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次の目標天体に到達するまで“クルージング サイエンス”を実施! 小惑星探査機“はやぶさ2”が約半世紀ぶりに黄道光を観測

2023年10月25日 | 太陽系・小惑星
2020年12月6日に地球帰還を果たした小惑星探査機“はやぶさ2”。
次の目標天体へ向かう拡張ミッション“はやぶさ2#(シャープ)”の航行中に、およそ半世紀ぶりに黄道光の観測を実施したそうです。

8月22日、内惑星領域における惑星間チリの分布を計測することに成功したことが、東京都市大学、関西学院大学、九州工業大学、JAXAの4者共同で発表されました。
今回の研究成果は、東京都市大学の津村耕司准教授、関西学院大学の松浦周二教授、九州工業大学の佐藤圭助教、同・瀧本幸司支援研究員、JAXA“はやぶさ2”ONCチームらの共同研究チームによるものです。
“はやぶさ2”での黄道光の観測イメージ。(イラスト:木下真一郎氏(出所:関西学院大・九工大共同プレスリリースPDF)
“はやぶさ2”での黄道光の観測イメージ。(イラスト:木下真一郎氏(出所:関西学院大・九工大共同プレスリリースPDF)

惑星間チリが太陽光を散乱することで生じる淡い光

共同研究チームでは、これまでに遠方銀河や初期宇宙から届く微弱な光“宇宙背景光”の観測を通して、初期宇宙での星形成史を探る研究を実施してきました。

でも、宇宙背景光の観測において最大の不定性要因になっていたのが、前景の明るい黄道光でした。

そこで、この不定性を低減させるため、黄道光の観測を行うことを目指します。

黄道光は、太陽系内に漂う惑星間チリが太陽光を散乱することで、天球上での太陽の平均的な通り道である黄道に沿った領域に生じる淡い光のこと。
黄道光は人間の目には淡い光ですが、宇宙背景光はさらに微弱な光になります。

黄道光を観測することで、太陽系内の最小天体である惑星間チリがどこで形成され、太陽系内をどのように移動しているのかを探ることができます。
惑星や小惑星などの探査とはまた別のアプローチで、太陽系のダイナミックな変化を知ることができるわけです。

黄道光は、惑星間チリによる太陽光の散乱光を視線方向に重ね合わせたもの。
これまでの観測は、主に地球の公転軌道から行われてきたので、手前と奥で散乱された光が重なってしまい、惑星間チリの空間分布を得ることができませんでした。

そのため、チリが太陽系内でどのように分布しているのかを理解するには、地球から離れた様々な場所から黄道光を調べる必要がありました。

目的地に到達するまで観測装置を活用する“クルージング サイエンス”

そこで、研究チームは効果的な観測方法を考えます。

それは、惑星間を航行する“はやぶさ2”を用いること。
“はやぶさ2”が小惑星“1998 KY26”へ向かう拡張ミッション“はやぶさ2#”(小惑星への到着は2031年を予定)において、目的地に到達するまで観測装置を温存するのではなく、積極的に活用する“クルージング サイエンス”でした。
黄道光の観測のイメージ。惑星間チリによる太陽光の散乱光を、視線方向の重ね合わせとして見えているのが黄道光。“はやぶさ2”は地球軌道の内側、0.7au~1.0auの範囲を航行している。(Credit: 出所:都市大Webサイト)
黄道光の観測のイメージ。惑星間チリによる太陽光の散乱光を、視線方向の重ね合わせとして見えているのが黄道光。“はやぶさ2”は地球軌道の内側、0.7au~1.0auの範囲を航行している。(Credit: 出所:都市大Webサイト)
この観測は、2021年~2022年にかけて光学航法望遠カメラ“ONC-T”を用いて、太陽からの距離(日心距離)0.7au~1.06auの範囲で実施。
そして、太陽系の内惑星領域で惑星間チリの分布情報を得ることに成功しています。
“はやぶさ2”が観測した画像の例(2022年8月29日、おうし座の方向)。“ONC-T”の視野サイズ(画角)は一辺6.27度と広く、この広い視野が空に大きく拡がった黄道光の観測に適している。このような観測がされた画像から、検出された星をマスクし、何も写っていない領域の明るさを導出することで黄道光が求められた。右図は明るい星を同定したもので、Tauはおうし座を表す。(出所:関西学院大・九工大共同プレスリリースPDF)
“はやぶさ2”が観測した画像の例(2022年8月29日、おうし座の方向)。“ONC-T”の視野サイズ(画角)は一辺6.27度と広く、この広い視野が空に大きく拡がった黄道光の観測に適している。このような観測がされた画像から、検出された星をマスクし、何も写っていない領域の明るさを導出することで黄道光が求められた。右図は明るい星を同定したもので、Tauはおうし座を表す。(出所:関西学院大・九工大共同プレスリリースPDF)
その結果、得られた観測データから、地球近傍での惑星間チリの濃度が“べき乗則”に従うことが明確に示されました。

