<続き>
「魏志 東夷伝・倭人条」には239年(景初3年)魏の皇帝が卑弥呼に銅鏡百枚を下賜したとする記述が あることから、三角縁神獣鏡がその鏡であるとする説がある。景初3年とは、2代皇帝曹叡の没年と3代皇帝曹芳が即位した年である。魏は三國志で著名な曹操が建国した。
その卑弥呼に下賜されたと云われる、景初3年銘銅鏡が、島根県雲南市加茂町神原の神原神社古墳より出土した。これと、付近より大量の青銅器が出土したことから、邪馬台国は出雲に在ったという意見がある。そう安直なものではないだろう。
この銅鏡に限らず、旧出雲国西部では青銅器が大量に出土している。邪馬台国に匹敵する強大な勢力が存在していたであろう。次回は大量に出土した銅鐸を紹介する。
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