歪曲される情報を見る。

日本を馬鹿(馬鹿文系)が叩く、だが、それはどの程度正しいのか?非常に疑問である。

「中国で浮上する対日経済制裁論―両国経済への影響は?」WSJ中国はそんなに中国を信用するの?

2012年09月22日 18時49分40秒 | 日記

「中国の最大の問題は、模造品の多さである」とは、前のブログにも書いている。

中国の美術品や工芸品は真に見事なものであり、正に究極の芸術である!但し、本物ならば…と落ちが付く。
ただ、この贋作の多さ、芸の細かさは、一体何だと思わされる事がある。
このオリジナルを馬鹿にする。経団連の真面目な人間を馬鹿にするに系譜を同じくする愚行は、結局中国の工芸品や芸術品の品格を完全に破壊している。
だから「これは宋代の素晴らしい花瓶なんだ!中国人が保証している!」「じゃぁ駄目じゃん」とまるで格付け会社の格付けのようなユダヤ=中国の品性であろう。
同じ事は、何故中国人が日本へ電化製品を買いに来るか?と言う問題である。
それは中国の流通に乗っている製品が「本物?」と言う困った現実を示しているからであると、何故言わない!
つまり中国人ほど中国人が嘘を付く事を信じている民族はいないのである。
だって何故Juscoやカルフールが中国で有名なの?何故流通チェーンは外国のモノが、こんなに多いの?
理由は常に同じ「安心だから」である。
この「他を尊敬しない」「騙す事を利口と考える」つまりロンドンブーツ田村淳のルーツだね。或いはBY大阪の糞みたいな商人なのでしょう?
中毒・暴動国は、その後中毒の連中を信用する態度を示したのですか?でないと、肝心の問題を見逃す事となる。
日本人は嫌い?分かった。じゃぁ中国人は好きなんだ?中国人は信用できるんだ?そうなんでしょう?
どうすんの?分かった、中毒の嘘に付き合うんだ。オメデトウ。
その一方で、暴動を起こす民族として全く反省しない事は、世界が確信した。特殊問題と思っているようだが、アメリカも恐れるし、欧米も同じである。
欧米は何よりそれを知っている。いや東南アジアはもっとよく知っている。だから中毒とは表面的に付き合おうという動きが出てくるだろう。
実は日本も、生産設備を引き上げようという動きが出ている。今後その動きは加速されるだろう。
その証拠となるのが、アメリカでも行われているのだが海外へ移転した生産設備の国内帰還か、中国にしかない設備を他国にも作るという事。更には、その比率を中国で減らすと言う動きである。
何より、テレビで言っていたが長年培っていたものが一瞬で失われたとは、別に日本だけではなく中毒もそうなのである。
日本の経団連は「いやぁやっぱり中毒ですよ!ははは!」と馬鹿面してほざいていたのが「中毒は暴動国だから!」と否定している。実は、今後プロジェクトの停止、中止、撤退が続くだろう。それは10年動かない。何より中毒政府が10年の停滞を宣言している。それは中毒に付き合うと日本は10年間停滞させられるという事の証明である。
その対策で最も有効なのは「中毒パージ」である。そして、それは「安定性」として評価される。
今、小泉=慶応経済音痴の便宜供与改悪で、慶応経済音痴が流行して、安定性を破壊する事が利口とまるで田村淳の様に吹聴していたが、安定がものを言ってくる。そうなると不安定極まる代名詞となる「三つの不良債権が爆発直前」の中毒から撤退するのは悪い事ではない。
何れにしても、中毒は、自分が危険で危ないから日本出て行った法が良いですよ!と教えてくれたので、このタイミングで、この暴動を理由に撤退するのが一番安全だろう。
別にせんで良いですよ。経団連は天才だから。でも問題が発生したらタイの洪水と同じように「大変大変!」と騒いで下さい。別にそれも止めません。
マスゴミと一緒に騒いで下さい。
世界が「ああオモロ!」と言うでしょう。ポコペン


ははは!合理的合理的の慶応寝言グローバル経済を吹聴する経団連の敗退。ルネサスへの1000億

2012年09月22日 18時14分25秒 | 日記

エルピーダショックは2009年1月に発生した。その時から日本の半導体政策は浮遊していた。ASIC天国でPLDを作らないと宣言した馬鹿の右往左往が、この結果である。

