フリードリヒの日記

日常の出来事を、やさしい気持ちで書いていきたい

奥秩父縦走 2012 1月1日

2012年01月09日 11時00分00秒 | 登山

 
 雁峠小屋~雁坂峠~破風山~破風山避難小屋小屋

雁峠小屋出発    6:30
古礼山分岐      8:25
水晶山         9:15
雁坂峠         9:45
雁坂嶺        10:35
東破風山       11:40
西破風山       12:25
破風山非難小屋  13:20

 朝起きると、ずいぶん体調が良くなっている。テントをたたみ、荷物のパッキングを終え、荷物を担ぐとかなり軽くなっている。食べ物が減り始めているのだ。それから、水を持つのをやめて雪を溶かして飲むことにした。そのほうが荷物が軽くていい。そう決めてしまえば、水の心配をしなくてもよくなるから精神的にも楽になる。
 今日からは快調に進みそうな予感がする。

 


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  雁峠小屋前の広場。テントをいくつも張れそうだが、風が吹いたら寒そうだ。



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笠取山方面からの初日の出。寒いが、思わず見とれてしまう。



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 燕山付近からの景色。どれも素晴らしい。写真では(私の技術では)その半分も表現できない。



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 古礼山分岐。古礼山山頂には向かわず、北側の巻き道に向かう。



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 もう少しで、水晶山。


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 水晶山山頂。狭くて景観もない。



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 雁坂峠に向かう。

 

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 雁坂峠の尾根。綺麗な尾根道。



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 雁坂峠。
 そこで瑞牆山、金峰山からやってきた登山者と情報のやり取りをする。向こう側は雪が少なく、アイゼンは使わなかったとのことだ。私もここまでアイゼンは使っていないことを告げる。



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 富士山。


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 雁坂峠から雁坂嶺までの道は、倒木が多い。気をつけて歩く。転んだら串刺しになる。



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 東破風山までの、急坂。けっこうきつい。


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 東破風山山頂。



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 岩場の道をくぐり抜け、西破風山山頂。




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 これから向かう道。下の方の平場に、避難小屋がある。


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 破風山避難小屋。甲武信小屋まで行こうかここで泊まろうか迷ったが、たまにはテントじゃなくて広いところで寝たかったので、避難小屋に泊まることにする。
 ストーブと薪が準備してあるきれいで快適な避難小屋。早速、薪を燃やして温まる。
 一時間くらいすると、おじさんがやってくる。練馬からとのことだ。ここのストーブで火遊びをするのが楽しみで毎年やってくると言っていた。だから、薪をくべる役は、おじさんに任せる。
 うずらの卵の燻製、乾燥トマト、サラミ一本をもらう。タンパク質に飢えていたので、うれしい。





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 避難小屋でどんな人と一緒になるかは重要なことである。ちゃんとコニュニケーションがとれて、うまくやっていれば、少しくらい物音をたてられても腹が立たない。しかし、話しかけても返事すらしなかったり(たまにいる)、自慢話しかしなかったり、少しむかつく野郎だとちょっとの音でも腹がたって寝れなくなる。
 この辺は、日常の生活と同じ事なのかもしれない。まぁ、山に登る人は、私を含めて偏屈な人が多いから、そういういやなことに遭遇する率は高いかもしれない。
 今回一緒になった人は、フレンドリーですごくいい人だった。彼はかなり酒好きらしく遅くまで酒を飲んでいてガチャガチャ物音を立てていたけれど、全く気にならず、ぐっすり寝れた。薪をくべてもらって暖かかったのも、よく寝れた理由の一つだと思う。おかげで快適な夜を過ごせた。すごく感謝している。

 奥秩父縦走 2012 1月2日 へ続く

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浅草と吉原

2012年01月09日 10時14分19秒 | 日々の出来事・雑記

 昨日は、浅草で後輩と会った。浅草にくるのは何年ぶりだろうか。浅草は独特の雰囲気がある。
 おのぼりさんになった気分で、その辺をぶらぶらした。


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 朝日ビール本社の有名な変な像。簡単にいえば、うんこ像。



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 雷門。外人が多い。


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 新しい東京の観光地になりそうなスカイツリー。完成も近い。




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 花やしき。15年くらい前に入ったような気がする。




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 鷲神社。酉の市が有名。




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 吉原弁天の吉原観音。大正12年の関東大震災で、吉原の遊郭が延焼した際に、この近くにあった池に身を投げ溺死した遊女を祀ったところである。
 後輩とだいたい一年に一回くらいあうのだが、今回浅草で会うことにしたのは、後輩が浅草に行きたいと言ったからである。
 その理由は、ここの弁天と吉原神社に訪れることだったらしい。
 男どもがこの辺でぶらぶらしていると、いかにもソープランドを物色しているように見えるのだが、ソープランドには行っていないのであしからず。
 
 後輩は、かれこれ10年くらい関東大震災の資料を集めている。そして、関東大震災のノンフィクションのストーリーを執筆しようとしている。話を聞いていたら、すごく面白そうである。早く書いて欲しい。
 関東にもし地震が起こった場合、問題になるのは津波ではなく、火事である。住宅が密集しているため延焼がすごい。まさしく火の海である。それは、現代の東京でも同じことだと思う。
 吉原の遊郭は建物が密集していたため、その被害も凄まじかったとのことだ。

 遊郭とかソープランドとか、いわゆる売春についてはいろいろと考えさせられる。正直言って、そういうところには一回も行ったことはない。が、AVは観るから、間接的には女性をお金で買っていることになる。だから、まぁ、同じことである。だから、お金で女性を買うことについて、あれこれ私が言うことはできない。古くて新しい問題。
 昔は公娼制度があった。公娼とは、国で認められたソープである。最近、台湾ではそうなったらしい。
 日本では建前と本音のダブルスタンダードがあり、ソープが必要なことは認めながらも、ソープランドを国が運営するのは難しいかもしれない。が、それもありだと思う。

 後輩は、けっこう酒が強いので、それに付き合っていたら完全に酔っ払ってしまった。酔うほど飲んだのは何年ぶりだろうか。まぁ、たまにはいいだろう。

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 快速に乗ってしまい、浦安駅に着く。トボトボ歩いて帰る。
 浦安橋。綺麗な景色だったので写真に取る。
 酔っ払うと周りの景色も変わって見える。

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