今回の研究では、現在世界最大規模の銀河サーベイ“スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)”から得られた約100万個の銀河の空間分布(分光データ)及び、個々の銀河形状(撮像データ)を同時に解析。
これにより、宇宙全体の構造形成の種となった“原始ゆらぎ”に関する重要な統計的性質を制限することに成功しています。
銀河形状の観測データを用いて初期宇宙の性質を探る研究は、この研究が世界で初めてのもの。
今後の次世代銀河サーベイで得られる高品質なデータを活用した、さらなる精密な探査が期待されています。
初期宇宙における“原始ゆらぎ”の生成プロセス
現在、宇宙マイクロ波背景放射(CMB,※1)や宇宙の大規模構造(LSS,※2)の精密観測・解析によって、宇宙の主要なエネルギー成分として冷たいダークマター(CDM,※3)とダークエネルギー(Λ)の二つを持つ“Λ-CDMモデル”が標準宇宙論として確立しています。
この“Λ-CDMモデル”における構造形成シナリオでは、インフレーション期と呼ばれる初期宇宙の急加速膨張期に、“原始ゆらぎ”と呼ばれる宇宙のあらゆる構造(星や銀河、銀河団、またそれらの宇宙全体に広がる空間分布など)の種が生成されたと考えられています。
“原始ゆらぎ”の性質は、初期宇宙の物理の詳細によって決定されます。
例えば、最も標準的なインフレーションモデル“単一場インフレーション”によって生成される“原始ゆらぎ”は、正規分布(ガウス分布)に非常に近い統計性を持つことが予言されます。
したがって、“原始ゆらぎ”のガウス分布からの“ズレ”(原子非ガウス性)の探索は、現在の標準宇宙論に対する重要なテストになります。
もし、実際の宇宙の観測データから有意な水準で原子非ガウス性が検出されれば、初期宇宙における“原始ゆらぎ”の生成プロセスについての理解が飛躍的に進展し、“この宇宙はどのようにして始まったのか?”という根源的な疑問を解き明かすことに繋がると期待されています。
原始ゆらぎと銀河の形状パターン
“原始ゆらぎ”は、生成直後は非常に小さいものですが、重力不安定によって増幅され、非一様性を成長させていきます。
つまり、より小さな領域のゆらぎが重力の引力で成長し、ダークマターが密集した塊“ダークマターハロー”の領域を作り、ダークマターハローが何度も衝突・合体を繰り返すことで成長していきます。
そのダークマターハローの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、星や銀河が作られ、網の目状に広がる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられています。
宇宙の大規模構造では、銀河がほとんど存在しない領域“ボイド”や、逆に銀河が多く集まる“フィラメント構造”など、銀河が偏って存在しています。
宇宙の至る所で、そのような銀河形成が起きることによって、最終的に現在観測されているような宇宙の大規模構造(銀河の空間分布)が作られます。
銀河の空間分布の性質には、その種となった“原始ゆらぎ”の性質が色濃く刻み込まれています。
なので、銀河の分布を統計解析することで“原始ゆらぎ”の性質の探査を行う研究が、これまで盛んに行われてきました。
一方、上記のような構造形成過程では、銀河は周囲の重力場との相互作用をしながら形成されていくので、それぞれの銀河の持つ特徴にも重力を介した統計的な相関が現れることになります。
特に、個々の銀河の形状(形や向き)が、周囲の潮汐力場と相関を持つ(揃う)ことから、宇宙広域に分布する銀河の形状パターンにも、背後にある“原始ゆらぎ”の性質が反映されることが明らかになってきました。(図1)
これまでの大規模構造の解析では、銀河の“点”としての空間分布のみに着目してきました。
でも、同時にそれらの“形状”という新しい観測量に着目することは、単なる付加的な情報を与えるだけでなく、これまでは探査できなかった初期宇宙の物理への独立な指標にもなるので、近年注目され始めています。(図2)
研究手法と成果
今回の研究では、銀河の空間分布(分光データ)及び個々の銀河形状(撮像データ)を組み合わせることで、銀河の形状パターンに含まれる主要な統計的情報を抽出する“銀河形状パワースペクトル”を測定する手法を開発しています。
さらに、その手法を実際に“スローン・デジタル・スカイ・サーベイ”から得られた約100万個の銀河に適用することで、銀河形状パワースペクトルの測定を実施。