べき乗則とは、ある観測量が別の観測量のべき乗に比例する関係のこと。
今回の場合は、惑星間チリの個数密度(n)が、太陽からの距離(r)のべき乗則に従う、つまり“n(r)∝r-α”の関係が成り立つことが示され、べき指数を正確に決めることができました(同式のべき指数はα)。
“はやぶさ2”が観測した黄道光の明るさの日心距離依存性。(出所:関西学院大・九工大共同プレスリリースPDF)
“はやぶさ2”が観測した黄道光の明るさの日心距離依存性。(出所:関西学院大・九工大共同プレスリリースPDF)
観測されたべき指数が示す惑星間チリの濃度は、惑星間チリの太陽への落下のみを考慮した標準的な理論と比べ、太陽に近付くほど予測より濃くなることを示していました。

この結果が示唆しているのは、惑星間チリの太陽への落下についての新たな物理があるか、地球近傍で惑星間チリが生成されるなどの知られていない天体現象があることでした。

これは、1970年代にNASAの探査機“パイオニア10号”、“パイオニア10号”、“ヘリオスA号”、“ヘリオスB号”が黄道光を観測して以来、約半世紀ぶりの成果。
地球近傍からの黄道光観測では得られない情報で、惑星間を航行する“はやぶさ2”を用いたからこそ達成できた成果といえます。

これを受け、“はやぶさ2”による黄道光観測(及びより発展的な観測)を今後も引き続き継続し、特に2028年に予定されている地球スイングバイ以降は、地球公転軌道の外側(1au~1.5auの範囲)での黄道光観測の実現を目指すそうです。

今回の研究成果は、惑星間チリの研究だけでなく、研究チームがもともと研究対象としていた、黄道光に埋もれた微弱な宇宙背景光を観測するためにも役立つはずです。
今回のメンバーを含む国際研究チームでは、2023年冬に打ち上げ予定のNASAのロケット実験“CIBER-2”や、将来の惑星探査機により、黄道光や宇宙背景光をさらに詳しく観測するそうですよ。


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46年間にも渡ってミッションを継続中! NASAが惑星探査機ボイジャー1号と2号の寿命を伸ばす取り組みを実施

2023年10月24日 | 宇宙 space
1977年に打ち上げられたNASAの惑星探査機“ボイジャー1号(Voyager 1)”と“ボイジャー2号(Voyager 2)”。

現在、この双子の探査機は、太陽圏を脱して星間空間を航行中、寿命をはるかに超えて46年間にも渡ってミッションを継続しています。

NASAの技術者は、この2機の老探査機の寿命を少しでも伸ばすべく、様々な取り組みを行っています。

最近では、スラスターの動作を修正するコマンドを送信したり、昨年“ボイジャー1号”で発生した不具合の再発を防ぐためのソフトウェアをアップロードといったことが行われているようです。
星間空間を航行するNASAの惑星探査機“ボイジャー”のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
星間空間を航行するNASAの惑星探査機“ボイジャー”のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)

通信用アンテナを地球に向ける装置

2機の“ボイジャー”のスラスターは、主に探査機の通信用のアンテナを地球に向けるために使われています。

スラスター内では、外部の燃料ラインより25倍も細いチューブを推進剤が通ることになります。
ただ、スラスターの点火のたびに、そのチューブ内には、ごくわずかの残留物が残ってしまうんですねー

打ち上げから46年が経過し、一部のチューブでは残留物の蓄積が顕著になっているものもあります。

そこで、ボイジャーミッションの技術者が考えたのは、残留物の蓄積を遅らせるため、スラスターを噴射する前のアンテナと地球との間の角度のズレの許容範囲を、わずかに広げることでした。

これにより、スラスターの噴射頻度を減らすことができる訳です。

許容角度が大きくなると、気になるのは科学データの一部がときおり失われる可能性があること。
でも、今後のミッション全体としては、“ボイジャー”がこの先より多くのデータを送信することができると、ミッションチームは結論付けています。

スラスター内の細いチューブは、いつ詰まってしまうのでしょうか?

