宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

地質活動が不活発な火星で大規模な地震が発生している? 火星最大の地震“S1222a”は隕石の衝突で発生したものではないことを確認

2023年11月20日 | 火星の探査
火星は地質学的に不活発な惑星ですが、ときどき地震が観測されています。
その起源については、少なくとも8回は隕石の衝突による衝撃であることが判明しています。

今回の研究では、マグニチュード4.7を記録した観測史上最大の地震“S1222a”について、火星を周回している全ての探査機の撮影データを調査し、隕石衝突の痕跡があるかどうかを確認。

でも、それらの画像からは隕石衝突の痕跡が見つからなかったんですねー

このことから、“S1222a”は火星の地殻で発生した地震活動の可能性が高いことが判明。
地質学的に不活発な火星において、これほど大規模な地震が発生したことは興味深い発見になります。
この研究は、オックスフォード大学ののBenjamin Fernandoさんたちの研究チームが進めています。

火星で観測された史上最大の地震“S1222a”

よく火星は“死んだ星”と表現されることがあります。

これには、表面が不毛な環境で生命の存在が期待できないという意味もありますが、火星の地質活動が不活発なことを指した言葉でもあります。

直径が地球の半分ほどしかなく表面から水が失われた火星は、内部の熱が地球よりも速く冷めてしまい、地殻を動かすプレートテクトニクスが早期に停止していると考えられています。

このため、地震活動が活発な地球とは異なり、火星の地震は極めて頻度が低いと考えられています。

NASAにとって火星への着陸に成功した8機目の探査機“インサイト”は、火星の地震を高感度でとらえ、内部構造を推定するためのデータを取得することが目標の一つ。
火星の地震を正確に計測した初の火星探査機といえ、2018年から2022年までの4年間で1300回以上の振動を観測してきました。

その多くは隕石の衝突によるものであるとみられ、特に8回は隕石の衝突によることが確認されています。

最も規模が大きいものとしてはマグニチュード4.1±0.2の“S1000a”とマグニチュード4.0±0.2の“S1094b”が知られていて、地震の解析に役立つ表面波が観測されています。

“S1000a”と“S1094b”が隕石の衝突によるものであるという証拠としては、火星を周回している探査機が震源地(震央)に直径約150メートルの新たなクレータを撮影していたことが挙げられます。
図1.上から“S1222a”、“S1094b”、“S1000a”のそれぞれの地震記録、P波到達を0秒とし、点線がS波到達時間を示している。“S1222a”は、“S1094b”や“S1000a”より大規模な地震のため、加速度のスケールが10倍違うグラフになっている。(Credit: Fernando, et al.)
図1.上から“S1222a”、“S1094b”、“S1000a”のそれぞれの地震記録、P波到達を0秒とし、点線がS波到達時間を示している。“S1222a”は、“S1094b”や“S1000a”より大規模な地震のため、加速度のスケールが10倍違うグラフになっている。(Credit: Fernando, et al.)
2022年5月4日のこと、“S1000a”や“S1094b”よりもさらに大規模な地震“S1222a”が観測されました。
この地震の規模はマグニチュード4.7±0.2で、火星では観測史上最大の地震でした。

“S1222a”は、他の規模の大きな地震と性質が似ているものの、いくつかの異なる点があることも分かっています。

初期の分析結果が示唆していたのは、“S1222a”が1点に衝撃が加わる隕石衝突のような現象が原因ではないこと。
でも、隕石の衝突をはっきりと否定できるほどのものではありませんでした。

“S1222a”が火星の地殻で発生した地震活動の可能性

今回の研究では、“S1222a”が隕石の衝突であった場合に予測される火星表面の変化を見つけるため、火星を周回する探査機のデータを調査しています。

もし、“S1222a”が隕石によって発生した場合、予測されるのは直径300メートルほどのクレーターができること。
また、衝突の数時間後には舞い上がったチリによる雲が見られるなど、他の変化も撮影できるはずです。

