宇宙のはなしと、ときどきツーリング

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衝突が始まって間もない段階の銀河団で淡く広がる電波放射を検出

2023年07月13日 | 銀河・銀河団
衝突早期の段階にある銀河団からは、これまでほとんど見つかっていなかった電波放射。
今回の研究では、この電波放射を低周波数での観測で検出することに成功しています。

この研究成果は、銀河団同士の衝突により放射された電波のメカニズムの謎に迫るとともに、将来計画されている次世代電波干渉計の観測結果をより理解する手法にもつながるようです。
“CIZA1359”の電波強度分布。黒の線は広がった放射を強調した“UGMRT”での観測による電波強度分布を示している。白はX線天文衛星“すざく”によるX線表面輝度分布、赤は“XMMニュートン”による高温領域を示している。(Credit: 藏原昂平)
“CIZA1359”の電波強度分布。黒の線は広がった放射を強調した“UGMRT”での観測による電波強度分布を示している。白はX線天文衛星“すざく”によるX線表面輝度分布、赤は“XMMニュートン”による高温領域を示している。(Credit: 藏原昂平)

銀河団同士の衝突で発生する衝撃波“粒子加速”

宇宙のなかで巨大な天体といえば、無数の星やガスが集まった銀河があります。

でも、重力によって一つにまとまった天体として宇宙最大規模といえるのは、数千個もの銀河が大量のガスとともに集まった銀河団になんですねー
その銀河団が、さらに集まって“超銀河団”という巨大構造を形成していることも分かっている。
銀河団は、互いに衝突を繰り返しながら進化すると考えられています。
その衝突で発生した衝撃波は“粒子加速”と呼ばれ、このメカニズムで光速近くにまで加速された電子が放射する電波が、銀河団から検出されています。

ただ、これまで検出された電波放射は、銀河団同士の衝突が十分に進んだ衝突後期の段階からが主で、衝突が始まって間もない段階の銀河団からは、ほとんど見つかっていませんでした。

このことは、“粒子加速”のメカニズムが、どのような状態で機能するのかという大きな謎を残していました。

衝突早期の弱い衝撃波でも“粒子加速”のメカニズムは存在する

この謎を解決するため、今回の研究では衝突早期の段階にある銀河団“CIZA1359”とその周辺を、センチメートル帯の低周波の電波で観測しています。
この研究を進めているのは、国立天文台の藏原昂平(くらはら こうへい)特任研究員を中心とする国際研究チームです。
観測にはインドの巨大メートル波電波干渉計“uGMRT”を用い、解析には“方向依存型較正(こうせい)”と呼ばれる最新の手法を導入しています。

その結果、これまでの研究よりもおよそ10倍高い感度を達成することに成功。
“CIZA1359”からの電波放射の分布を高い精度で、かつ多様なスケールで明らかにしています。
また、38000という記録的なイメージダイナミックレンジも達成しました。

今回の研究で“CIZA1359”から、初めて銀河団同士の衝突に由来すると考えられる淡く広がった電波の検出に成功しました。

この結果は、衝突早期の段階における弱い衝撃波でも、“粒子加速”のメカニズムが存在することを明らかにするものです。

また、この電波の分布の中に見られたのは、複数の活動銀河核のような構造でした。
活動銀河核からは電子などの荷電粒子が放出されるので、今回検出された衝突早期の銀河団からの淡い電波放出と何か関係があるのかもしれません。

一方、名古屋大学大学院理学研究科 博士課程の大宮悠希(おおみや ゆうき)さんを中心とする研究チームでは、ヨーロッパ宇宙機関のX線天文衛星“XMMニュートン”による観測データを解析し、“CIZA1359”の電波放射がある領域において衝撃波が存在することを初めて発見しています。

このX線観測の結果と今回の電波観測の結果を合わせることで、“粒子加速”のメカニズムをより詳細に理解できることが期待されます。

今回のような新しい電波放射の発見に用いた最新の解析手法は、今後建設が始まる次世代の超大型電波望遠鏡“SKA(エスケーエー)”などによる観測結果を、より詳細に理解するためにも重要なものになるはずです。

今後も同様の解析手法の発展と、多くの新しい電波放射の発見が期待されます。


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小型シャトル“ドリーム・チェイサー”の初号機が初フライトに向けて前進

