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「よく来たな、さあ入れよ」
この言葉の響きに、こんなにも温かさがあるなんて。
「グリーンブック」のクライマックスです。
物語の途中から「どうかこうあってくれないかな」と願っていた結末です。
「グリーンブック」。
バディ・ムービー(相棒)であり、ロード・ムービーでもあります。
このジャンルでは、主人公である二人の間の「友情」にもスポットが当てられることが多いのですが、「グリーンブック」もイタリア系(白人)のトニー・"リップ"・ヴァレロンガとアフリカ系(黒人)の"ドクター"・ドン・シャーリーの、実話に基づいた感動的な交流について描かれています。
もちろん「友情」は作品の主題のひとつですが、それだけではありません。
「グリーンブック」はアカデミー賞を受賞しましたが、これについては「長年差別されてきた黒人に対して友好的な白人を描くことで、人種差別に対する免罪符としている」などの批判も根強いようです。友好的な白人を描くことでそのような差別は改善されつつある、と思わせる手法だというわけです。
人種差別について強い問題意識を持つスパイク・リー監督なども大きな不満を述べているのです。
左:ヴィゴ・モーテンセン 右:マハーシャラ・アリ
もともと人間というのは、知らず知らずのうちに心の中で自分を誰かと比べては得意になったり苦しんだりしてしまう生き物です。
だれかを自分より下に見たくなる心境というのは、「自分より『下』の人」を見つけることで安心感や優越感に浸りたいことの裏返しとも言えるのではないでしょうか。
そして、その感情が「差別」に繋がるのは否めないことだと思うんですね。
ドクター・シャーリーは、皮膚の色だけでなく、性的指向でも差別される側、あるいはマイノリティーに生まれついています。
それだけでなく、離婚経験者であり、実の兄とも疎遠になっていて、生きづらさと孤独を抱えて日々生きています。
ドクがたいていのことには表情を変えず、冷静さを失わないのは、強くあろうとしていることの表れなんじゃないかな、と思うんです。
ぼくはこの映画は、「白人」と「黒人」が心を通い合わせる、単なる「人種を超えた友情のストーリー」ではなくて、いろいろな領域の少数派の存在を身近に感じ、共存していこうというメッセージが含まれているような気がするのです。
もちろんアメリカに住んでいるわけでもないぼくが、実際の人種差別の空気を知るわけではありません。
でも、「映画をどう観るか」はぼくの自由だし、「自分がどう感じたか」が大事なんじゃないかな、と思うのです。
そういう意味では、ぼくはこの映画には、将来に対する希望のようなものが込められているような気がします。
例えば、少数派が見下されたり否定されることがなくなる世の中がやってきますように、という。
現実に人種差別はある。
しかしこのふたりに関する限り、皮膚の色や生活環境の差を超えて認め合い、ついには信頼し合える友情が芽生えたのだ、と思うのです。
そして、例えば自分と正反対の、違和感のある人に対しての意識やふるまい方をこの映画を観て少しでも変えられたら、まずはそれでいいのではないでしょうか。
主人公はイタリア系白人と黒人のコンビです。
このふたりの関係は、黒人は上流階級と深い交流のある文化人、白人はいうなれば下層階級であり黒人は彼の雇用主です。
そして白人は、黒人に対して「そういうものだ」というような無意識の差別感情を持っている。
ところが、ふとしたことから白人が黒人に雇われて旅をはじめることになるのです。
後部座席に座っているドクター・シャーリーを見る黒人労働者の、驚きと、ある種の怒りが込められた訝しげな目つき。
この目つきが白人を雇う黒人が同胞からどう思われているかを表しているんですね。
白人のトニー・リップを演じるのはヴィゴ・モーテンセン。
ぼくが彼を観るのは、シルベスター・スタローン主演の「デイライト」以来です。