この時期を正確に予測することはできません。
でも、ミッションチームでは、今回の予防策によって少なくとも5年間は、完全に詰まることにはならないと見ています。

不具合の再発を防ぐためのソフトウェアパッチ

ミッションチームは、2022年に“ボイジャー1号”で発生した不具合の再発を防ぐためのソフトウェアパッチを、2機の“ボイジャー”にアップロードしようとしています。

昨年、探査機の姿勢制御に関わる“AACS(attitude articulation and control system)”というシステムの動作が正常なのにもかかわらず、探査機の状態を反映していないテレメトリデータが送られてくる不具合が、“ボイジャー1号”で発生しました。

その時の不具合の原因は、“AACS”が適切でないコンピュータを介してテレメトリデータを送信したことにあり、すでに問題は解決しています。

ただ、どうして適切でないコンピュータにデーを送信するようになったのかは分からず…
根本的な原因が特定できていないので、再発するかどうかは分からない状況です。

ミッションチームは、この問題を防ぐはずだとして、ソフトウェアパッチのアップロードしようとしています。

パッチによって重要なコードが上書きされたり、そのほかの予期しない影響が生じるリスクもあります。
このリスクを低減するため、ミッションチームでは数か月をかけてコードの作成やチェックを行ってきました。

現在、“ボイジャー1号”は地球から240億キロ以上、“ボイジャー2号”は200億キロ以上離れた星間空間を航行しています。

“ボイジャー1号”は、人類史上最も遠方を航行する探査機として探査データの重要度も高いので、まずは“ボイジャー2号”にパッチをアップロードして試すことになっています。

コマンドが届くのにかかる時間は、“ボイジャー1号”は22時間以上、“ボイジャー2号”は18時間以上になります。

すでに、“ボイジャー2号”へのパッチが、10月20日にアップロードされているはずです。

問題が生じなければ、10月28日にはコマンドを送り、パッチが正常に動作しているかどうかを確認する予定になっています。


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速度は光速の約10分の1! ブラックホールは最速で2万9000km/sで運動する場合があることが判明

2023年10月23日 | ブラックホール
ブラックホール同士が合体すると激しい重力波が発生し、時に合体後のブラックホールを“蹴りだし”ます。

ブラックホールの運動速度が速ければ速いほど、ブラックホール同士が衝突する可能性は高まり、宇宙に存在する重いブラックホールの起源になるとも考えられています。

今回の研究では、2つのブラックホールが衝突した場合、合体後のブラックホールが最速で約2万9000km/sで運動することをシミュレーションによって明らかにしています。

この速度は、以前のシミュレーションで示されたものより5.7倍も速く、光の速度の約10分の1に相当するそうです。
この研究は、ロチェスター工科大学のJames HealyさんとCarlos O. Loustoさんが進めています。
お互いの周りを公転している2個のブラックホールのイメージ図。(Credit: SXS)
お互いの周りを公転している2個のブラックホールのイメージ図。(Credit: SXS)

天体同士の接近によって発生する“制限速度違反”

複数の天体が極めて近くに接近した場合、お互いが重力で引かれ合うことで運動エネルギーのやり取りが行われます。
さらに、重力を介した相互作用は、天体の運動速度を極端に増加させる場合があります。

