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なぜ超大質量ブラックホールの近くに星が存在しているのか? この星は100億年以上の長い旅を経て他の銀河からやってきたようです

2023年12月25日 | ブラックホール
今回の研究では、天の川銀河の超大質量ブラックホールの近くにある星を、すばる望遠鏡の補償光学と近赤外線装置を用いて観測。
すると、この星が100億歳以上の年齢で、天の川銀河の近くにあった矮小銀河で生まれた可能性が高いことが分かりました。

このことは、天の川銀河中心の超大質量ブラックホールの近傍(1秒角以内)にある星が銀河の外で生まれた可能性を、初めて観測的に明らかにしたものになります。
この研究を進めているのは、宮城教育大学、大同大学、和歌山工業高等専門学校、愛知教育大学、東北大学、早稲田大学、国立天文台などの研究者によるチームです。
研究成果は、“日本学士院紀要”の欧文報告“Proceedings of the Japan Academy, Ser. B, Physical and Biological Sciences”オンライン版に、2023年12月1日付で掲載されました(Nishiyama et al. "Origin of an Orbiting Star around the Galactic Supermassive Black Hole")。
図1.すばる望遠鏡の補償光学装置“AO188”と近赤外線分光撮像装置“IRCS”で撮られた天の川銀河の中心領域。約3秒角の視野内にたくさんの星が写っている。今回の研究で対象となった恒星“SO-6”(青の丸)は、巨大ブラックホール“いて座A*”(緑の丸の位置)から約0.3秒角離れた位置にある。(Credit: 宮城教育大学/国立天文台)
図1.すばる望遠鏡の補償光学装置“AO188”と近赤外線分光撮像装置“IRCS”で撮られた天の川銀河の中心領域。約3秒角の視野内にたくさんの星が写っている。今回の研究で対象となった恒星“SO-6”(青の丸)は、巨大ブラックホール“いて座A*”(緑の丸の位置)から約0.3秒角離れた位置にある。(Credit: 宮城教育大学/国立天文台)


ブラックホールが存在する大きな証拠

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

では、そこにブラックホールがあると、なぜ分かったのでしょうか?

アンドレア・ゲズ博士が率いるアメリカの研究チームとラインハルト・ゲンツェル博士が率いるドイツの研究チームは、“いて座A*”の近くにある星々の動きを30年にもわたって観測。
その星々の動きは、強い重力の影響を受けていることが分かってきます。

その結果、何もないように見えるその場所に、太陽の400万倍の質量が詰め込まれていることを発見しています。
これが、ブラックホール存在の大きな証拠となり、両博士は2020年のノーベル物理学賞を受賞しています。


なぜ超大質量ブラックホールの近くに星が存在しているのか

実は、その星々の存在自体が大きな謎でもありました。

超大質量ブラックホールの近くでは、とても強い重力が働いています。
そのため、星の材料となるガスやチリは、ひとところに集まることができなくなります。
つまり、超大質量ブラックホールの近くでは、星を作ることができないんですねー

では、なぜ“いて座A*”の近くには星がたくさんあるのでしょうか?

今回の研究では、この謎に挑戦するため、“いて座A*”のすぐ近くにある星“SO-6”を調べています。(図1)

“SO-6”は暗く、たくさんの星が込み合った領域にあるので、観測できる望遠鏡は、すばる望遠鏡を含めて世界に数台しかありません。
ただ、すばる望遠鏡の集光力と視力(空間分解能)をもってしても、研究に必要なデータの収集には、8年間で合計10回の観測が必要でした。

まず、“SO-6”が本当に“いて座A*”の近くにあるのかどうかを確認する必要がありました。
それは、地球にいる私たちから見ると近くにあるように見えても、立体的に見ると実は手前と奥で大きく離れている、という可能性があるからです。

研究チームでは、2014年から2021年にかけて“SO-6”の運動を測定。
その結果、“SO-6”は“いて座A*”の強い重力を受けている、つまり2つの天体はお互いにすぐ近くにあることが分かります。