「デイライト」では自信家で少々鼻持ちならないアスリート出身の実業家を演じていますが、この映画では対照的に白人の中でも低く見られがちなイタリア系、しかもナイトクラブの用心棒を務めている、知性とは少々ほど遠い粗野な役柄です。
対するドクター・シャーリーは、クラシックを学んだ人気ピアニストです。
彼はいわゆる知識階級であり、立ち居振る舞いは洗練されていて、品位を重んじる芸術家。芸術好きな上流階級に招かれて煌びやかなステージを数多く踏んでおり、経済的にも豊かです。
ふたりとも、とにかく憎めないんだなあ。
トニー・リップは粗野で、無遠慮で、品がない。
ややもすれば有色人種に対しての差別意識があります。
でも男気があって、約束は守る。そしてどこか人懐っこくて(ドクがうんざりしてもお構いなしに話しかけたり)、独特のユーモアと彼なりの人生哲学を持っています。
ドクター・シャーリーはいつもクール。表情もあまり変わらない。
ジョークなんか言うタイプでもないし、それどころか時には辛辣な言葉がサラッと口から出てくる。
がさつなトニーにはウンザリしているけれど、彼を拒絶したり見下したりしているわけではなくて、むしろトニーのやっていることを放っておけない優しさがあります。
とはいえ、いわば異文化の中で育ったふたりはとにかく噛み合わないんですね。
品性と文化の相違からお互いに戸惑うばかりです。
このふたりは、いやでも1台の車の中で長時間一緒に過ごさなければならない。
ところがそのうち徐々にお互いの波長が合うところ、認め合えるところが見えてくるのです。
そしてドクター・シャーリーが心の奥底にしまい込んでいるもの、つまり見られたくない、触れられたくない部分があらわになってしまうできごとがいくつも起こるんです。
雇い主であるドクター・シャーリーは、毅然とした態度でトニーに接する反面、トニーが愛妻リンダにあてて書く手紙の書き方や、マナーなどを教える。
対して雇われているトニーは、自分の役割をきちんとこなし、時には口八丁で、時には命がけでトラブルを解決する。
旅をしながら、お互いがお互いの持っているものを「分かち合って」いるようにも見えてくるんです。
しかし、実はドクター・シャーリーは大きな孤独、寂しさを抱えているんです。
彼がクールな姿勢を崩さないのは、達観していたからではなかった。
ひたすら耐えていたんですね。
「金持ちは教養人と思われたくて私の演奏を聴くが、その時以外の私はただのニガーだ。その蔑視を私は独りで耐える。私ははぐれ黒人だからだ。黒人でも白人でもなく、人間でもない私はいったい何なんだ!」
「あんたは城のてっぺんに住んで金持ち相手に演奏する。俺の世界のほうが黒い(黒人より恵まれない境遇なんだ)!」という僻みを含んだ(あるいはドクターに対して羨んでいる)トニーの言葉を聞いた時のドクター・シャーリーの言葉です。
悲痛な叫び声です。
そして、ツアー最後の演奏の前に、トニーはドクター・シャーリーがなぜあえて差別の激しいディープ・サウスでツアーを組んだのか、その真意を知ることになります。
その直後の、演奏会場側の差別的な振る舞い。
断固として平等に扱うことを要求するドクター・シャーリー。
それを、「しきたり」だという名の文化だとして、頑なに拒む主催者。
今夜の主賓であるシャーリーに、それ相応の敬意を持って接してもらいたいと交渉するトニー。
埒のあかない話し合いです。
しかし最後にシャーリーは、なんと「君が演奏してくれと言うのなら演奏しよう」とトニーに言います。
シャーリーはトニーの気持ちに応えるために信念を曲げたのです。
しかしトニーは「こんなところ、早く出よう」と、出口に向かいます。
トニーもシャーリーの気持ちに応えるんですね。
「人種差別はいけないことだ」という単純なテンプレート的映画(そういう意味も持っているのでしょうけれど)ではなく、考えさせられるところも多い映画ですが、好きな場面もたくさんあるんです。
酒場でドクター・シャーリーが何者であるかを説明しようとしたトニーに、酒場の女性が「言わないで。弾いてみせて。」と返す場面。イキなセリフに思わずニヤッとしちゃいます。