このような過程で極端な速度を得た星は“超高速度星(HVS : Hypervelocity star)”と呼ばれています。

これまでに知られている最速の超高速度星は“S5-HVS1”で、天の川銀河の中心部に対して約1755km/sで運動しています。

太陽は天の川銀河の中心部に対して約240km/sで公転運動をしていると推定されているので、それの7.3倍も高速にもなります。

“S5-HVS1”は、あまりにも速く運動しているので、重力を振り切って天の川銀河を脱出していると推定されています。
このような超高速度星が生じたのは、天の川銀河中心部の超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”に極めて接近した結果のようです。
“S5-HVS1”は超高速度星としては最高速だが、さらに高速の天体として“S4716”の8000km/sが知られている。ただ、“S4716”は超高速度星とは異なり天の川銀河中心部のブラックホールの重力に捕らわれていて、4.02年周期で公転している。その軌道は真円からかなり離れた楕円形で、ブラックホールに最も接近するときの公転速度が8000km/sに達すると推定されている。
では、ブラックホール同士が接近した時には、どのような結果が生じるのでしょうか?

ブラックホール同士の場合、単なる接近遭遇だけでなく、衝突でも莫大な速度が生じることが分かっています。

ブラックホール同士が接近すると莫大なエネルギーの重力波が放出されます。
ただ、その重力波の発生には偏りが生じることもあるんですねー
このため、衝突後に誕生した合体ブラックホールは、特定の角度に集中した重力波によって“蹴り飛ばされる”可能性があります。

そのようなブラックホールの実例としては活動銀河“CID-42”に存在するとされる超大質量ブラックホールがあり、2つのブラックホールが衝突した結果、銀河に対して約2000km/sの速度で飛び出しているようです。

このように、ブラックホール同士の衝突は極めて大きな運動速度を生じる可能性があり、その限界速度はこれまで5000km/sだと推定されていました。
これは、光の速度の約60分の1に相当します。

最速のブラックホールは光速の10%で運動することが判明

今回の研究では、ブラックホール同士の合体で生じる限界速度についての数値計算を実施しています。

ブラックホール同士の接近で生じる激しい重力波の変化を正確に計算するには、計算強度の高いスーパーコンピュータを必要とします。
また、限界速度を知るには様々な角度からの衝突を仮定する必要があるので、パターンが増えるに従って計算量も莫大なものになってしまいます。
2つのブラックホールが接近する角度によって、合体により生じるブラックホールの運動速度が変わってくることが考えられる。今回の研究では全部で1381パターンを想定して計算を行っている。(Credit: James Healy and Carlos O. Lousto)
2つのブラックホールが接近する角度によって、合体により生じるブラックホールの運動速度が変わってくることが考えられる。今回の研究では全部で1381パターンを想定して計算を行っている。(Credit: James Healy and Carlos O. Lousto)
ブラックホールの衝突後の速度の計算結果。最も理想的な角度での衝突では、最大で28562km/sの速度が生じると計算された(図の数値が本文と異なるものの、本文の記載を優先)。(Credit: James Healy and Carlos O. Lousto)
ブラックホールの衝突後の速度の計算結果。最も理想的な角度での衝突では、最大で28562km/sの速度が生じると計算された(図の数値が本文と異なるものの、本文の記載を優先)。(Credit: James Healy and Carlos O. Lousto)
研究では、ブラックホール同士の衝突パターンを1381通り想定して計算を実行。
これは、5000km/sという上限値を推定した研究で計算された42通りを大きく上回るものでした。

その結果分かったのは、かすめるような角度で衝突するときに最大の速度が生じ、最高で2万8562(±342)km/sに達すること。
これは、以前の数値計算で示された値の5.7倍で、光の速度の約10分の1に相当するものでした。

この速度では地球を1周するのに1.4秒、地球から月まで移動するのに13.5秒しかかかりません。

もちろん、この最大速度が得られるのは極めて限られた条件を満たした時のみ。
大半のブラックホールは、ここまで高速に運動することはありません。

でも、平均的に速度の速いブラックホールが生じることは、ブラックホールの進化を考える上で重要なことになります。

ブラックホールは、主に重い恒星の中心部で中心核(コア)が崩壊した結果生じると考えられています。
でも、宇宙にはこの方法で生じるよりも重いブラックホールが無数に存在しているんですねー

重いブラックホールは、軽いブラックホール同士の衝突・合体で生じると考えられていて、ブラックホールの運動速度が速いほど衝突頻度も増加する傾向にあります。

このように、ブラックホール同士の接近がどのような結果をもたらすのかを知ることは、ブラックホールの性質や成長を知る上でもとても重要なことといえます。


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月では珍しい花崗岩は35億年前に存在した火山の跡!? なぜ水もプレートテクトニクスも存在しない月で巨大な花崗岩が形成されたかは不明

