人間がありえないくらい合理的であるとすれば、その動機は非合理なものだ BY 小室直樹
ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟を読むと、ほとんど妄想とも思えるくらいの激しい信仰心を感じることができる。そして、それに心を動かされる。
世界的クライマーのノンフィクションを読むと、どうしてこんな山登りに命をかけるのかと思いつつも、その情熱に心を動かされてしまう。
私たちはこのような損得勘定抜きの非合理な情熱に心を打たれる。
この非合理な情熱をスピノザは衝動といった。この衝動こそが、人間の本質そのものに他ならないと。
ミメーシス(感染的模倣)の対象となる人間(人の憧れの対象)は、この非合理な衝動に突き動かされている人間である。このような人たちを、ニーチェなら超人といったのかもしれない。