先日、教員の残業時間のニュースがネットに出ていた。「国の残業の上限超える教員 中学校77.1% 小学校64.5% 」だと言う。この異常な状況をそれこそ「異次元の少子化対策」の最重要課題として実施してもらいたい。
教員の働きすぎ傾向は、何十年も前から言われ続けてきた。しかし国の政策はまったく変わってこなかった。それどころか教員の不祥事ばかりが大きく取り上げられ、教員は叩かれる存在になってしまって、だまって言われたことを言われた通りにしなければならない存在となってしまった。
教員志望者も減ってきてしまった。もはや教員志望の人間は変わり者である。ほかに仕事がないから教員になる。あるいは部活動バカが教員になる。教育の質は落ちるばかりだ。
部活動の地域移管がもちろんこれは減少傾向にはあるようだ。努力していないわけではないことはわかる。しかし部活動の地域移管なんて教員経験者から見ればそんなに簡単にできるものではないということは明らかなのだ。金をかけずに口に出せば簡単にできると考えている上層部の人間はバカでしかない。
教員の「働き方改革」は一部では進んでいるが、そこでできた時間にもっと多くの課題を突き付ける。新たな負担を生み、教員は24時間ITに監視されている状況になってしまった。多少労働時間が減っても、精神的な負担はそれに反して増えてしまっているのである。
もはや国の教育政策は崩壊している。教育予算を大幅に増やし、根本的に改革する必要があり、そういう政策こそ野党は打ち出してほしい。
報道にも問題あります。
戦後の民主主義教育が始まって頃にも
「デモシカ教師」という言葉がありました。
教師にデモ成る、教師にシカ成れない
戦後の就職難の時代の言葉ですが、今日の労働環境(過大な残業)とは背景が違います。
過大残業は、他に倣う悪弊で、かつては大企業の事務部門でも当たり前の労働慣行でした。
教育現場が、教育委員会を本社とする支店網(各学校)だと考えると、過大残業の由って来たるところは、本社を意識する個々の教員の心裡にあると見ます。上からの押し付けでないことはたしかでしょう。