このような規模の衝突は、100年に1回程度の頻度で起こると推定されます。

火星を周回する探査機のカメラは高解像度なものであるほど視野が狭いので、震源地を撮影していても衝突現場を見逃している可能性があります。

このため、研究で調べているのは、“S1222a”が発生したときに稼働していた探査機全ての画像データでした。
探査機全ての画像データを利用した研究は、今回が初めてのことでした。
 HOPE(アル・アマル)(ムハンマド・ビン・ラシード宇宙センター)
 エクソマーズ・トレース・ガス・オービター(ヨーロッパ宇宙機関)
 マンガルヤーン(インド宇宙研究機関)
 マーズ・エクスプレス(ヨーロッパ宇宙機関)
 2001マーズ・オデッセイ(NASA)
 マーズ・リコナサンス・オービター(NASA)
 MAVEN(NASA)
 天問1号(中国国家航天局)
図2.火星を周回する各探査機が観測した火星表面の範囲を示す地図。白い星印が推定震央で、黄色い四角が重点的にクレーターやその他表面の変化を探索した場所を示している。(Credit: Fernando, et al.)
図2.火星を周回する各探査機が観測した火星表面の範囲を示す地図。白い星印が推定震央で、黄色い四角が重点的にクレーターやその他表面の変化を探索した場所を示している。(Credit: Fernando, et al.)
徹底的な調査の結果、“S1222a”が発生したとみられる場所に、新たなクレーターや衝突による大気活動は見つからず…
このことは、“S1222a”が隕石の衝突によるものではなく、火星の地殻内部で発生した現象である可能性が高いことを裏付けていました。

“S1222a”の解析は初期段階にあり、まだまだ多くのことが分かっていません。

でも、地質活動が不活発であると考えられている火星で、これほど大規模な地震が発生するというのはとても興味深い発見でした。

今のところ、“S1222a”の震源は深さ18~28キロの傾斜したすべり面を持つ断層であると考えられていて、地殻内に蓄積した力(応力)が解放されて生じたもののようです。

ただ、そのために必要なのは、火星の地殻が場所によって収縮度合いが違うこと。
“S1222a”のような地震は、火星の地殻や内部構造が場所によって異なることを反映した結果であると考えられます。

“インサイト”の運用は終了してしまいましたが、未解析のデータは大量に残されています。
これらのデータや火星を周回する探査機のデータを用いたさらなる研究により、火星やそのほかの惑星の内部構造がより明らかになるといいですね。


こちらの記事もどうぞ


落ち込むガス流のほとんどがブラックホールの成長に寄与していない!? でも噴出したガスの大半は脱出できず舞い戻っているようです

2023年11月19日 | ブラックホール
今回の研究では、アルマ望遠鏡を用いて、近傍宇宙に位置するコンパス座銀河を約1光年という非常に高い解像度で観測。
その結果、超巨大ブラックホール周辺わずか数光年の空間スケールでのガス流とその構造を、プラズマ・原子・分子のすべての相において定量的に測定することに世界で初めて成功しています。

さらに、超巨大ブラックホールへ向かう降着流を明確にとらえ、降着流が“重力不安定”と呼ばれる物理機構により生じていることをも明らかにしています。

一方で、降着流の大半はブラックホールの成長には使われず、原子ガスか分子ガスとして一度ブラックホール付近から噴き出た後に、ガス円盤に舞い戻って再びブラックホールへの降着流となる、あたかも噴水のようなガスの循環が起きていることも分かりました。

これらは、超巨大ブラックホールの成長メカニズムの包括的な理解に向けた重要な成果になります。
この研究は、国立天文台の泉拓磨助教を中心とする国際研究チームが進めています。
図1.アルマ望遠鏡で観測したコンパス座銀河の中心部。中密度分子ガスを反映する一酸化炭素(CO)の分布を赤色、原始ガスを反映する炭素原子(C)の分布を青色、高密度分子ガスを反映するシアン化水素(HCN)の分布を緑色、プラズマガスを反映する水素再結合線(H36α)の分布をピンク色で示している。図の中央には活動銀河核が存在している。この銀河は外側から内側に行くにつれて傾いた構造を持つことが知られていて、中心部では高密度分子ガス円盤を横から見る形に近付く。この高密度分子ガス円盤(図の中心部の緑色領域:右上のズームも参照)の大きさは直径約6光年程度で、アルマ望遠鏡の高い解像度で初めて明確にとらえることができた。プラズマ噴出流は、この高密度分子ガス円盤とほぼ直交する方角に出ている。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Izumi et al.)
図1.アルマ望遠鏡で観測したコンパス座銀河の中心部。中密度分子ガスを反映する一酸化炭素(CO)の分布を赤色、原始ガスを反映する炭素原子(C)の分布を青色、高密度分子ガスを反映するシアン化水素(HCN)の分布を緑色、プラズマガスを反映する水素再結合線(H36α)の分布をピンク色で示している。図の中央には活動銀河核が存在している。この銀河は外側から内側に行くにつれて傾いた構造を持つことが知られていて、中心部では高密度分子ガス円盤を横から見る形に近付く。この高密度分子ガス円盤(図の中心部の緑色領域:右上のズームも参照)の大きさは直径約6光年程度で、アルマ望遠鏡の高い解像度で初めて明確にとらえることができた。プラズマ噴出流は、この高密度分子ガス円盤とほぼ直交する方角に出ている。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Izumi et al.)

