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<日本酒> 山形 十四代/高木酒造

2021-01-06 07:18:44 | 日本酒

 【平成30酒造年度全国新酒鑑評会 金賞銘柄一覧(仙台国税局)】
 〈山形〉 十四代/高木酒造 

 

 酒造りと近隣インフラ整備に尽力した十四代目

 日本酒サイトをご覧の方に、「十四代」の説明はいまさら必要はないだろう。さまざまなメディアで、さまざまに語られる十四代だけど、お蔵拝見リポートは実はそう多くない。

 今回幸運なことに、「高木酒造」代表取締役「十四代当主」高木辰五郎氏と、まさに十四代ブランドの立役者である専務取締役「十五代」顕統氏にお話をうかがい、お蔵を見せていただくことができた。
山形県村山市は県のほぼ中央に位置する。高木酒造がある村山市富並はまさに雪国という言葉がぴったりの土地柄だ。
 うかがった2月下旬はたっぷりの雪に覆われ、寒仕込み真っ最中であった。

 「この雪があるからこそ、もろみの発酵がうまく運ぶんですよ」と、雪景色をいとおしそうに眺める辰五郎氏。雪の話をきっかけに高木酒造の歴史をうかがった。

 「酒造りをはじめたのは元和元年(1615年)ですから、390年ちょっとになります。私は酒造りだけではなく、県会議員という政治の仕事もしています。一昔前は、このあたりは道も橋もなく道路事情が大変悪かった。たとえばこの先の次年子(じねんご)で病人が出たら、ここ富並まで運ぶ間に亡くなってしまうということがよくありました。私はそれをなんとかしたかったんです」

 辰五郎氏は15年前に自ら立ち上がり、近隣のインフラ整備に力を注いだのだ。


 もともと、京都の公家であった祖先は応仁の乱で負け、惨殺を逃れこの北の土地で名前をかえ、ひっそりと住み続けたのだとか。今も高木家にどことなく気品があるのはそのせい……かな??

京の落人とはいえ、酒蔵のある敷地だけで現在3500坪。戦前は「高木山」とよばれる山林、森林、田畑すべては高木家の所有であり林業も営んでいたという。

「酒税が上がり税金をたっぷり取られたから、あのころ戦争が出来たんだ。今はもう酒税が取れない(=お酒が売れない)から戦争は出来ないよね」と笑う。

 

 大吟醸「黒縄」の本当の意味

 大吟醸「黒縄」と蘭引酒「鬼兜」の看板が。高木酒造の銘柄で「黒縄」という大吟醸がある。1升ビン10,000円の値がつく高級酒である。この「黒縄」の由来をうかがった。

 米どころの山形では特別に高品質の米が入った俵には「黒縄」をかけて、遠くからでも目立つようにしていたのだとか。北前船の立ち寄り港である酒田からは、その「黒縄」が上方や江戸にむけて運ばれていった。
 「今でも良質の『庄内米』には黒い札が張られていますよ」と辰五郎氏。
 なるほど、これがわからないと大吟醸「黒縄」の価値が半減……かもしれない。

 

 十四代というブランドが生まれた理由

 幻といわれる銘柄が並ぶ。「十四代という銘柄は、昔は古酒に使っていたんです」とさらに続ける辰五郎氏。

 実は、「十三代」「十四代」「十五代」「十六代」という言葉をすべて特許申請したところ、数字は特許が取れないと判明。しかし不思議なことに、そのうちの「十四代」だけが特許が取れた。「とよしろ、とか、としよ、とか誰かの名前だと思われたんでしょうかねぇ(笑)」 


 今の十四代を支えてきたのは地元で人気の銘柄「朝日鷹」。これが45年ほど前の話。「その後、政治に力を入れるようになったのと、杜氏が高齢で辞めたのとで、息子に戻ってきてもらった」……と。十四代銘柄でいくつかの製品を売り出すことになったのは、それ以後、つまり顕統氏が戻ってからということになる。

 ほぉ、特許の問題……これは初耳。興味深い歴史ではないか。今はもうキラキラと光り輝くような十四代というブランド名も、実は、偶然の産物だったのだ。

 十三にも十五にも勝るインパクトをもつ「十四代」に勝負をかけた

 今年で15回目の造りを行っている十五代目の顕統氏は、今年41歳になる。いまや日本酒界の若きスターだが、その華々しい経歴とその裏にある苦労話は、さまざまなメディアで語られているとおり。

 富並の酒蔵で小学生まで育ち、中学時代からすでに山形市内で一人暮らし(!)をはじめ、東京農業大学第一高等学校を経て、東京農大醸造学科へすすんでいる。


「中学生のときはお隣のご家族に食事を用意してもらっていたんですが、なんだかお代わりするのが恥ずかしくってねぇ……」なんてかわいい思い出を話してくれる。やはりこの経歴、いわゆるひとつの帝王学だろう。さすが……。

