A Season for Everything(何ごとにも時がある)-という有名なフレーズ。これは、旧約聖書の中にある、伝道者の書(新共同訳では「コヘレトの言葉」)に由来する。
そして、その内容はこういうものや
天の下では、
何事(なにごと)も定(さだ)まった時期があり、
すべての営(いとな)みには時(とき)がある。
生まれるのに時(とき)があり、死ぬのに時(とき)がある。
植えるのに時(とき)があり、
植えた物を引き抜くのに時(とき)がある。
殺すのに時(とき)があり、いやすのに時(とき)がある。
くずすのに時(とき)があり、建てるのに時(とき)がある。
泣くのに時(とき)があり、ほほえむのに時(とき)がある。
嘆(なげ)くのに時(とき)があり、踊る 1)のに時(とき)がある。
石 2)を投げ捨てるのに時(とき)があり、
石を集めるのに時(とき)がある。
抱擁(ほうよう) 3)するのに時(とき)があり、
抱擁(ほうよう)をやめるのに時(とき)がある。
捜(さが)すのに時(とき)があり、失うのに時(とき)がある。
保(たも)つのに時(とき)があり、投げ捨てるのに時(とき)がある。
引き裂くのに時(とき)があり、
縫(ぬ)い合わせるのに時(とき)がある。
黙(だま)っているのに時(とき)があり、話をするのに時(とき)がある。
愛するのに時(とき)があり、憎むのに時(とき)がある。
戦うのに時(とき)があり、和睦(わぼく)するのに時(とき)がある。
(旧約聖書・伝道者の書 3章1節~8節)
すべてのことに時がある・・・-ならば、今、目の前にあることは?
分かっていることといったら、
すべては、神の御手(みて)の中にあり、
残念ながら、人には予見できない、ということ。
そもそも、私たちの「前にあるすべてのものが愛であるか、憎しみであるか、人にはわからない。」(同上9章1節)
Yes, “A season for Everything”.
だが、僕には今がどんな時か分からない。
それでも、
日々なさねばならないことを行いつつ、
祈りつつ、
歩んでいこう。
【注】
1)踊る:嬉しいとき、タンバリンなどを鳴らしつつ踊ることがある。
えっ、僕じゃないですよ。
昔の、旧約聖書の時代の話です。
2)石 :ここでの「石を集める/投げ捨てる」がどういう場合を指すのか、はっきりとはわからないが、
「石を投げる」であれば、「石打ちの死刑」を指す。または、非難する行為を指す。
3)抱擁:抱きしめること。Hug
そして、その内容はこういうものや
天の下では、
何事(なにごと)も定(さだ)まった時期があり、
すべての営(いとな)みには時(とき)がある。
生まれるのに時(とき)があり、死ぬのに時(とき)がある。
植えるのに時(とき)があり、
植えた物を引き抜くのに時(とき)がある。
殺すのに時(とき)があり、いやすのに時(とき)がある。
くずすのに時(とき)があり、建てるのに時(とき)がある。
泣くのに時(とき)があり、ほほえむのに時(とき)がある。
嘆(なげ)くのに時(とき)があり、踊る 1)のに時(とき)がある。
石 2)を投げ捨てるのに時(とき)があり、
石を集めるのに時(とき)がある。
抱擁(ほうよう) 3)するのに時(とき)があり、
抱擁(ほうよう)をやめるのに時(とき)がある。
捜(さが)すのに時(とき)があり、失うのに時(とき)がある。
保(たも)つのに時(とき)があり、投げ捨てるのに時(とき)がある。
引き裂くのに時(とき)があり、
縫(ぬ)い合わせるのに時(とき)がある。
黙(だま)っているのに時(とき)があり、話をするのに時(とき)がある。
愛するのに時(とき)があり、憎むのに時(とき)がある。
戦うのに時(とき)があり、和睦(わぼく)するのに時(とき)がある。
(旧約聖書・伝道者の書 3章1節~8節)
すべてのことに時がある・・・-ならば、今、目の前にあることは?
分かっていることといったら、
すべては、神の御手(みて)の中にあり、
残念ながら、人には予見できない、ということ。
そもそも、私たちの「前にあるすべてのものが愛であるか、憎しみであるか、人にはわからない。」(同上9章1節)
Yes, “A season for Everything”.
だが、僕には今がどんな時か分からない。
それでも、
日々なさねばならないことを行いつつ、
祈りつつ、
歩んでいこう。
【注】
1)踊る:嬉しいとき、タンバリンなどを鳴らしつつ踊ることがある。
えっ、僕じゃないですよ。
昔の、旧約聖書の時代の話です。
2)石 :ここでの「石を集める/投げ捨てる」がどういう場合を指すのか、はっきりとはわからないが、
「石を投げる」であれば、「石打ちの死刑」を指す。または、非難する行為を指す。
3)抱擁:抱きしめること。Hug