2023年07月11日 | 宇宙へ!(民間企業の挑戦)
シエラ・スペース(Sierra Space)社は5月31日(米国時間)、宇宙往還機“ドリーム・チェイサー”の初号機が初フライトに向けて重要なテストを通過したことを発表。
ソーラーパネルで発電した電力を機体に供給し、フライトコンピューターやその他のコンポーネントを起動させたそうです。
カーゴモジュールを切り離した“ドリーム・チェイサー”のイメージ図。(Credit: Sierra Space)
カーゴモジュールを切り離した“ドリーム・チェイサー”のイメージ図。(Credit: Sierra Space)

小型シャトル“ドリーム・チェイサー”

シエラ・スペース社が開発を進めている有翼の宇宙往還機が“ドリーム・チェイサー”です。

“ドリーム・チェイサー”は、小さいながらも翼を持っていて、胴体そのものが揚力を生む“リフティング・ボディ”を持っています。
スペースシャトルのように宇宙から滑走路に着陸し、15回以上の再使用をこなす小型シャトルで、国際宇宙ステーションへの輸送ミッションや、大分空港での運用の検討も進められていました。

製造はロッキード・マーティンが担当し、社内にある特別開発チーム“スカンク・ワークス”が培ってきた技術が活用されるそうです。

全長は約9メートル、翼の長さは約7メートルで、スペースシャトルの4分の1ほどという小ささ。
翼は空母艦載機のように折りたたむことができ、既存のロケットのフェアリングの中に収められて打ち上げられます。
有人宇宙船版の“ドリーム・チェイサー”はアトラスVロケットの先端にむき出しの状態で搭載される設計だった。

初フライトに向けて

今回、“ドリーム・チェイサー”は組み立て施設で初めて電源を投入。
ソーラーパネルで発電した電力を機体に供給し、フライトコンピューターやその他のコンポーネントを起動させています。

現在、シエラ・スペース社が進めているのは、今後実施する“ドリーム・チェイサー”のニール・アームストロング飛行研究センターへの移動に向けた準備。
そこで熱真空試験を実施し、打ち上げの最終準備のためケープカナベラル宇宙軍施設へ輸送されることになります。

そこで、気になるのは打ち上げの日程…

“ドリーム・チェイサー”の初フライトが予定されていたのは2023年。
ユナイテッド・ローンチ・アライアンス社の新型ロケット“ヴァルカン”の2度目のミッションに搭載され、フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げる予定でした。

このフライトは、NASAによる国際宇宙ステーションへの貨物輸送を民間に委託する計画“商業輸送サービス2”契約下で行われるもの。
“商業輸送サービス2”では、“ドリーム・チェイサー”を使い最低6回の補給ミッションを行うことが決まっています。
“ドリーム・チェイサー・カーゴ・システム”のイメージ図。(Credit: Sierra Space)
“ドリーム・チェイサー・カーゴ・システム”のイメージ図。(Credit: Sierra Space)
さらに、ジェフ・ベゾス氏のブルー・オリジン社との共同プロジェクトにも期待です。
これは、国際宇宙ステーションの後継になることが期待されている商用宇宙ステーション“オービタル・リーフ(Orbital Reef)”に向かう、有人の“ドリーム・チェイサー・ミッション”です。

シエラ・スペース社では有人機版“ドリーム・チェイサー”の開発も継続しているので、補給機版の実績や、今後の需要の変化などによって、宇宙飛行士を乗せて飛ぶ可能性もありそうです。

ただ、“ヴァルカン”は第2段の“セントールV”の試験中に水素が漏洩して爆発。
これを受けて初打ち上げが延期されているんですねー

これまで、“ヴァルカン”の初打ち上げは延期を繰り返している状況なので、“ドリーム・チェイサー”の初打ち上げはいつになることやら…

実績のあるアトラスVロケットに乗っけて、さっさと打ち上げてしまえばいいのに! っと“ドリーム・チェイサー”ファンは思っているはずですよ。


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宇宙誕生から9億年後に存在した若い銀河が、周囲のガスを電離し“宇宙の再電離”を引き起こしている証拠を発見

2023年07月09日 | 宇宙 space
生まれたばかりの宇宙は、電子や陽子、ニュートリノが密集して飛び交う高温のスープのような場所で、電離した状態にありました。

