ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

新・海外定住時代 - 6 ( 在日コリアンへの差別問題 )

2020-09-24 14:10:51 | 徒然の記

 「定住者」を通してみた、「日本」と「愛国心」について述べる前に、もう一人の例を紹介します。200ページに書かれている女性の話です。

 「オーストラリアは、日本と戦った連合国の一つである。」「W子さんが、オーストラリア人の夫と結婚した時は、戦争が終わって10 年もならない時だったから、」「日本軍による、オーストラリア人捕虜の虐待の記憶が、強く残っていた。」「その頃のことを彼女は、今でもはっきり覚えている。」

 「外を歩くと、必ず『ジャップ』と言う声が飛んできた。」「家の近く、街角、歩道など、どこでも同じである。」「子どもや、男女の区別なく攻撃され、買い物のため店に入っても、無視された。」「夫と映画館へ行くと、『ジャップはもっと後ろに座れ』と言うヤジが飛ぶ。」「展覧会へ行くと、『お前のくるところではない』と、追い払われる。」

 彼女は、占領軍の一員として日本へ来たオーストラリア人と結婚した、今でいう「戦争花嫁」の一人でした。意思の強い彼女はそれでもくじけず、子供のため、強く生きていくしかないと、自分に言い聞かせました。

 「彼女が一番嫌だったのは、自分の子供にまで『ジャップ』と、言われることだった。」「買い物に出かけ、バス停でバスを待つ間、」「どこからともなく、『ジャップ』という声が飛んでくる。」「こんな時彼女は、子供の手を引き、人影のない道へ向かって歩き始めた。」「子供にだけは、この言葉を聞かせたくなかったのである。」「そんなことが、数え切れないほどあった。」

 わざわざこの話を紹介するのは、「在日コリアン」に対する私たち日本人の態度に、似たところがあるからです。彼らが「慰安婦」や「徴用工」問題で、日本に難癖をつけ出したのは、最近の話ですが、日本人の朝鮮人蔑視は、それ以前から続いていました。

 歴史をずっと遡れば、最初に日本人を禽獣扱いし、侮蔑したのは大院君でしたが、それはもう昔の話で、日本人も朝鮮人もそんな経緯は、ほとんど誰も知りません。ですからそこは省略し、戦後の日本に在住する、「在日コリアン」に絞って話をします。小学校、中学校、高校時代と、自分の過去を振り返りますと、「在日コリアン」に対する陰湿な差別があった事実を、思い出すことがあります。

 W子さんの話を読んだ時、私は日本人の偏見の醜さを思い出しました。いわれのない朝鮮人への偏見や、理不尽な感情論は無くすべきと、本気で思います。しかし、韓国政府や北朝鮮政府が、国を挙げて捏造の教育をし、日本への憎しみを増幅させている現在、私はすることがなくなりました。だがその答えの一つを、氏の著作の中に発見しましたので、長くなりますが、必要部分を拾い出し、紹介いたします。

 「W子さんは、自分の子供が、日本人だからという理由で馬鹿にされないようにと、」「子供には、極力英語で話しかけるように努めたきた。」「最近はもう、街を歩いても『ジャップ』という、」「罵りの声が聞かれなくなった。」

 「この15年ほどの間に、人々の意識が大きく変わったことを、肌で感じるという。」「彼女がオーストラリアへ来て、10年あまり経った、1960年代の後半に、」「白豪主義が実質的に廃止された。」「1970年代に入り、マルチ・カルチュラリズム ( 多文化主義 ) が国策となるにつれて、」「人々が変化し、社会の寛容度が高まった。」

 彼女の一言が紹介されます。

 「日本にいる頃、人々が朝鮮人を軽蔑したり、差別したりしているのを見ていました。」「オーストラリアに来て、自分が差別される側に身を置いたことによって、」「ようやく差別の仕組みが、理解できるようになりました。」