シャープの破綻も、池上彰の吹聴した「傾斜生産方式ですよ!経営資産を一つに集中するんですね!そうすれば上手く行くんです!」
さすが!馬鹿!池上彰の経済講義がBSジャパンで行われています。しっかり聞くと、経済の事が分かったつもりとなります。
思うに、このエルピーダもそうだしルネサスの問題もそうだけど、これは問題を押し付けた結果に過ぎないとしか思えない。つまり生産の問題は「誰か何処ぞのお人よしがやればええんや!」BY大阪の糞みたいな商人、である。
最高の結論ですな。そして今頃ルネサスへの1000億円の投入です。凄すぎて話になりません。
この停滞は、日米半導体問題の時と同じような影響を与えるでしょう。
つまり継続的な投資計画が3年に渡って、すったもんだを繰り返しているのです。利口で利口で、まるで田村淳の様な経団連の世界が賞賛する行動でしょう。
これを馬鹿にしていると言ってはいけない。だって事実を有態に言っただけである。
大体、半導体は要らないのか?この問題は原発問題と同じで、問題を真面目に見る事を「馬鹿なお人よしが好き好んでやりたがるんや!馬鹿や馬鹿!ワイは利口やさかい、そんな事やらへんでぇ!」BY大阪の糞みたいな商人
だそうです。
まぁ素晴らしいBY大阪の糞みたいな商人!
私は分からないんだけど、同じ事を延々とやって面白いですか?ねぇ、経団連さん。
他人の凄い事を見ても他人事で終わりますか?経団連さん。
私は変な基地外だから、感心してみているのですが、アメリカの半導体は凄いものです。
秋月電子のカタログを見ると、ある種愕然としてしまった。10年間。ほぼ変わらないのですラインナップが。
この10年で変わったといえば、温度ロガーと高輝度LEDがラインナップを増やした一方、アナログのディスクリートICなどの半導体が、減っている。
しかしマイコンボードとしてはH8の3048と3052がメインで、ナカナカ3069のラインナップが増えない。その一方でAVRのMEGAやMicrochipの18Fとかのボードが出ない。
電子回路を使う人間がいないのかもしれない。しかし、確かに最近は新しいチップが欲しいならFPGAでロジックを作る方がまともと言えばそうかもしれない。
しかし、どうだろうか?
でも、このマイコンボードの開発の遅れは、全体の流れが遅れていく事になる。
それにしても今から5年ほど前にはM16Cの売込みをルネサスと言うか三菱が妙にやっていた。
この頃から、何を血迷っているのか?と思ったものだ。我々、技術馬鹿は立派なものは立派なものとして使う。そして、先に使ったものは、そのまま使うものである。
最近我々が度肝を抜かれたのはサイクロップス社のPSoCだった。アナログ回路をプログラミングして作るという事には目が点になった。
毎度毎度、その様な素晴らしいチップが出来ないか?と思っていたが、そのラインナップは新しくならない。
M16Cの売り込みは馬鹿文科系大学出の体育会系の馬鹿ごり押しと同じである。「なんとかそこを!」とほざかれても、ちょっと小銭を出されても変わらない。これが現実である。
何より、今になってH8と同じチップを売り込まれても?と思う。接待するのは秋月電子などのメーカーである。さもなくばツールを用意して対応すれば良いのに、それはやらないのだそうである。例えばH8のHEW(開発環境)などは、その最たるものである。
そう言う事はしないで「其処を何とか!」では通用しない。まるで馬鹿文科系大学出が開発しているようだ。
面白いものがあれば、こっちが頭を下げて使わせてくれないか?と来るものである。だが魅力の無いものを何とか何とかでは何ともならない。
経団連は、まだ「何とか何とか」と田村淳の「利口利口」に似たような泣き声を上げているのだろうか?
いい歳をして…。あんた顔鏡で見た事あるの?
我々は、こんなチップがあれば、こんな事を。あんなチップがあればこんな事を…と馬鹿なお人よしだから考えるのである。
でも経団連は、そんなやつらを馬鹿にしているのですね。そうそう、BY大阪の糞みたいな商人ですもんね。
せいぜい、呆れられたら、誰も相手にしないとシャープの馬鹿に教わってはどうでしょうか?
そうそうシャープもBY大阪の糞みたいな商人の最たるものでしたな!
利口に振舞って、今の有様ですか?馬鹿じゃないですか?
地獄に落ちる準備は出来ましたか?
出来ていなくても落ちますよ。
だって亡者は煉獄に落ちるものと仏様が決めています。
では御不幸に!シャープ!
地獄に落ち方がシャープでしょう?


