ロック探偵のMY GENERATION

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ダーウィンのいとこが来た

2020-06-25 21:17:56 | 時事

 

 

 

自民党が改憲PRのために制作した4コマ漫画が物議をかもしています。

 

強いものでもなく、賢いものでもなく、変化するものが生き延びる……だから、憲法を変えようというのです。

 

これが、進化論の有名な誤用例として各方面からつっこみがはいりました。

 

論点はいろいろあるでしょう。そのままではないものの、同じような趣旨のことをダーウィンがいっているという反論も出ているようです。

 

しかしながら、件の4コマが根幹の部分でダーウィニズムを曲解していることは、疑いないと思われます。

 

もっとも重要なポイントは、そもそも進化の過程における変化そのものはランダムであり、変化したからといって生き延びれるとはかぎらないというところでしょう。

ある変化が与えられた環境に有利であるかどうかは、淘汰が進んでいった後に結果論としていえることであって、一つ一つの変化そのものに指向性はないわけです。変化することそれ自体には

有利も不利もなく……というかたぶん、一度の突然変異だけをとりあげれば、むしろ生存には不利に働くことの方が圧倒的に多かったんじゃないでしょうか。気の遠くなるような時間の中で起きた無数の変化のなかで、奇跡的にうまくいったものが“偶然”環境の変化に適応して生き残ることが進化と呼ばれているわけです。それは、あくまでも偶然なのです。

恐竜が滅びたあとに哺乳類が繁栄したのは、原始的な哺乳類のもっている性質がたまたま環境にマッチしていたからです。

多様性があるがゆえに、大量絶滅が起きてもいくつかの種は生き延びる。変化し続けるがゆえに、生命全体は生き延びる……ということであって、個々の生命が変化することによって生き延びているわけではありません。

 

改憲派のいう改憲とは、ある指向性をもってこういう方向にむかって変化しようという考えに基づいているわけで……その方向性の是非はひとまず置いておくとしても、少なくとも進化論を引き合いに出すのはあきらかに間違っているでしょう。

 

もう一つ、今回の騒動で指摘されるのは、いわゆるソーシャルダーウィニズムという発想の危険性です。

 

それは、チャールズ・ダーウィンの従兄弟であるフランシス・ゴールトンの優生学という学問につながり、20世紀のナチズムにまでつながっていくのです。

 

実際のところ、優勝劣敗という考え方は、19世紀の未熟な生物科学を誤って社会学に適用したものにすぎません。

 

資源に乏しい環境では、生物はむしろいかに競争を避けるかという方向で進化を遂げているといいます。

たとえば、食べるものがなるべくかぶらないようにする。同じものを食べるにしても、時期をずらすなど、なるべく競合を避けるようにする。そうして争わずにすむようにする、共存の術を学ぶことが、生き残るための知恵なのです。

 

もし、生物の進化から人間社会に活かせる教訓があるとしたら、そこだと私は思います。

というよりも、人類はそういう道を自然と歩んできています。

 

19世紀ぐらいまでの世界は、奪い合い、優勝劣敗の考え方で列強諸国が動いていたといえるでしょう。そして、その考え方に基づいて行動した結果、植民地の奪い合いで大規模な戦争を繰り返し、その惨禍はやがて、科学技術の発展とあいまって破滅的なレベルに達しました。

そこで、さすがに人類も知恵をしぼります。

植民地というものを原則認めないことにし、戦争に勝っても賠償金をとったり領土を奪ったりはできないということにしました。もっと個別具体的な例でいうと、このブログで以前一度紹介した欧州石炭鉄鋼共同体という試みがあります。石炭や鉄といった資源の奪い合いが戦争の火種になるため、共同管理しようという発想です。これが、いまのEUの出発点となりました。まさに、奪い合いではなく共存を学ぶことで、欧州は戦争の歴史を克服してきたのです。

 

もし社会の変化に指向性をもたせるとしたら、そういう方向をこそむくべきでしょう。

その点からしても、優勝劣敗という思想を人間社会の運営に持ち込むべきではありません。

 

 

 



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