でも、宇宙が膨張し冷えるにしたがって、電子と陽子は結びつき電気的に中性な水素が作られます。
この時代には、光を放つ天体はまだ生まれていなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれています。

その後、宇宙で初めて生まれた星や銀河が放つ紫外線により水素が再び電離されていくんですねー
これにより、宇宙に広がっていた中性水素の“霧”が電離されて晴れていきます。
この現象を“宇宙の再電離”といいます。

今回、直接観測に成功したのは、約129億年前の太古の宇宙における若い星形成銀河が、周囲の銀河間ガスを電離し“宇宙再電離”を引き起こしている現場。
観測にはジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が用いられました。

この研究は、スイス・チューリッヒ工科大学のサイモン・リリー教授をリーダーとする国際共同研究プロジェクト“EIGER計画”によるもので、名古屋大学高等研究院の柏野大地特任助教らも参加しています。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測結果を分析することで、宇宙誕生から9億年後に存在していた銀河が周囲のガスを再電離させたことの証拠が発見された。(Credit: NASA, ESA, CSA, Simon Lilly(ETH Zürich), Daichi Kashino(Nagoya University), Jorryt Matthee(ETH Zürich), Christina Eilers(MIT), Rob Simcoe(MIT), Rongmon Bordoloi(NCSU), Ruari Mackenzie(ETH Zürich); Image Processing: Alyssa Pagan(STScI), Ruari Macken(出所:NASA))
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測結果を分析することで、宇宙誕生から9億年後に存在していた銀河が周囲のガスを再電離させたことの証拠が発見された。(Credit: NASA, ESA, CSA, Simon Lilly(ETH Zürich), Daichi Kashino(Nagoya University), Jorryt Matthee(ETH Zürich), Christina Eilers(MIT), Rob Simcoe(MIT), Rongmon Bordoloi(NCSU), Ruari Mackenzie(ETH Zürich); Image Processing: Alyssa Pagan(STScI), Ruari Macken(出所:NASA))

宇宙再電離の最終段階に存在する銀河を検出する

宇宙が誕生して間もない頃は、高温のため陽子は単独で存在していました(電離状態)。
でも、約38万年の時点で十分に冷えて電子を獲得し水素原子になります。

その後、宇宙誕生後約1億5千万年から10億年の間に再び電離化が進み、今では水素ガスの大半は電離状態になっています。

宇宙再電離の主な要因として考えられているのは、若い銀河内で生まれた星からの紫外線放射です。

ただ、それ以外にも、非常に明るいクエーサーのブラックホール降着による放射や、粒子崩壊などのさらにエキゾチックな“新しい物理”の可能性も提案されていました。
クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体。遠方にあるにもかかわらず明るく見えている。
“EIGER計画”の目的は、宇宙再電離の最終段階に相当する赤方偏移範囲の5.3<z<6.9(宇宙誕生後約7億5千万年から11億年の時代)の銀河を検出し、その赤方偏移を測ること。
観測には、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”が広視野スリットレス分光モードで使用されました。
膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移の度合いを用いて算出されている。

中性水素の分布を空間的・時間的にマッピング

さらに、宇宙再電離後における銀河と銀河間ガスの相互作用を研究するため、赤方偏移6.0<z<7.1の範囲に存在するクエーサー6つのそれぞれの天域を観測対象にしています。

中性水素は、特に“ライマンα光(Lyα光)”など波長121.6nmの光を吸収します。
なので、クエーサーのスペクトルを分析すると、視線(地球とクエーサーを結ぶ直線)に沿って、異なる赤方偏移における中性水素の吸収線を調べることが可能です。
スペクトルは、光の波長ごとの強度分布。スペクトルに現れる吸収線や輝線を合わせた呼称がスペクトル線。
個々の元素は決まった波長の光を吸収したり放出したりする性質がある。その波長での光を吸収し強度が弱まると吸収線、光を放出し強まると輝線としてスペクトルに現れる。光の波長ごとの強度分布スペクトルに現れる吸収線や輝線を調べることで、元素の種類を直接特定することができる。
これにより、銀河間物質における中性水素の分布を、これらの特定の視線に沿って空間的・時間的にマッピングできるわけです。