 「人に対する差別意識は、教育によって作られる・・の一言に尽きますね。」

 教育が全てであるとは考えませんが、中国や韓国・北朝鮮がやっている反日教育に限れば、その通りです。日本では反中、反韓、反朝鮮教育をしていませんが、逆に「朝鮮人差別をしてはならない」という教育をする必要があります。ただし、反日・左翼の日教組に任せてはなりません。彼らがやっているのは、単なる事実の裏返しで、「日本蔑視」を教え、問題を間違った方向へ進めるだけです。

 東京裁判史観に結びつけなくとも、日本と朝鮮 ( 韓国・北朝鮮 ) との、差別意識の解消方法はあるはずです。国交のない北朝鮮は後にするとして、韓国とはすぐにでもやれます。まずは韓国が「反日教育」をやめ、日本では、「朝鮮人差別の醜さ」を、教えることです。日韓議員連盟は、宴会や親睦会をやるのでなく、こういうことを本気でやれば良いのです。議員の中には、日韓の対立を政争に利用し、利益を得ている者がいますから、彼らを追放することから始めなくてならず、結構時間がかかります。

 傘下にある民団も、日本人への反感を煽る自国政府に協力せず、「在日コリアン」の幸福向上のため汗を流すべきです。60万人の在日コリアンのうちの、90%の人々が日本に同化し、普通の暮らしをしているという事実を、もっと大事にしなくてどうするのでしょう。反日活動をし、騒ぎやトラブルを起こしているのは、10%に過ぎない5~6万人と聞きます。この10%の不心得者が、日韓議員連盟に属する利得議員と結びついている事実を、押さえておく必要があります。

 もともと日本人は、他人を誹謗中傷し、人を不幸にして喜ぶ人間でありませんから、政府とマスコミが一つになり、正しい報道や学校教育をすれば、偏見をしなくなるはずです。私を含め多くの日本人は、これまで韓国・北朝鮮の捏造や攻撃を我慢してきましたが、今ではそうせず、「やられたらやり返す」気持ちになっています。そうしなければ、不当な日本攻撃が再現なく続くからです。

 単純化して話を進めていますが、「在日コリアン」問題は、あえてそうしなければ解決しません。互いが「喧嘩両成敗」の気持ちで向き合い、厳しく己を律する覚悟でなければ、泥沼が続きます。パレスチナとイスラエルのように、何代も続く憎しみの連鎖となります。また、それを願っている勢力が、国際社会に存在し、これに反日の日本人が協力していることも、忘れてはなりません。

 「精神移民」の日本人が、「在日コリアン」問題を解決する、希望の光になっている事実を、次回に述べます。息子たちだけでなく、「ねこ庭」を訪問される方々にも、賛否両論が頂けたらと、期待しております。

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新・海外定住時代 - 5 ( 精神移民の成功者 )

2020-09-24 06:26:39 | 徒然の記

 今回は氏の「精神移民」に関する説明を、紹介します。

 「最近の海外定住者の大半は、外国に骨を埋めるとか、」「一旗あげようとか、一稼ぎしようなどと考えて、」「国を後にするわけではない。」「いったん日本社会の風に当たった、彼らは、」「日本にないものを求めて、海外に出る。」「彼らの多くは、日本の生活の息苦しさから逃避するのが、」「目的だったと言う。」

 「日本よりも自由で、個人の権利が守られている社会、」「そう言う社会を求めて、彼らは国を出る。」「いわば精神移民なのである。」「この人たちは、新しいタイプの移住者であるだけでなく、」「経済大国となった日本社会の、一つの産物であると言えるだろう。」

 私から見れば、そんな理由で海外定住をするのかと呆れますが、若い頃の自分を回顧しますと、思い当る節がないでもありません。青い鳥を探したチルチルとミチルのように、外には素晴らしい自由がある、広い大地があり、様々な人が暮らしていると憧れ、親も親類縁者も、学校も友達も、鬱陶しくてならなかった時期がありました。