ブラックホールへ落ち込むガス流

多くの大質量銀河の中心には、その質量が太陽の100万倍以上に達する“超巨大ブラックホール”が存在しています。

この超巨大ブラックホールは、どのようにして作られるのでしょうか?

これまでの研究から提案されている重要な成長機構に、ブラックホールへの“ガス降着”があります。
これは、銀河に存在するガスが、銀河中心のブラックホールへ落ち込むことを指しています。

ブラックホールへ落下する物質は角運動を持つため、降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤をブラックホールの周囲に作ります。
降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ。
この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測されることになります。

これは活動銀河核と呼ばれる天体現象で、その光は時に銀河の星の光の総量を凌駕するにまで至ります。

興味深いことは、ブラックホールめがけて落ち込んでいったガス(降着流)の一部が、この活動銀河核の膨大なエネルギーをあびて吹き飛んでしまう(噴出流)と考えられていることです。

これまでの理論・観測の双方の研究から、10万光年におよぶ銀河スケールから中心の数百光年程度までのガス降着機構については、詳しく理解されています。

でも、そのさらに内側、特に銀河中心数十光年以内でのガス降着に関しては、領域のあまりの小ささから詳細は謎に包まれていました。

たとえば、ブラックホールの成長を定量的に理解するには、降着流の流量(どれくらいの量のガスが流入しているのか)を測定することや、噴出流としてどういうタイプのガス(プラズマガス・原子ガス・分子ガス)が、どれだけの量で流出しているかを測定することが必要です。
でも、その観測的理解は進んでいませんでした。

降着流のほとんどはブラックホールの成長に寄与していない

今回の研究では、アルマ望遠鏡(※1)を用いて、超巨大ブラックホール周辺わずか数光年という非常に小さな空間スケールでのガス流とその機構を、プラズマ・原子・分子のすべての相において定量的に測定することに世界で初めて成功しています。
※1.日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測することができる。
多相ガスを観測することで、ブラックホール周りの物質の分布や運動に関する、より包括で正確な理解を得ることができる訳です。

観測したのはコンパス座銀河という、近傍宇宙の代表的な活動銀河核天体です。

達成した解像度は約1光年。
これは、活動銀河核に対する多相ガス観測として、これまでで最高の解像度でした。

研究では、銀河中心から数光年にわたって存在する高密度分子ガス円盤(図1の緑)において、超巨大ブラックホールへ向かう降着流を初めてとらえることに成功しています。

銀河中心部は、領域の小ささに加えてガスの運動が複雑で、これまで降着流を特定することが困難な場所でした。

それでもアルマ望遠鏡の高解像度観測により、明るく輝く活動銀河核の光を手前の分子ガスが吸収して影になっている現場を特定。
詳しい解析からは、この吸収体が地球から遠ざかる方向に動いていることが分かりました。

吸収体は、必ず活動銀河核と地球との間に存在していたので、これは活動銀河核めがけて落ちていく降着流をとらえたことを意味していました。

さらに、この銀河中心部でのガス降着を引き起こす物理機構も解明。
観測されたガス円盤自身の重力は、ガス円盤の運動から計算された圧力では支えきれないほど大きいものでした。

この状態に陥ると、ガス円盤は自重で潰れて複雑な構造となり、銀河中心部で安定して運動することができなくなります。
そうすると、ガスは一気に中心ブラックホールめがけて落ちていくことになります。

この“重力不安定”と呼ばれる物理現象が起きていることが、アルマ望遠鏡により明らかになりました。

また、この研究で活動銀河核周りのガス流の定量的な理解も大きく進むことになります。

観測されたガスの密度と降着流の速度から分かったのは、ブラックホールへ供給されるガスの流量でした。

その量は、この活動銀河核の活動性を支えるのに必要な量よりも、なんと30倍も大きな値。
これは、銀河中心1光年スケールでのブラックホール降着流のほとんどは、ブラックホールの成長に寄与していなかったことを意味していました。

では、余ったガスはどこに行ったのでしょうか?