また、クエーサーのスペクトルにおける吸収線を分析すると、星の中で作られ、銀河風によって銀河間空間に排出される炭素、酸素、マグネシウムなどの重元素の存在も検出することができます。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測の様式図。クエーサー(星印)の光は、再電離のエポックにある様々なガスのパッチを通過して望遠鏡に向かう。オレンジ色はまだ電離が起こっていない中性領域、紺色は電離した領域。クエーサーのスペクトルを解析することで、この視線方向のどこでガスが中性あるいは電離しているかをマッピングすることが可能になる。(Credit: 名古屋大学)
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測の様式図。クエーサー(星印)の光は、再電離のエポックにある様々なガスのパッチを通過して望遠鏡に向かう。オレンジ色はまだ電離が起こっていない中性領域、紺色は電離した領域。クエーサーのスペクトルを解析することで、この視線方向のどこでガスが中性あるいは電離しているかをマッピングすることが可能になる。(Credit: 名古屋大学)

銀河からの電離放射が宇宙再電離を引き起こした

“EIGER計画”で最初に観測された領域は、非常に高輝度なことで有名なクエーサー“J0100+2802”の方向でした。

この領域において、赤方偏移5.3<z<6.9の範囲で117個の銀河について、分光学的に同定することに成功。
この銀河サンプルとクエーサーのスペクトルから、銀河間ガスの平均透過率が銀河からの距離によってどのように変化するかを測定しています。

その結果示されたのが、宇宙が部分的にしか電離されていない宇宙年齢9.5億年頃(赤方偏移5.9付近)では、銀河の周りに半径250万光年程度の、泡状の透過率の高い電離領域を形成していること。

さらに、この時代からさらに1億年ほど経過すると(赤方偏移5.5付近)、個々の電離領域が広がり重なり合うことで宇宙全体が電離されることが示されました。
論文より抜粋された図12をもとに作成された図で、横軸は各銀河からの距離を、縦軸は“ライマンα光”の平均透過率を表す。縦軸の値が大きいほど中性の水素ガスが少ない。赤、青、紫の折れ線はそれぞれ129億年前、128億年前、127億年前を表す。(Credit: 名古屋大学)
論文より抜粋された図12をもとに作成された図で、横軸は各銀河からの距離を、縦軸は“ライマンα光”の平均透過率を表す。縦軸の値が大きいほど中性の水素ガスが少ない。赤、青、紫の折れ線はそれぞれ129億年前、128億年前、127億年前を表す。(Credit: 名古屋大学)
このように遠方の(古い)銀河になるほど“ライマンα光”の透過が少なくなるのは、再電離前の中性水素ガスの量が増えるため。

そして、赤方偏移5.9付近の透過領域が、およそ250万光年以内にある銀河からの電離放射の局所的な影響によって生成されていることを示していました。

さらに、宇宙再電離を引き起こしたのは、この時代の一般的な銀河であり、希少なクエーサーや、崩壊粒子などのようなエキゾチックな可能性ではないことを強く示しています。

これら銀河の性質については、“EIGER II”(今回の論文は“EIGER I”)で詳しく分析され、特に重要な性質として、重元素の濃度が低く電離光子の生成効率が高いことが明らかになっています。

これらの性質は、このような初期には一般に銀河にはまだガスが豊富で、超新星爆発で大量の重元素を生成する時間が無かったことを反映していて、電離光子の生成効率が高いので、若い銀河は宇宙で再電離するのに非常に有効な原動力になっていたようです。

なお、このような銀河の性質は、現在の宇宙では1%程度しか見られません。
でも、宇宙年齢が10億年の頃にはそれが一般的であり、銀河の性質が宇宙時間においていかに強く進化しているかを物語っています。

“EIGER計画”が目指しているのは、宇宙再電離中期から後期にかけての宇宙の姿を描くこと。
この計画から得られる知見は、2030年代以降に実現を目指している中性水素21cm線観測による宇宙再電離初期および暗黒時代の観測的研究のための土台を提供するものになるはずです。

今回の研究成果は、宇宙史を切れ目なく理解するという究極的な目標における重要な一歩と言えます。


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月のマントル組成は月全体で不均質!? 月周回衛星“かぐや”の観測データから場所や深さで違うことが判明