プロットだけは適当に決めたんですが…。アフガニスタンの混乱の小説「イブラヒムの足跡」

2012年09月22日 16時56分35秒 | 日記

先ずはアフガニスタンが、平和だった頃である。

「母上様ぁ~。お元気でっすっかぁ~」の歌詞で始まる「一休さん」は土曜の18:00から田舎では始まっていた。この直前は「戸締り用心火の用心!」と始まる「日本船舶振興会」のCMが流れていた。纏を振り回していた「笹川良一」の姿があった。
この笹川良一の頃の日本船舶振興会が、大体この頃「ペシャワール会を通じてアフタニスタンへの援助をすすめています」とあったと記憶している。つまりペシャワール会はソビエトのアフガン侵攻の前に存在したのであると私は覚えている。そのペシャワール会が、福岡の、中村哲と言う医師の始めた会であると言う事を私は、それから20年後になって初めて知った。
当事は1970年代の後半だったと思う。ソビエトのアフガニスタン侵攻は1978年である。この頃からのアフガニスタンの一人の少年の目を通した話と言うか、欧米の目でしか日本では伝えられない現場の惨状を伝えられないか?あの糞馬鹿チョングソや中毒・暴動国の余計な情報しか流さないマスゴミ、そして嘘だと分かっているのに格付け会社が、何処其処をどう格付けしたと、必ず後でおかしいと言われる格付けをいまだに大声で宣伝する事実は絶対に伝えないマスゴミの権力が無いインターネットの中で伝えられないか?と思ったのである。
どうでも良いが、アフガニスタンは行った事も無いが、大体そうなのだが、酷い土地である。
平和だったから何か採れたのであり、戦争で僅かな耕作が出来なければ、生存は望むべくも無い土地であると見えた。何より、水が無い。それでは人は愚か、植物も動物も生きて行けない。不思議とヤギだけは生きていけるぐらいだろう。
最初、私の話では中村哲が出てくる。平和なアフガニスタンへ恵をもたらす、表情の少ない、背の低い日本人を不思議そうに見るアフガニスタン人の一人としてイブラヒムが居た。そしてソビエトが侵攻してきて無表情なだけと思っていた中村哲が、驚き、迷い、焦り、落胆し、そして悲しみ怒る姿をイブラヒムは見るのである。
そして日本大使館で、何とか国外脱出が出来ないかと大使館へ詰め寄る中村哲と外交官の息詰まる話がある。その時、イブラヒムは武器を持たない中村が闘っていると実感する。だが、それは権力と国境の問題となった。
「彼らの命がかかっているのです」「それは分かっています」「何とかならないのですか?」「私だって何とかしたい、だけれども、ここは大使館です。日本人の領土です。それは条約や国の承認の下に決められたもので、日本人の人権を守る事は我々は主張できます。ですが貴方はアフガニスタン人を守れという。それは無理です。それをやるのはアフガニスタン政府の話です。」「ですがソビエトが潰してしまった」「潰れたとは彼らは言いません」「それはしょうでしょうよ、ですが!」
「良いですか!それが外交であり、国際法の問題です。私は、私の義務を果たしてから、ついでの仕事としてやれるものならやりたい。だけれども、本国と連絡も取れない。そんな中、大問題である外国人の越境を手助けする事は出来ません。」
多分こんな話が応酬した事だろう。そんな中、国家間の都合と決まりと常識だけで、彼らアフガニスタン人の運命が決まったのであろう。これをして慶応の合理的・利口なのであろう。
私は、こんな中手を差し出したのは笹川良一ではなかったか?と都合の良い期待をしている。癖のあるおっさんである。それは謹厳実直なお役人より、癖のある嫌な奴の方がこんな非常時は信用できるのである。私の話の中ではイブラヒムたち一部のアフガニスタン人は、途切れ途切れの運針の様にしながら、中央アジアを抜けて、アラビア海に出て行く事となった。だが手配できたのはコンテナで、臨検で止められて餓死と言うより、水が足りず死に掛ける。コンテナしか手配されなかったのは、アフタニスタンを出た事すら不法出国だからだ。それが名簿に名前が、少なくともアフガニスタン・パキスタンで出れば、一発で親族に累が及ぶ。そういう嫌な奴の配慮だった。
イブラヒムは、最初日本の離れ島の漁村で何とか生き延びる。そして、アフガニスタンへの義勇軍「ムジャヘディン」の有力者としての「ウサマ・ビン・ラーディン」を見て「聖戦:ジハード」の参加を夢見る。だが、それは必ずしも、中村らなどの賛成する所ではなかった。