次に調べたのは“SO-6”の年齢でした。
年齢を知るには、“SO-6”の明るさ、温度、星に含まれる鉄などの情報が必要になります。
これら観測値を理論的なモデル計算と比較した結果、“SO-6”は100億歳以上の老いた星であることが分かりました。

そして、最後に行われたのは、“SO-6”に含まれる様々な元素の量を調べることでした。
これにより、星の生まれ故郷が分かる訳です。

水素やヘリウム以外の元素は、主に星の内部で作られます。
さらに、どの元素がどの時期に、どれくらい作られるのかは銀河によって異なっています。

この研究で発見したのは、“SO-6”に含まれる元素の比が、天の川銀河の近くにある小さな銀河である小マゼラン雲や、いて座矮小銀河の星にとても似ていることでした。(図2)
つまり、“SO-6”の生まれ故郷は、過去に天の川銀河の周りを公転していた小さな銀河(衛星銀河)(※1)である可能性が高いことが分かった訳です。
※1.衛星銀河(伴銀河ともいう)とは重力の相互作用により、より大きな銀河の周囲を公転する銀河。天の川銀河には、周囲を公転している“衛星銀河”が50個以上見つかっていて、大マゼラン雲と小マゼラン雲もその衛星銀河に含まれている。どちらも、かつては小さな棒渦巻銀河だったと考えられている。
図2.星に含まれる元素の組成を、複数の領域で比較した図。“SO-6”(赤丸)は、天の川銀河の円盤部(緑の丸)やバルジ部の星(黄色の丸)よりも、小マゼラン雲(三角)や、いて座矮小銀河(水色の丸)と似ていることが分かる。図の横軸は鉄原子と水素原子の数の比の対数、縦軸はアルファ元素と鉄元素の数の比の対数。アルファ元素とは、炭素、酸素、マグネシウム、ケイ素、カルシウムなど、ヘリウム原子核が結合してできる元素を指す。縦軸の破線([鉄/水素]=0、[アルファ元素/鉄]=0)は、太陽の値を示している。太陽の10倍であれば値は+1.0、10分の1であれば-1.0となる。(Credit: 宮城教育大学/国立天文台)
図2.星に含まれる元素の組成を、複数の領域で比較した図。“SO-6”(赤丸)は、天の川銀河の円盤部(緑の丸)やバルジ部の星(黄色の丸)よりも、小マゼラン雲(三角)や、いて座矮小銀河(水色の丸)と似ていることが分かる。図の横軸は鉄原子と水素原子の数の比の対数、縦軸はアルファ元素と鉄元素の数の比の対数。アルファ元素とは、炭素、酸素、マグネシウム、ケイ素、カルシウムなど、ヘリウム原子核が結合してできる元素を指す。縦軸の破線([鉄/水素]=0、[アルファ元素/鉄]=0)は、太陽の値を示している。太陽の10倍であれば値は+1.0、10分の1であれば-1.0となる。(Credit: 宮城教育大学/国立天文台)
“SO-6”は、かつて天の川銀河の近くに存在していた、今は無き小さな銀河で生まれたと考えられます。
その銀河は天の川銀河に取り込まれ、“SO-6”は天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホールまで、100億年以上の長い旅を経て移動してきたようです。

一方で、“SO-6”が天の川銀河で生まれた可能性もゼロではありません。
それは、“SO-6”の特徴が、天の川銀河の中心から6000光年に広がる“バルジ”と呼ばれる構造にある少し変わった星とも似ているからです。

今後、研究チームでは、すばる望遠鏡の空間分解能をより高くするための装置を開発。
2024年には、その装置を用いて“SO-6”の特徴をより詳しく調べ、さらに“いて座A*”の近くにある他の星の起源も調べる予定です。

“SO-6”は、本当に天の川銀河の外で生まれたのでしょうか?
天の川銀河へは仲間と一緒だったのか、それとも一人旅だったのでしょうか?
この疑問を解決するため、さらなる調査で超大質量ブラックホールの近くにある星の謎を解き明かしていくようです。


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