田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

どうしょう、迷ってしまう    麻屋与志夫

2008-11-21 23:14:34 | Weblog
11月21日 金曜日
●迷ってしまう。いま書いている「朱の記憶」はあと二、三回で終わる。一番わたしとしては、自信作だった。でも、一番人気がない。

●訪問者がのびない。過去に人気がないからと降ろされたことがなんどもある。小説家も人気が気になる。まして、こちらはホサレッパナシの忘れられた作家だ。

●訪問者は若い人がおおいのだろうな。そうですよね。

●「吸血鬼ハンター美少女彩音」が一番人気だった。彩音は中学生という設定だった。

●「栃木/巴波川慕情」は性描写が多過ぎるから、ブログむきではない。

●「夕焼けの中の舞衣子」仮題。ではどうだろうか。主人公は中学生だ。でも、残念。吸血鬼のお話ではない。吸血鬼作家としてはすこし物足りない。

●でも、たまには吸血鬼のでないラブロマンスもいいのではないか。

●どうしょう。どうしょう。迷ってしまう。




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ああ、快感。

男体山初冠雪   麻屋与志夫

2008-11-21 21:55:49 | Weblog
              

11月21日 金曜日 
●男体山初冠雪。とはいってもわたしにとって、初めてということだ。

●三日ほど原稿に追われて外出しなかった。昨日20日木曜日は風邪気味だった。でも、パソコン教室にでかけた。いつもの府中橋からふと北をみると……雪をかぶった日光の山やまが望められた。二三日前に雪は降ったらしい。

●また寒い冬がやってくる。

●きょうは、宇都宮のヨドバシカメラまで延長用のランコード買いにでかけた。男体山は雪化粧をして、でんと聳えている。

●幡随院長兵衛のように肩を怒らした男体山よ
 この厳しく寒い冬の朝 ぼくはお前に向って歩く

●詩にはならないような言葉を二行だけ書いた。小学校六年の冬だった。あれからなんど冬の男体山を遠望したことだろうか。この秋には赤薙山に登った。来年は男体山に登ろうかなどと無謀なことを考えながら停車場坂を上りJRで宇都宮に向かった。

●コードをのばしてホリゴタツでこの冬は創作に励む。書きたいことがありすぎる。寿命には限界がある。書けるうちに書かなければ。と老いの身に鞭打つ日々だ。



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ああ、快感。

朱の記憶(11)  麻屋与志夫

2008-11-21 16:58:06 | Weblog
がっしりとした体躯にジーンズ。
はためにはただのマッチヨとしか映らない。
だが腰のあたりにみようなグラデーションがある。
そこを四十五度に曲げて迫ってくる気配がある。

「ほう。おれが狼にみえるおまえは……」
人狼が驚いたようにふりかえった。
「そうか、ボウヤの成れの果てか。ジジイになったものだ」
唾を吐きながらくぐもった声をだした。

妻は失神こそしていたが無事だった。
「おまえの匂いはボウヤ、覚えているぞ。一度嗅いだ匂いは忘れない。いさましいママと……この地は離れたと思っていたのにな」

父の通夜が母屋でしめやかにとりおこなわれていた。
かすかに読経が聞こえてくる。
みんなで、車座になりおおきな数珠を回しているのだ。
わたしを故郷に呼び寄せた父の病は長期にわたりわたしを苦しめた。
わたしの人生を目茶苦茶なものにしてしまった。
わたしの半生は父の看病に費やされた。

空には満月がのぼっていた。

「腐肉でもあさる気か。狼よりハエエナみたいなヤツだ」
不運だった故郷での恨みをこめて人狼にたたきつけた。
いつもいつも、わたしの人生の節目に邪魔をしてきたのはコイツらの一族なのだ。
そして、わたしはいつも孤立無縁だった。
「なんの。これが三度目の正直というやつさ。それにしても、ひとの老いるのははやいものだ。老臭ふんぷんたるものがあるな」