研究チームでは、この謎も解明しています。

アルマ望遠鏡の高感度観測により、中密度分子ガス・原子ガス・プラズマガスのすべてのガス相(それぞれ図1の赤色、青色、ピンク色の分布に相当)において、活動銀河核からの噴出が検出されました。

定量的な解析の結果、ブラックホールへ流入したガスの大半は分子か原子として噴出するものの、速度が遅いのでブラックホールの重力圏から脱出できずにガス円盤に舞い戻り、再度ブラックホールへの降着流となり、あたかも噴水のようなガスの循環が起きていることも分かりました。(図2)

現在成長中の超巨大ブラックホール周辺のわずか数光年スケールの領域で、ブラックホール降着流や噴出流を多相ガスで検出し、さらにブラックホールへの降着機構も解明することができたことは、超巨大ブラックホール研究の歴史における一つの記念碑的な成果と言えます。

さらに、宇宙史における超巨大ブラックホールの成長を包括的に理解するには、より遠くにある様々な性質を持った超巨大ブラックホールを、多角的に調べる必要があります。

それには、高解像度・高感度の観測が必須です。
アルマ望遠鏡を駆使した観測や、次世代の大型電波干渉計計画にも期待したいですね。
図2.今回の観測結果に基づく活動銀河核の星間物質分布のイメージ図。銀河から高密度分子ガスが円盤面を伝ってブラックホール方向へ流入する。ブラックホール周りに集積した物質が高温化することで生じたエネルギーで、分子ガスが破壊されて原子やプラズマへと変化。これらの多相星間物質の多くは銀河中心部から外部へと向かう噴出流(円盤直情方向へはプラズマ噴出流が、斜め方向へは主に原子や分子の噴出流が発生する)となるものの、大半は噴水のように再び円盤に舞い戻ることが分かった。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Izumi et al.)
図2.今回の観測結果に基づく活動銀河核の星間物質分布のイメージ図。銀河から高密度分子ガスが円盤面を伝ってブラックホール方向へ流入する。ブラックホール周りに集積した物質が高温化することで生じたエネルギーで、分子ガスが破壊されて原子やプラズマへと変化。これらの多相星間物質の多くは銀河中心部から外部へと向かう噴出流(円盤直情方向へはプラズマ噴出流が、斜め方向へは主に原子や分子の噴出流が発生する)となるものの、大半は噴水のように再び円盤に舞い戻ることが分かった。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Izumi et al.)


本研究成果は、Izumi et al. “Supermassive black hole feeding and feedback observed on sub-parsec scales”として、アメリカ学術雑誌“Science”に2023年11月3日付で掲載されました(DOI: 10.1126/science.adf0569)。


こちらの記事もどうぞ


宇宙論パラメーターの謎を解決!? ダークマターだけでなくバリオンやニュートリノも考慮した大規模な構造形成シミュレーションを実施

2023年11月18日 | 宇宙 space
宇宙初期の急加速膨張“インフレーション”の際に生じた密度ゆらぎがもとになり、ダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長していきます。
そのダークマターの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、星や銀河が作られ、網の目状に広がる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられています。

宇宙の大規模構造では、銀河がほとんど存在しない領域“ボイド”や、逆に銀河が多く集まる“フィラメント構造”など、銀河が偏って存在しています。

宇宙は正体不明の“ダークマター(26.8%)”と“ダークエネルギー(68.3%)”で満たされていて、身近な物質である“バリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)”は、宇宙の中にわずか4.9%しか存在しないことが分かってきています。
その“バリオン”も、星や銀河、星間ガスなどとして観測されている量はおよそ半分で、残り半分はまだ見つかっていません。

これが“ミッシング(行方不明の)バリオン問題”です。
ミッシングバリオンは宇宙の構造形成シミュレーションから、網の目のような宇宙の大規模構造に沿って分布しているのではないかと予想されています。