 卒業後、東京、新宿のクイーンズ伊勢丹に就職し流通業界を経験。1993年(25歳)蔵に戻り、現在、専務取締役兼杜氏。7歳と3歳の男の子の父でもある。


 「伊勢丹のクイーンズシェフという流通業界の中にいて、十四代銘柄を客観視できたんですが、この十四代という名前は非常にインパクトがあり、どこか人の心に残るような響きがあると感じていました。十三とか十五に勝るなにか……。なので、よし、この十四代というブランド名で勝負したいと思うようになったんです。」

 落ち着いた声で語る顕統氏はさらに、「日本酒によく使われる昔の文字は雰囲気はあるけれど読みにくいんです。商標名でもわかりにくいものが多い。その中で、十四代って、ほら、なんかわかりやすいでしょ。だからこれだな……と」とからりと笑って説明する。

 たしかに、十四代は響きがいいし語呂もいい。なんともいえないリズム感がある。さらになんといってもこの十四代の文字。どこの企業もブランドロゴのデザインには最大限の力を注ぐというけれど、この十四代のロゴ(といっていいのか)はひときわ際立っている。きけば、書家「岩崎潮風(ちょうふう)」氏の作だとか。

 

 印象的な箔押しラベル

 それにプラス、お酒屋さんや料理屋さんで見かけるとぴかっと光って思わず目に留めてしまう、あの緑や紫の蛍光文字ラベル。すごく印象的ではないか。

 「あれは箔押しなんですが、お酒の取り扱いに気を使うお店は、たいてい冷暗所とか冷蔵庫のようなところにお酒を置いてくれるんです。だから、そういう場所にあって、いかに目立たせるかってことを考えたら、あれになったんですよ」と。今おもに流通しているのは4、5種類だが、最初に作った緑バージョンは思い入れが強いと語る。

 ビカッと光って目立つけれど、決していやらしくなく、逆に品よく見えるのは色のセレクトのせいだろうか……。文字のデザインのせいだろうか……。このあたりも十四代人気をになう顕統氏ならではの感性なのだろう。

 「伊勢丹で働いていたころはちょうど淡麗辛口ブーム・新潟酒ブームのころ。あのブームを経て杜氏さんと入れ替わりに蔵に戻ったわけですが、一年早かったら淡麗辛口に巻き込まれていただろうし、一年遅くても今の味は造れなかったでしょうね。十四代の味が生まれたのは、ほんと、タイミングが良かったからなんです」とかざらずに語ってくれる表情には、苦労しながらも十四代を日本酒の代表銘柄に仕立て上げた自信が垣間見えるようだ。

 お酒造りは自然界の曼荼羅

 昔から酒蔵が村の神社を造り、お神酒をささげ、そこにまた米が集まった。この流れはまさに自然の輪廻。この流れが狂い始めていることに不安を感じると氏。

 また、尺貫法がメートル法に変わってしまった(昭和34年)ことも実は問題とおっしゃる。酒造りは何百年ものあいだ、蔵独特の数字や言葉を使って仕事をしてきた。酒屋にとって数字は大切。それを無理にかえられたので、職人はついていけずやめてしまった。つまり酒文化を失ってしまったことに通じる。残念なことだとうつむく。
 酒造りと政治をあわせて行ってきた辰五郎氏らしい見解である。

*https://allabout.co.jp/gm/gc/225241/ より

 高木酒造(株) 山形県村山市富並1826

 銘柄一覧

 「十四代 」純米大吟醸 龍泉・大吟醸 双虹・ 純米大吟醸 龍の落とし子-「龍の落とし子」使用・純米大吟醸 龍月・七垂二十貫・純米吟醸 中取り 播州山田錦・ 本丸 秘伝 玉返し・ 純米大吟醸 酒未来-「酒未来」使用

 「朝日鷹」特選 本醸造・特選 新酒 生貯蔵 

 「黒縄」大吟醸 など

 

 「龍の落とし子」とは、

 高木酒造が独自に開発したオリジナル酒米。十四代目当主の高木辰五郎氏が自ら開発し、18年の歳月をかけて交配・育種を重ねて作られた酒造好適米が「龍の落とし子」。父系は山田錦と金門錦を掛け合わせた「山酒4号」。母系はたかね錦に改良を加えた「美山錦」。

*https://www.saketime.jp/brands/241/ より

 

 「酒未来」とは、

 「酒未来」は高木酒造が独自に開発したオリジナル酒米の名称。「酒未来」は「龍の落とし子」とは逆に、父系に美山錦、母係に山酒4号を交配して作られた品種。 近年、意欲と将来性ある若い蔵元が頑張っている酒蔵に酒未来を分けており、酒未来を使った日本酒が様々な蔵から商品化されはじめている。

*https://www.saketime.jp/brands/241/ より

 

 


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