2023年07月07日 | 月の探査
月のマントルの組成が場所や深さによって異なることを示す地質学的な証拠が発見されました。

この発見は、JAXAの月周回衛星“かぐや(SELENE)”に搭載された“スペクトルプロファイラ”および“マルチバンドイメージャ”による月全面の観測データから分かったこと。

観測データを解析することで、月面上の“カルシウムに乏しい輝石(LCP)”に富む岩体と“かんらん石”に富む岩体、それぞれの岩体の場所の詳細な地質構造を明らかにしています。

調査研究を進めて分かってきたのは、巨大隕石の衝突により月のマントル領域から掘り起こされた岩石の成分は、衝突盆地によって“カルシウムに乏しい輝石”が支配的であるものと、“かんらん石”が支配的であるものとに分かれることでした。

このことは、月のマントル組成が月全体で不均質であることを意味します。

たとえば、“かんらん石”に富むマントル物質が“カルシウムに乏しい輝石”に富むマントル物質を覆う層構造があり、衝突してきた巨大隕石の大きさの違いにより掘り起こされる岩石が異なった可能性や、水平方向(月の表と裏など)でマントルの組成が大きく異なる可能性が考えられます。

今回、調査解析された場所からは、月のマントル物質の不均質性についてさらに詳細な情報が得られるはずです。

そう、将来のサンプルリターンミッションでの重要な候補地点の一つということです。

月のマントルは、どんな物質で構成されているのか

月の表側にある巨大衝突盆地の周辺には、“かんらん石”を豊富に含む岩体が分布しています。
これらの岩体は、衝突盆地を作った巨大隕石の衝突で、月の深い場所から掘り起こされたマントル物質だと考えられています。

一方、月の裏側にある“南極エイトケン盆地”の周辺では、天体の衝突で月のマントル物質が掘り起こされて堆積したレゴリスで覆われていて、そのスペクトル特性から“低カルシウム輝石”が支配的だと報告されています。

このことから、月のマントル物質は“かんらん石”ではなく、“低カルシウム輝石”だと考える研究者もいます。

でも、レゴリスは様々な岩石の破片が混在したもの。
そう、必ずしも“南極エイトケン盆地”の形成時に掘り起こされたマントル物質の特徴を示しているとは限らないんですねー

また、“低カルシウム輝石”に富む岩体の全球分布や露頭(岩石や鉱脈の一部が地表に現れている所)の詳細な調査はされていないので、月のマントル物質が“かんらん石”に富むのか“低カルシウム輝石”に富むのかについては、長く議論が続いていました。

“低カルシウム輝石”はマントルに由来する

今回の研究では、“かぐや”に搭載された“スペクトルプロファイラ”と“マルチバンドイメージャ”による観測データを用いて、“低カルシウム輝石”に富む岩体が月全体にどう分布しているのかを調べています。
この研究を進めているのは、産業技術総合研究所地質調査総合センターの山本聡さんを中心とする研究チームです。
研究チームは、“スペクトルプロファイラ(Spectral Profiler ; SP)”の全データの中から、マントル由来と考えられる“低カルシウム輝石”のスペクトルを抽出。
すると、“低カルシウム輝石”に富む岩体は、表側の北半球にある“雨の海盆地(インブリウムベイスン)”と“南極エイトケン盆地”の周囲に集中して見つかり、これらの地域では“かんらん石”に富む岩体よりも“低カルシウム輝石”に富む岩体の方が多いことが分かりました。(図1)
図1.“かぐや”の観測で得られた“南極エイトケン盆地”(左)と“雨の海盆地”(右)でのマントル由来とみられる岩体の分布。白が低カルシウム輝石(LCP)、赤がかんらん石に富む岩体がある場所。背景は“かぐや”による地形データで、色が赤いほど標高が高い。東経0度(E0°)が月の表側、西経180度(W180°)が裏側の中央経度になる。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
図1.“かぐや”の観測で得られた“南極エイトケン盆地”(左)と“雨の海盆地”(右)でのマントル由来とみられる岩体の分布。白が低カルシウム輝石(LCP)、赤がかんらん石に富む岩体がある場所。背景は“かぐや”による地形データで、色が赤いほど標高が高い。東経0度(E0°)が月の表側、西経180度(W180°)が裏側の中央経度になる。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
さらに、“マルチバンドイメージャ(Multi-band Imager ; MI)”のデータを用いて、鉱物・岩石分布の鳥瞰図による地質構造の詳細調査を実施。(図2に例を示している)
その結果分かってきたのは、“低カルシウム輝石”に富む物質は、山頂の急斜面や小さなクレーターの壁面など、宇宙風化をあまり受けていない(=レゴリスの堆積が少ない)新鮮な露頭で見つかることでした。

