歴史を学ぶことは、全く自分の人生や生き方には関係しないと思っている方も多いと思う。
そうだろうか?
例をひとつ挙げよう。
前にこのブログで書いた鎖国についての次の記事。
鎖国の代償を144年支払い続けている国 - 徳川「軍事政権」が制限した「情報」の集積と拡散 -
この記事で言いたかったことは、仮に、徳川幕府が鎖国をしなかったら、我々は、明治以来の144年もの代償(人命をはじめ、追いつくための膨大な時間など)を支払わずに済んだということだ。
なぜなら、鎖国をしていた間に西欧の科学技術を吸収して、西欧に対抗できるだけの基盤を十分に築くことができたはずだから。
鎖国は、情報の遮断、つまり「情断」である。
家族でいえば、外に出ず家の中にこもる。
一切、外と関わりなく。
どうなるかは、いろいろなニュースで明らかである。
個人で言えば、最新のスマートフォンなどを持たずに、従来通りの情報に頼っていたらどうなっただろう。
私の場合、もし、iPod touchとYouTubeがなければ、CuteさんやGILLEさんをどうして知り得ただろう?
しかも、音楽と映像付きで。
自分自身のこと(CuteさんやGILLEさんのこと、googlemapsやジョルテやisheet2やSmartnewsなど)を考えただけで、もしも知らなかったとしたらと思うと「 ぞっと」する。
未だに、東日本大震災を思い、悲嘆にくれていたに違いない。
「情断」になって非常に限られた選択肢しか持ち得ないと、どうなるかは、鎖国以来の我が国の歴史をちょっと振り返るだけで、火を見るよりも明らかである。
しかも、そうした間違った選択(情断)は、代償を長々と支払う。
子々孫々と累を及ぼすのである。
明治前後からのわが国は、どれだけの人命をそのため(鎖国のため)に、犠牲にしてきたのか分からない。
NHKの大河ドラマ「八重の桜」はそのいい例である。
この映像を見るたびに、非業な死だとつくづくつらくなる。
しかし、こうした歴史データはすべて公開されたデータとなっている。
国家の歴史でありながら、自分自身の人生や生き方に非常に参考になる。
具体的には、問題が発生した時、どう判断したらよりよい結末になるかを予め知っておくことができる。
また、自分自身の生き方や健康について、より良い判断を下すことが出来る。
人間であれば、プライバシーの侵害になるようなことでも、国家の歴史であるから、まったく問題ない。
どうしたら、そうした間違った選択をしないで済むかが、歴史を学ぶとよく分かる。
歴史こそ、自己制御力を身につけるベストな教材と言えよう。
ぜひ、時間をつくって歴史を学びたい。
参考までに、申し上げると、鎖国の代償を144年支払い続けている国 - 徳川「軍事政権」が制限した「情報」の集積と拡散 -の記事は、「どうしてわが国は、明治以来多くの人命を犠牲にしなければならなかったか」という疑問から生まれた。
この疑問は、当然のように鎖国に思い当たる。
その時(鎖国前後)、西欧は何をしていたか。
ネットで調べて、エクセルで我が国とイギリスをはじめとした西欧の鎖国前後から幕末までの歴史の対照表を作って考えれば、結果はすぐ出る。
そうして生まれたのが、この記事だ。
もうすぐ、夏休み。
海外や国内の旅行ばかりでなく、ネットで世界中の国の歴史を行ったり来たりする「時間旅行」も面白いと思う。
この記事は、このブログのあなたの健康のために、「いつ」、「何のために」、「何をするか」?とリンクしています。