満月にむかって狼が吠えた。  

顎が月にむかってがっしりとのびだした。

両腿が細く鋼の強さ、ふくらはぎの筋肉が上につりあがる。

漆黒の剛毛に全身がおおわれていく。                           
背骨が微妙に湾曲する。
ひとから狼へと獣化しつつある。
さっと前足の鉤爪でひとなでされただけでベルトがはじけとんだ。
わたしは下半身をむきだしにされた。
そして、胸への攻撃もさけられなかった。
胸部の肉が浅く長くはぎ取られた。 
血がふいた。
蘇芳色の鮮血だ。

老いぼれのどこにこんな赤い血がながれているのかと驚くほどしたたってきた。
わたしは赤い血をみても、朱色をみても平気だった。
わたしはいつの間にか、朱の桎梏から解きはなされていた。

朱の呪縛が消えていた。
この期におよんで、むしろうっとりと自分のながした血をみていた。

朱にたいする恐怖は快楽へと反転していた。



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ああ、快感。

朱の記憶 (10)  麻屋与志夫

2008-11-21 06:48:48 | Weblog
蔵まで箱膳をとりにいった妻が帰ってこない。
半生を病床で過ごした父が九十六歳で黄泉の世界に旅立った。
父の通夜には、むかし稼業だった麻綱(ロープ )製造業にかかわってくれたひとたちが集まってくれた。
みんな、年老いていた。
わたしが変質者におそわれたことが話題になっている。
わたしは、ほんとうは変質者におそわれたのだろうか?
すべてはわたしの空想の産物なのだろうか?
人狼などいない。想像上のクリーチャなのか?
わたしはふいに不安になった。
わたしは、パラノイア症候群を患っているのではないか?
あまりにも、恵まれない半生だったので、空想の世界に逃げこんでいる。

そとには月がこうこうと照りかがやいている。
わたしはサンダルをつっかけるのももどかしかった。
勝手口からとびだした。
蔵は開いている。
妻はいない。わたしは妻の名を呼んだ。
膳がちらばっている。
くぐもった声がする。

「狼がでた。狼がきたわ」
幼くして聞いた母の声が内部でした。
「そうなのか。お母さん」わたしは、息をきらしていた。
妻の名をきれぎれに呼んだ。
返事はない。
石組の釣瓶井戸をまわった。
わたしは焦っていた。
冷や汗が背中にふきだし動悸がたかなった。
どうして、いま頃になって。
わたしが襲われるのならわかるが、どうして妻が。
妻は人狼に食い殺された。人狼の歯鳴りが聞こえる。
……のではないかとおののいていた。
どうしていまごろになって人狼が現れたのだ。
まちがいない。
人狼がおそってきたのだ。
あれ荒んだ廃屋同然の工場の中庭に人影があった。
「狼男だな!!」



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朱の記憶(9)   麻屋与志夫

2008-11-20 06:02:09 | Weblog
「ボウヤの味が忘れられなくてな。こんどこそまるまる食い尽くしてやる」       

 人狼は嬰児をその性器から食いはじめる。
 人が家畜の部位によってうまいまずいというのとおなじことだ。
 人狼はそんなことをいったかもしれない。
 あるいは、これもわたしの小説の中の一節にでてくる文章かもしれない。
 
 太股の肉を噛まれてから、肉はすぐ再生した。
 おどろくほど回復がはやい。
 でも、体が熱ばんでいる。
 微熱が引かない。
 人狼の歯から未知のウイルスでも注入されたのか?
 
 頭も霞がかかっているようだ。
 時間系列に乱れを感じる。
 過ぎたことが古い順に並ばない。
 思いだせない。
 過去が現在に思われる。
 現在のことが過去。
 
 時間がべろんとダリが描く時計のように溶けだしている。 
 
 わたしは長く生きていけそうな予感がする。

 狼。顎には白く鋭利な歯列。
 世界は赤く燃え立ち、わたしは恐怖にうちふるえていた。
 なすすべもなく。狼はまさに悪魔。
 獣性をむきだしにして、残忍なよだれをたらたらとたらしていた。
 月の光に屋根が青白く濡れたように見える。
 波型屋根のロープ工場に上にこうこうと望月がさえわたっていた。
 黒く濃密な剛毛におおわれた、まさに悪魔は飽食への期待に満月に向かって唸り声あげた。

