8日付けの「薬物療法」の記事について、鬱病と欝状態を混同していると思った人がいたかも知れない。混同しているのは私ではなく精神科医だ。安易に鬱病と診断し過ぎるから医原病が後を絶たない。
サラリーマン時代、鬱病に罹った係長を預かったことが2度ある。勿論、私が鬱病に罹らせた訳ではない。他の部署で持て余していたから私の所で預かったという次第だ。二人共鬱病と診断されていたが所謂「新型鬱病」であり「真性鬱病」ではない。真性鬱病であれば精神エネルギーが枯渇した状態であり到底出勤できない。普通に生活できるが突然出勤できなくなるという割とお馴染みの症状だ。
ただの上司であり医者ではない私にできることは限られていた。余りプレッシャーを掛けないことと、学生時代に学んだ心理療法の知識に基づいたアドバイスをすることぐらいだった。どちらのケースも私が人事異動で他の部署に移ってしまったために最後まで面倒を見られなかったが、二人共その後、中途退職をした。
こんな新型鬱病とは違って真性鬱病は恐ろしい病気だ。最も印象に残っているのは読売ジャイアンツ在籍のまま急死した湯口敏彦投手だ。岐阜短大付属校出身で甲子園でも活躍した湯口投手は「高校三羽烏」と呼ばれたほどの逸材で1970年のドラフト1位で入団した。しかし思わしい成果を残せないまま72年の11月に鬱病で入院し翌年3月に急死した。当時大学で哲学と心理学とを二股掛けて勉強していた私が大学で入手できた情報は「自殺もできないほど精神が崩壊していた」とのことだった。
鬱病が統合失調症と並ぶ代表的な精神病であるのは精神崩壊に至る重病だからだ。安易に鬱病と診断することは瘤やイボを腫瘍と呼ぶようなものだ。私が最も主張したいことは、軽度の欝状態に対して安易に鬱病と診断して危険な抗鬱剤を処方すべきではないということだ。抗鬱剤は危険な抗精神病薬であり、真性鬱病以外に安易に使うべきではない。新型鬱病に使うことは、蚊の刺し傷の周囲の肉まで抉り取るような過剰医療だ。将来、単に性格が悪い人や空想癖のある人を「新型統合失調症」と名付けて薬漬けにするようにならないかと危惧する。血圧が基準値よりもほんの少し高いだけで高血圧症と診断されている現状を見れば、そんな恐ろしいことが起こりかねないほどに医療は堕落している。「未病」という概念を悪用して病気でない人まで病人に仕立て上げて医療の市場規模を拡大しようとしているのではないかと勘繰りたくなるほど、グレーを黒扱いした有害な医療が巷には溢れている。
サラリーマン時代、鬱病に罹った係長を預かったことが2度ある。勿論、私が鬱病に罹らせた訳ではない。他の部署で持て余していたから私の所で預かったという次第だ。二人共鬱病と診断されていたが所謂「新型鬱病」であり「真性鬱病」ではない。真性鬱病であれば精神エネルギーが枯渇した状態であり到底出勤できない。普通に生活できるが突然出勤できなくなるという割とお馴染みの症状だ。
ただの上司であり医者ではない私にできることは限られていた。余りプレッシャーを掛けないことと、学生時代に学んだ心理療法の知識に基づいたアドバイスをすることぐらいだった。どちらのケースも私が人事異動で他の部署に移ってしまったために最後まで面倒を見られなかったが、二人共その後、中途退職をした。
こんな新型鬱病とは違って真性鬱病は恐ろしい病気だ。最も印象に残っているのは読売ジャイアンツ在籍のまま急死した湯口敏彦投手だ。岐阜短大付属校出身で甲子園でも活躍した湯口投手は「高校三羽烏」と呼ばれたほどの逸材で1970年のドラフト1位で入団した。しかし思わしい成果を残せないまま72年の11月に鬱病で入院し翌年3月に急死した。当時大学で哲学と心理学とを二股掛けて勉強していた私が大学で入手できた情報は「自殺もできないほど精神が崩壊していた」とのことだった。
鬱病が統合失調症と並ぶ代表的な精神病であるのは精神崩壊に至る重病だからだ。安易に鬱病と診断することは瘤やイボを腫瘍と呼ぶようなものだ。私が最も主張したいことは、軽度の欝状態に対して安易に鬱病と診断して危険な抗鬱剤を処方すべきではないということだ。抗鬱剤は危険な抗精神病薬であり、真性鬱病以外に安易に使うべきではない。新型鬱病に使うことは、蚊の刺し傷の周囲の肉まで抉り取るような過剰医療だ。将来、単に性格が悪い人や空想癖のある人を「新型統合失調症」と名付けて薬漬けにするようにならないかと危惧する。血圧が基準値よりもほんの少し高いだけで高血圧症と診断されている現状を見れば、そんな恐ろしいことが起こりかねないほどに医療は堕落している。「未病」という概念を悪用して病気でない人まで病人に仕立て上げて医療の市場規模を拡大しようとしているのではないかと勘繰りたくなるほど、グレーを黒扱いした有害な医療が巷には溢れている。