2023年10月22日 | 月の探査
今回の研究では、月の裏側にある“コンプトン-ベルコヴィッチ”という放射性物質が特異的に多いことで知られる地域からのマイクロ波放射を計測し、地下に熱源が存在することを突き止めています。

この成果から分かってきたこと、それはコンプトン-ベルコヴィッチは35億年前に月の火山活動で形成されたということでした。
この研究は、惑星科学研究所(PSI)のMatthew A. Sieglerさんたちの研究チームが進めています。

花崗岩が作り出されやすい条件

地球の表面は分厚い“大陸地殻”と薄い“海洋地殻”に覆われています。

2種類の地殻は厚さだけでなく組成も異なっていて、例えば大陸地殻は主に花崗岩、海洋地殻は主に玄武岩で構成されています。

陸地に存在する花崗岩は、地上で暮らす私たちにとって最もなじみ深い火成岩の1つで、その頑丈さや美しさから建築物の基礎や外壁、墓石などに利用されています。
石材としての花崗岩(とその別名になる御影石)という名称は、学術的な意味での花崗岩を指していない場合がある。
このように身近な存在の花崗岩。
でも、地球以外の天体ではとても珍しく、逆に言えば地球では例外的に豊富な岩石と言えます。

花崗岩は地下の奥深くでマグマが固まって作られる岩石で、水には岩石が溶けるために必要な温度を下げる性質があります。

そう、マグマになる過程では水の存在が重要になるんですねー

なので、表面に海が広がり、水を地下に送り込む役割を果たすプレートテクトニクスが存在する地球は、花崗岩が作り出されやすい条件を備えた惑星と言えます。

起源が不明な花崗岩の塊

地球以外の天体に、花崗岩が一切存在しないわけではありません。

例えば、月の裏側にある幅約50キロの“コンプトン-ベルコヴィッチ”と名付けられた地域には、起源は不明ながらも花崗岩が豊富に存在することが知られています。
コンプトン-ベルコヴィッチという名称は、コンプトン・クレーターとベルコヴィッチ・クレーターの間に位置することから名付けられた。
コンプトン-ベルコヴィッチは、NASAの月探査機“ルナ・プロスペクター”によって、1998年にガンマ線量の多い地域として特定されたことで注目されるようになりました。

ガンマ線の分析から、放射線源は花崗岩に含まれる放射性元素のトリウムだと推定されています。

このため、コンプトン-ベルコヴィッチは“太古に存在した月の火山が固まった跡である”と推定。
でも、仮説を裏付ける他の証拠は、まだ見つかっていませんでした。
NASAの月探査機“ルナ・プロスペクター”で観測された北極点付近のガンマ線量。月の裏側は放射性元素が少ないが、コンプトン-ベルコヴィッチは例外的に豊富な地域の1つである。(Credit: NASA, GSFC, ASU, WUSTL & B. Jolliff)
NASAの月探査機“ルナ・プロスペクター”で観測された北極点付近のガンマ線量。月の裏側は放射性元素が少ないが、コンプトン-ベルコヴィッチは例外的に豊富な地域の1つである。(Credit: NASA, GSFC, ASU, WUSTL & B. Jolliff)
NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”で撮影されたコンプトン-ベルコヴィッチ。見た目に白っぽいことは、白っぽい岩石である花崗岩が存在すると推定する上で1つの根拠になる。(Credit: NASA)
NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”で撮影されたコンプトン-ベルコヴィッチ。見た目に白っぽいことは、白っぽい岩石である花崗岩が存在すると推定する上で1つの根拠になる。(Credit: NASA)

約35億年前に存在した月の火山の跡

今回の研究では、中国国家航天局の月探査機“嫦娥1号”と“嫦娥2号”の観測データを用いて、コンプトン-ベルコヴィッチが本当に巨大な花崗岩の塊なのかを分析しています。