 その一瞬のスキをうかがっていたものがいた。

 このときだ。
 颶風となって人狼に体当たりをくわせたものがいた。
 
 もしそれが母だったら、母がこなかったらどうなっていたろうか? 
 すさまじい吠え声。
 わたしを救出にきたものも白い歯をむきだしにした。
 狼とにらみあっていた。
「逃げて」そのものがいった。
「逃がすか。おれの獲物だ。おれの餌をうばうきか」
 もうひとつの咆哮。
 殴打音。    
 悲鳴。
 
 わたしはよちよちと部屋に逃げかえった。
 もし母だったら……。
 母はあの時の戦いが原因でいなくなってしまったのだ……。
 
 家の中はがらんとしていた。
 異常に気づき住み込みの職工たちがかけつけてくれた。
 庭の奥で母が人狼と戦っていた。そう思いたい。
 母の姿はそのときを境にわたしの記憶からきえてしまった。
 家からきえてしまったのだから。
 なにもかもが曖昧模糊となってしまった。  
 
 顔が血だらけ。
 白い乱杭歯をむきだし狼に戦いを挑み、わたしを救出してくれたのは母であった。
 そう思いたい。
 狼のその再度の襲撃のときは、わたしはどうやら歩けるようになっていた。
 母は血だらけのおぞましい姿をひとにみられたと思い……蒸発してしまったのだ。
 そう思いたい。




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朱の記憶(8)    麻屋与志夫

2008-11-19 08:36:29 | Weblog
 わたしたちの種族では男の子はかんげいされなかった。
 男が生来の能力に目覚めることは、小さな部族に危機をまねくだけだ。
 男が血を吸う種族全体のもつ能力に目覚めることは忌み嫌われていた。
 そんなことが起きれば、部族に滅亡をもたらすかもしれないのだ。
 女だけがマインドバンパイアとして生きてきた。
 人と交わることもできた。
「わたしたちの部族は男を産んだときはね。
 母親みずからが赤ちゃんに割礼を施すのよ。
 嬰児に割礼を施して男に種族の本能に目覚めさせないようにするの。
 割礼が本能を抑えるなんてまったくの迷信よね。
 たぶんかわいそうにそのときの朱の記憶。
 血の色を痛みとともに覚えたのね。
 かわいそうに。
 初めて流した血の色を覚えているのだわ」
 
 どこかであまりにも、わたしの立場と似ている一節を読んだ。
 吸血鬼小説集の中だったような記憶がある。 

 それとも、現実の中で誰かにいわれたことばなのか。
 やはり、小説の中でのことなのか、分明ではない。

 どこで読んだのか記憶にない。
 誰かにきいたことばだというのか?  

 いまとなっては曖昧となった記憶だ。
 あるいは、わたしの書いたものかもしれない。

 わたしは気にいった文があるとコラジューのようにじぶんの小説のなかにちりばめるという手法をとっている。
 どのていどまでが許され、ここからは剽窃といわれるのだろうか。
 
 わからない。

 わたしの小説の中の一節だとしても、それがわたしがまちがいなく書いたものだという確証はない。

 わたしは母に疎まれた子だとながいこと苦しんできた。

「狼がでた。狼がきたわ」
 冬。満月の夜。母はよくそういって怯えていた。

 わたしは庭にくわえだされていた。雪が降っていた。
 かけつけたロープ工場の職工たちがわたしを救出してくれた。
 まだメタモーフォズを解けず人狼のままでいたものが殴打されていた。 
「まあ、割礼されたと思えば……」
 なにもしらない父は母をなだめていたという。
 生まれてすぐの記憶などあるはずがない。
 ひと伝にきいたことなのだろう。
 ひと伝にきいたそのときの記憶を大人になってから蘇らせ、膨張させてきたのだ。   
 血の記憶は母によるものではなかった。
 わたしが母にもよろこばれていなかったなどということは妄想だったのだろう。  
 狼におそわれて包皮をくいちぎられた記憶が割礼の儀式のイメージとダブッタのだ。
 
