今回の研究では、原始ブラックホール生成に関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が、量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいて、初めて詳細に計算しています。
その結果、小スケールに生成した大きなゆらぎが、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)で観測されるような大スケールの揺らぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました。
太陽の数十倍の質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を、原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルにおいては、宇宙マイクロ波背景放射の観測結果と矛盾するほど影響が大きいことから、大きな質量の原始ブラックホール生成のためには、より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えなければならないことを示したことになります。
太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの正体
近年の重力波観測により、私たちの宇宙には太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールが、多数存在していることが明らかになっています。
その正体として、原始ブラックホールが候補の一つとして注目されています。
また、宇宙のエネルギーの3割近くを占めるダークマターの候補としても注目されています。
原始ブラックホールは、熱放射時代の初期宇宙にエネルギー密度の大きなゆらぎがあると生成されます。
このエネルギー密度のゆらぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。
インフレーションが起こるのは、宇宙の大きさが水素原子よりもまだずっと小さかった頃なので、ミクロな世界で働く量子論(※1)が重要なはたらきをするからです。
その観測にかかるような長波長ゆらぎは非常に小さく、一様密度からのズレが10万分の1程度にとどまっていることが観測されています。
この観測事例は、スローロールインフレーションと呼ばれる、インフレーションを起こす素粒子の場(インフラトンと呼ばれる)が、ポテンシャルの坂道をゆっくりと転がりながらインフレーションを起こすモデルによって、見事に説明されています。
でも、通常のスローロールモデルでは、短波長の揺らぎが小さく、原始ブラックホールになるような大密度領域を作ることはできません。
このため、大きなゆらぎを実現するモデルの構築が、多くの研究者によって進められてきました。
原始ブラックホールの形成を実現するには
現在、最も盛んに研究されているモデルは、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)機構長で、理学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センター長を兼ねる横山順一教授を、その提案者の一人とする超急減速(ウルトラスローロール)モデルと呼ばれる一連のモデルです。
これは、球の転がる坂道の一部に平坦な場所を用意し、インフラトンがそこに差し掛かると急減速して、ハッブル時間(※2)当たりの変化が一時的に小さくなるので、その時できたゆらぎは相対的に大きな値を持つことになり、特定のスケールに大きなゆらぎを生成するというものです。
その結果、対応した質量の原始ブラックホールを生成することができます。(図1)
これまでは、このような小さなスケールで起こる現象は、宇宙マイクロ波背景放射で観測できる大スケールの現象には、一切影響しないと考えられてきました。
今回の研究では、このような原始ブラックホールの形成を実現するようなインフレーションモデルにおいて、原始ブラックホールに関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいて、初めて詳細に計算しています。
その結果、これまでの常識を覆し、このような小スケールに生成した大きなゆらぎが、宇宙マイクロ波背景放射で観測されるような大スケールの揺らぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました。(図2)
特に、重力波観測で示唆されている太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を、原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルは、大スケールにおいて宇宙マイクロ波背景放射で観測されている以上に温度ゆらぎをもたらしてしまうことになり、観測結果と矛盾してしまうことが分かりました。
今回の計算は特定のモデルに基づいたものです。
でも、インフラトンがすべての波長のゆらぎの起源になっているモデルで、原始ブラックホールの形成を実現するような既知のモデルのほとんどに当てはめることのできる結論のため、単一場インフレーションモデルで観測的に意義のあるような原始ブラックホールを生成するのは極めて困難なことが分かったと言えます。
なので、原始ブラックホールを生成するためには、より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えていく必要があるようです。
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その結果、小スケールに生成した大きなゆらぎが、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)で観測されるような大スケールの揺らぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました。
太陽の数十倍の質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を、原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルにおいては、宇宙マイクロ波背景放射の観測結果と矛盾するほど影響が大きいことから、大きな質量の原始ブラックホール生成のためには、より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えなければならないことを示したことになります。
