こちらの作品。
第一印象は「ナチュラル」そして「白」でした。
最初に目を引いたのは、左側の家族揃ってのお食事の写真。
それとそっくりそのまま連動するような、お外での家族のお食事の絵が重なって貼ってあります。
ことさらな感じが無く、とても自然で、その自然さが最高の幸せを表しているように思えます。
そして、そこには明るい陽の光がいっぱい降り注いでいて、画面全体が白っぽく見えます
家族が普通にそろって、お外で、あるいは光の降り注ぐ平和な部屋で普通に仲良くご飯を食べる・・・
考えてみれば、これ以上の幸せはなかなか無いかもしれませんよね。
一家の主婦にとって、また幼い子どもの母にとって、最も作りたい時間、大切にしたい時間だと思います。
その自然さは、左下のパンにも表れているように思えます。
ことさらにゴージャスだったりインスタ映えするとかではない、素朴な1個のパンの、
なんという健全な存在感!
はじめ、このパンのモチーフは切ってはいたものの貼る場所が見つからなくて、画用紙の裏側に貼ってもいいかな、
みたいな感じでしたが、表のこの場所に落ち着きました。
やはり表のこの場所に貼って見続けたい、大切なメッセージを持ったパンなのかもしれません。
私はこのパンを眺めていると、その素朴さに癒やされます。
このパンにはそんな役割もあるのかもしれませんね。
そして、画面中央~右側にかけては絵本のモチーフです。
「はなのあなのえほん」、おもしろいね!
読んだこと無いですが、読んで見たくなります。
「あれ、おもしろそう!」という好奇心大事よね。
そして黒い犬が主人公の「アン ジュール」
これは私読みましたが、全編こういうコンテで描いたようなモノクロの絵で、言葉や文章は無いの。
読み手は、絵を眺めながらひたすら想像します。
このコラージュを作ったママは、この絵本はまだ読んだこと無いそうですが、この空白、余白に
惹かれたのかもしれません。
空白からはいろいろな想像ができます。
白くて何も無いところには、まだ形にならないたくさんの可能性が秘められているというふうにも言えます。
まだ形にならないたくさんの可能性を秘めている・・・それが、こちらの作品を創ったママの2019年なのかもしれませんね。
第一印象は「ナチュラル」そして「白」でした。
最初に目を引いたのは、左側の家族揃ってのお食事の写真。
それとそっくりそのまま連動するような、お外での家族のお食事の絵が重なって貼ってあります。
ことさらな感じが無く、とても自然で、その自然さが最高の幸せを表しているように思えます。
そして、そこには明るい陽の光がいっぱい降り注いでいて、画面全体が白っぽく見えます
家族が普通にそろって、お外で、あるいは光の降り注ぐ平和な部屋で普通に仲良くご飯を食べる・・・
考えてみれば、これ以上の幸せはなかなか無いかもしれませんよね。
一家の主婦にとって、また幼い子どもの母にとって、最も作りたい時間、大切にしたい時間だと思います。
その自然さは、左下のパンにも表れているように思えます。
ことさらにゴージャスだったりインスタ映えするとかではない、素朴な1個のパンの、
なんという健全な存在感!
はじめ、このパンのモチーフは切ってはいたものの貼る場所が見つからなくて、画用紙の裏側に貼ってもいいかな、
みたいな感じでしたが、表のこの場所に落ち着きました。
やはり表のこの場所に貼って見続けたい、大切なメッセージを持ったパンなのかもしれません。
私はこのパンを眺めていると、その素朴さに癒やされます。
このパンにはそんな役割もあるのかもしれませんね。
そして、画面中央~右側にかけては絵本のモチーフです。
「はなのあなのえほん」、おもしろいね!
読んだこと無いですが、読んで見たくなります。
「あれ、おもしろそう!」という好奇心大事よね。
そして黒い犬が主人公の「アン ジュール」
これは私読みましたが、全編こういうコンテで描いたようなモノクロの絵で、言葉や文章は無いの。
読み手は、絵を眺めながらひたすら想像します。
このコラージュを作ったママは、この絵本はまだ読んだこと無いそうですが、この空白、余白に
惹かれたのかもしれません。
空白からはいろいろな想像ができます。
白くて何も無いところには、まだ形にならないたくさんの可能性が秘められているというふうにも言えます。
まだ形にならないたくさんの可能性を秘めている・・・それが、こちらの作品を創ったママの2019年なのかもしれませんね。