もし、本当にコンプトン-ベルコヴィッチが花崗岩の豊富な地域だとすると、トリウムなどの放射性物質が崩壊することで熱が発生します。
発生した熱は地下深部から宇宙空間にマイクロ波の形で逃げていくので、マイクロ波の強度から地下の熱源分布を推定できるはずです。

“嫦娥1号”と“嫦娥2号”には、月を周回する探査機として初めてマイクロ波測定器が搭載されていたので、このような研究が可能になりました。

熱放射の特徴をとらえることができる3~37GHzのマイクロ波の強度を分析した結果、コンプトン-ベルコヴィッチは月の裏側における高地の平均値と比べて、マイクロ波の強度が約20倍も高い値になる、1平方メートル当たり180mWの熱流束が計測されました。
コンプトン-ベルコヴィッチはマイクロ波の放射量が多いことかが今回明らかにされた。これは地下に熱源が存在することの強い証拠になる。(Credit: Siegler, et.al.)
コンプトン-ベルコヴィッチはマイクロ波の放射量が多いことかが今回明らかにされた。これは地下に熱源が存在することの強い証拠になる。(Credit: Siegler, et.al.)
この結果は、コンプトン-ベルコヴィッチの地下には確実に熱源が存在していて、それは放射性物質を豊富に含んだ巨大な花崗岩である可能性が高いことを示していました。

研究チームが考えているのは、コンプトン-ベルコヴィッチは約35億年前に存在した月の火山が固まったことによって形成されたということ。

ただ、今回の研究はコンプトン-ベルコヴィッチにまつわる数多くの謎の1つを解決したにすぎません。

水もプレートテクトニクスも存在しない月で、これほど巨大な花崗岩の塊が形成されるには、地球よりも極端なマグマ生成環境が必要になるはずです。

たとえば、他の地域とは異なりコンプトン-ベルコヴィッチには水が豊富に存在していたのでしょうか?
あるいは、温度が非常に高かったなどの特別な条件が整っていたのかもしれません。

この謎の解決に必要なのはさらに研究を進めること。
そのための研究は、コンプトン-ベルコヴィッチに留まらず、月全体がどのように形成・進化していったのかを理解することに繋がるはずです。


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ベンヌで採取されたサンプルをNASAが初公開! 小惑星からのサンプルリターンを成功させた探査機“オシリス・レックス”

2023年10月21日 | 太陽系・小惑星
“オシリス・レックス”が地球に持ち帰った小惑星ベンヌ(101955 Bennu)のサンプルが、ジョンソン宇宙センターからのライブ配信を通して初公開されました。

サンプルの公開に合わせてNASAからリリースされたのは、大きく写っている円筒型の物体。
それは、“オシリス・レックス”のロボットアーム先端に取り付けられていたサンプル採取装置“TAGSAM(Touch-And-Go Sample Acquisition Mechanism)”でした。

中央の開口部に見えている砕けた炭のような物質が、ベンヌの表面から採取された砂や小石サイズのサンプルです。
サンプル保管容器から取り出された小惑星探査機“オシリス・レックス”のサンプル採取装置“TAGSAM”。サンプルの大部分はまだ採取装置の中にある。(Credit: NASA/Erika Blumenfeld & Joseph Aebersold)
サンプル保管容器から取り出された小惑星探査機“オシリス・レックス”のサンプル採取装置“TAGSAM”。サンプルの大部分はまだ採取装置の中にある。(Credit: NASA/Erika Blumenfeld & Joseph Aebersold)

アメリカ版“はやぶさ”とも呼ばれるNASAの小惑星探査機

アメリカ版“はやぶさ”とも呼ばれるNASAの小惑星探査機“オシリス・レックス(OSIRIS-REx)”。
2016年9月に打ち上げられ、ベンヌに到着したのは2018年12月でした。

ベンヌの周回軌道上から観測を重ねた後、2020年10月に表面からのサンプル採取を実施。
目標の60グラムを大幅に上回るサンプルが集められたと判断されていました。
“オシリス・レックス”のカメラ“SamCam”で撮影されたサンプル採取前後5分間の画像から作成されたアニメーション。(Credit: NASA/Goddard/University of Arizona)
“オシリス・レックス”は、2021年5月にベンヌを出発。
回収カプセルの地球帰還に向けて飛行を続けていたんですねー