現在の宇宙論では、宇宙の大規模構造が生まれた歴史は“Λ-CDMモデル”というモデルで説明されていて、宇宙の性質は現在の膨張率(ハッブル定数)やバリオン・ダークマター・ダークエネルギーの比率など、6個ほどのパラメーター(宇宙論パラメーター)で表されています。

ただ、この宇宙論パラメーターは観測では精密に求められていますが、その観測値には未解決の問題があるんですねー

それは、ハッブル定数など一部の宇宙論パラメーターで、宇宙マイクロ波背景放射の観測から導いた値と、銀河の距離測定から導いた値、あるいは銀河団が遠くの銀河の形を歪ませる“弱い重力レンズ効果”の観測から導いた値とが、なぜか一致しないという謎でした。

この謎については、宇宙論パラメーターをめぐる“テンション(tension; 緊張、対立)”と呼ばれ、素粒子物理学の“標準模型”を超える物理が関わっているとか、これまでの観測に未知の系統誤差が含まれているといった原因が考えられています。

この謎を解くのに重要なのは、ビッグバン以降の宇宙の構造形成をコンピュータシミュレーションし、その結果と観測とを比べること。

でも、これまでの多くの構造形成シミュレーションは、主にダークマター同士の重力だけを計算し、大規模構造などの大きなスケールで働く重力だけを扱うものでした。
理由は簡単、宇宙に存在する重力源の8割以上がダークマターによるものだからです。

バリオンやニュートリノも考慮した大規模な構造形成シミュレーション

オランダ・ライデン大学のJoop Schayeさんたちの研究チームが進めているのは、ダークマターだけでなくバリオンやニュートリノも考慮した大規模な構造形成シミュレーションプロジェクト“FLAMINGO”。
今回、その最初の結果が発表されました。
宇宙の構造形成シミュレーション“FLAMINGO”で再現された現在の宇宙の大規模構造。背景の画像は明るい部分ほどダークマターの密度が高く、黄色の部分ほどニュートリノの密度が高いことを示す。内部のパネルはそれぞれ、左上にできた最も質量の大きなダークマターハローを拡大した図で、(右上)バリオンガスの温度、(右下)ダークマターの密度、(左下)X線で観測した場合の明るさを表す。(提供:Josh Borrow, the FLAMINGO team and the Virgo Consortium)
宇宙の構造形成シミュレーション“FLAMINGO”で再現された現在の宇宙の大規模構造。背景の画像は明るい部分ほどダークマターの密度が高く、黄色の部分ほどニュートリノの密度が高いことを示す。内部のパネルはそれぞれ、左上にできた最も質量の大きなダークマターハローを拡大した図で、(右上)バリオンガスの温度、(右下)ダークマターの密度、(左下)X線で観測した場合の明るさを表す。(提供:Josh Borrow, the FLAMINGO team and the Virgo Consortium)
重力を支配しているのはダークマターですが、普通の物質の寄与も決して無視することはできません。
それは、普通の物質がモデルと観測結果のズレに似た効果を生むかもしれないからです。

でも、構造形成の計算にバリオンを加えるのは非常に難しいことでした。

バリオンには重力だけでなく圧力も働き、活動銀河核や超新星爆発によって銀河の物質が“銀河風”となって銀河空間に放出され、これが銀河の星形成を促進したり抑えたりしています。

でも、こうした現象のスケールは、重力の計算に使われる粒子や格子1個のサイズよりずっと小さく、具体的にどんな効果を及ぼすかもよく分かっていません。

さらに、宇宙に存在するニュートリノもわずかながら質量を持っているので、精密な計算を行うにはニュートリノも考慮する必要があります。
でも、ニュートリノ自体の質量や構造形成に与える影響も分かっていないんですねー

そこで、研究チームは、銀河風の強さやニュートリノの質量などのパラメーターを様々に変え、銀河に含まれる星の質量やガスの割合などの観測結果を最もよく再現できるパラメーターのセットを探すことになります。
この作業には機械学習の手法が使われています。

そして、この作業で得られたパラメーターを使って、ダークマターの重力計算とバリオン・ニュートリノの流体計算を組み合わせ、宇宙の進化を再現。
最大のシミュレーションでは、ダークマターとバリオンをそれぞれ約1280億粒子、ニュートリノを約219億粒子で再現し、1辺が約91億光年の立方体の空間で計算を行われました。