アフタニスタンは、その後、ソビエトの撤退する1989年まで、戦争の嵐となった。そんな中、部族連合の盟主・ヘクマチエルが出てくる。これが横暴極まる下輩で離反するものが続出する。そんな中、名望も何も無い一人の若者が部族連合に対する勢力として注目される。それが「マスード」である。
尊大で横暴なヘクマチエルの全く逆と言うと、その通りであるが、元々大学工学部の学生であったマスードは、合理的な判断と的確な指示、そして果敢な行動で、その勇名を広めた。これは名望や門地がモノを言うイスラムでは異色の出であり、だからこそ最初ヘクマチエルは、マスードを低く扱い、馬鹿にしていた。だがマスードの勢力は1990年末までにはヘクマチエルの主導する部族連合を超える勢力となったのである。
我々は、マスードを「銀河英雄伝説」の「ヤン・ウェンリー」の姿を重ねた。何より日本にいたイブラヒムは、その話をアニメで見て、これはマスードそのものだ!と「天才魔術師」の姿を重ねた。その証拠としてガンダム00のアザディスタンの宗教指導者は「マスード」と言う。
だが2000年9月11日を前にして、マスードはアルカイーダのゴキブリどもに暗殺される。何故ゴキブリと言うのか?それは同じイスラム教徒でありながら身分を偽り、爆弾で爆殺したのである。このイスラム同士でありながら卑怯な手段を使った事にイスラム全体が怒りを露にした。
アフガニスタンは、義勇軍の盟主であった「英雄ウサマ」が「ゴキブリのやり口」で「英雄マスード」を「暗殺した」。よりにもよって「暴虐ヘクマチエル」の手先となって。
この時アフガンの民は、二人の英雄を失ったのだ。そしてゴキブリ王、ヘクマチエルが出張ってきたが、やっぱり「卑怯と暴虐のあいの子」をアフガニスタンは、選ばなかった。
だがアメリカのテロとの戦いで、アメリカ軍が投入され、アフガニスタンとパキスタンがアメリカ軍によって蹂躙されるのである。
そんな中、ある程度の武装解除が進んで、再び中村哲が、仲間と共にやってきた。そして夢の灌漑設備の建設を自らの手で行って、そして、とうとう農業。そして自立のとき!と思った折に、日本人スタッフが、部族連合のゴキブリによって殺された。(これも事実)その結果ペシャワール会は、中村哲を残して撤退し、灌漑設備の管理は中に浮いた。
またもアフガンの人々は、希望の芽を断たれたのである。そして、今、ハッカーニグループと言う、地元民を麻薬で言う事を聞かせ、自爆テロをさせるという、イランの暗殺集団みたいな事をやるヘクマチエル色のする外道が幅を利かせる中、アメリカが撤退するのである。だがアメリカがやったとすれば爆撃や対人地雷・多弾頭弾のばら撒きで、住民を殺すか手足や目を毟り取っただけである。
だがイブラヒムも中村哲も諦めていない。まだ生きているから…。
と色々1時間の間色々思い出したら、他人事なのに薄っすら涙が出てくる。実は、ここには書けない、想像した会話の応酬が一杯あるのだ。その度ごとに、彼らは、どう思ったのか?またアメリカの一方的な決め付けを、どう思ったのか?彼らの側の発言は、何故ドキュメンタリーでも、フィクションでも出てこないのか?と毎度思う。無論マスゴミは、ロンブー田村淳面をして「利口利口」と吹聴するだろう。
こんな事を書いて、一番困るのは、「そうですそうです!」「よくぞ書いてくれました!」と言われる事で。まぁ先ず、この程度「常識」と思って毎度書いているし「小説にしろ!」と励ましなのか?脅迫なのか?と思う。だって、私は物書きが仕事ではないし、このブログもタダでやっている。
それに色々な細かい事が分からない。先のブログでも分かると思うだろうが、私はリアリズム(そうそうネオリアリズムの旗手なのだよ…)に拘るので、すぐに行き詰るのですよ。
でもねぇ~、こんなことすると「CIAのジェイソンボーン」に殺されそうだし…。まぁそれはそれで良いんだけどね。(命狙われるのは、別にと言う、この潔さ!)
と言う事で、言った何時になったら、こういうの書けるのかな?と思う昨今である。
ちなみに、文字にしてはいないが、覚限の話以外も沢山ストックがありますが、構成するのが面倒なので書いていません。
全ては私の頭の中です。