“オシリス・レックス”は、日本時間2023年9月24日19時42分頃、高度約6万3000マイル(約10万キロ)で本体から回収カプセルを分離。
回収カプセルは、約4時間後の日本時間同日23時42分にアメリカ・カリフォルニア州沖合の太平洋上空で大気圏に再突入し、東へ向かっていました。

そして、日本時間同日23時52分、小惑星ベンヌのサンプルを収めた“オシリス・レックス”の回収カプセルが、アメリカ・ユタ州の国防総省の試験訓練地域内の着陸エリアに着地。
これにより、小惑星からのサンプルリーンはアメリカ初!
世界では、日本の小惑星探査機“はやぶさ”と“はやぶさ2”に続き3例目になりました。

サンプルから得られた炭素と水が豊富に含まれている証拠

サンプルの採取当日、“オシリス・レックス”はロボットアームを伸ばしベンヌの表面へと降下していきます。

先端の採取装置が、小惑星性の表面に接触すると同時に窒素ガスを噴射。
これにより、表面から舞い上がった物質を採取装置の内部にとらえています。

採取装置は2020年10月30日にロボットアームから切り離され、回収カプセル内部のサンプル容器に収容。
2023年9月26日にジョンソン宇宙センターで開封作業が行われるまで、採取装置は3年近くサンプル容器に保管されていました。

サンプル容器の開封から2週間以内に行われた最初の分析の結果、ベンヌのサンプルからは炭素と水が豊富に含まれている証拠が得られています。
小惑星ベンヌからのサンプル採取後に撮影された小惑星探査機“オシリス・レックス”のサンプル採取装置“TAGSAM”の連続画像。採取された粒子の一部とみられる物質が漂っていた。(Credit: NASA)
小惑星ベンヌからのサンプル採取後に撮影された小惑星探査機“オシリス・レックス”のサンプル採取装置“TAGSAM”の連続画像。採取された粒子の一部とみられる物質が漂っていた。(Credit: NASA)
オシリス・レックスのミッションでは、少なくとも60グラムのサンプルをベンヌで採取し、地球に持ち帰ることが計画されていました。

でも、サンプル採取前後のロボットアームの動きを比較してみると、実際に採取したサンプルは約250グラムと予測されています。
ただ、正確に何グラムのサンプルが手に入ったのかは、2023年10月11日の時点でも判明していません。

なお、取り出されたベンヌのサンプルは、世界各国の研究者に配分されて分析が進められることになっています。

日本は、JAXAの小惑星探査機“はやぶさ2”が採取・回収した小惑星リュウグウ(162173 Ryugu)のサンプルの一部と、ベンヌのサンプルの一部をそれぞれ提供し合う交換協定を結んでいます。
これにより、ベンヌのサンプルは、日本の研究チームにも配分されることになります。

また、サンプルのうち70%は、将来の研究者へ託すために保存されることになります。
ジョンソン宇宙センターの専用クリーンルームに設置されたグローブボックスでサンプル容器から採取装置が取り外された時の様子。(2023年10月4日撮影)(Credit: NASA)
ジョンソン宇宙センターの専用クリーンルームに設置されたグローブボックスでサンプル容器から採取装置が取り外された時の様子。(2023年10月4日撮影)(Credit: NASA)

新たな目標天体へ向かうミッション“オシリス・アペックス”

小惑星ベンヌで採取したサンプルを無事地球へ届けた“オシリス・レックス”探査機本体は、回収カプセルの放出から20分後の日本時間2023年9月24日20時2分にスラスターを噴射し、大気圏に再突入する軌道から離脱。
新たなミッション“オシリス・アペックス(OSIRIS-APEX)”として小惑星アポフィスの調査に出発しました。

アポフィス(99942 Apophis)は直径約300メートルの小惑星。
2029年4月に地球へ2万マイル以内(地球から月までの距離の10分の1)まで接近する予定です。

“オシリス・アペックス”は、今後太陽系内で複雑な航路をたどり、アポフィスが地球に接近する2029年に同天体へ近接接近し、自転速度や表面の状態などを調査することになります。

ただ、“オシリス・アペックス”では“オシリス・レックス”とは異なりサンプルの採取はありません。
探査期間は18か月を予定しています。


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