これは、バリオンを入れた大規模な宇宙論的流体シミュレーションとしては過去最大のもの。

今回発表された最初の結果によると、バリオンとニュートリノを考慮することが重要なことは分かりました。
ただ、銀河風などのバリオンが関わる効果は、宇宙論パラメーターのテンションを解消できるほど大きくはないことも判明したそうです。
研究の動画。(提供:Yannick Bahé, het FLAMINGO-team en het Virgo Consortium)


こちらの記事もどうぞ


アメリカ宇宙軍の謎に包まれたスペースプレーン“X-37B”が2023年12月に打ち上げへ! 今回もミッションの詳細は明らかにされず

2023年11月17日 | スペースプレーン
2024年1月8日更新
アメリカ宇宙軍は2023年11月8日、同軍とアメリカ空軍迅速能力開発室(Rapid Capabilites Office; RCO)が運用する無人軌道試験機“X-37B”による7回目のミッション“OTV-7”を実施すると発表しました。
図1.“OTV-6”ミッションを終えてケネディ宇宙センター打ち上げ着陸施設(LLF)に着陸した米宇宙軍の無人軌道試験機“X-37B”。(Credit: Boeing / U.S. Space Force)
図1.“OTV-6”ミッションを終えてケネディ宇宙センター打ち上げ着陸施設(LLF)に着陸した米宇宙軍の無人軌道試験機“X-37B”。(Credit: Boeing / U.S. Space Force)
アメリカ宇宙軍の発表によると、X-37BはスペースX社のファルコン・ヘビーロケットに搭載され、フロリダ州のケネディ宇宙センターから2023年12月7日に打ち上げられる予定です。
2023年12月29日(日本時間)、無人軌道試験機X-37Bを搭載したファルコン・ヘビーロケットの打ち上げが成功しました。
X-37Bの打ち上げは、当初12月7日に予定されていましたが、地上側の問題から延期されていました。

X-37Bを搭載したファルコン・ヘビーロケットは、日本時間2023年12月29日10時7分にアメリカ・フロリダ州のケネディ―宇宙センター39A射点を離床。
発射約3分後にファルコン・ヘビーのブースター2機が分離し、その後コア機体の1段目も分離に成功しています。

ブースターは発射約8分後にケープカナベラル宇宙軍基地に着陸。
一方、1段目は大西洋に着水し機体の再利用は行われませんでした。
出典: SpaceX公式Xアカウント
(出典: SpaceX公式Xアカウント)
これまで“X-37B”の打ち上げに使われたのは、アトラスVロケットとファルコン9ロケット。
今回、初めてファルコン・ヘビーロケットが打ち上げに使われることに… 重量が増えているのかもしれませんね。

発表されたのは、“X-37B”が新しい軌道体制“orbital regime”で運用され、宇宙領域把握(Space Domain Awareness; SDA))技術の試験を行うこと。
また、植物の種子が宇宙放射線に晒された際の影響を調べるNASAの実験“Seeds-2”も行われる模様です。
図2.“X-37B”が格納されたファルコン・ヘビーのフェアリング。初めて米国宇宙軍のロゴマークが貼られた。(Credit: Boeing/USSF)
図2.“X-37B”が格納されたファルコン・ヘビーのフェアリング。初めて米国宇宙軍のロゴマークが貼られた。(Credit: Boeing/USSF)
“X-37B”は、ボーイング社が開発した無人の宇宙往還機で完全な自律飛行が可能。
軌道離脱および着陸を自動で行うように設計されています。
また、スペースシャトルのように、整備した上で再使用ができるように造られています。

“X-37B”によるミッションはこれまで6回実施されていますが、“X-37B”は軍事衛星にあたるため飛行経路や投入された軌道など、詳細は明らかにされていません。

6回目の“OTV-6”ミッションでは、“X-37B”はユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)のアトラスVロケットで2020年5月17日に打ち上げられ、2022年11月12日に地球へ帰還。
“OTV-6”のミッション期間は過去最長の908日を記録しています。

“OTV-6”ミッションでは、空軍士官学校で開発された小型衛星“FalconSat-8”の放出や、米国海軍調査研究所による宇宙太陽発電(軌道上の発電衛星からマイクロ波に変換した電気を地上へ送電する発電方法)に関する実験などが行われました。