これにより、“かぐや”が検出した“低カルシウム輝石”は、様々な物質が混ざっているレゴリス由来ではなく、マントルから掘り起こされた岩体だと考えることができます。

つまり、“南極エイトケン盆地”と“雨の海盆地”の形成では、主に“低カルシウム輝石”に富む物質がマントルから掘り起こされたと推定できるんですねー
図2.“雨の海盆地”の北東にある“アルプス山脈”付近の鳥観図。青い部分に低カルシウム輝石に富む岩体が露出している。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
図2.“雨の海盆地”の北東にある“アルプス山脈”付近の鳥観図。青い部分に低カルシウム輝石に富む岩体が露出している。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)

マントルの組成が月全体で均質ではない理由

一方、地殻厚がほぼゼロなので衝突盆地形成時にマントルを掘り起こしたことが確実である“モスクワの海”や“危機の海”などでは、“かんらん石”に富む岩体のみ見つり、“低カルシウム輝石”に富む岩体は見つかりませんでした。(図3)
図3.“危機の海”(左)と“モスクワの海”(右)の周辺での、マントル物質由来とみられる岩体の分布。この地域では低カルシウム輝石の岩体(白)は見つからない。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
図3.“危機の海”(左)と“モスクワの海”(右)の周辺での、マントル物質由来とみられる岩体の分布。この地域では低カルシウム輝石の岩体(白)は見つからない。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
これらの結果を総合すると、月のマントルに由来する岩石の組成は、衝突盆地ごとに異なっていることになります。

そして、このことが意味しているのは、マントルの組成が月全体で均質ではないことです。

そこで考えられるのは、月のマントルが二重構造になっている可能性。
“かんらん石”に富むマントル物質が“低カルシウム輝石”に富むマントル物質を覆っていれば、衝突してきた巨大隕石の大きさの違いにより異なった深さの岩石が掘り起こされるわけです。

また、月は表と裏で地形や地質が大きく異なる“二分性”があります。
このことから、実際に月の場所ごとにマントルの組成が大きく異なる可能性も考えられます。

この深さ方向や水平方向の不均質は、かつて月面が大量の隕石衝突で融けてマグマで覆われていた“マグマオーシャン”の時代に、鉄やチタンを含む物質が深い層へ沈み、かんらん石や輝石などの軽い物質が浅い層に浮き上がる“マントル転倒”という現象に起因しているのかもしれません。

今後期待されているのは、こうした衝突盆地周辺の探査やサンプルリターンを行うこと。
これにより、月のマントルの構造や組成、進化の過程を解き明かす手掛かりが得られるはずですよ。


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太陽よりも表面温度が低い星“赤色矮星”を公転する惑星の3分の1は、表面に液体の水が存在できるようです

2023年07月05日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型矮星)と呼びます。

実は、宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星なんですねー

今回は、太陽よりも直径や質量が小さく、表面温度も低い赤色矮星を公転する太陽系外惑星のはなし。
その3分の1には、表面には液体の水が存在できる可能性があるそうです。
この研究を進めているのは、フロリダ大学の博士課程学生Sheila Sagearさんと同大学の天文学者Sarah Ballardさんです。
このような系外惑星は、地球外生命を探索する上で最適なターゲットになることや、対象になる惑星は天の川銀河だけでも何億もあると推定されます。

このことから、今回の研究成果は今後10年間の系外惑星の研究にとって、非常に重要なものになりそうです。
赤色矮星を公転する系外惑星のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
赤色矮星を公転する系外惑星のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)

