For Crying Out Loud By ギタリスト竹田和夫

ロスアンジェルス在住のギタリスト 竹田和夫
何でも書いちゃいます。For Crying Out Loud !

カナダからの電話

2007年01月17日 | ロスアンジェルスから
カナダに住む旧友O氏より電話があった、彼の住むマニトバ州は今、氷点下30度という寒いカナダでも記録破りの寒波らしい。

もうかれこれ彼がカナダに移住してから10数年が経つだろうか、、色々な話をするわけだが、最後にお互い10代の後半、通称ブルクリなどと呼ばれたバンドをやっていて、一枚一緒に作ったレコードの話、、それが今ヨーロッパではひそかにハードコアなファンが増えているということや、彼のマネージメントするレストランに偶然アメリカはテネシー州よりやってきたお客が、なんとブルクリ”悪魔と11人の、、”熱烈なファンだったそうな、、、。

話は盛り上がり、まさかの目の前の日本人がその大好きなレコードのシンガーだったとわかり、、その夜は盛り上がりに盛り上がり、家に招待して大パーテイとなったそうな。

つい最近もイスラエルのミュージックライターからも、インタヴューの申し出があったり、ドイツではこれも過激なハードコアファンが結構いるそう、、ロシアにも何人かいて連絡を取ってくる。

O氏に去年の某音楽史の騒動や、彼の知らなかったヨーロッパでの再評価の熱い盛り上がりなどを告げた。

O氏いわく、、なんだかんだ後から色々なことを言う日本の評論家とかよりよっぽど、欧米のリスナーの方が良くわかっている。 1971年という時代を考えてもらいたいといっていた。 いわく、

< 技術的なこととかいろいろ言われるかもしれないが、だったら 俺がやっていたMovers とかOutlawsとかを聞いてみろって言うんだ、、よっぽど上手になっているのがわかると思う、、。でも、ロックというのはそういうことじゃないんだ。 あの当時 (1970-71年頃)メンバー全員はそれぞれの役目を果たす形でバンドに貢献、皆が集まって出来た、作ったバンドなんだ、、バンドの音、時代の背景を生きた音なんだよ、、これが当の日本人じゃなくて、欧米の聴衆の方に今、評価されるというのは、やはり俺達が正しかったということの何よりの証、、ロックしてたってことの証だよ、、>

<だから、あの悪魔は俺にとって Shameじゃないよ、、恥ずかしくなんかちっとも無い、、ぐだぐだいう奴は71年にもどってやってみろと言いたい。>

と、締めくくった。 同じ青春を過ごした盟友の気持ちのいいくらいの言葉だった。 

また、Jamろうか、、といいながら電話を切った。 極寒のカナダからの熱い電話だった、、、。

写真は73年 私と彼の2ショットだ。
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15 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Squeeze (Jam Jam)
2007-01-17 20:25:57
ああ~、なんて素敵な会話の内容でしょうか、思わずSqueezeしてます。

久しぶりにブルクリのレコードに針、落とします。

カナダのOさんのマネージメントするレストランへ私も行って見たいですね。
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是非! (BATTLE)
2007-01-20 22:41:29
Oさんの、ぐだぐだいう奴は71年にもどってやってみろ<最高ですね。

例の件は本当にムシャクシャしましたが、スカッとしました。

是非故郷日本でjamして下さい。
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是非! (BATTLE)
2007-01-20 22:46:31
途中で切れてしまいました。Oさんの、ぐだぐだいう奴は71年にもどってやってみろ<最高ですね。
例の件はムシャクシャしてましたが、スカッとしました。是非日本でjamして下さい。
返信する
Unknown (BATTLE)
2007-01-20 22:50:27
ないとさん。すみません。パソ壊れたみたいです。
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はじめまして。 (jessica12)
2007-01-21 00:16:03
はじめましてJessicaと申します。

私が小学生2年生の頃、
日本テレビで「プロハンター」を放映していました。

「大人の男性の世界」にすっかり魅了されて
「すごいカッコいいなあ」と、
歳の離れた兄貴と一緒に並んで観ておりました。

次の日は起きるのが
大変だったのを覚えております。

先日突然Creationのメロディが頭によぎって
Webで探してダウンロードしました。

竹田さんは長いキャリアのある方で
今はL.A.で自分の音楽を追求されている方だと
初めて知りました。

えーん!
昨年秋にステイプルセンターに出張で
行ってたのに、もし存知あげてたら
ノースハリウッドまで足を運びたかった!!