また、このミッションでは初めて“サービスモジュール”が用いられています。
“サービスモジュール”は“X-37B”の機体後方に取り付けるリング状の構造物で、機体内部の格納スペースに加えて機体外部にも実験装置などを搭載できるようになりました。

ミッションに関しては、全ての内容が明らかにされていないので、軌道上で何を行っていたのかは不明。
おそらくペイロードに何らかの装置や機器を搭載し、宇宙空間で試験や実験を行っているんでしょうね。

軌道上の衛星を観測することを趣味にしている愛好家たちによれば、飛行中に何度か軌道変更をしていることが確認されたようですよ。


こちらの記事もどうぞ


NASAの木星探査機“ジュノー”の観測データから衛星ガニメデの表面に塩と有機物を検出! 内部の海から表面に到達した海水の名残りかも

2023年11月16日 | 木星の探査
イタリア国立天体物理学研究所(INAF)のFederico Tosiさんを筆頭とする研究チームは、NASAの木星探査機“ジュノー”による2021年の観測データを分析した結果、木星の衛星ガニメデの表面に塩と有機物を検出したたとする研究成果を発表しました。

今回の研究成果をまとめた論文はNature Astronomyに掲載されています。
図1.木星の衛星ガニメデ。NASAの木星探査機“ジュノー(Juno)”の可視光カメラ“JunoCam”で2021年6月に撮影。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS/Kalleheikki Kannisto)
図1.木星の衛星ガニメデ。NASAの木星探査機“ジュノー(Juno)”の可視光カメラ“JunoCam”で2021年6月に撮影。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS/Kalleheikki Kannisto)

太陽系で磁場が発生していることが判明した唯一の衛星

木星を周回する4つの大型衛星の一つがガニメデです。
ガニメデは直径が5268キロもある太陽系最大の衛星で、太陽系最小の惑星となる水星(直径4880キロ)よりも大きな衛星なんですねー

これほどの大きさがあるガニメデは中心部が金属に富んでいて、そこから磁場が発生していることが観測で判明している唯一の衛星でもあります。
その内部は氷、岩石、鉄が分化した層状の構造を成していると考えられています。

2021年6月、“ジュノー”は34回目の木星フライバイ(接近通過)“Perijove 34(PJ 34)”の一環として、ガニメデ表面から1046キロまで接近して観測を実施。
ガニメデにここまで接近したのは、2000年5月の木星探査機“ガリレオ”以来21年振りのことでした。

この接近時、“ジュノー”に搭載されているオーロラ分布図作成のための赤外線観測装置“JIRAM”を使用して、ガニメデ表面のデータが収集されています。

“JIRAM”は、イタリア宇宙機関(ASI)が開発した木星の深部から放射される赤外線をとらえて、表面(雲頂)から深さ50~70キロを探査するために開発された観測装置です。
木星の衛星についての知見を得るための観測にも使用されていました。
34回目の木星フライバイ“Perijove 34(PJ 34)”実施時に、“JunoCam”で撮影された画像をもとに作成されたガニメデと木星の動画。
(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)

ナトリウムは液体の水と岩石の相互作用を示している

2021年6月のガニメデ接近時に行われた“JIRAM”を用いた観測では、ガニメデの木星に面した半球の一部(北緯10度~30度・東経-35度~+40度の範囲)における細長い線状のエリアについて、1キロ以下というこれまでになく高い空間分解能で赤外線画像と赤外線スペクトル(光の波長ごとの強度分布)が取得されました。

研究チームでは“JIRAM”による赤外線スペクトルデータを分析。
このスペクトルに表れた特徴は、水の氷以外に塩化ナトリウム水和物、塩化アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、それに脂肪族アルデヒドを含む可能性がある有機化合物などの存在を示すものでした。

これらの特徴については、アンモニアを凝縮するのに十分なほど低温の物質がガニメデの形成時に蓄積されたことや、炭酸塩の存在からはもともと二酸化炭素を豊富に含んだ氷を蓄積していたことが、理由として考えられます。

