宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

史上初めて撮影に成功したブラックホールの1年後を観測 明るく見える場所の変化は乱流状に振る舞う周辺の物質の影響

2024年01月20日 | ブラックホール
国際研究チーム“イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション”は、史上初の撮影に成功した楕円銀河M87の巨大ブラックホールについて、新たな観測画像を公開しました。

今回公開された画像は、初撮影が行われた2017年4月の観測から約1年後の2018年4月に観測されたもの(※1)
この2018年の観測では、新たにグリーンランド望遠鏡がネットワークに参加し、またデータ記録速度が向上したことでM87ブラックホールの新たな姿が明らかになっています。
※1.M87中心核の観測は、2018年4月21日、22日、25日、28日(日本時間)の合計4回行われた。新規参入のグリーンランド望遠鏡を含めて、地球上に点在する6か所8台の電波望遠鏡でM87中心核を観測している。
1年後の画像では、2017年に観測されたものと同じ大きさのリング構造が確認。(図1)
この明るいリングに囲まれた中央の暗い部分が、まさに一般相対性理論から予言されている“ブラックホールシャドウ”の存在を裏付けています。

一方で、リングの最も明るい場所は角度にして約30度異なっていて、ブラックホール周辺の物質が乱流状に振る舞っていることを示唆しています。

この成果は、ヨーロッパの天文学専門誌“アストロノミー・アンド・アストロフィジクス”に掲載されました。
図1.イベント・ホライズン・テレスコープが公開したはM87巨大ブラックホールの新たな観測画像。2017年の初撮影(左)から約1年後に撮影された2018年の画像(右)でも、同じ大きさのシャドウが再現されていることが分かる。2018年の観測には、新たにグリーンランド望遠鏡が参加している。明るいリングに囲まれた中央の暗闇がブラックホールのシャドウ(影)に相当し、リングの最も明るい場所は2017年の画像では6時の方向、2018年の画像では約30度異なる5時の方向にある。(Credit: EHT Collaboration)
図1.イベント・ホライズン・テレスコープが公開したはM87巨大ブラックホールの新たな観測画像。2017年の初撮影(左)から約1年後に撮影された2018年の画像(右)でも、同じ大きさのシャドウが再現されていることが分かる。2018年の観測には、新たにグリーンランド望遠鏡が参加している。明るいリングに囲まれた中央の暗闇がブラックホールのシャドウ(影)に相当し、リングの最も明るい場所は2017年の画像では6時の方向、2018年の画像では約30度異なる5時の方向にある。(Credit: EHT Collaboration)


史上初めて撮影に成功したブラックホール

イベント・ホライズン・テレスコープは2017年にブラックホールの初撮影を行い、2019年4月にその画像を公開しています。

この巨大ブラックホールが位置しているのは、地球からおよそ5500万光年彼方のおとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心。
初撮影されたブラックホールの画像では、時計の6時の方向が最も明るいリング構造がとらえられていました。

この観測によりブラックホールを視覚的にとらえる新時代が幕を開け、M87ブラックホールの周りにリングが見えることや、その形から一般相対性理論の検証が可能になりました。

一方で、リングの細かい明るさの分布には、ブラックホールの周りを取り巻く物質の乱流構造が反映され、1年後には大きく変わりうると理論的に予想されていました。
年を経てM87を再度観測することで、一般相対論的効果で安定して現れるリングと、周辺で変動する複雑なガスの構造を区別した調査が可能になります。


拡張を続けるイベント・ホライズン・テレスコープ

初撮影に次ぐ新たな科学目標を達成するために、イベント・ホライズン・テレスコープは拡張を続けています。

今回の観測では、2017年末に北極圏内に新たに建設されたグリーンランド望遠鏡が初めて加わっています。(図2)
イベント・ホライズン・テレスコープの観測ネットワークの最北端に位置するグリーンランド望遠鏡が参加することで画像の質が大幅に向上。
電波望遠鏡の空白地帯だった北緯76度という北極圏に電波望遠鏡の建設を進めることで、アルマ望遠鏡と約9000キロの距離を結ぶことができ、南北方向の最も詳細なデータを得ることが可能になりました。
図2.2018年4月にイベント・ホライズン・テレスコープに新規参入したグリーンランド望遠鏡。台湾中央研究院天文及び天文物理研究所とスミソニアン天文台によってグリーンランドに建設・運用されている口径12メートルのミリ波サブミリ波の電波望遠鏡。(Credit: Nimesh A Patel)
図2.2018年4月にイベント・ホライズン・テレスコープに新規参入したグリーンランド望遠鏡。台湾中央研究院天文及び天文物理研究所とスミソニアン天文台によってグリーンランドに建設・運用されている口径12メートルのミリ波サブミリ波の電波望遠鏡。(Credit: Nimesh A Patel)
さらに、メキシコにある口径50メートルのLMT望遠鏡も、その巨大な鏡面全体で観測が可能になったことで感度が高くなっていました。