その結果、1億光年以上離れた空間に位置する2つの銀河の形状に相関がみられました。
つまり、これらの銀河の向きが統計的に有意に揃っていることが検出されたことになります。(図3)
この驚くべき発見は、形成過程が見かけ上独立であり因果関係が無いように見える遠い銀河の間に、相関が存在することを示していました。
これは、インフレーション理論が予言する相関を示すものであり、銀河の形状を通してその予測が確認されたことを意味しています。
さらに、この相関を詳細に調査した結果、最も標準的なインフレーションが予言する相関と矛盾しない、つまり“原始ゆらぎ”の非ガウス性を示さないことが確認できました。
今回の研究により、銀河形状で測定可能な原始非ガウス性について、世界で初めて観測的な検証が行われたことになります。
Kavli IPMUが主導する、すばる超広視野多天体分光器“Prime Focus Spectrograph; PES”を始めとした将来の大規模かつ高精度の宇宙観測データを用いて、本研究で開発した手法によりインフレーションの物理に迫ることが出来ると期待されています。
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これにより、宇宙全体の構造形成の種となった“原始ゆらぎ”に関する重要な統計的性質を制限することに成功しています。
銀河形状の観測データを用いて初期宇宙の性質を探る研究は、この研究が世界で初めてのもの。
今後の次世代銀河サーベイで得られる高品質なデータを活用した、さらなる精密な探査が期待されています。
この研究は、マックス・プランク天体物理学研究所の栗田智貴博士研究員(2023年9月まで東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)大学院生及び特任研究員)とKavli IPMUの高田昌広教授が進めています。
本研究は、米国物理学会のフィジカル・レビュー・D(Physical Reveiw D)誌に2023年10月31日付で掲載されました。
また、PhysicalReview D誌よりEditors' Suggestion(注目論文)に選出されました。
Editors' Suggestionは編集者によって、特に重要かつ興味深い成果と判断された論文に与えられる評価です。
本研究は、米国物理学会のフィジカル・レビュー・D(Physical Reveiw D)誌に2023年10月31日付で掲載されました。
また、PhysicalReview D誌よりEditors' Suggestion(注目論文)に選出されました。
Editors' Suggestionは編集者によって、特に重要かつ興味深い成果と判断された論文に与えられる評価です。
初期宇宙における“原始ゆらぎ”の生成プロセス
現在、宇宙マイクロ波背景放射(CMB,※1)や宇宙の大規模構造(LSS,※2)の精密観測・解析によって、宇宙の主要なエネルギー成分として冷たいダークマター(CDM,※3)とダークエネルギー(Λ)の二つを持つ“Λ-CDMモデル”が標準宇宙論として確立しています。
この“Λ-CDMモデル”における構造形成シナリオでは、インフレーション期と呼ばれる初期宇宙の急加速膨張期に、“原始ゆらぎ”と呼ばれる宇宙のあらゆる構造(星や銀河、銀河団、またそれらの宇宙全体に広がる空間分布など)の種が生成されたと考えられています。
“原始ゆらぎ”の性質は、初期宇宙の物理の詳細によって決定されます。
例えば、最も標準的なインフレーションモデル“単一場インフレーション”によって生成される“原始ゆらぎ”は、正規分布(ガウス分布)に非常に近い統計性を持つことが予言されます。
したがって、“原始ゆらぎ”のガウス分布からの“ズレ”(原子非ガウス性)の探索は、現在の標準宇宙論に対する重要なテストになります。
もし、実際の宇宙の観測データから有意な水準で原子非ガウス性が検出されれば、初期宇宙における“原始ゆらぎ”の生成プロセスについての理解が飛躍的に進展し、“この宇宙はどのようにして始まったのか?”という根源的な疑問を解き明かすことに繋がると期待されています。
※1.宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background; CMB)とは、ビッグバンから約38万年後に宇宙全体で放出された最古の光。波長はその後の宇宙膨張と共に長くなり、今日ではマイクロ波になっている。どの方角からもほぼ同じ強さで到来している。