ただ、頭の悪い馬鹿文科系大学出が、糞みたいな事をほざいたら、気分も変わるかもしれません。でも、こう言うと、あれだけど神が降りないと書けないのですよ。私の場合。凡人だから。もっと何か憤りが無いと…。あっても血圧が上がって困るのだけど…。

 


何か知らないが、急にアフガニスタンの話が書きたくなった。

2012年09月22日 16時56分02秒 | 日記

この馬鹿みたいな駄文を膨大に書いている私だが、一向に腱鞘炎を起こす傾向は見えない。その一方で、この文章と同じぐらいの話を昼間寝ようとする時に考えている。

それは眠る時でも無思考で居られない私の性の為である。その時考えているのは、中国の戦国時代、当事としては珍しい僧侶(仏法僧)が中国を漫遊する話である。
何でこんな事を考えようと思ったのか?と言うと宮城谷昌光の小説が、大分嘘だらけと分かった為である。例えば、孟嘗君の中で白圭(風洪)が馬車で中国をあっちこっちへと旅するのだが、この時馬車を使う。
しかし馬車はこの頃国境を越えて移動できない。理由は轍の幅が違うからだ。これを統一して1つの馬車で移動できるようにしたのが秦の始皇帝である。始皇帝の皇帝の道が最初で、実は同じ頃ローマ帝国も帝国の道と言う高速道路を使っていた。兵員の移動も然る事ながら、情報の伝達の方がどちらかと言うと頻繁に使われたのである。
この轍の違いは、国境で馬車を変えなければならないと言う馬鹿馬鹿しい手間がかかるのだが、それからすると風洪の動きの速さは、その20%が減殺される。
同じ頃の話である楽毅の中の武霊王の胡服騎射の所以を戦う為に効率的だから?と言っているが、この胡服騎射では馬車に乗っていないので馬車による進行と違い、国境の問題はなくなるからだ。
だが話のスピード感の為に馬車を多用する話には、往々にして無理があり、一般人の移動には先ず有り得ないのである。
墨攻でも、着の身着のままで移動する革離などの行動を見ると、どうして生き残っているのか?不明である。私は、それを可能にする適当な理屈を付けている。
更に宮城谷昌光の小説には、千金とか黄金とか、色々な事で金を出しているが、江戸時代の流通を知る者からすれば、完全な空論である。黄金は、通常の一般人の間では全く流通しないのである。精々、銅幣や、青銅の幣などが使われる(刀銭は青銅製である)ぐらいで、基本的に金は一般人は見た事も無い。持っていると災いを蒙る程度のものである。
また金を出されても、不毛の砂漠の様な茫漠とした土地では、ハイハイ、これで食べ物を用意しましょう?とはならないのだ。大体幣とは、神に捧げる布である。この布は、金属よりも先に通貨として使われた。シルクロードが絹を流通した事からも分かるだろう。
恐らくは、金をポンと出しても、食料の供給には使われなかったのではないかと思う。それよりも水の供給をどうしたのか?この揚げ足取りの様な事を取り上げるが、日本の時代劇とやらが、本当に見るに耐えない、変な馬鹿文科系大学出の糞馬鹿の妄想の産物であり、事実とは全く違う寝言を事実の様にマスゴミが粉飾している。
時代劇などは、最早存在しない。何より梨園の糞馬鹿が、その事にコメントしない。大笑いだ。私は通貨と江戸時代の一般庶民の風俗に興味を持っているが、NHKの金曜時代劇や大河を見ても、馬鹿ちゃう?と思うことが出てくる。
例えば、行灯の火をつけるだけでも、相当な時間的違いがある。行灯の火をつけるのは、火打石で一発!違いますよ。先ず火打石の火花を受ける種火のもぐさが必要で、それに火をつけると焚き付けに移すのです。そして、ある程度火が起きてから、行灯の灯心に火をつけるのです。この間、30秒ほど…。
こんな事すると思います?残念。馬鹿文科系大学出のマスゴミ馬鹿!ばぁかばぁか!
大体、こんな事するより前に木戸番や辻番所で人が居るから、貰い火をするものです。それと江戸の大きな町なら、灯篭があるでしょう?あそこから貰い火をして火を点けるのですよ。
また火打石より、火弓矢、火錐の方が現実的である。馬鹿文科系大学出が幅を効かすマスゴミでは、当然分からない事だ。