また、データ記録速度が2倍向上したことで、観測される周波数帯が2つから4つに増加(※2)
1日の観測でも独立した4つのデータで結果を検証できるようになりました。
※2.データの記録速度は、2017年の観測では32Gbps、2018年の観測ではグリーンランド望遠鏡は32Gbps、その他の局は64Gbpsに増加している。32Gbpsでは2つの周波数帯、64Gbpsでは4つの周波数帯で観測することができる。
巨大ブラックホールの存在をより確かなものとして、初撮影の結果を裏付ける上でも、繰り返し観測を行うことは不可欠でした。
イベント・ホライズン・テレスコープは、その科学的重要性だけでなく、技術的難易度の高いミリ波・サブミリ波電波干渉計のために開発された最先端技術の実証を行う場としての役割も果たしています。
図3.2018年以降のイベント・ホライズン・テレスコープ望遠鏡配置図。2018年4月に行われたM87観測に参加した望遠鏡を赤色、2017年4月の観測に参加した望遠鏡を青色で示している。(Credit: NRAO/AUI/NSF; composition by M. Nakamura)
図3.2018年以降のイベント・ホライズン・テレスコープ望遠鏡配置図。2018年4月に行われたM87観測に参加した望遠鏡を赤色、2017年4月の観測に参加した望遠鏡を青色で示している。(Credit: NRAO/AUI/NSF; composition by M. Nakamura)


新しいデータ解析の手法

今回の新しいデータ解析には、M87ブラックホールの初撮影に使用された手法に加えて、天の川銀河中心ブラックホールの解析を元に、新たに開発された手法を含む、合計8つの独立した手法が用いられています。(※3)
その結果、確認されたのは、初撮影時と同じ大きさの明るいリング状の構造。
中心部は暗く、リングの片側が明るいという特徴も共通していました。
※3.2018年に観測したデータの画像化に用いられた手法は合計5つ。M87ブラックホールの初撮影には、日本が開発したソフトウェア・SMILIを含む3つの手法が用いられたが、今回は2つの新しい画像化ソフトウェアが加わっている。冒頭で示されている最終画像(右側)は、この5つの手法で得られた画像を平均化したもの。リングを仮定した3つのモデル化手法によるデータ解析と合わせて合計8つの独立した手法で解析が行われた。
M87ブラックホールの質量と距離は数年の間ではほとんど変化しないので、リングの直径も変化しないことが一般相対性理論から予測されています。
2017年と2018年で同じ大きさのリング状構造が見られたことは、M87ブラックホール周辺の時空構造が一般相対性理論によって記述されていることを強く支持するものでした。

一方、興味深い変化も確認されています。
それは、2017年の画像で6時の方向にあったリングの最も明るい場所が、2018年の画像では約30度異なる5時の方向にあることでした。

この変化は、ブラックホール周辺の物質による乱流状の振る舞いが影響していると考えられます。
2017年と2018年でリングの細かい明るさの分布は、大きく変化しうることが理論的にも予想されていたことでした。

変化したとはいえ、両者の画像の明るい場所が似ていることも重要です。
明るい場所が南側であることは、理論的にブラックホールの自転軸がほぼ東西方向であることを示唆しています。
そして、それはブラックホールから離れたところで、主にセンチ波帯で観測されているジェット(※4)の方向と近いことが分かりました。
※4.ジェットは巨大ブラックホールの近傍から噴出する、高速のプラズマ流。光速の90%以上もの速度を持ち、細く絞られた形状を保ったまま、銀河の外まで伸びていることが特徴。どのように巨大ブラックホールの重力を振り切って、ジェットが形成されるのか、その解明が天文学の大きな課題になっている。
この成果は、ブラックホールの自転によりジェットが駆動されている可能性に、また一歩近づいたと言えます。

これまで発表されたイベント・ホライズン・テレスコープの論文は、全て2017年の観測に基づくものでした。
でも、今回は2018年以降に取得したデータに関する初の成果になります。

2017年と2018年に加えて、2021年や2022年にも観測が行われ、さらに2024年前半にも観測を予定しています。

イベント・ホライズン・テレスコープは観測の度に新しい望遠鏡を加え、観測周波数を増やすことで、性能を向上させています。
現在も国際共同研究の下で新しい観測やデータ解析、結果の考察が進められていて、今後も多くの研究成果が見込まれています。

今回の研究で明らかになったのは、2017年のイベント・ホライズン・テレスコープの結果を確認したことに加え、時間変動の研究の重要性でした。
ブラックホール周辺で起きる時間変動現象の理解には、イベント・ホライズン・テレスコープの観測継続に加えて、その視力を向上させる衛星計画“Event Horizon Explore; 通称EHE”へと展開することがカギとなります。

また、東アジアVLBIネットワークなどによるブラックホールジェットの観測との連携も、さらに重要になっていくことになるはずです。


こちらの記事もどうぞ



最新の画像もっと見る

コメントを投稿