※2.宇宙の大規模構造(Large-Scale Structure; LSS)とは、宇宙における銀河の分布が示す非一様な構造。銀河がほとんど存在しない“ボイド”と呼ばれる領域や銀河が集まる“フィラメント構造”が存在する。宇宙の質量の大半を占めるダークマターも同様の分布をしていて、宇宙初期の非常に小さな密度ゆらぎが重力相互作用によって増大して、宇宙の大規模構造を形成したと考えられている。
※3.冷たいダークマター:ダークマターが素粒子の場合、宇宙膨張により宇宙の密度が下がると、他の粒子と出会うことが無くなるので、通常の物質の運動とは異なる独立した運動を始める。この時、通常の物質に対して光速より十分小さい速さで運動するダークマターを“冷たいダークマター”と呼ぶ。速さが小さいので、大きなスケールの構造を壊す働きがないので、比較的大きな銀河や銀河の集団などの構造を説明できる。
原始ゆらぎと銀河の形状パターン
“原始ゆらぎ”は、生成直後は非常に小さいものですが、重力不安定によって増幅され、非一様性を成長させていきます。
つまり、より小さな領域のゆらぎが重力の引力で成長し、ダークマターが密集した塊“ダークマターハロー”の領域を作り、ダークマターハローが何度も衝突・合体を繰り返すことで成長していきます。
そのダークマターハローの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、星や銀河が作られ、網の目状に広がる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられています。
宇宙の大規模構造では、銀河がほとんど存在しない領域“ボイド”や、逆に銀河が多く集まる“フィラメント構造”など、銀河が偏って存在しています。
宇宙の至る所で、そのような銀河形成が起きることによって、最終的に現在観測されているような宇宙の大規模構造(銀河の空間分布)が作られます。
銀河の空間分布の性質には、その種となった“原始ゆらぎ”の性質が色濃く刻み込まれています。
なので、銀河の分布を統計解析することで“原始ゆらぎ”の性質の探査を行う研究が、これまで盛んに行われてきました。
一方、上記のような構造形成過程では、銀河は周囲の重力場との相互作用をしながら形成されていくので、それぞれの銀河の持つ特徴にも重力を介した統計的な相関が現れることになります。
特に、個々の銀河の形状(形や向き)が、周囲の潮汐力場と相関を持つ(揃う)ことから、宇宙広域に分布する銀河の形状パターンにも、背後にある“原始ゆらぎ”の性質が反映されることが明らかになってきました。(図1)
これまでの大規模構造の解析では、銀河の“点”としての空間分布のみに着目してきました。
でも、同時にそれらの“形状”という新しい観測量に着目することは、単なる付加的な情報を与えるだけでなく、これまでは探査できなかった初期宇宙の物理への独立な指標にもなるので、近年注目され始めています。(図2)
研究手法と成果
今回の研究では、銀河の空間分布(分光データ)及び個々の銀河形状(撮像データ)を組み合わせることで、銀河の形状パターンに含まれる主要な統計的情報を抽出する“銀河形状パワースペクトル”を測定する手法を開発しています。
さらに、その手法を実際に“スローン・デジタル・スカイ・サーベイ”から得られた約100万個の銀河に適用することで、銀河形状パワースペクトルの測定を実施。
その結果、1億光年以上離れた空間に位置する2つの銀河の形状に相関がみられました。
つまり、これらの銀河の向きが統計的に有意に揃っていることが検出されたことになります。(図3)
この驚くべき発見は、形成過程が見かけ上独立であり因果関係が無いように見える遠い銀河の間に、相関が存在することを示していました。
これは、インフレーション理論が予言する相関を示すものであり、銀河の形状を通してその予測が確認されたことを意味しています。
さらに、この相関を詳細に調査した結果、最も標準的なインフレーションが予言する相関と矛盾しない、つまり“原始ゆらぎ”の非ガウス性を示さないことが確認できました。
今回の研究により、銀河形状で測定可能な原始非ガウス性について、世界で初めて観測的な検証が行われたことになります。
Kavli IPMUが主導する、すばる超広視野多天体分光器“Prime Focus Spectrograph; PES”を始めとした将来の大規模かつ高精度の宇宙観測データを用いて、本研究で開発した手法によりインフレーションの物理に迫ることが出来ると期待されています。
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