俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

電車

2013-07-29 10:12:35 | Weblog
 都会に住んでいると余りにも当たり前過ぎて気付かないが、電車を日常的に利用できるかどうかは大きな違いだ。早く正確で安全で安い、こんな便利な乗り物は他に無い。
 電車を利用できない私は毎日プールまで往復50分、自転車に乗っている。夏は汗塗れになる。もし電車が使えたら往復20分程度で天気も気にせず、車内では本も読める。
 自転車事故の可能性はかなり高い。被害者になるだけではない、最近では加害者として高額の賠償金を命じられることもある。電車で事故に会う可能性は0ではないが、加害者になる恐れは全く無い。
 都会人に電車の有難さを気付かせるのは事故で不通になった時だ。その時になって初めて電車の便利さに気付く。70年代のスト権ストや遵法闘争の時も大変だった。スト権を得るためにストをするというのだから明らかに矛盾している。しかしそれが毎年のように行われていた。ストの前日は会社に泊り込んだりして大騒ぎをしたものだ。年に数日のストのために、ストをしない近鉄沿線の地価が上がったぐらいだから、当時の人は電車の重要性を理解していた。
 田舎の生活環境について「車が無ければ生活できない」とよく言われるが、実は都会とは「電車があるから生活できる」環境だ。都会生活はそれほどまでに電車に依存しており、最近の都会人はその恩恵を忘れている。
 大阪在住時の昼間にタクシーを利用したことが2度だけある。どちらも約束の時間に遅れそうになった時だ。そして2回共失敗した。渋滞のせいで却って遅れてしまったからだ。余談だがフィリピンでは交通渋滞のことを単にtraficと言う。taraficがtrafic jamと同義語であるということだけで交通渋滞がいかに日常的か分かるだろう。渋滞と無縁であることも電車の大きな長所だ。

上書き保存

2013-07-29 09:44:52 | Weblog
 少し古いが梓みちよさんの「メランコリー」という歌がある。その1・2番のサビの部分はこんな歌詞だ。
 「♪腕から時計をはずすように、男とさよならできるんだって♪」「♪恋人連れてるあの人に、平気で挨拶しているなんて♪」
 昭和51年のヒット曲だからこんな歌詞だが現代風に言い換えれば「女の恋は上書き保存」ということだろう。性格に男女差があるように記憶の仕方にも男女差があるようだ。
 子供の頃から、女子の記憶力と男子の記憶力とは質的に違うと感じていた。女子は社会科や英単語などを断片的にバラバラに記憶していたからだ。私は理科や数学に代表されるように「なぜ」を絡めて理屈付けてようやく記憶できた。英語も単語のままではなかなか覚えられず文章にして覚えたものだ。この記憶力の違いを「女はガリ勉するからだ」と勝手に決め付けていたが誤りだった。女は上書きして覚える、が正しかったようだ。
 生殖において男女の役割は大きく異なる。女性はせいぜい1年に1回・生涯30回程度しか受精できないが、男性は、相手さえいれば、1日3回・年間1,000回・生涯50,000回ぐらい授精することができる。この違いが記憶メカニズムの違いになっているのではないだろうか。
 男は授精した相手を時系列的に覚えねばならない。女にとって重要なのは、雌ライオンと同様に、直近の相手だ。そして女性にとって最も重要なことは男を選別することだ。男の微妙な違いまで識別して貴重な卵子を無駄遣いしないことが必要だ。男性が粗雑で、女性がデリケートなのはこれが一因だろう。
 男女は違った方向に進化して違った動物になっている。それを方向付けるのが生殖における役割の違いだ。