俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

危険ドラッグ

2014-07-24 10:15:17 | Weblog
 有害物の規制は理性に訴えるよりも感情に訴えるほうが遥かに有効だ。彼らは理性的に有害ドラッグを使っているのではなく感情的に使っているからだ。理性的な人の理性に訴えるのであれば効果を期待できるが、元々理性的ではない人に対する理性的な訴えは殆んど無意味だ。感情に訴えねばならない。
 折角「危険ドラッグ」と命名したのだからその危険性を強調して恐怖を感じさせることが最も良かろう。恐怖こそ最も原始的かつ最強の感情だ。恐怖に駆られた人間は総てを捨ててでも逃げ出す。
 危険ドラッグによる暴走車事故を報じても、ドラッグをやめる動機付けにはなりにくい。マスコミの立場は被害者側だが、彼らは加害者側に立つから被害者が何人出ようと無関心だ。運転者が無事だったかどうかが関心事だ。
 ドラッグに溺れた人間の末路を見せることも有効だろう。ドキュメンタリーであればドラッグを克服した人よりも廃人になった人を描いて恐怖を煽れば最大の効果が期待できる。
 こんな時でも人権を主張する人が現れる。廃人にも人権があると主張する。次の1手はドラマだ。ドラッグに溺れた人がどんどん人間ではなくなって行く姿を描く。多少、誇張しても構わない。視聴者は、どうせドラマだから、と割り引いて考えるからだ。
 交通安全の講習会で最も効果的なのは事故現場の映像だそうだ。運転者が対象であればグシャグシャになった車体と車内の血痕、歩行者であれば路上の大量の血痕が効果的だそうだ。千切れた手足があればもっと効果的だがこれは流石に刺激が強過ぎるようだ。しかし悪質な累犯者の更生プログラムであるなら多少過激でも許されるのではないだろうか。
 残念ながら人間は感情で動く動物だ。理性に訴えるよりも感情に訴えたほうが遥かに効果的だ。そして最強の感情は恐怖心だ。
 恐怖による支配と言えば独裁者がイメージされ易い。彼らはそれが最も有効であることを知っているからこそ徹底的に利用しようとする。我々も恐怖心をもっと有効に活用すべきではないだろうか。綺麗ごとでは解決できない問題は沢山ある。人間の良心を過信することが化物をのさばらせることにもなりかねない。

オタク

2014-07-24 09:42:15 | Weblog
 岡山県での小学5年生の女児誘拐監禁事件で、私は2つの小説を思い起こした。「コレクター」と「源氏物語」だ。
 「コレクター」は映画化されたのでそちらのほうがお馴染みかも知れない。オードリー・ヘップバーンが主演の「ローマの休日」や「噂の二人」などの作品で日本でも有名なウィリアム・ワイラー監督の作品だ。アカデミー賞でも3部門でノミネートされた。
 主人公は蝶の標本集めが趣味の男だ。宝くじで得た大金で地下室を作り女子大学生を監禁するが病死させてしまうという話だ(映画の結末は原作とは違う)。主人公役のテレンス・スタンプはアンソニー・パーキンスやピーター・オトゥールと共に、狂人役が最も似合う俳優の一人だった。
 日本が世界に誇る名作「源氏物語」には、誘拐した幼い「若紫」を光源氏が手塩に掛けて理想の女性に育て上げて妻にするという話がある。彼女こそこの小説のヒロイン「紫の上」だ。
 犯人の藤原容疑者はどちらかに感化されたのではないだろうか。源氏物語を題材にした漫画は沢山ありその幾つかはアニメ化されているので、アニメオタクと言われている容疑者がそれを見ていた可能性は高い。光源氏を真似ようとしたのなら全くとんでもない話だ。
 この短絡性と現実認識欠如こそオタクの欠陥だ。光源氏のような平安時代の権力者と同じことを現代の日本でできる訳が無い。光源氏であれば優秀な女御を集めて知も情も健やかな女性に育てるだろうが、密室という極悪な環境に監禁されたSさんの場合は多分、精神も肉体もまともには育つまい。子育て経験の無い容疑者は「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉を知らなかっただけではなく、人は食料とアニメだけで育つと思っていたようだ。それぐらい薄っぺらい人生しか歩んでいなかったとしか思えない。絶対に「自分好みの女性に育てる」(供述より)ことなど不可能だった。
 現実社会には多くの汚れがある。しかしそれらは克服すべきものだ。現実から隔離して純粋培養すれば理想の女性に育つなどといった考えは発達心理学を無視しており全くオタクの妄想に過ぎない。
 仮に今後、容疑者が「源氏物語からヒントを得た」と供述しても源氏物語は決して有害図書ではない。光源氏気取りのオタクによる特殊で愚劣な犯罪に過ぎない。