系外惑星が受ける潮汐力による加熱

人類は、これまでに5400個以上の系外惑星を発見しています。

その中でも赤色矮星の周囲では、地球に似た岩石質と推定される系外惑星がいくつも見つかっています。

ハビタブルゾーンを公転しているなどの条件次第では生命が存在する可能性もあることから、これらの系外惑星は研究者の注目を集めているんですねー
“ハビタブルゾーン”とは、主星(恒星)からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域。この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられている。太陽系の場合は地球から火星軌道が“ハビタブルゾーン”にあたる。
ただ、赤色矮星の表面温度は4000℃以下と太陽よりも低いので、太陽系に比べると主星に近い位置にハビタブルゾーンが広がっています。

このため、ハビタブルゾーンを公転する惑星は、主星である赤色矮星の重力がもたらす潮汐力の影響を強く受けることになります。
潮汐力は、重力によって起こる二次的効果の一種。天体の各部分に働く重力と天体の重心に働く重力とに差があるため起こる。
惑星の軌道が真円でなく楕円形に歪んでいる場合には、主星から遠いときはほぼ球体の惑星も、接近するにしたがって主星による潮汐力で引っ張られ、極端に言えば卵のような形になります。

そして、主星から遠ざかるとまた球体に戻っていく。

これを繰り返すことで発生した摩擦熱により惑星内部は熱せられていきます。
このような強い重力により、天体そのものが変形させられて熱を持つ現象を潮汐加熱といいます。

木星の衛星イオでは、木星や他の衛星の重力による潮汐加熱を熱源とした非常に活発な火山活動が知られていて、土星の衛星エンケラドスからプルーム(水柱、間欠泉)として噴出する水は潮汐加熱によって維持されている地下海が源だと考えられています。

系外惑星でも同様に潮汐加熱が起きている可能性があり、火山活動が起きていると指摘されているものもありますが、生命の居住可能性という観点では加熱の強さが問題になってきます。

それは、もし極端な潮汐加熱が起き場合、惑星は表面に液体の水が存在できないほど加熱されることも考えられるからです。
火山活動が起きている可能性がある太陽系外惑星“LP 791-18 d”のイメージ図。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Chris Smith (KRBwyle))
火山活動が起きている可能性がある太陽系外惑星“LP 791-18 d”のイメージ図。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Chris Smith (KRBwyle))

公転軌道の離心率が潮汐加熱の強さに影響している

今回の研究では、101個の赤色矮星を公転する合計163個の系外惑星について、潮汐加熱の強さに影響する公転軌道の離心率(軌道離心率)を調べています。
NASAの系外惑星探査衛星“ケプラー”とヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”の観測データが用いられました。

離心率とは軌道の形を示す数値のこと。
真円は0、楕円は0よりも大きくて1よりも小さく、放物線は1、双曲線は1より大きくなります。

たとえば、月の公転軌道は離心率0.0549の楕円形なので、地球に近づく時と遠ざかる時の距離の差は約4万キロ。
地球に近づいて大きく見えるタイミングの満月はスーパームーンと呼ばれています。

分析の結果示されたのは、調査対象のうち3分の2の惑星は離心率が大きく、極端な潮汐力がもたらす加熱によって表面で液体の水を保持できない可能性があること。

一方、残りの3分の1の惑星では、そこまで潮汐加熱が強くはなく、表面に液体の水を保持できる可能性、ひいては生命が存在する可能性もあることが示されています。

さらに、複数の惑星が見つかっている惑星系では公転軌道の離心率は小さくて真円に近い傾向にあり、主星を単独で公転する惑星では離心率が大きい傾向にあることも分かってきました。

なお、赤色矮星の周囲では、主星からの距離や公転軌道の離心率だけでなく、赤色矮星の活動性も生命の居住可能性を左右すると考えられています。

最近では約4.2光年先の赤色矮星“プロキシマ・ケンタウリ”の活動を分析した結果、そのハビタブルゾーンを公転している系外惑星“プロキシマ・ケンタウリb”の居住可能性は低いかもしれないとする研究成果が発表されています。

ただ、過去には赤色矮星の活動が惑星大気中のオゾン層の形成を促したり、赤色矮星の表面でフレアが発生する緯度によっては惑星への影響は限定的だとする研究成果も発表されています。

赤色矮星のハビタブルゾーンを公転する岩石惑星の環境については、まだまだ分かっていないことがたくさんあるはずです。

生命の居住性についても、肯定的なものから否定的なものまで色々と出てくるはずなので、これからの観測と研究に期待ですね。


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