しかも昨年は日本でもツアーされていたのですね!
(それも私の自宅のすぐそばで!)

またブログにも遊びによらせていただきます。



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Unknown (エレキ)
2007-01-21 08:33:50
ガイコクジンの方々の情動に私達日本人は負けてると思いました。舶来ロック崇拝と言うのは無くなりましたが何処かがマダマダ虚弱です。
コレクト道とかマニアックな掘り下げは得意なようですが、、気持ちはプアではないはずですのにどうも情動の発露が違う!と思いました。私自身も理屈っぽくエラソーを言って申し訳ありません。
でも 今日この日も 熱い人々が世界中にいると思うといても立ってもいられなくなり書き込みさせて頂いております。

73写真は"ブル"が取れた頃でしょうか?私はこの頃集中的にみました。O様のおっしゃるとうり時代性にピッタリ寄り添いそして聴衆をひっぱっていくサマでした。

私は密かに勝手にある公式を持っています。
ないと様とO様のバンドは本当に空が似合う!です。

普通はいいロックバンドほど野外より薄暗いクラブやホールが雰囲気的に絶対似合うんですが、。
前例のない手本のない 一体何処まで突き進むのか?と言う ないと様O様のバンドの音の塊は無限の青空にも負けていませんでした。

長い文ですみませんでした。
私達 日本のファンもこれからも熱くがんばります。
O様の事も皆 忘れていない事もお伝えください。

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カナダからの手紙 (ぶるくり)
2007-01-22 17:03:23
はじめまして!マニトバ州にブルクリのボーカルさんが
いらっしゃる事を知り驚きました。私は同じカナダの
ケベック州に住んでいる者です。遥か遠い昔、原宿のC と
言うライブハウスでバイトしておりました。こちらも今夜は
冷えます。体感気温マイナス37度!..。またお邪魔します。
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音の重さ (デビット・カマーデル)
2007-01-23 10:00:26
ソウナンデスヨネ!遠いブルクリの時代は私のように地方に住むモノはレコード店にもJロックの新譜はナカナカ並ぶコトは無かったんです。だからブルクリやフラワーやSG&Sのレコードを手に入れるコトはフトコロの問題もあって相当の英断(?)だった。でもそうして悩んだ末に手にしたレコードは今も自分の宝になっています。だからROCKを創る側も受ける側も「音」一本に対して真剣勝負の気構えがあった!現在のような情報簡単入手・マーケティング優先の時代とは180度世界が違っていたんですね!ホークさん!これからも大衆に靡かない唯我独尊の新しい音を追求してください!
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超感激です! (後醍醐)
2007-01-23 23:37:24
なんてコメントしていいかわかりませんが、あのブルクリの、ktさんのブログなんですね、俺も1952生まれの元ギタリストでした、昔のことも良く覚えています、71年代に新宿でよくライブやってました、3流ブルースバンドでしたけど、まさかネットでコメントできるとは、夢にも思いませんでした、おねいさんがマネージャーをやっていた、バンドのギターの彼が、hiさん、サイドギターでブルクリに加入していたのには、凄くその当時ショックを受けました、人柄は、最高にいい人だけど、ギターはうまいと思わなかったからです、なぜ彼がブルクリに参加したのか今でも不思議です、初めてのコメントで、本当にすいません恐縮してます、ただなんとなく聞きたかっただけです、その当時のへたくそブルースギター少年です。本当に失礼しましたおゆるしくださいませ、。
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すいませんでした、 (後醍醐)
2007-01-24 00:12:06
なぜか変なコメントしたみたいで、申し訳ありませんでした、昔の71年代のことが頭によぎって、最高の日本の憧れのバンドなんです、ブルースクリーエーションは、後日本のブルースバンドでブラインドレモンジェーファーソンのギターも凄かったことを今でも鮮明に覚えています。新宿のアップルというクラブでタイバンしました、懐かしい青春でした、でも今でもロック野郎ですけどね、俺は。まさかまさかデスこおいうかたちでむかしばなしなんかできるのは、勝手なコメントで、長くてすいませんでした。psたぶん彼はyiさんは、すばらし!スピリットがあったんでしょうね。35年前の話でした。
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