 刺すような痛みと血の記憶だけが幼い頭にやきついたのだ。
 生まれて三日目と、よちよち歩きの頃。
 わたしは二度にわたっておそわれていた。
 それいらいわたしは赤い色を見るとおののいた。
 ひどいときは嘔吐した。失神した。




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朱の記憶(7)   麻屋与志夫

2008-11-18 14:23:49 | Weblog
 絵を描くことを断念して本の世界を渉猟するうちに、わたしの街が玉藻の前、九尾の狐を追いつめ滅ぼした旧犬飼村を含んでいることを知った。
 そして玉藻が血を吸う夜の種族であることを。
 玉藻はあるときは、ダキニとして理解されている。
 美を吸って、美しいものを愛でていきる吸美族の出身である玉藻。
 わたしはそのことを探りだしていた。

「おそれることはないのよ」
 どこからともなく頭にひびいてくる。
 声はささやきかけていた。
「わたしはずっとここにいる。ながいことあなたを見守ってきた」
 しかしだれも見えない。
 声だけがしていた。
 人影は広い病室のどこにもない。
 
 太股の傷で入院しているわたしに声が聞こえてきた。
 わたしは腿の肉が再生する早さに疑問をもっていた。
「ここよ。ここ」
 おどろいたことに、声は中にいた。
 声は頭。外からひびいてくるのではなかった。
 声はわたしの中で笑った。
「ながかったわね。いつあなたが覚醒してわたしの声がきこえるようになるかと……」
 すこし鼻声になった。
「まちくたびれて、あきらめかけていた。もう、あなたはこのまま平凡な男のまま生きていくのかとあきらめていた」
 わたしはそのつもりだった。
「あなたはうまれて三日目に悪魔につれていかれた。わたしのほんの寸時の油断のために。隙をつくったわたしがわるかったの」
  
 そんな声無き声をきくことができるようになっていた。

「ながかった」
 それが内部にある声なのか、わたしがこれから書こうとしている小説のなかの会話なのか、わからない。
 わたしはベッドでうとうとしながら聞いていた。
「ながかった」
 わたしはわたしの町の人狼伝説を書きだしていた。
 たえずこれまで邪魔されてきたが、それが人狼がわたしにおよぼしている害意だとすれば、すべての不可解なことが解けてくる。       
 
 夕暮れの茜色。
 巨大な鯨の胴をまっぷたつに割いたような赤黒い雲。

 茜色などというロマンチックな色彩ではなかった。 
 わたしはこの色を恐れてきた。





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朱の記憶(6)   麻屋与志夫

2008-11-18 04:20:37 | Weblog
 赤い色彩こそわたしのすべてだった。
 目に映る風景ではなく、心に映る色彩だけがわたしのすべてだった。

「あなたの虎馬みつけだせた」
 悪戯っぽく、そして親しみがこめられている。
 トラ、ウマと日本語のように聞こえてくる声。
 背後のK子の声が訊く。
 わたしは現実にもどった。
「わたしは絵描きになろうとはしなかった。物書きになろうと努めてきた。そのおかげでつきとめた。虎でも馬でもなかった」
 わたしはK子のブラックジョークにのった。
「狼だった」
「そう。わかったのね。そこまでわかればあと一息ね。うれしいわ」
 夢の中での会話のようだった。
 こうして夢にまで見てきたK子と会っていること事態が、あまりにもシュールだ。
 わたしは、黙ってしまった。
 頭がモヤモヤする。
 なにか思い浮かびそうだ。
 あと一息。
 今少し……。
 それからさきへはなかなかすすめなかった。

 わたしの出自にかかわる陰惨な秘密には到達できないでいた。      
 最高のアートフィリアとは、じぶんの好きな絵の中に点景人物としておのが姿を象嵌してしまうものだ。
 ダリの赤。ダリの「特異なものたち」の赤。……赤。
 奥田玄宗の紅葉の赤。精神性までも表現した赤はいたるところにあった。
 だがMの赤のような、なまめかしくも、妖しい赤は……なかった。
 人間の存在そのものにまで遡行していくような赤。
 その――血液のような赤、で描かれたわたしの裸身像をもとめて……ながいこと美術館や展覧会の会場を巡って来た。