この研究は、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)機構長で、理学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センター長を兼ねる横山順一教授と理学系研究科のジェイソン・クリスティアーノ大学院生が進めています。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letter)”と“フィジカル・レビューD(Physical Review D)”のオンライン版に2編の論文としてアメリカ時間2024年5月29日付で掲載されました。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letter)”と“フィジカル・レビューD(Physical Review D)”のオンライン版に2編の論文としてアメリカ時間2024年5月29日付で掲載されました。
太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの正体
近年の重力波観測により、私たちの宇宙には太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールが、多数存在していることが明らかになっています。
その正体として、原始ブラックホールが候補の一つとして注目されています。
また、宇宙のエネルギーの3割近くを占めるダークマターの候補としても注目されています。
原始ブラックホールは、熱放射時代の初期宇宙にエネルギー密度の大きなゆらぎがあると生成されます。
このエネルギー密度のゆらぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。
インフレーションが起こるのは、宇宙の大きさが水素原子よりもまだずっと小さかった頃なので、ミクロな世界で働く量子論(※1)が重要なはたらきをするからです。
※1.量子論とは、素粒子とその相互作用など、ミクロの世界の物質の振る舞いを記述する理論。量子論の世界では粒子も波として振る舞い、位置と速度を波長以下の精度で指定することはできないので、ゆらぎ(ムラ)が生成する。宇宙も最小は水素原子よりもずっと小さかったと考えられるので、初期宇宙を考える上で量子論で記述できるレベルでの研究が欠かせない。
初期宇宙にどのようなゆらぎができていたかは、宇宙マイクロ波背景放射の観測によってかなりよく分かっています。その観測にかかるような長波長ゆらぎは非常に小さく、一様密度からのズレが10万分の1程度にとどまっていることが観測されています。
この観測事例は、スローロールインフレーションと呼ばれる、インフレーションを起こす素粒子の場(インフラトンと呼ばれる)が、ポテンシャルの坂道をゆっくりと転がりながらインフレーションを起こすモデルによって、見事に説明されています。
でも、通常のスローロールモデルでは、短波長の揺らぎが小さく、原始ブラックホールになるような大密度領域を作ることはできません。
このため、大きなゆらぎを実現するモデルの構築が、多くの研究者によって進められてきました。
原始ブラックホールの形成を実現するには
現在、最も盛んに研究されているモデルは、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)機構長で、理学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センター長を兼ねる横山順一教授を、その提案者の一人とする超急減速(ウルトラスローロール)モデルと呼ばれる一連のモデルです。
これは、球の転がる坂道の一部に平坦な場所を用意し、インフラトンがそこに差し掛かると急減速して、ハッブル時間(※2)当たりの変化が一時的に小さくなるので、その時できたゆらぎは相対的に大きな値を持つことになり、特定のスケールに大きなゆらぎを生成するというものです。
その結果、対応した質量の原始ブラックホールを生成することができます。(図1)
※2.ハッブル時間は、宇宙の膨張率を示すハッブルパラメータの逆数で示される数値で、その時の宇宙年齢の目安となる指標。
図1.インフレーションを引き起こす位置エネルギーの模式図。右側から坂を下り始め途中の平らなところでゆらぎが増幅されて原始ブラックホールができ、最後に原点付近を振動すると位置エネルギーが摩擦熱に変わり、熱いビッグバン宇宙になる。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano) |
今回の研究では、このような原始ブラックホールの形成を実現するようなインフレーションモデルにおいて、原始ブラックホールに関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいて、初めて詳細に計算しています。
その結果、これまでの常識を覆し、このような小スケールに生成した大きなゆらぎが、宇宙マイクロ波背景放射で観測されるような大スケールの揺らぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました。(図2)
特に、重力波観測で示唆されている太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を、原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルは、大スケールにおいて宇宙マイクロ波背景放射で観測されている以上に温度ゆらぎをもたらしてしまうことになり、観測結果と矛盾してしまうことが分かりました。
図2.小スケールのゆらぎが量子論的にぶつかり合う様子を示した模式図。原始ブラックホールを作るような大きなゆらぎが小スケールにあると、それが量子論的にぶつかり合って大スケールの揺らぎを大きくしてしまう。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano) |
でも、インフラトンがすべての波長のゆらぎの起源になっているモデルで、原始ブラックホールの形成を実現するような既知のモデルのほとんどに当てはめることのできる結論のため、単一場インフレーションモデルで観測的に意義のあるような原始ブラックホールを生成するのは極めて困難なことが分かったと言えます。
なので、原始ブラックホールを生成するためには、より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えていく必要があるようです。
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