また、特定の場所に存在するナトリウムは、地球や土星の衛星エンケラドス、木星の衛星エウロパ、小惑星帯の準惑星ケレスといったほかの天体と同様に、液体の水と岩石の相互作用を示していました。
生命の起源に関わる重要な有機化合物の素になった“プレバイオティック分子”として重要な役割を果たすアルデヒドは、古代の熱水環境に存在していた可能性があるようです。
図2.“JIRAM”の観測で得られたデータの一つをガニメデの地図に重ねて示した図。画像右下の断層付近で塩化アンモニウムに由来するとみられるスペクトルの兆候が強くなっていることが示されている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/ASI/INAF/JIRAM/Brown University)
図2.“JIRAM”の観測で得られたデータの一つをガニメデの地図に重ねて示した図。画像右下の断層付近で塩化アンモニウムに由来するとみられるスペクトルの兆候が強くなっていることが示されている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/ASI/INAF/JIRAM/Brown University)

塩や有機物は内部海から表面に到達した海水の名残り

“JIRAM”は、ガニメデの外観を特徴づけている明るい領域と暗い領域の様々な地形におけるデータを取得することにも成功しています。

このデータからは、暗い領域をはじめ明るい領域の断層付近でもより豊富な塩や有機物が検出されていて、断層ごとの組成に違いはあるものの、地下からの塩水の噴出といった内部に起因するプロセスが物質の組成を決定づけた可能性が示唆されました。

実は、ガニメデの表面に塩や有機物が存在する可能性は、ハッブル宇宙望遠鏡などによる観測でも示唆されていました。
ただ、局所的な分布を決定付けられるほど解像度の高いデータは、これまで得られていませんでした。

また、内部と外部それぞれに起因するプロセスが組み合わさるので表面組成の研究は複雑になり、検出されたガニメデ表面の組成は必ずしも内部の組成を示しているわけではありません。

検出された塩や有機物と探査エリアの関係性については、過去のある時代までに液体の水と岩石マントルとの間で起きた相互作用の結果で、今回の研究によってガニメデで起こっている複雑な化学反応が実証できました。
図3.木星探査機“Juno(ジュノー)”のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
図3.木星探査機“Juno(ジュノー)”のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
木星は強い磁場を持っていて、宇宙空間に存在する荷電粒子(電気を帯びた粒子)をとらえて加速させています。

これらの粒子は時々木星の衛星たちに衝突し、表面にある物質を分解する“放射線分解”というプロセスが発生しているんですねー
この現象は、地質活動があまり活発でない天体表面で発生する主要な化学反応の1つになっています。

ただ、ガニメデは独自の磁場を持っているので、衛星へと降り注ぐ荷電粒子から表面の一部(赤道から緯度40度までの範囲)を保護する役割を果たしていると考えられています。

なので、磁場に保護されている領域で検出された塩や有機物については、表面で化学反応をしていないはずです。
内部海から表面に到達した海水の名残りを見ているのかもしれません。

木星の氷衛星を複数探査するミッション

木星の氷衛星は、表面を覆う氷の下に巨大な地下海が存在すると考えられています。
この氷衛星を探査するミッションが木星氷衛星探査計画“JUICE(JUpiter Icy Moons Explorer)”です。

そう、ガニメデは“JUICE”の探査目標になっている天体なんですねー

日本が観測装置の一部を担当しているガニメデ高度計“JUICE-GALA”は、探査機“JUICE”とガニメデとの間の距離を測定することで、ガニメデの形状変化をとらえて、地下海の構造を明らかにする予定です。

海の有無を調べるだけでなく、熱源や栄養源など、生命に欠かせない要素を探し、地球外生命が存在する可能性を追求することになります。

さらに、木星のオーロラや磁気圏、そして太陽系の衛星で唯一固有の磁場を持つガニメデの周辺環境も調べる計画になっています。
日本は、10個ある観測機器のうち6つの開発やサイエンスに参加しています。

木星を目指し8年の長い旅をスタートさせた“JUICE”。
ミッションの前半では木星を周回しながらエウロパやカリスト、ガニメデの3つの氷衛星を探査し、後半のミッションではガニメデの周回軌道に入って探査を行うことになっています。

ミッション完了までの10年、この長い期間“JUICE”に何が起こるのでしょうか?

きっと、誰も行ったことのない世界を訪れた“JUICE”は、誰も見たことのないデータを得て、多くの科学成果を届けてくれるはずです。


こちらの記事もどうぞ