 それも、これで終わりだ。

 生活苦のために手放してしまったこの絵をもういちど観たいと……。
 どんなに後悔しながら、生きてきたか。

 その後悔ともこれでさよならだ。
 これでようやく終りだ。
 やっと、たどりついた。           
 Mの展覧会。
 あれから彼女が六十年ちかく、九十四歳まで生きての、展示作品94。
「さいたさいたさくらがさいた」。
 彼女が生涯おいもとめたやわらかな淡い赤。
 大磯の白い桜の花がゆれていた。
 作品95。「花」。彼女の作品にはいつもどこかに赤の影が見えていた。
 彼女はいちはやく、あのとき画家としての直感から赤の記号(シニィ )の意味を読み取っていたのかもしれない。
 
 わたしはMの赤によって癒された。
 わたしの朱の記憶が一瞬もえあがりそして沈静していくのを感じた。
 わたしの中心にあった痛みと恐怖がうすらいでいった。
 こんな絵の鑑賞のしかたは邪道なのだろう。
 わたしの脳裏に色濃くわきたっていた恐怖の朱の色。
 母の唇。
 血をすったような真紅の唇。
 くちびるからしたたる赤い滴。
 奇妙に白すぎる歯。




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朱の記憶(5)  麻屋与志夫

2008-11-17 07:26:16 | Weblog
 この年から水彩の絵の具をつかって絵を描く。
 わたしは満を持してその絵の時間に臨んだ。
 
 戦時中にもかかわらず、エンピツすら買えないほどの品不足なのに、わたしには すべてが準備されていた。
 
 わたしが生まれてすぐに母が学用品から衣類まで備えておいてくれた。
 おかげで、ビロードの学生服は六年生になっても着ていられた。
 成長にあわせて何着も買っておいてくれた。
 水彩絵の具がそろっていた。
 それも二十四色。母はすでに不在だった。
 母の記憶は、わたしを雪の庭からだきあげてくれたあたりでプッンととぎれてしまっていた。
 いやそれすら曖昧だった。
 あれは母ではなかったかもしれない。

 母にはわたしとながくは暮らせないという予知があったのだろうか。

「これはなんだぁ。おまえ……狂っているぞ」
 美術教師がかんだかい声でわたしのほほをうった。
 その痛みに泣きだしたいのを必死でこらえた。
 わたしは画用紙を赤の濃淡だけでうめた。
 あれほど恐れていた赤なのに、赤い血のような色の絵を描いてしまった。
 恐怖で筆先は震えていた。
 赤はわたしにとって恐怖の色。
 戦慄の色。
 忌むべき色だった。
 
 それなのに、どうして……。

「赤の絵の具をなすっただけだろう。こんな絵があるか、バカもの」
 
 母はわたしが絵描きになることを希望していたのだと思っていた。
 わたしが、有名な絵描きになれば母がどこからともなく現れる。
 血のような色を使えば、わたしの絵だと母にはわかってもらえる。
 赤い絵を描きつづければいつか母に再会できるのだ。
 幼い時からそう思いこんでいた。
 
 わたしには静かな生活を母はさせたかったらしい。
 美しいものにとりかこまれた生活は母の望みだったはずだ。
 母と静かに絵を描いて暮らすのが夢だった。それなのに……。

「だいいち黒で周りを囲み……中に赤い絵の具をなびりつけただけだ。なにを描こうとしていたんだ。え、なにを描くつもりだった」
「周りを黒でふちどりして、その中を赤く染めた。ぬりえかこれは」
「ぬりえ。ぬりえ。ぬりえ」とみんなが囃立てた。

「そんなことがあったの。赤にたいしてトラウマがあるのね」
 と理解を示すM。
 わたしとK子は黄昏た水神の森でモデルをつとめていた。
 絵筆をふるいながらMがやさしい表情でわたしたちを見ていた。