手紙の手直しをしようとするドクターに「もうコツがわかった」と言うトニー。その手から手紙を取りあげて読むと、「たしかにいい手紙だ」と言ってクールな面持ちを崩して微笑むドクターの温かい眼差し。
エンディングで初めて顔を合わせるドクターに、「手紙をありがとう」と囁くトニーの妻リンダ。「ああ、彼女は知ってたんだなあ」と、これまた笑みが浮かんでくるのを止められない場面です。
そして、忘れちゃならないジャム・セッション。
黒人である本来の自分を取り戻して心から演奏を楽しむ、とてもハッピーな場面です。
いい場面がたくさんあるから、つい何度も観たくなってしまうんです。
そしていまだに飽きることなくディスクをプレーヤーのトレイにセットしてしまうのです。
◆グリーン・ブック/Green Book
■2018年アメリカ映画
■配給
ユニバーサル・ピクチャーズ(アメリカ)、ギャガ(日本)
■製作
ドリームワークス・ピクチャーズ、アンブリン・パートナーズ、パーティシパント・メディア、コナンドラム・エンターテインメント、シネティック・メディア
■公開
2018年11月16日(アメリカ)、2019年3月1日(日本)
■監督
ピーター・ファレリー
■脚本
ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリー、ピーター・ファレリー
■音楽
クリス・バワーズ
■出演
ヴィゴ・モーテンセン(トニー・"リップ"・ヴァレロンガ)
マハーシャラ・アリ(ドクター・ドナルド・"ドン"・シャーリー)
リンダ・カーデリーニ(ドロレス・ヴァレロンガ)
ディメター・マリノフ(オレグ)
マイク・ハットン(ジョージ)
フランク・バレロンガ(ルディ)
ブライアン・ステパニック(キンデル)
ジョー・コーテス(ロスクード)
イクバル・セバ(アミット)
セバスティアン・マニスカルコ(ジョニー・ヴェネス)
ピーター・ガブ(チャーリー)
トム・ヴァーチュー(モーガン)
ファン・ルイス(ボビー・ライデル)
P・J・バーン(プロデューサー)
ルイ・ベネレ(アンソニー)
ロドルフォ・バレロンガ(ニコラ)
ジェナ・ローレンゾ(フラン)
ドン・ディペッタ(ルイ)
スハイラ・エル=アーター(リン)
ギャビン・ライル・フォーリー(フランキー)
ポール・スローン(カーマイン)
クイン・ダフィ(マイキー)
ジョニー・ウィリアムス(ポーリー)
ランダル・ゴンザレス(ゴーマン) ほか
■上映時間
130分
■受賞
2018年 トロント国際映画祭 観客賞(「グリーンブック」)
2019年 第91回アカデミー賞 作品賞(「グリーンブック」)、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、脚本賞(ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリー、ピーター・ファレリー)
2019年 ゴールデン・グローブ賞 作品賞、助演男優賞、脚本賞
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黒人と白人の交流を描いた映画は、感動的なものが多いですね。『最強のふたり』『ドラビングmissデイジー』『リーサル・ウェポン』など、古くは先日亡くなったシドニー・ポワチエ主演のもの。
それにも皆木さんの最後の作品データがズラッと記載されてるのが凄い。律儀な性格の表れなんでしょうか?ドクター”ミナギ”さん。(笑)
実は2月上旬から月末にかけて引っ越しでおおわらわだったもので
黒人&白人のバディムービーだと「48時間」なんかも大好きでした~
こうしてみるとバディムービーってふたりのキャラクターを非常に対照的なものに設定していることが多いですね。「大金持ち&ブルーカラー」とか「犯罪人&刑事もしくは探偵、バウンティハンター」とか。だからこそストーリーの面白みが増すんでしょうね。
最後のデータは、最初の頃はせいぜい監督と主だった出演陣だけだったんですが、だんだんとこんなことになりました wikiを見れば済むことなんですけどね~~笑笑