あなたは3ヶ月前の生ゴミを触れるだろうか。生命の危機に近い切迫した事情でもない限り、触るどころか想像するのも恐ろしいだろう。
生ゴミの処理には電動の処理機やコンポスターなども普及しているが、処理機は電気代がかかったり、コンポスターは都会では埋める場所がないし、地方でも凍結する冬期は使えない。もし電気を使わず、3ヶ月経った生ゴミが触れるような状態になり、私達の健康管理までしてくれる、そんな虫の良い願いを叶えてくれる魔法の箱などあるだろうか。その箱が通称「ぱっくん」である。
「ぱっくん」は、10キロのみかん箱大の段ボールを用意し、隙間をガムテープで目張りする。次に4枚の蓋を立ててガムテープで固定して蓋のない深い箱のような状態にする。底に新聞紙を畳んで敷き、その中に、ピートモス(苔玉)ともみがら燻炭を12㍑:8㍑の割合で混ぜ、段ボールの底が呼吸できるような格子状の台に設置し、上を布で覆う。後は良く水分を切った生ゴミをいれ、プラスチックのシャベル、もしくはゴム手袋(骨などが刺さることもあるので注意!)でよくかき混ぜるだけである。
一日に入れられるゴミは約400g~500gで、2週間ほど経つと発酵・分解が始まり30℃~40℃ほどの人肌の温度になり、ゴミの水分も少しずつ蒸発して軽くなっていく。生ゴミを入れるたびに良くかき混ぜ、3ヶ月位してべたついてきたら3分の1(分解が進んでいないゴミ)ほど残して取り出し、堆肥として使用するか、廃棄物として処理する。
最初の問いに戻るが、こうして3ヶ月たった生ゴミも触ることができるようになるのである。残った3分の1は新しい段ボールに入れ、ピートモスともみがら燻炭を足して続けていく。最初に始める時あまり寒い時期は発酵がすすみにくく、暑すぎると発酵する前に腐敗してしまうかもしれないので、始めるのは春か秋がお薦めである。もちろん発酵過程で多少の臭いはでるが、かぶせてある布に重曹スプレーでもかけておけばある程度抑えられるし、あの肉や魚(特に内臓)の腐敗臭に比べればささやかなものである。
さて、なぜこれが魔法の箱なのか。当館では一日平均約1kgの生ゴミがでる。これをぱっくん2つ(わが家では兄弟と呼んでいる)で処理し、これは年間約300kgの生ゴミ焼却を節約していることになる。以前は野菜や果物の皮をゴミ箱に捨てるたびに良心の呵責に呵まれ、ここ数年は実験的に野菜くずだけを庭に埋めていたがやはり凍結する時期は難しい。しかし、ぱっくん兄弟を作ってからは、肉や魚の廃棄物も含め、ほとんどの生ゴミを堆肥化できるようになった。
お客様は料理を残される時、とても申し訳なさそうな顔をされる。しかし、ぱっくんの活躍により、残り物も堆肥として庭で活用できるようになり「残り物は庭木の栄養になります」と説明すると、皆罪悪感から解放され、安心した笑顔を浮かべてくれる。これが第1の魔法である。少々自慢話になるが、当館の料理は栄養バランスが良いため、料理の残りを入れるとぱっくんは元気いっぱい発酵する。
第2の魔法はこの発酵にポイントがある。いかに魔法の箱とはいえ食べられないものもある。銅成分を含む玉葱の皮、貝殻や大きな肉の骨は食べられないので避ける。そして、ゴミもできるだけ小さい状態にし、熱のあるものは人肌にさまし、肉や魚(内臓も含む)も火を通して入れて、毎日良くかき混ぜる。あまり発酵が進まない時や、虫やカビがわいたときはさました廃油か発酵済みのぬかみそ少々を入れると温度が上がって良い状態になる。また、薬品や高濃度の塩分に弱いので、野菜は良く洗うか、無農薬のものを選び、添加物の多い加工食品や塩辛すぎる食品を入れないようにする。ゴミが野菜ばかりだと発酵がなかなか進まず、油脂やタンパク質が多すぎるとアンモニア臭がきつくなりべたついてくる。こうしてみると、ぱっくんは人間の消化器官と良く似ている。
私達は自分の歯で噛んで飲み込める物しか食べられない。卵の殻や魚の骨は食べられないこともないが、貝殻や肉の骨は無理だろう。そして、できるだけ良く噛んで食べ、適度に身体を動かすことが消化を促進させる。また、油脂やタンパク質ばかりでは血液がべたつき体内循環が悪くなるが、さりとて野菜ばかりだと体が冷えてしまうし、薬品類はもちろん、過剰な塩分も体に悪い。つまり、ぱっくんの発酵を大切にすることは食生活を見直し、正しいダイエットの実践や学校での食育に役立つのである。
第3の魔法は料理をおいしく栄養豊かにしてくれることにある。ぱっくんに負担をかけないように野菜はできるだけ皮ごと火を通し、キャベツの外皮や芯、肉の筋や魚の骨にも火を通す。野菜は皮と実の間に大切な栄養分が含まれているし、肉の筋や魚の骨も同様である。要するに捨てる前にできるだけ出汁をとればゴミが減り、無駄なくおいしく栄養のある料理ができる。
何よりこの魔法の箱は室内で管理できるため、一人暮らしを含め、マンション・アパート生活の人にもお勧めできる。きちんと管理すればいつも30℃~40℃でほかほかと温かいので、何となく生き物を飼っているようで可愛く、発酵を妨げる添加物の多い加工食品を避けるきっかけになるし、仕事の都合で指定の日に生ゴミを捨てられなくても、悪臭に悩まされることはない。
ただ、この堆肥は成分がまちまちなので農業を生業としている人達に利用してもらうのがなかなか難しく、現状では堆肥化したものは個人的に利用する以外は燃えるゴミとして処分するしかないというのが一番の問題である。もちろん生ゴミの分量が減り、焼却の負担が軽減しただけでも素晴らしいのだが、マンションの共有花壇や公共の公園、学校での花壇・野菜作りなどで活用できれば完璧なリサイクルになるので、その部分の協力体制を確立することが今後の課題だろう。
人間の減量は3kgすら達成は難しく、ぱっくんのように体重は増えても見た目のかさが変わらなければどんなにいいだろう。だから、せめて生ゴミ300kgの減量で地球への負担軽減に努めている、と自分に言い訳できるのがぱっくんの最大の長所かもしれない。