 色彩こそすべてだ。
 カンディンスキーがコンポジションと呼んだ作品群を小学校の絵の先生は知る由もなかった。
 あのとき美術教師の、あの一言がなかったら、わたしの人生はかわったものになっていた。
 わたしはまちがいなく絵の勉強をはじめていたはずだ。


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朱の記憶(4) 麻屋与志夫

2008-11-16 19:32:37 | Weblog
 その絵を正面から見られる場所に正方形のソファがあった。
 むろん人垣に邪魔されて壁面の絵は、ときどき垣間見ることになる。
 それでじゅうぶんだった。
 立っていたらあのときのように倒れてしまうかもしれない。
 生涯二度ともう巡り合えないだろうとあきらめていた絵だ。
 かつてはわたしの手もとにあった絵だ。
 夏のあの日をカンバスに閉じ込めた絵。

「やっぱり来たわね。おひさしぶり」
 わたしは正方形のソアァにすわっている。
 背後から声が流れて来た。
 はるかな年月のかなたから蘇って来た声。
 やはりK子だ。K子だった。……ながいこと失われていた懐かしい声だった。
「でもひさしぶりだなんて、何年ぶりだと思うのですか」
「ふりかえらなくていいわよ。ふりかえらないで。六十年はたっている……もうわかってもいいのに? まだ、わからないの? わたしにとっては……つい昨日のことよ」
 わたしは背中合わせに彼女のぬくもりをかんじていた。              
 
 失神から覚めたわたしは彼女にだきしめられていた。
「あら、あなたたちそういう関係だったの」
 女流画家がわらった。

「並んですわったら、Mさんにまだあなたたちつづいていたの……なんてからかわれそうね」
「でもどうしてこの絵がここにあるんだ」
 わたしは密かに期待はしていたが、あれほどながいこと慚愧の念とともに再度鑑賞できることを願いつづけてきた絵に会えるとは思っていなかった。

「Mが日動画廊から買いもどしておいたのよ」
 
 父のロープ工場は倒産。
 わたしは学費をひねりだすためにこの絵を日動画廊にもちこんだのだった。
 Mとわたしたちの出会いを証明するような絵。
 戦後初のMの展覧会が日動画廊で開催れたのを知ったのはずっとあとになってからだった。
 わたしの英会話の恩師、GHQの通訳だった愛波与平先生が鹿沼を選挙区とする湯沢代議士としりあいだった。
 その国会議員が日動画廊の顧客。
 三題話めいた因縁だった。

「ぼくは赤い色彩を見ると戦慄するのです」
 わたしはMに静かに語りだしていた。
 わたしの失神の原因をきかれての答えだった。
 原初の……といいたいような赤の記憶は床の間の掛け軸に描かれた「モズ」だった。
 嘴に真っ赤な肉片をくわえていた。血のしたたるような生肉。
 わたしは幼いころから赤に異様な反応を示していた。
 あれがはじまりではなかったろうか。
「モズの絵をおろして。他の絵に掛けかえて」
 ようやく、ことばを紡ぎだせるような年になったわたしは哀願した。
 声をひきつらせて号泣した。
 モズのするどい嘴におそわれるようで怖かった。
「そんなことできません。わがままいわないで。見たくないものは見なければいいの。目をつぶって見なければいでしょう」
「赤がこわいんだよ」
「お父さんが掛けたものをかってに変えることはできないのよ」
「やだよ」
「ききわけて」
「やだよ」
「だめなのよ」
 母は父の不在のときは掛け軸の前に二双の屏風を置いてくれた。
 水墨の山水画。墨の黒は好きだった。
 すごく気分が落ち着いた記憶がわずかに残っている。

 母が留守だった。いつものように赤を嫌って泣いた。
 ききつけて部屋にはいってきた父がわたしを布団ごと丸めて庭になげだした。
 雪がふっていた。雪がわたしの涙をひややかなものにしていた。
 あるいは、あれは肉片などではなくモミジの葉であったのかもしれない。
 紅葉したカエデの細い枝先でモズが天空にむかって鳴いていたのかもしれない。
 わたしは雪におおわれていた。
 母の帰りがおそければ凍死していた。
 わたしは父の愛をしらないで育った。

 小学校の三年生になった。




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