎日生きているだけで、自分が自分であることの証が何もない。だからコルムの気持ちはよくわかります。
コルムはこれ以上、自分にかかわったら自分の指を一本ずつ切るとパードリックに告げ、実際にそうしてしまいます。このあたりのブラックユーモア(?)がマクドナーの特徴です。ただし、このユーモアは私にはきつすぎます。
島の生活は退屈です。しかし退屈な中に生活の本質があり、人間の本質があります。一方では人間は自分が自分でありたいという気持ちも強くあります。近代という時代は「自分」の時代です。その時代に生きる人間にとって「自分」の意味こそが最大の生きる目的です。この二つの対立の中で分裂して苦しみながら生きているのです。
グロテスクの部分があり、ちょっと引いてしまう部分もあるのですが、心に響く映画でした。
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