「初めに」 「金◯成をどう見るか」 黄 民基 ( ファン・ミンギ )
第一部 証言 「隠された真実」 北朝鮮人民軍作戦局長 兪 成哲 ( ユ ソンチョル )
第二部 手記 「暴かれた歴史」 元北朝鮮人民軍師団政治委員 呂 政 ( ヨ ジョン )
「初めに」・・黄 民基
金◯成が独裁体制を確立する過程で、「経歴の改竄」と「粛清」をしたことを黄氏は批判していますが、一方では金◯生がそうせざるを得なかった国内状況を説明し、弁護にも似た意見を述べています。
「北朝鮮住民が金◯成を絶対的に支持しているのは、彼の抗日パルチザン闘争の経歴に対し、尊敬の念を寄せているからであり、彼が〈自主・自律・自衛〉の主体思想で国家を建設してきたということに、矜持を持っているからである。そして世界最強の米帝国主義者を退けたということに、自負心を感じてきたからである。」
氏は理由として、次の3点を上げます。
1. 北朝鮮住民自身の中に、作られた金◯成像を受け入れるだけの「情緒」があった。
2. 金◯成自身が、それに類する「情緒」を有していたのかもしれない。
3. 民族の英雄が他国の共産党員だったということは、あってはならないとする配慮から行われた「隠蔽作業」だったのかもしれない。
コミンテルンが「一国一党」の原則によって、分断された朝鮮の共産党を相手にせず、中国共産党しか認めていなかったため、ここへ入党するしかなかったのだと説明し、「金◯成の悔しさが読み取れなくもない」と語ります。だから北朝鮮の公式記録が、金◯成の入党事実を伏せているのではないかと述べます。
「つまり、何が本当で何が本当でないか、一言で言い表せないほどの複雑で困難な歴史が、北朝鮮の北部地域には確かにあったのだ。」
説明している氏の気持ちも複雑だと分かりますが、次の説明が、今度は私の気持ちを複雑にさせます。
「日本の植民地政策においては、北朝鮮は凄まじい搾取と武力弾圧を受けたし、人々はソ連、中国へと移住を余儀なくされた。」
果たして日本は凄まじい搾取と武力弾圧をしたのか、在日コリアンの黄氏が説明する日本統治は、氏が受けた反日教育そのものではないかと考えます。先に紹介した李栄薫元ソウル大学教授の意見と異なりますし、私が調べた事実とも違っています。
李栄薫元教授の意見は、簡単に言いますと次のようになります。
「韓国政府の言うの慰安婦問題は、全て嘘である。」「日本統治が、韓国収奪の時代だったというのも嘘で、実際は韓国繁栄の時代だった。」「韓国の教科書は、あり得ない嘘を国民に教えている。」
氏は日本を嫌悪する反日韓国人なのに、なぜこのようなことを言うのか。それは氏が韓国政府の歴代にわたる嘘を恥じ、事実に基づいた意見を言わないと、日本人だけでなく世界からも相手にされなくなると言う危機感と、氏なりの愛国心からの意見です。
「日本の植民地政策においては、北朝鮮は凄まじい搾取と武力弾圧を受けたし、人々はソ連、中国へと移住を余儀なくされた。」
黄氏のこの説明が、戦後の韓国による反日教育の結果と言うことが、次の叙述で分かりました。
「1945 ( 昭和20 ) 年当時の全朝鮮の人口は、2300万人ほどだったが、そのうち500万人近くが土地を失ったり亡命したりして、中国東北地域やソ連沿海州あたりに移住していった。」
「1945年8月15日の解放で、彼らは続々と帰り始めた。もちろん民族主義者や共産主義者の活動家たちである。」
500万人と言う数は多過ぎますが、彼らが民族主義者と共産主義の活動家だったと言うのなら、日本の弾圧を受けていたと言うのは事実です。国体を破壊する共産党は日本国内でも、非合法団体として弾圧されていましたから、過激な彼らが敵視されたのは当然と言う気がします。
こうなりますと、氏の著書を読む私の気持ちも氏と似てきます。
「つまり、何が本当で何が本当でないか、一言で言い表せないほどの複雑で困難な歴史が、北朝鮮の北部地域には確かにあったのだ。」
この叙述を訂正するとすれば、「北朝鮮の北部地域」でなく、「朝鮮全地域」と言うべきと考えます。
今回は、金◯成が独裁体制を確立する過程でした「経歴の改竄」と「粛清」のうち、「経歴の改竄」について紹介しました。
次回は、「粛清」に関する氏の意見を紹介します。