 会社に入ってからも、先輩・後輩、直属の上司、上役、役員などなど、気配りの日々にうんざりとした経験もあります。「石の上にも、3年」「若い時の苦労は、買ってでもしろ」などと、諭されたり、叱られたりして、一人前の社会人に育てられました。今になれば、「そんな理由」と笑い話ですが、若い時には、組織の中の歯車でしかない自分が、大きな悩みであったのは間違いありません。

 「精神移民」について、自分の過去を思い出しながら、氏の説明を読みました。

 「彼らは、永住権ビザを持って生活しているが、」「その永住は、期限のある永住で、人生の一時期、」「海外生活を楽しむ経験ができれば良いと、自由のありそうな国へやってくる。」「前に旅行で来たからとか、友達がいるからとか、」「気候が良さそうだからとか、単純な理由でオーストラリアを選んだ人が多い。」

 「日本を捨てるとか切るとか言う、思い詰めたものでなく、」「長めの旅行をしていると言って、いい。」「とはいえ、ホテル暮らしでは高くつくので、仕事を持ち、」「家を買えば、経済的に安く済む。」「長い旅行なのだから、日本へ帰ることは初めから予定に入っている。」

 「帰国の動機も、ごく単純である。」「自分自身が、ホームシックになってきた、」「親が年老いて、一人にさせられなくなった、」「こちらの生活に飽きてきた、と言う理由で家路に着く。」

 オーストラリアの定住者5,367人が、全てそうではないとしても、氏が丹念に取材した結果としての傾向です。彼らは新しいタイプの「定住者」であると同時に、新しいタイプの日本人だと、そんな気がします。定住や帰国の動機が単純だからと言って、彼らが軽薄な人間かといえば、そうではありません。その例を、131ページから転記します。

 「大人になってから、外国語である英語を学ぶ彼らは、」「英語を母国語とする現地の人たちと、同じ仕事を始めるのですから、」「程度の差はあっても、みんな言葉のハンディキャップを背負っている。」

 「言葉の壁さえ突破すれば、オーストラリアという社会は、」「本人の実力次第で、昇進の道が開かれている。」「言葉さえ自由自在に使えれば、機械均等の原理は、」「かなりの公平さで、適用されている。」「日本人だから差別されていると言う言い分は、」「自分の努力不足や、自分の実力のなさを隠すための、」「隠れ蓑として使われている、節がある。」「成功した人たちは、差別と言う問題にエネルギーを使わず、」「英語力を含めて、自分の力を磨くことに全力をあげてきた。」

 男であれ女であれ、定住に成功した人たちは、単に英語を喋るのでなく、オーストラリア人を相手に、「イエス・ノー」をハッキリさせた自己主張ができています。日本にいる時のように、相手の気持ちを忖度し、婉曲に喋っていると、相手にされません。自在に喋ると言うのは、脱日本人となり、彼らと、負けずに議論できると言う意味です。自己中心的なわがままを言うのでなく、自分の考えを、正しく相手に伝えられる語学力を言います。

 挫折したりノイローゼになったりするのは、漫然と外国へ行き、言葉の大切さを軽視した日本人です。その例の一つを、氏が語っています。

 「G子さんが、浮かない暮らしをしていることは、」「言葉の端々に読み取れた。」「子供が生まれても、気分が落ち着くどころか、」「表情は一向に晴れない。」「英語力が全てでないにしても、オーストラリアで長く暮らしていこうとする以上、」「英語の実力は、とても大切な文化資本なのである。」「その資本力の弱さが、この人たちの生活の壁として、」「立ちはだかっているように思われる。」

 1週間か10日の観光旅行なら、ガイドの助けを借りれば、そこそこ楽しめます。しかし外国で暮らすとなれば、買い物から、家の修理、役所への届けなど、全て自分でしなければなりません。相手の言葉がわからない、自分の気持ちも伝えられないでは、家に引きこもるしかありません。

 離婚して自分だけ帰国した妻や、挫折した青年の話など、そう言う日本人の話もしていますが、中心となっているのは、現地で活躍している「定住者」たちです。

 次回私は、「定住者」を通してみた、「日本」と「愛国心」について述べたいと思います。60万人の「在日コリアン」問題についても、言及します。

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