それに朝の風景で、月代を剃る光景が無い。月代は絶対に剃る。剃らない筈は無い。顔も剃るのである。だが時代劇と言う奴で、剃るシーンがどの程度あるだろうか?大体、朝の長屋では、何らかの刃物を研ぐ音が絶対した筈である。それを理解せずに時代劇とやらをやるのだろう。
また平清盛を「薄汚い」と薄汚い品性の馬鹿知事がこき下ろしたが、成る程兵庫は馬鹿が知事をしているのか?と分かる。
何故薄汚いのか?昔汗をかけば、埃が付いたものである。この埃の付き方をNHKはやったのである。この辺は、この時代を埃と言う点で示してはいるが、しかし、まだまだである。
この埃の付いた顔があるし、もっと埃のある所にある足を昔は、何より最初に洗うのである。手を洗うというのは最後の仕上げで、最初足を洗い、上に上がって、顔を洗い、その時に手が洗われる。そして着物を脱いで浴衣に替える。そして家の中が汚されないのである。
だが最近の時代劇では足を洗うシーンがどの程度あるだろうか?だが水戸黄門の最初の頃は旅籠のシーンでは最初に縁に腰を下ろしすと、下女が桶を持って足を洗いに来る。このシーンがあった。当然馬鹿アカ馬鹿革命運動をやっていた馬鹿文科系大学を出て完全馬鹿アカになったマスゴミに宇宙位置低脳なクズ国賊は全く知らない。
私の中国の僧侶の漫遊物語は、泉光院坊の旅日記の影響もあった。念仏を上げれば托鉢で食い物が手に入る楽な旅であった日本に比べて、道教がメインの中国では、僧侶は何をやって漫遊できるか?私の話では本草(薬草)を扱って、売って回り、後は川で魚を釣り干物を作る一方、木の実や地の中の芋などを採ったりして回っているコトにした。
そうやって、思いつくトラブルを何とか誤魔化しながら、道すがら困った人間や動物の事を助けるような助けないような事をして回るのである。
このストーリーの中、コーヒーカラーの「人生に乾杯を」を聞いていたら、ふと何故か知らないが、イスラムの事が頭を過ぎった。
旅の僧侶(名前を覚限と言うのだが)の歩く姿と、アフガニスタンを歩く中村哲(ペシャワール会の代表で、もう40年もアフガニスタンの事に命がけで奉仕している)の姿が重なった。
これは「気分はもう戦争」(大友克洋:多分、漫画喫茶にあるはずです)の中のイスラム医師「ハフィブラシン」(私もよく名前を覚えているよ)に似ていると言うより、このイスラムの医師「ハフィブラシン」のモデルは中村哲だろう。何故か?
実は、テレビが中村哲の活動を示す映像のそれと実に似ているのだ。彼も漫画の中の「ハフィブラシン」と同じくロバ一匹連れて、アフガニスタンの中でも僻地の山を殆ど食い物も水も持たず歩くのである。
これは一般の日本人がやれば自殺行為である。中国でも、何も宛てが無しに出れば水にも食い物にも窮する。アフガニスタンはもっと酷い。
そんな中中村哲は、アフガニスタンの碌でもない盗賊がわんさと居る山岳地帯を武器も無く歩き回り、地方の人々の治療を行っている。殆ど水を使わずにである。
その映像の中で、老婆の目の上の瘤を摘出する手術をしていたが、そんな事しても良いの?といいたくなるような状況だった。
何も無く、ただその身と、僅かな道具だけで、古臭い手術ぐらいしか出来ない中で精一杯やる。それは人間:中村哲ではなく、本当に立派な鉄人であると思えた。
だが、その旅は、報われる事の少ないたびでもあった。
だた、もっと報われないのは翻弄され続けるアフガニスタンの民である。彼らの忍従は、とても我々の祖先の歴史と比較しても絶望的な苦悩である。
そしてやっぱり馬鹿で下衆で低脳で白痴でチョンや中毒・暴動国と同じ程度の馬鹿文科系大学出は、彼らの歴史や状況をニュースを見ていても分からないし、分かるつもりも無い。
そんな中、イスラムの暴動が起きるたびに「イスラムは凶暴だ」と、例のお安い決めツケを馬鹿文化系大学出がこき捲くる。馬鹿文系大学出の方がよっぽど凶暴だよ!と言いたくなる。
その馬鹿文科系大学出の酷い決め付けが頭にある一方、アフガニスタンの問題が次から次へと頭の中に溢れてきた。当然馬鹿文科系大学出には未来永劫不可能な事である。
例の如く話が長くなった。だが頭を去来したものの十分の一も書いていないのだが…。
続く。